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事例から考えるWell-being(ウェルビーイング)経営の要点

Well-being(ウェルビーイング)という概念が、社会全体、とりわけ企業経営のなかで一段と注目され重要なものとして位置づけされるようになりました。

「なんか怪しい話?」「福利厚生のことでしょ」

日本の企業のなかで、まだまだ十分な理解を得るに至っていないWell-being(ウェルビーイング)ですが、コロナ禍を大きな契機として取組を開始している先進的な企業も増えつつあります。

これから数年の間に、あらゆる企業の経営の一軸となりうるウェルビーイングについて、トヨタの事例をもとにそのエッセンスについて考えてみます。

 

【事例】トヨタ自動車が掲げるウェルビーイング「幸せの量産」

日本を代表するグローバル企業であるトヨタの豊田章男社長は、2020年11月の決算説明会のなかで「私たちは幸せを量産するという使命のもと、有事の時こそ、自分以外の誰かのために、世の中のために、未来のために仕事をしていきたい」という新たな経営理念を語りました。

これまで、トヨタが目標として追いかけ実現してきた国内300万台体制という成果があってのことという前置きにしながらも、「自分たちが守り抜いてきたものはその結果でなく、世の中が困った気に必要なものをつくりだせる人財である」というメッセージは、まさに幸せを量産するために、結果にこだわってきたというトヨタの経営の真髄を示すものであり、日本のリーディング企業として、他の企業に及ぼす影響も少なくないでしょう。

 

トヨタフィロソフィー | 経営理念 | 企業情報 | トヨタ自動車株式会社 公式企業サイト
モビリティカンパニーへの変革を進めるために、改めてトヨタの歩んできた道を振り返り、未来への道標として「トヨタとは?」を再定義しました。

トヨタは「幸せを量産する」というミッションのもと、「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」というヴィジョンを掲げています。トヨタといえばいわずもがな自動車メーカーですが、車自体をつくるということに拘らずに様々な分野に自分たちの技術や知見を活かした事業への転換を図ろうとしています。

身体の不自由な方や高齢の方を支援する「パートナーロボット」の研究もそのひとつです。先日行われたパラリンピックを見てもわかるように、これまでなんらかの制約下のもとに置かれてきた方々が、新しい技術や道具で可能性を拓くことができる時代が来ようとしています。市場性としても大きな可能性を持っていることでしょう。

トヨタ | 未来につながる研究
トヨタの未来創生センターでは、パートナーロボットなど、新しい価値創造に取り組んでいます。その取り組み内容をご覧ください。

 

 

 

トヨタのほかにも、ウェルビーイングの概念と経営に取り入れる企業が徐々に増えてきています。

ウェルビーイング 経営に幸せを: 日本経済新聞
日本経済新聞の電子版。日経や日経BPの提供する経済、企業、国際、政治、マーケット、情報・通信、社会など各分野のニュース。ビジネス、マネー、IT、スポーツ、住宅、キャリアなどの専門情報も満載。

右肩上がりの経済成長の時代が終わりに差し掛かるなかで、コロナ禍による否応なしの環境変化が後押しするかたちで、社会、個人、企業それぞれが新たな価値観のなかで最適なあり方を見出そうとする一つの現れとも言えるでしょう。

極めて不確実性の高い世の中だからこそ、幸せでありたいという人間の根源的で、ゆるぎない希求に引き寄せられ、モチベートされる人が増えているということかもしれません。

 

ウェルビーイング経営と内容とは

ではウェルビーイング経営とはどういったものか。多くの企業にとってその中身や内容への理解はまだまだ十分といえないでしょう。

一部では「健康経営」という訳があてられたこともあり、健康診断やメンタルヘルスサポートといった福利厚生を充実させることのような理解がなされているようです。

ウェルビーイングについては世界中でさまざまな機関や組織で研究されていますが、日本での研究や実践をリードしている組織としているのが一般社団法人ウェルビーイングデザインという団体があります。

一般社団法人ウェルビーイングデザイン|Well-Being Design
すべての人のウェルビーイング向上を目指して。

代表理事を務める前野隆司氏は、慶應義塾大学の大学院で幸福学の研究を進めておられますが、「やってみよう」「ありがとう」「ありのままに」「なんとかなる」という4つの心の因子に、身体的な健康、社会や職場の環境、収入や地位といった地位財、という項目に幸福を構成する要素を定義し、幸福度の「見える化」をはかる活動を行っています。

前野教授の提示する幸福学の考え方に基づけば、ウェルビーイング経営は、従前の福利厚生のように、従業員が健康に、不満なく働けるかといった物理的充足だけでなく、幸せの因子に基づいて心理的充足まで含めて満たされている状態を実現していくという活動であると考えられます。

人によって異なる心の4因子

すべての項目が総じて高いことが理想的なように思えますが、物理的な面での充足項目は基本的にどれも高い方が幸福度が高くなるであろうことに比べ、心理的な面での充足には人による個人差が大きいという特徴があります。

「やってみよう」「ありがとう」「ありのままに」「なんとかなる」という4つの心の因子は、それぞれ「自己実現と成長」「つながりと感謝」「前向きと楽観」「独立と自分らしさ」というふうに言い換えできます。

例えばとにかく新しいことに積極的にチャレンジできる環境に身をおくで充実を感じる人は、「やってみよう因子」が強いということになりますが、自ら挑戦するような環境はあまり好きでないけれど、同僚やお客様の役に立てるということに喜びを感じる「ありがとう因子」が強い人もいます。

人や組織の特性によって、これらの要素がミックスされてあるべき理想状態というものができあがっているますが、これらを項目立てて確認していくことで、その人や組織の特性にあったかたちでウェルビーイングな状態を生み出す評価や制度の設計ができます。従前のように経営者が良かれと思って一方的に福利厚生を手厚くしたり、インセンティブ制度を設計しても、それによって社員が前向きにポジティブに仕事をしようという状態につながらないといった「空振り」を防ぐことができるわけです。

 

顧客や社会への貢献を含めたウェルビーイング・サークル

当社では、幸福学が定めるWell-beingCircleに、さらに顧客や社会への貢献という社会的充足の観点を加えウェルビーイング経営の指針としています。

たとえば「自己実現と成長」というものは、顧客や社会に対する貢献というものと結びつくことで価値を生みます。また顧客や社会に対して価値を提供できているからこそ、お客様からありがとうという感謝の気持ちをもらうことができ「つながりと感謝」という要素を満たすことにつながります。さらにそれらが売上となり利益となって、経済的、物理的な充足を生み出す力となっていきます。

つまりウェルビーイングという概念は、企業内で完結するのではなく自分たちの外への貢献と結ぶつくときに初めて実現するものであると考えられます。企業内や個人的な視点に、組織の外への貢献、最近の言葉でいうならば「パーパス」の概念が結ぶつくときにウェルビーイングを実現する循環が完成します。

 

 

そのように考えると、冒頭で紹介したトヨタの宣言には、外にある課題を解決するために、内なる充足が必要であるというウェルビーイングの理想的なあり方が見事に含まれています。ウェルビーイングというものを実現するためには、ただ楽しい、優しい、という耳障りの良いものだけではなく、皆が良き状態であるための厳しさや努力も求められるのではないでしょうか。

トヨタは日常的に積み重ねてきた努力とその結果としての収益があるからこそ、いざと言うときのための社会に向けた貢献を高らかに宣言することができるということです。そのような意味で、ウェルビーイングという考え方は理想的な経営のあり方でもあり、それ故に超えなければならないハードルも高いイバラの道なのかもしれません。

 

 

ウェルビーイングの参考になる書籍

ウェルビーイングの事例や経営について、より深く学ぶための書籍を紹介します。

前野隆司『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』/講談社現代新書

戦術の前野教授による幸福学の入門書です。

渡邊淳司/ドミニクチェン 他わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』/ビー・エヌ・エヌ新社

ウェルビーイングという概念の導入から、行政やアカデミックなど幅広いセクターにおける実践例や、テクノロジーとの関係性など幅広い視点からウェルビーイングに関する理解を進められます。

トニー・シェイ他『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』/ダイヤモンド社

アマゾンが喉から手が出るほど欲しがったといわれる伝説の企業、ザッポスの実例です。トニーシェイが急逝してしまったのが残念です。

中神 康議『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』/ダイヤモンド社

利益の視点から見た豊かさのつくり方についてです。トヨタの経営にも通ずる収益性と企業価値あってこその豊かさということを再認識させられます。

参考記事:

アーツアンドクラフツのCSV(共有価値創造)の取り組み

アフターコロナの時代にwell-being(ウェルビーイング)をつくる会社

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。