KNOWLEDGE & INSIGHTS

2022.05.18

コミュニケーションは組織のあり方そのもの

『組織において、コミュニケーションは手段ではない。組織のあり方そのものである。』

 

(出典:P F ドラッカー,ジョゼフ A マチャレロ. プロフェッショナルの原点)

 

マネジメントの生みの親ともいわれるドラッカーの言葉ですが、私たちの会社においても組織運営のなかで、コミュニケーションをどのように設計していくか、そのなかからどのように事業価値を創出していくかということを重要なイシューと位置づけ、様々な取り組みを行なっています。

私たちの会社では、BtoC の結婚指輪の製造販売を中心としたブランド事業と、BtoBのコンサルティング事業という一見まったく異なるタイプの事業を行なっていますが、実はどちらもオーダーメイドで価値を生み出すという点で共通しています。

どちらの事業においても個々の顧客の要望や意向を適切に汲んだうえで、部署や社員同士、さらに外部の協力パートナーが適切なコミュニケーションを取り合いながら協業しながらアウトプットを創りだすことで価値を見つけ、作り出していきます。

オーダーメイドジュエリーにしても、コンサルティングによって作成するドキュメントにしても、あらかじめ決まったカタチを量産していくのではなく、ひとつひとつ異なるものを確認し合いながら、求められるものに仕立てていくことになりますので、関係するメンバーのコミュニケーションが適切に行われなければ、良いアウトプットはけして生まれないわけです。

このような経験からも、冒頭のドラッカーの言葉は、まさに正鵠を射たものだと強く感じています。

知の共有方法

形式知や暗黙知という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。一橋大学の野中郁次郎教授が提唱した知の創造と実践活用に関する、いわゆるナレッジマネジメントのなかから生み出された概念ですが、その考え方を端的に表す氷山のメタファーというものがあります。
海に浮かぶ氷山には水面に浮かぶ目に見える部分と水面下にある目に見えない部分があるということから、それを知のあり方に例えて説明するもので、イメージとして理解しやすいことからナレッジマネジメントを端的に理解する例えとして広く普及しているかと思います。

1.暗黙知の形式知化し共有する

ナレッジマネジメントには様々な考え方や方法論がありますが、まず誰もが思いつくのは<暗黙知の形式知化>だと思います。
端的にいうならば、組織やグループにおいてなんとなく意識されていたり、リーダーがこういう方向に行きたいんだという思いなどを、言葉やビジュアルを用いながら資料や映像として見える化することです。
企業が自分たちの理念やビジョンを示すために明示的な言葉をスローガンとして掲げたり、いくつかの綱領によって自分たちが大事にする考え方を社訓として共有する、こういったことがそれに当たります。たとえばサントリーの「やってみなはれ」の精神。創業者の口癖がチャレンジスピリットと体現する言葉として社員全体に、もっというと社会全体にもひろく認識されています。
私たちの会社でも、コーポレイト全体としては「つくるの力で、世界をもっと豊かに」というヴィジョンを掲げ共有したり、ブランド事業の中核事業であるithでは「たくさんよりも、ひとつをたいせつに」という言葉を自分たちの価値観の中核をなす言葉として共有しながら仕事に取り組んでいます。
またそのような根本精神に基づき、より細かな行動規範・指針として落とし込み共有されるようなものもあります。リッツカールトンのクレドは、世界で最もひろく知られた行動指針の一つといえるでしょう。

さらに細かな仕事のやり方をドキュメントなどを通じてマニュアル化していくようなプロセスも暗黙知の形式知化です。フランチャイズ経営などでも用いられる何十冊、何百冊にも及ぶマニュアル類もこの考え方によるものになります。

再びithの話になりますが、ithでは社員向けのブランドブック、サービスブック、コレクションブックなど、それぞれ数十ページに及びドキュメントを策定し、それに基づき考え方から具体的な行動指針までを共有するようにしています。

 

2.暗黙知を暗黙知のまま共有する

暗黙知を形式知化し共有するというわかりやすいアプローチとは別に、暗黙知を暗黙知として共有し、理解していくというアプローチもあります。
私自身はむしろこの知識共有の仕方こそがこれからのナレッジマネジメントの核ではないかと考えています。
文字などに表される知識というのは全体のうちのごく限られたものであり、文脈や状況といった背景の知識や理解、抽象的な概念や価値観といった見えにくい知の共有を伴って初めて、形式知化された知識が活きると考える故です。
職人が技術を習得していく際に「見て学べ」「自分で感じて技を盗め」というような言い方をすることがありますが、これこそはまさに暗黙知を暗黙知の状態で学んで共有していくというアプローチです。現在ではネガティブな捉えられ方をすることも多いやり方ですが、具体的な行動や肉体的な動きを伴う仕事においてはこのアプローチがなければけして知識の習得と実践はありえません。
極端な例ですが、スポーツを上達するために、体も動かさずに、技術解説本ばかり読み込んでも意味がないことを考えれば自明のことでしょう。
そしてここ数年来、この領域の学びにテクノロジーの力が大きく活きてきています。具体的には動画やビジュアルを用いながら、できるだけ包括的かつ双方向に、その知識やその表出したかたちである行動自体を学んでいくというやり方です。
私たちのジュエリー制作においても社内外の職人たち同士が、毎日わずかな時間でもオンラインミーティングの時間を持ち実制作に伴う細かな情報共有を行っています。この取り組みを始めたことでものづくりの習得スピード、不具合等に対する改善スピードが劇的に改善され、質の面、量の面それぞれにおいて、ものづくりのレベルをあげることに成功しました。

知が循環させるための環境づくり

「暗黙知を形式知化し学ぶ」「暗黙知を暗黙知のまま学ぶ」。
それぞれの方法にはそれぞれの特性や一長一短がありますが、習得すべき知識の内容やその活かし方によって組み合わせ活用していくことが重要ですが、その効果を活かすためにそもそも<知を循環させていくための環境づくり>の重要性についても述べておきたいと思います。
企業側としてヴィジョンやスローガンを明示し共有したり、具体的な業務知識や行動を学ぶための情報やコンテンツを制作し提供することことはできますが、実際にそれを知肉化し、それぞれが置かれた環境や状況のなかで、成果を生み、価値を実現していくのは個々の社員、もしくは個々の社員の仕事のつながりです。
つまり協働していく人間同士の相互理解があってこそ初めて、形式知も暗黙知もより効果的なかたちで活きてくるということです。ここでいう相互理解というのは、ただ仲良くて安心とか、気心が知れてたほうがやりやすいよね、ということだけではありません。
ともに働く者が、共通のゴールを目指し、それぞれの役割を理解し、さらにそれぞれが何を強みで、何が弱いのか、どういう特徴があるのかを把握しあいながらそれぞれの行動を最適化していくという考え方です。
こういった考え方の重要性自体は、実業のなかで知識を活用し、協働を通じて成果を生み出そうとしている方々にとっては特筆すべきことではないかもしれませんが、具体的な方法論ということになるとあまり実例が見当たらずそれぞれの組織で試行錯誤している、というケースが多いのではないかと思います。
私たちの会社では、それぞれの組織グループのなかで、共通の文献を読み、そこに掲げられている項目について互いの意見を述べながらディスカッションしていくという方法を採用しています。
この本は簡単にいうと<仕事における行動と成果>という観点に対するドラッカーの過去の著作の抜粋集なのですが、成果とは何か、貢献とは、強みを活かすとは、時間をいかにマネジメントするかといったそれぞれの項目について、自分自身の仕事や置かれている環境と照らし合わて答えていく質問が記載されています。
第1章の「1.なされるべきことをなす」であれば、
  • とるべき行動:自らの組織においてなされるべきことは何か?自らがなすべきことは何か?
  • 身につけるべき姿勢:常になされるべきことから考えることを癖にする。手本となる人はいるか?

というような具合です。

その項目に対して社員一人一人が考えを事前にスプレッドシートに記入準備し、ディスカッションしていくという形式で進めていきます。 
ひとつひとつの項目のディスカッションを通じて以下のような情報のやりとりができます。
・アーツアンドクラフツという会社が大事だと考えている考え方や価値観の伝達。
・当社の役員として、なぜそういう考えに至ったのか、その背景にはどういう経緯や経験があったのか。
・それらに対して個々のメンバーがどういう理解や認識をしているのか。
・それぞれのメンバーはどういう個性や考え方をするのか。またそれはどういう経験からか。
・個々それぞれの意見や考え方から生まれる別の見方や新しい考え方の共有。
日常的なそれぞれの業務を、別の観点から見直したうえで、それぞれの意見を表明し、ディスカッションするというプロセスを通じて、普段は語ることの難しい個々の背景や個性も含めて理解しながら、一定の共通認識や価値認識のアプローチを形成していくことができるわけです。
当初は役員の私が旗振り役としてファシリテーションを務めていましたが、今ではファシリテーション役をさらに株分けしながら、先輩社員やミドルクラスのマネージャが後輩や一般の社員のファシリテーション役を努めています。(余談にはなりますがこれは江戸時代の薩摩藩で採用されていた郷中(ごじゅう)制度という教育システムに着想を得たものです。歴史的な制度や方式など人文知の分野から学び、ビジネスへと転用していくことの有用性についても改めてお伝えしたいと思います。)
個々人の理解や認識の差というものはどうしてもでてしまいますが、それでも様々な項目について繰り返しディスカッションを重ねていくうちに、組織やグループの中に一定の共通認識が形成されていきます。
そしてそのような空気感や共通認識が形成されるのと相乗して、いわゆる業務に必要な知の循環が高まっていきます。
このことは同じ国の人間同士だったり、同じ学校やクラブで濃密な時間を過ごした集団をイメージすればすんなり納得がいくと思います。共有する文化や文脈が濃密になるほど、一を語って十を知るようなことが実現されてくるわけです。
上述の氷山のメタファーを使うならば、環境というのは知の氷山が浮かぶ海に喩えられるでしょう。海が波穏やかで安定した状態であることで、人々は積極的にポジティブに知識を伝え合い、理解しあうことができるのです。
またディスカッションのなかで、ある人が現在の業務とは直結していないけれども、優れた能力や特技を持っていることに気づくことがあります。新しい業務ポジションに適する人材や、別の部署の業務課題をクリアするために必要だと思っている能力の持ち主が、実は同じ社内の思わぬところに存在しているかもしれないということに目を配れるかどうかも広義のナレッジマネジメントであるはずです。

多様性の時代にこそ不可欠なもの

私たちの会社では「実践」「貢献」「多様性」という言葉を、ACCommons(アーツアンドクラフツの共通規範)として掲げているのですが、なかでも「多様性」という言葉の概念やその解釈や実践が難しいものだと感じます。
字義の通りに、ただ色々な人がいて、色々な考え方がある、という認識だけでは多様性を意義あるものとして理解し、活かしていくことはできません。
異なるAとBの類似点や共通性、逆に全く異なる部分をきちんと理解し合いながら、そのうえでA/A’なのかB/B’なのか、それとも全く異なるCなのか、議論と検討を重ねながらより良い選択肢を見つけ、作り出し進んでいくということができてこそ、多様性というものがポジティブに作用するのです。
多様性という概念をポジティブに活用できる組織のあり方、すなわちコミュニケーションのあり方を作り出せる組織や集団が、不確実な未来に足跡を残していけるのではないでしょうか。

ふるくてあたらしいものづくりの未来

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング