以前の記事でも書きましたが、「研磨」という作業は様々なジャンルのものづくりにおいて大変重要な意味を持ちます。私たちの暮らしの環境を少し意識して見渡せば、あらゆるところに研磨の処理が施されていることに気づくでしょう。
また研磨という作業において秀でるためには、素材の特性の把握や理解から、磨くための下処理、道具の使い方に至るまで、たくさんの修練と経験によって培われた技量を必要とします。それゆえに優れた研磨技術を持つ職人というのは希少であり、彼らが生み出すものには特別な価値がつくこともあります。
今回は、弊社がオーダーメイドの結婚指輪工房ith(イズ)で取り扱っている5EX(エクセレント)ダイヤモンドをご紹介しながら、すぐれた素材や技術からいかに価値を導き出していくか。成熟化が進む消費社会のなかで価値を生み出すための要素について考えてみたいと思います。
ダイヤモンドには品質を表現するために4Cと呼ばれる評価基準があります。Carat(カラット=重さ)・Cut(カット=輝き)・Color(カラー=色)・Clarity(クラリティ=透明度))そのうちのカットグレードにはエクセレント(EX)、ベリーグッド(VG)、グッド(G)、フェア(F)、プア(P)がありますが、その最上級がEX=エクセレントです。
以下の動画をご覧ください。右がダイヤモンドの鑑定書(DIAMOND GRADING REPORT)に記載されるカットの最高評価であるEX=エクセレント、左がそのなかでもさらに美しい輝きを放つ5EXカットのダイヤモンドになります。
両者を比べてみると、5EX(エクセレント)ダイヤモンドの輝きの強さが一目瞭然にわかるかと思います。
「無敵の、征服されざるもの」という意味のギリシャ語に由来するように、古代より加工できない硬さを持つ石として知られてきたダイヤモンドですが、15世紀後半に、その征服されざるほど硬い鉱物を加工し、人々を魅了する美しさを引き出す技術が生み出されたところから、ダイヤモンドの宝石としての価値が生まれ、世界中へと広まってきました。
さきほど軽くダイヤモンドの4Cに触れましたが、実は4つのCのうちCut(カット)だけが人間の技術に由来するものです。5EXダイヤモンドは、職人の技術が反映されるCut(カット)にフォーカスすることで、ダイヤモンドが人々を魅了する最大の要素である輝きにこだわったダイヤモンドです。
カットのより詳細な評価基準である、プロポーション(形)・シンメトリー(対称性)・ポリッシュ(研磨状態)の3要素全てで最高評価の“Excellent / エクセレント”を得たものが3EXですが、そこからさらに厳格な基準を設け、リフレクション(反射)、サーフェス(鏡面)という観点で技術を施したものが5EXです。
平面(2次元)だけでなく立体(3次元)での対称性がより高く、光の出入りする表面をより滑らかに磨き上げることで、光の反射効率を高め最大限の輝きを引き出すことに成功したダイヤモンドだけが5EXダイヤモンドとしても認められます。
より詳しくは以下の記事を参照ください。
少しわかりづらいですが、以下の写真はダイヤモンドの原石です。
ダイヤモンドのカットには様々な方法がありますが、最もスタンダードでひろく流通しているのがラウンドブリリアントカットです。ラウンドブリリアントカットを施すダイヤモンドの原石は、インドなどの集積地で八角形で下処理され流通していきます。
この状態から個々のダイヤモンドの素材としての状態を見極めるところから研磨の準備が始まっていきます。
ダイヤモンドの見極めは、そのダイヤモンドから生まれる文字通りの価値を決める重要な作業です。余分なカットをしてしまえば、その分だけ金額としての価値が減ずることになります。
ダイヤモンドの測定に関してはすでにコンピュータ化が進んでおり、光学顕微鏡や様々な測定機器を通じてそれぞれの原石を解析することで、この原石からできるだけ無駄なく切り出しを行うためにはどのようにカットするのがいいかが表示されます。
これらのデータを参考にしながら職人はどのようにカットしていくかを決めていきますが、熟練した職人であれば原石をみれば機器の測定に頼らずともおおよそ正解に近い切り出し方法がわかるくらいにまでなるそうです。
またダイヤモンドなど天然の鉱物の中には、インクルージョンと呼ばれる液体や気体の内包物が含まれることもあります。これらが輝きの生み出す邪魔をしないように位置を考えながら切り出し方を決めていくなど、複雑な条件を見極めながらその石の価値を最大化できるように決めていく判断力が求められます。
測定を経てダイヤモンドを切り出してしていく見立てができたら、いよいよ物理的なカットに入っていくわけですが、他のものづくり同様に道具について、周到な準備が必要です。
レコードのように回転する鋼鉄の旋盤のうえにダイヤモンドの粉をまぶし、そこに安定性を保つよう留めたダイヤモンドを、レコード針を落とすように置き、回転によって摩擦させることで磨き上げていきます。
鋼鉄のプレートには、ダイヤモンドの粉がちょうどよい状態で馴染まなければなりません。そのためにサンドペーパーで適度に荒らし下処理を施しておきます。
研磨用のダイヤモンドの粉末にも、良し悪しや相性があるとのことで、かなりの年月の試行錯誤を重ねながら現在つかっているものにたどり着いたとのことです。職人の要諦というのは、ただフィジカルな腕の良し悪しにあるだけでなく、このような飽くなき研究心にこそあるのではないでしょうか。
作業の機械化がAIやロボット技術などの進展とともにさらに高度化していくなかでは、むしろこのような精神やマインド、いわばものづくりの文化的土壌こそが重要になっていくのではと、私見ながら感じています。
様々な準備を経たうえでいよいよ実作業となります。ここからは数多くの経験に基づいた研ぎ澄まされた人の感覚が重要になります。旋盤の外側部分がベースの削りを行う部分、中心部がより細かく磨きをかけ仕上げしていく部分になっています。5EXの素晴らしいポリッシュは、この二つの削り面を使い分けることによって生み出されます。
どの分野の職人においても共通するかと思いますが、優れた仕事をするというのは大前提として、それを限られた時間のなかで、無駄なコストをかけずに再現性を持ってやる能力というのが極めて重要になります。
5EXの研磨職人についても、個人差がありますがまず基準を満たす研磨をできるまでに数年を要し、さらに職人の腕によっては時間がかかりすぎたり、旋盤の消耗が激しすぎて短時間で交換が必要になったりという差が出てくるそうです。
イズの代表、高橋亜結もダイヤモンドの研磨にチャレンジ。
このようにダイヤモンドの輝き、美しさというものは、素材そのものの価値、さらにそこから美しさを引き出す様々な技術が生み出す価値が組み合わされて創りだされるわけですが、価値をもたらすうえでもうひとつ重要な要素があります。
それは意味を見出す力です。その美しさがそれを所有する人や、贈ったり贈られたりする人にとってどんな意味を持つのか、いいかえればストーリーを紡ぐ力とも言えます。
「4Cは難しくて覚えられなさそうだから、一生忘れないDaisuke(夫)の頭文字のDグレード(カラーグレードの最上級)のにします」
「家族や周りの人たちも明るく照らすように輝く夫婦になりたいから5EXダイヤモンドにしよう」
5EXなど高価なダイヤモンドを選ぶお客様は、こんなかたちで素材や技術がもたらす価値を、自分たちのストーリーに引き寄せて意味を見出しています。
どんなに美しいとされるもの、価値があるとされるものであっても、それが自分たちにとっての意味をもたらすものでなければ必要と思わない。これからの社会の中心をになっていくZ世代と呼ばれる人たちを中心に、そんな価値観を持つ人たちが増えていると言われていますが、私はそれは特定の世代だけの話ではなく、よりひろく社会全体に通底する価値観となりつつあるように感じています。
逆にいえば、本当に意味を感じるものに対しては多少高価であっても出費を惜しまない。そのような成熟した消費がこれからの経済活動のなかで活性化していくものと思います。
素材や技術に裏打ちされた個々にとってのストーリーが、価値創出の重要な手掛かりです。
アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング