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【ブランド&テック事例】DXによるオーダーメイドの「見える化」(1/2)

オーダーメイドのものづくりを拡げるために取り組んでいること

前回記事【基礎からわかるブランド&テック】豊かさを生み出すブランドの要件のなかで、豊かさを生み出すための条件として、「精神的な充足を満たす」「パーソナルな価値基準に応える」「地球や社会に配慮したものづくり」といったことを提示しました。

すべての企業やブランド、商品がそのままオーダーメイドのものづくりを実行できるわけではないにせよ、顧客のニーズに寄り添いながら顧客がほしいと思うものをつくるというアプローチや、資源や材料を極力無駄にせず受注生産するという考え方は、大量生産大量消費の時代が終わろうとするなか豊かさを生み出すことで選ばれる事業をおこなっていくために、改めて見直されていくべきだと考えています。

一方で、オーダーメイドには熟練の技術が必要、規模を求めるのは難しいなど、特に生産の観点から成長を求めようとするうえでデメリットと捉えられる見方もあります。

私たちは2014年から一貫してオーダーメイドの指輪作りを続け、現在では月産1,000本近くの指輪を作っていますが、受注量が増えるに従い安定的に指輪を生産する社内外の体制を整備・確保していくことは、事業をサステイナブルに成長させていくうえで何よりも難しい課題となっています。

ジュエリー業界に精通する人たちからも、我々がオーダーメイドにこだわりながらも成長を志向し続けていることについて常識ハズレだということを言われることもあります。

もちろん問題や課題が実際としてあることは間違いありませんが、オーダーメイドの現場で発生する問題をつぶさに見ていくと、できない、難しいと闇雲に思い込むのでなく、色眼鏡を外して工夫や努力をしてみることで解決できることも多々あると思っています。

このような考えに基づき、主にものづくりという観点から自分たちの事業を通じてオーダーメイドという方法論を拡げていくために取り組んでいることをいくつか紹介していきたいと思います。

 

 

ものづくりの「見える化」

実際として難しいオーダーメイドのものづくりをうまく進めていくために大切なキーワードは「見える化」です。

結婚指輪という商品のオーダーメイドには、お客様のオーダーによって異なる雰囲気やニュアンス、職人それぞれの技術や感覚など、依頼する側、つくる側それぞれにおいて、一見曖昧で捉えようのないような要素が点在しています。

この捉えようのない要素をできる限り可視化し、複数の人間や組織間で共有できるようにすることを「見える化」といっていますが、「見える化」を実現していくことでオーダーメイドのものづくりを質・量ともに飛躍的に向上させていくことができます。

オーダーメイドのものづくりを質・量ともに向上させていくためには、大きく二つのアプローチがあります。

一つは技術自体を「見える化」するというアプローチ、もう一つはそこで生まれ交換される価値を「見える化」するというアプローチです。

技術の「見える化」

基本となるITの仕組み

私たちの会社は創業当初より、ITの力を活用して手仕事を中心としたものづくりを活性化させるということを目指して事業を行なってきましたが、その一環として結婚指輪のオーダーメイド生産管理システムも自社で独自に開発してきました。

お客様が来店予約をして、実際に来店されてアトリエのつくり手とどんなやりとりをしたか、具体的にどのような指輪をつくることになったのか、サイズや幅、テクスチャの種類や入り方、ダイヤや刻印の入れる位置などなど、指輪を構成する様々な要素をできる限り紐解き、数値や文字の情報として記録展開していきます。

オーダー内容の仕様が確認できる画面(ボカシ入りであることご了承ください)

私たちの原点である女性職人一人のアトリエだった時代と同様に、実際に手を動かしてつくる職人が、お客様が目の前にいて直接オーダーをくれているかのようにリアルに依頼内容を理解できれば、あとはその人の技術次第でできるできないが決まってくるはずですが、少し量が増えてきて販売と生産、生産内でも工程別というふうに、分業体制を取らなければならなくなると、途端に情報がきちんと伝わらない、という問題が起きてきます。

当然ながら、指輪づくりのために必須となる情報を具体的な寸法等として残すということが何より大事なのですが、オーダーメイドの自由度が高くなるほど、仕様として落とし込んでいくための細かい変数(数値化するポイント、もしくはニュアンスとして数値化しないポイント)が必要になってきます。そのために通常の仕様の範疇の外側にある情報、数値化しにくいお客様に言葉やイメージも可能な限り記録に残すようにしています。

私たちは生産管理部のメンバーが中心になって、言語化され難いものを言語化する、もしくはコントロールすることで、多数の人間が関わりながらもひとつひとつ個別のものづくりを実現するという活動を延々続けているわけですが、そのベースとなっているのがITシステムによる仕組みというわけです。

個人内の技術をひらく

ここ最近の新たな取り組みとして、職人個人の内側の留まっている技術を展開していく活動にも力を入れています。

手仕事が絡む領域全般における共通点かもしれませんが、一人一人の職人が持つ技術/スキルがあくまでその職人固有のものとしてしか蓄積されておらず、知識や技術として共有伝達されにくい構造がいまだに強く残っています。

社内外の職人たちと指導育成の話をしていても、個人の力量やセンスが、、という話に行き着くことが多く、そうなると結局教えられるものではないからセンスのある人間を選抜するしかないというところに戻ってしまうことがあるのですが、そこで諦めずに中身を紐解いていくと、そもそも前提となる道具が違う、道具の使い方が理解されていない、などといったことが多々あります。

ここまでひらいていくと、道具を揃えよう、使い方の指導して揃えよう、という風に具体的な環境改善が生まれます。人間がやることですからそこまで揃えていっても当然差が出ます。ここまできてやっとセンスの領域の問題となるはずです。

職人仕事の世界にはいまだ「見て覚えろ」というような風潮も強く、指導する年代の人間もその感覚の中で育ってきている人が多いことから、自分たちの仕事を言語化し、情報化するという意識とスキルを持つ人材が少ないように思います。

 

そんななかで、コロナ禍の対応として始めた新しい取り組みとして功を奏しているのがビデオ通話を活用した職人同士のオンラインMTGです。

ith(イズ)では、吉祥寺の自社工房のほかに大小10程度の社外協力工房・職人が協力しながらジュエリー作りを行なっていますが、これまでそれらの外部工房や職人とは多くて週に一回、遠いところは2〜3ヶ月に一回程度、お互いの工房を訪れチェックや改善作業を行うということをやっていました。

コロナをきっかけに相互訪問が難しい状況に直面するなかでオンラインでのMTGを開始しましたが、始めてみると「移動が必要ないから、毎日ちょっとづつコミュニケーションが取れ問題を溜めずに解決できる」「実際のものや環境を見ながら技術指導ができる」ということで、質・量ともに作業効率が大きく飛躍するきっかけとなりました。

 

当社ではもともとはオンライン接客というアプローチからビデオMTGの積極活用を開始しましたが、職人〜職人の間でも活用することで大きな生産性向上につながっています。

【実践事例】ジュエリー会社がオンライン接客に取り組んで見えたこと

 

このように、個人や個別の会社に蓄積されている知識や技術を紐解いて、共有していく、というスタンスで手仕事が関わるものづくりの現場をみていくと、その良さを失わずにデメリットを解消しうる可能性をまだまだ秘めています。

日本の産業の代表格と評される自動車や工業機械産業といった分野に比べて、そもそもの産業規模が小さいことなどもあってエンジニアリングという概念があまり浸透していないようにも思いますが、だからこそ手仕事×エンジニアリングという組み合わせてで独自の価値を生み出せる余地を感じるのです。

 

*次回は続きとして、価値の「見える化」について紐解いてきます。

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。