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SDGsといった概念の広がりやコロナ禍を経る中での人と社会の価値観の変化などから、well-being(ウェルビーイング)という考え方とその重要性がいよいよ高まりつつあります。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。」世界保健機関憲章前文より抜粋 (日本WHO協会仮訳)
well-being(ウェルビーイング)という言葉の大元であるWHOの憲章全文にも「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」という定義がなされていますが、社会の構成要素として、企業もこの概念に向き合いながら、社内外においてその実現に向けた取り組みが求められるようになってきています。
私たちアーツアンドクラフツでは「つくるの力で世界をもっと豊かに」というヴィジョンを掲げていますが、well-being(ウェルビーイング)という言葉を使って展開するならば、<ものづくりが持つ力によってwell-being(ウェルビーイング)の実現していく>ということになるかと考えています。
のちほど詳しく述べたいと思いますが、とりあえず社会の要請に応えてというような受動的な捉え方ではなく、well-being(ウェルビーイング)という概念に向き合いその実現を目指していくこと自体が企業の競争力を生み出していく、とより積極的に捉え、企業ビジョンにwell-being(ウェルビーイング)の概念を組み込んでいます。
ウェルビーイングとは何か、そしてそれを実現していくために様々な組織や団体でどのような取り組みがなされているかといったことがわかりやすく述べられている良書ですが、このなかのいくつかの視点を紐解きながら、well-being(ウェルビーイング)と会社(企業経営)のあり方について考えてみたいと思います。
本書のPart1においては、ウェルビーイングとはなにか?ということが述べられていますが、ウェルビーングを総体として理解するために、ウェルビーイングの主体として「わたし」のほかに、「わたしたち」そして「わたしたち」の拡張として「コミュニティと公共」といった枠組みが提示されています。
これまでウェルビーイングという概念の普及が欧米中心に進められてきたことから、個としての「わたし」がいかに幸福であるかということについての議論や研究は進んでいる一方で、
本書の読者のほとんどであろう日本をはじめとする東アジアの人々のウェルビーイングを考えるうえで忘れてはならないのは、身体的な共感のプロセスや共創的な場を重要視する集産主義的なアプローチである。(1.2 「わたしたち」のウェルビーイング」)
というように、私たちの社会では「私たち」つまり人と人の間の関係性やその状況のなかにもウェルビーイングをもたらす状況や要因があり、さらにこの概念をひろげていくと集団としてのコミュニティや公共のウェルビーイングのあり方が存在しているということです。
この枠組みは、私たちが考える豊かさを生み出す会社の要件とも符合します。
以前寄稿した「豊かさを生み出すブランドの要件」という記事のなかで、「パーソナルな価値基準への対応」と「地球や社会に配慮したサービスやものづくり」が必要であると定義しましたが、パーソナルな価値基準への対応」というのはいわば「わたし」のウェルビーイングをいかに満たすかということであり、「地球や社会に配慮したサービスやものづくり」というのが「私たち」とその集合体としての「コミュニティと公共」ということに該当します。
「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」という定義が示すように、「わたし」が満たされていることは欠かすことのできない必要条件でありますが、有限たる地球という生態系のなかで様々なものが連環し存在しているという認識が普及するなかで、「わたしたち」という総体の重要性が、より本質的に認識されつつあるということです。
Part2は、ウェルビーイングに向けたさまざまな実践が述べられており、特に現代の私たちの生活のなかで避けて通れないテクノロジーというものとwell-being(ウェルビーイング)のあり方について様々な実践成果や視点が提示されています。
AIやロボット、VR、デジタルファブリケーションなど様々なテクノロジーの実験や研究を通じて、well-being(ウェルビーイング)を満たすために重要な視点やポイントが提示されていますが、ここで挙げられているような先端的なテクノロジーに限らずとも、私たちが様々なビジネスサービスを通じてwell-being(ウェルビーイング)をつくりだすうえで非常に示唆に富んだ内容になっています。
以上はPart2の見出しの抜粋ですが、その内容はありきたりを超えた感動や幸せを生み出すための必要要件とも読み替えることができます。
これらの要件は、そして私たちがお客様から選んで頂くために大切にしていることであり、ビジネス的にいうと自分たちの競争優位を生み出すために大事にしていることであるとも言えます。
最後に「私たち」のwell-being(ウェルビーイング)を実現していくために、日本や日本企業が果たすべき役割について考えてみます。
人間関係や場のなかでの役割によって生まれる物語性、身振りや手振りや触れ合いといった身体性が人間の行動原理に強い影響を与える日本や東アジアにおいては、とりわけ集産主義的なアプローチがウェルビーイングを考えるうえで重要となってくるはずだ。
と述べられているとおり、「わたしたち」というwell-being(ウェルビーイング)のあり方は日本や東アジアの社会や文化のあり方のなかで発展しつつありますが、近江商人の三方よしに代表されるように日本人や日本企業が古くから大切にしてきた考え方でもあります。
先日250年ほど続く老舗の地方企業経営者のお話を聞く機会がありましたが「SDGsで掲げられていることの多くが自分たちが先代から地道に受け継いできた考え方や行動とたいして変わらない」ということでした。
多くの日本人や日本企業にとって、well-being(ウェルビーイング)を実現するために「私たち」というものが大事だということはさほど違和感のないことだと思いますが、私たちには馴染み深い「もったいない」や「持たざる豊かさ」だとか「和を以て貴しとなす」といった考え方が、世界経済フォーラムが提唱する「グレート・リセット・イニシアティブ」といった世界的な潮流のなかでも重要視され取り沙汰されるようにるようになってきています。
世界の人口動態や経済発展状況を踏まえても、これから約20年の間は東アジアが様々な意味で世界の一軸を担うことになるでしょう。そのなかで比較的親和性を持った文化的特性のある日本は一定の役割を果たすことができるはずです。
このような状況をふまえて、私たちが大事にしてきたものに改めて光を当て、それを内向きにならずにしっかりと世界に向けて発信していくことができれば世界中の会社や人々がwell-being(ウェルビーイング)を見出していくためのひとつの手本を提示できる可能性があると考えます。
日本の会社の多くが、いまだコロナ禍の苦境をいかにくぐり抜けるかに奔走せねばならない状況にあると思いますが、そのなかでこそ先を見据えた眼差しが重要になってくるのではないでしょうか。
参考記事:
アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング