KNOWLEDGE & INSIGHTS

2021.01.04

世界を豊かにするものづくりvol.03 /足し算と引き算の仕事(2/2)

「つくる」の力で世界をもっと豊かに

アーツアンドクラフツでは、モノとものづくりの中に、社会をより良くし人生を豊かにしていく可能性があることを信じ様々な取り組みを行なっています。ジュエリーや家具などの本業に関わるものづくりはもちろんのこと、自社の販促物や店舗などをつくる際のものづくりやその中に秘められた思いや価値についてもご紹介していきます。

前回につづき、ithの新宿アトリエ梅田アトリエの施工に伴う技術/技法についてご紹介します。

 

引き算の仕事としての「研磨」

前回は左官職人の仕事をご紹介しながら、足し算の仕事の意味や魅力を中心にお伝えしました。

世界を豊かにするものづくりvol.02 /足し算と引き算の仕事(1/2)

今回は、その逆の引き算の仕事「研磨」にまつわる技術についてご紹介していきます。

ものづくりの分野や材質によって少しづつ違いはあるかと思いますが、材料や素材を塗ったり、積み重ねていったうえで、材料の表面を少量ずつ削り、滑らかな状態へ加工する技術を「研磨」と呼びます。

大抵の場合、荒削りの状態から完成の状態へと近づけていく最終工程に近い段階で施される処理となります。

凹凸を削り取りながら滑らかにしていくことで、私たちが安心してその物に触れ、利用することができる状態へと近づけていきます。

今、自分の身の回りの物を見回し、触れてみてください。程度の差はあれ、身の回りのありとあらゆるものが磨かることによって、そこに存在していることに気がつくでしょう。

私たちが特別な注意を払うことなく、モノに囲まれ、モノに触れながら生活できているのは、実は「磨く」という工程があってこそ、というがわかると思います。

サスティナブルな視点からのリノベーション

ithのアトリエのディレクションをお願いするStudio Pathofeu の比賀さんから、左官職人の塗りの手仕事を中心にした新宿アトリエとは対照的な考え方で、梅田アトリエではこれまでの借主が用途に応じて躯体へと施してきた造作、いわば物件の歴史を活かしながら進めたいという提案をもらいました。

社会に浸透してきた環境負荷を配慮したサステイナブルな視点を踏まえたうえで、躯体の床面に残る施工後を削り出していくことで、その物件だけにしか生まれない固有の表情を作り出していくという方向性で施工が開始されました。

具体的には、引き渡しの段階で”テラゾー”という人造石を研ぎ出した仕上げが施されていましたが、これをベースにアレンジを加え、さらに全体に研磨を加えていくことになりました。

 

テラゾー仕上げ

テラゾー仕上げとは、石やコンクリートを混ぜ合わせたうえで現場で磨き上げて人造の石面をつくる仕上げ方法です。比較的低コストかつ材料の組み合わせ等によって自由な表現ができることから、20世紀初頭から世界中の様々な大型建築や公共建築の場で用いられるようになりました。

高度経済成長期以降は、大量生産のタイルなどさらに低コストの工法が普及してきたことや、施工の手間暇がかかること、粉塵などの労働環境の問題があることなどから次第に敬遠されるようになっていましたが、ここ数年来、古い建築物を活かしたリノベーション人気が高くなると共に、生産技術が発展してきたことで再注目されている工法です。

人気再燃! 人造石研ぎ出し仕上げ

参考/梅田の床面.補修が必要な部分に骨材となる硝子とコンクリートを流し込んだうえで磨き上げ、特徴ある模様をつくる

 

今回の現場では、スウェーデンの研磨機器メーカーHTC社の機器を用いてクリーンな環境での研磨作業を実現。工事現場などにおける技術は普段我々一般の目に付くことはあまりありませんが、環境意識の高い北欧の国々では、このような分野でも優れた技術が生み出されています。

HTC社の製品は施工時間・コスト・作業者の負担を軽減し、クリーンな環境づくりにも寄与します。

 

現場から出てきたものを活かす

以前にも紹介しましたが、私たちはその場所ならではの雰囲気や特徴を大事にしながらアトリエづくりを行なっていますが、梅田アトリエでは解体工事に段階で出てきたコンクリート塊を活かして、二階の小上がりへの石段を作りました。

ほんのちょっとのアイディアですが、無いことを前提としたときに生まれてくるこういう発想がリノベーションの楽しさであり、目線をちょっと変えて手を施すことで、そこにあるものが全く別の価値を生み出すことがあるという、豊かさへのひとつの方法論なのだと思います。

 

プロフェッショナルの仕事と倫理観

前回述べたように、材料や素材を積み重ねていく足し算の仕事がものづくりの自由さや楽しさを象徴するものだとしたら、その対極である引き算の仕事である「研磨」のなかには、ものづくりの難しさや厳しさが詰まっているように思います。

素人目にはなかなかわかりませんが、今回紹介した床研磨においてもコツがあると同時に、研磨していく際のクオリティにどこまでこだわるかというプロとしての基準が求められます。

これは私たちが取り扱っているジュエリーや家具の分野においてもまったく同じことが言えます。磨きが甘いとその素材が持つ本当の美しさや触感を引き出すことができません。ときに、最低限の担保すべき安全性すらも損なうことすらあります。

かといって、磨き過ぎれば素材をすり減らしてしまい、本来の価値を減ずる可能性もあります。

磨きの仕事の多くは、細心の注意を払いながら「ここっ」というごく限られた到達ポイントに向かって仕事を進め着地させる、細かな神経と感覚、そして技術が必要です。

様々な分野でものづくりに取り組む職人の多くが、この部分に多くの時間を費やし、かつその感覚を磨き続けるために日々修練を重ねています。

そして修練の末一定のレベルを超えたとしても、さらにそれが自分自身の満足のいくものか、世に出して恥ずかしくないものか問い続けながら仕事をしていく。これは極めて倫理的な領域の精神活動でしょう。

「匠」と呼ばれる職人たちやその仕事の中にある、日々の努力や修練の先のこの倫理感が、ときに人を感嘆させ感動させる力を生み出すのだと私は思います。

そんな精神に触れることで感動し、自分自身を省み、励みにする。ものづくりがつくりだす豊かさのひとつです。

 

 

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。