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2020.10.29

ものづくりのパーソナライズを考える【基礎からわかるブランド&DX】

【基礎からわかるブランド&DX】テクノロジーがもたらすブランドの民主化

前回記事の中で、ブランドという観点から企業活動を考えていくうえで「テクノロジーに基づくブランドの民主化」という考え方が重要になるということをお伝えしました。

ブランド活動を構成する4つのM(Media、Marketing、Manufacturing、Management)が、テクノロジーの力を活用しながら個を中心軸として構成され実践されていく、端的に言うならば個人の嗜好やニーズに応じて「パーソナライズ」されていくということですが、実際のところそれぞれの領域における課題や難しさの違いにより、その実現度合いは異なっているように思います。

顧客接点から進むパーソナライズ

「パーソナライズ」の実装が進んでいるのがメディア(Media)とマーケティング(Marketing)といった顧客接点の領域でしょう。Webをベースとして個人のデータやログに基づき表示する情報を変化させていくことで、個人の趣味関心や嗜好に沿った情報を提供していくという考え方と技術がそれに当たります。

Google/Yahoo!といった検索エンジン、FBIGなどのSNSサービス、amazonに代表されるECとパーソナライズレコメンドはWebの進化の歴史とともに実装が進んでいる領域ですが、コロナ禍の行動自粛などを経て多くの方にとってもより身近となったパーソナライズ型サービスのひとつがネットフリックスです。

Netflixのパーソナライズ
Netflixをパーソナライズする方法について説明します。

ネットフリックスを最初に利用する際、年齢性別などの個人属性、見たいコンテンツの選択登録していくことでレコメンドの初期設定がなされます。

初期登録したデータをもとに、利用開始後は実際に見た動画の履歴(行動情報)によってオススメするコンテンツが変わっていきます。Webサイトに掲載される情報はもとよりDMメール等もパーソナライズされたかたちで生成配信されていきます。

またWeb上のサービスに限らずリアル店舗や営業活動においても、誕生日を把握しておいてDMを送ったりプレゼント特典を付けて来店促進をはかったり、というデータに基づいたアクションも古典的なパーソナライズといえるでしょう。

物理的な実態を伴わない情報やサービスは、顧客属性や行動履歴のデータが取得できさえすれば、個別の対応やコンテンツの出し分け、マッチングが比較的やり易く、結果としてパーソナライズが進んだ領域となっています。

難しいものづくり(商品)のパーソナライズ

顧客接点領域に比べ、パーソナライズの導入が難しいのがものづくり(Manufacture)の領域です。

無形の情報や価値だけで完結する情報・サービスに比べ、材料や生産技術、そして人的労力といった物理的なものと切っても切り離せないものづくりの領域には、パーソナライズを進めるためにより多くのハードルが存在しています。

ネックとなる大量生産の仕組み

以前の記事でも述べたとおり、現代社会では大量生産/大量消費の仕組みが価値を生み出す基本的な前提となっていますが、このこと自体がもののパーソナライズを進めるうえでの大きな障壁となります。

大量生産/大量消費を前提につくられた仕組みのうえでは、パーソナライズするための情報やデータを取得できても、そこからさらに物理的な造形物として実現し、さらに商品としての要件や水準を満たすための技術的、コスト的なハードルは、無形の情報・サービスと比べて圧倒的に高くなります。

素直に考えると個人の需要や必要性に応じてものづくりをしたほうが無駄がなく合理的なように思えますが、出来るだけ大量につくって余った分は廃棄してしまったほうが割安になる(経済合理性が高い)という状況が起きるのはこのことに起因します。

大量生産の仕組み自体とそれを前提とした社会のあり方自体を見直していくことは、ものづくりのパーソナライズ化を進めるひとつの切り口になるでしょう。

生産技術のブレイクスルーの難しさ

テクノロジーを活用した新しい取り組みとして期待されながらも、その実装の難しさを示した事例として思い浮かぶのが、2017年の末ごろからZOZOが開始したZOZOSUITというパーソナルオーダーサービスです。

3Dセンシングなど先端技術を駆使し、一人一人の体型を計測し、そのデータに基づいて個人のサイズにフィットする服を作るという仕組みです。積極的なPRもあいまって大きな期待感を伴って相当な話題となりましたが、約一年後には一旦事業撤退してしまったことは記憶にも新しいところです。

ZOZOSUITとPBの失敗理由と対策について、前澤社長はアナリストにかく語りき(ほぼ...
ZOZOに社名変更後初の決算説明会で、前澤社長はZOZOSUITの廃止理由やPBのスーツの不良品発生や発送の遅れを謝罪し対策を語った。今後のZOZOを占ううえで重要なため、ほぼ全文を記録しておく。

注文自体は相応に集まったものの、計測したデータを実際の商品へと反映させる生産と配送の仕組みが未熟であったことから、きちんと測って作ったはずの服が実際には合わない、予定の納期が間に合わないなどの根本的なトラブルが生じたそうです。

このスマートファクトリーでは、極めて省人化にチャレンジしていくつもりであります。裁断から縫製から検品から梱包まで、なるべく人の手を介さない、自動化されたオートマニファクチャリングというのを今後目指していくつもりです。本当に、誰もやったことがないことですので、それをいきなり人に任せてしまうのは、今後も不安ということで、ここを内製化して、ちゃんと研究した結果を大量生産につなげていきたいと思っています。

このように前澤前社長も語っているように、かなりチャレンジングに省人化を図ろうとしたということもあるようですが、現時点で実際の顧客が求めるクオリティを満たすものづくりができなかったということが端的な撤退理由と考えられます。

その後もZOZOはこの失敗を教訓にしながら、別の方式のパーソナライズや靴など他の領域でのサービスを進めています。担当役員の伊藤氏によれば、自らのコアコンピタンスと異なるリアルのものづくりを手がけてしまった反省から、ものづくりメーカーと連携するかたちで進めていくことで、より完成度の高い商品とサービス展開が期待されます。

ゾゾマット開発担当役員が語る「PB失敗から学んだこと」

従来技術に土台をおいたアプローチ方法

ZOZOが取り組もうとしたテクノロジードリブンのアプローチとは別に、従来の量産型の生産技術に土台をおきながらそこにテクノロジーや人の手仕事を組み込んでいくことでパーソナライズを実現していく方法があります。

同じものを大量につくる量産技術と、ひとつひとつ別のものをつくりわける個別生産の仕組みを組み合わせたカスタマイズ生産と呼ばれる方式ですが、現時点で実際のところとして成立しているオーダーメイド型ビジネスの多くがこのカスタマイズ型の生産方式に基づいています。

私たちが取り組んでいるオーダーメイドの結婚指輪工房ith(イズ)のパーソナライズの仕組みも基本的にこの方式に依っています。

【ithのこだわり】オーダーメイドのこと、価格のこと

私たちの指輪作りの全体システムでは、まず約100種類程度のデザインバリエーションを持つコレクションリングを用意します。これらひとつひとつは量産できるようにベースとなる型(原型)をもっています。原型をもとに鋳造技法を用いれば、同じデザイン・サイズの指輪を作ることができます。いわゆる量産化の仕組みです。

私たちの指輪づくりでは、ベースとなる基本の部分はこの量産化の仕組みを基盤にしたうえで、石留めや表面の加工などは手作業を中心に個別に作り分けすることで一個一個の個体差を生み出していきます。

生産コスト(労力/時間)を一定の範囲に抑制させながら、お客様にニーズを満たすパーソナライズを実現しているわけです。

この方式はジュエリー以外の業界分野でも様々なかたちで取り入れられています。さきほどZOZOがチャレンジしたスーツの例を出しましたが、オーダーメイドスタイルのスーツは、ここ10年で大きく普及し拡大した領域と言われています。小規模な個人商店から業界大手までこぞって参入し、すでに過当競争の様相も呈しています。

紳士服の大手4社軒並み赤字。オーダースーツ不況に襲われた理由

これらのことから考えるに、現段階においては新しい概念での生産技術と方式でものづくりをアップデートしていくよりも、既存の生産技術を土台にしながらそこにITやマーケティングを組み合わせながらアップデートしていくほうが、現実的なアプローチであるといえるようです。

 

パーソナライズ=ものの個別化ではない

このようにものづくりに関わる様々な業界分野において、パーソナライズが普及拡大していくことが予想されますが、成功失敗の要因を見ていくと、ものをパーソナライズしていくということと、ものを個別に作ったり、カスタマイズしたりするということとは、完全にイコールではないということがわかってきます。

ごく当たり前ではありますが、ものに個別性云々の前に、そのものに対してなんらかのニーズがあってこそものの個別性が活きるということです。

逆の言い方をすると個人が持つ多様なニーズを満たす手段としてこそ、ものの個別化(個別生産やカスタマイズ生産)が意味を持つということです。

このような考えもふくめ、私は「パーソナライズ=自分ごと化」と定義しています。

ものやサービスを自分ごと化していくこと、もしくは自分ごと化するためのものづくり。ものづくりのパーソナライズをそう捉えることで、価値を持つパーソナライズを実現・実装する手掛かりになると考えています。

ものづくりをパーソナライズする方法

「自分ごと化」するという考えに基づくと、個別生産やカスタマイズという物理的な方法だけでパーソナライズが実現するのではなく、心理的な方法やその作用と補完しあうことが必要だという考えにたどり着きます。

では心理的な方法とは何か?どういうことか?マーケティング的な観点からものづくりを捉えていくことで、この問いに答える切り口が見つかるのではないかと思います。

意味、文脈を与える

ひとつめの切り口が、ここ数年来広告やマーケティング方面からしきりに喧伝されているコンテクスト(文脈)マーケティングやストーリーテリング(物語消費)といわれるアプローチです。

私たちも自分たちの事業活動を行なっていくうえで、この方法論を取り入れながら様々な取り組みを行なっています。大切にすべき様々な要素がありますが、最も大事なことはすべて顧客の視点、顧客の物語へとどのようにつなげていくかということです。

コンテクストや物語に関するテクニックや方法論は、これまで広告コミュニケーション的な視点で語られることがほとんどでしたが、ブランドという概念が企業活動全体へと包括していくなかで、ものづくりも顧客それぞれの物語に積極的に取り込まれ、影響を与えていくように設計していく必要性があります。

そういった点からも、ものづくりのあり方と文脈設計の関係性についても改めて考察しておく必要性があるでしょう。

消費者がモノやサービスを自分ごと化し「欲しい」「必要だ」と思う状況を考えていくと、ものづくりの方法と文脈設計の方法のあいだにはいくつかの法則性があるように考えられます。

その関係を生産の仕組み(大量生産と個別生産)と、消費者の意識(同調化と独自化)の二軸で整理すると、生産方式の文脈を設計のパターンは以下のようにマッピングできます。

同調化意識とは、他者と同じでありたいとか、同じ価値基準に則ったうえでその優劣や希少性で違いを作ろうとする意識のことをさしています。大量生産品で生まれるヒット商品や流行のものをほしい、と思う気持ちは理解しやすいかと思いますが、限られた数しか生産されない限定商品やサービスから生まれるプレミアム消費や、権威や特権性に基づくオンリーワンのオーダー商品も、実は他者(社会)の目線を基準とするという意味で同調化の意識の現れであるという見立てでもあります。

それとは逆に独自化意識というのは、外側の価値基準よりも自分(自分たち)のそれを大事にする意識と価値観です。もの自体が絶対的な基準として特別な違いを持つということよりも、自分たち目線での納得感、特別感を大切にする考え方です。

この考え方に当てはめると、自分たちの商品やサービスがどのような方向性でストーリーを構築していけばよいかの指針を見つけやすくなります。

例えばith(イズ)ではカスタマイズ型オーダーメイドでものづくりをしていますが、「ふたりだけの指輪」というあくまで個人的、主観的な価値を中心メッセージとしています。同じオーダーメイドでもフルオーダーにこだわるのであれば、「最上品質の・・・」や「極上の憧れを・・・」というようなコピーのほうが文脈形成においてフィット感が高くなるでしょう。

もちろん企業や商品、ブランドそれぞれの個性が存在しますのでそう単純ではない部分もありますが、皆と同じでありたい、なにかを共有したいという意識も、自分個人の価値観や他者との違いを大事にしたいという意識も、どちらも人間の意識の本質として備わったもので、どちらの意識もモノゴトを自分ごと化するきっかけを含んでいるように思います。

そして、そのどちらか、もしくは両方のバランスを考えながら、広告コミュニケーションからものづくり、アフターケアといった企業活動全体を組み立てていく発想とその実行が重要となります。

体験を与える

自分ごと化を促すもうひとつのキーワードが「顧客体験」です。体験という個人に紐づく行為とその反応を通じて、ものやことと自分のつながりを見つけ出すことができるかどうかが、消費や購入に至る分かれ道になります。

体験の種類には主に以下のようなものがあります。

知識を得る:知る、学ぶ、想像する

経験をする:参加する、つくる、買う、使う、育てる、手入れする

またライフイベント(冠婚葬祭、誕生日、記念日、ギフトなど)などのタイミングを捉えることも体験を生み出す機会となります。

文脈形成の方法と同様に、商品の生産方式の違いなどによって体験提供の仕方も異なってきますが、体験の質と量が大きくなればなるほどその商品やブランドに対するロイヤルティは高くなっていきます。

体験の質量を最大化する体験設計。この観点に基づいてものづくりも定義されることで、パーソナライズと紐づく活動が実現できるのでしょう。

ものの役割を再定義する(IoT活用によるサービスデバイス化)

またもうひとつ別のアプローチとして、もの自体をサービスデバイスとして役割を定義し直すことでパーソナライズを実現していくという方法もあります。

代表的な事例がiphoneやアップルウォッチでしょう。電話や時計という従来からの役割・機能に加え、様々なソフトウェアやWebサービスを機能させるためのハードウェアとしての役割を担う存在となっています。

身に着けるデバイスから得られる様々なパーソナルデータに基づき、その人に合わせ生活や周囲の環境をよりよく改善していく取り組みが活性化しつつあります。

私のApple Watchが流通・小売業界へIoTの扉を開いた

 

社会のアップデート手段として

過去の歴史を振り返ると、産業革命がもたらした機械化によって大量生産大量消費が進む以前は、特定の個人やより限定された人たちのニーズに応じてものをつくるというあり方が一般的でした。

参考:

【基礎からわかるブランド&DX】ブランドを紐解く(1)/ヨーロッパの歴史から

このように生産と消費のあり方は、その時代の需給の関係性に大きな影響を及ぼすことがわかりますが、供給過多によってものが溢れる一方で、ものづくりの前提となる資源は枯渇していくという事象に対する今の社会的な危機感からも、生産と消費に関するシステムをアップデートする手段としても、ものづくりのパーソナライズ化の重要性が高まってきています。

SDGsという切り口で、社会の持続的発展に対する取り組みが進められていますが、ものづくりのパーソナライズ化はその切り口からも極めて有効な役割を果たすであろうということです。

色々と課題も伴うものづくりのパーソナライズではありますが、社会的要請も後押ししながら多くの国や企業によって様々な取り組みがなされています。多くのもの実装や普及においてまだまだ研究実証が必要な領域でもあり、まだまだ新しいモデルや考え方が登場していく可能性は大いにあります。

切っても切り離せない人とものとのあり方は、これからも社会全体のあり方を決めていく重要な論点であり続けるでしょう。

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吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。