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ソフトバンク・ビジョン・ファンドにみるベンチャービジネスへの投資論

コロナ禍以降の市況感

 

まだまだ安閑としてはいられないものの、各所でアフターコロナに向けた経済再開の動きがみられて久しい昨今。徐々に閉塞感を打開しつつあるように思える。

投資動向に目をやると、米国市場を中心に新型コロナウィルスの治療薬をめぐる期待感から、206月において大幅反発。それにけん引される形で、日経平均株価も2万円台を回復し、現在まで維持している。

尤も、大きな要因としては、バイオテクノロジー関連やリモートワーク関連ツールを擁するソフトウェア銘柄への「にわか投資家」による景気敏感買いが中心であり、短期間での手放しも想定される。そういった意味では、評価と実態がかけ離れているような状態で、投資が進んでいるとみることもできる。

こうしたコロナ禍での国内市場の投資シーンを振り返ると、真っ先にソフトバンクが自社ファンドでの巨額損失を公表し、国内企業で最大級となる約14,400億のグループ最終赤字を計上したニュースが想起される。

今回は、ソフトバンク・ビジョン・ファンドについて注視しつつ、それを通して事業会社のファンドビジネスについて俯瞰してみたい。

 

ソフトバンク・ビジョン・ファンドの概要

 

 

当ファンドは、2017年に組成されたソフトバンクによる投資ファンド(LPP)である。

ソフトバンクの100%子会社であるSBIA UKGP(無限責任組合員)となりファンドの運用・投資先選定にあたり、ソフトバンクグループもLP(有限責任組合員)に名を連ねている。

運用総額は986億ドル(約10兆円・1号ファンド)にのぼり、特に「ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)」への投資をスコープとしている。これは、未上場企業投資を目的としたベンチャーキャピタルとしては過去最大規模であり、オイルマネーを取り込んで新たなスタートアップ育成のスキームを組成した一方で、未上場企業の企業価値が大きく膨張することとなった。

それもそのはず、この規模は世界のVCへの年間投資額に匹敵するものであり、世界全体での年間投資額が単純に倍になる恰好である。ビジョン・ファンドの投資先が、出資を機に企業価値が最大で4倍になるケースもあった。

 

 

ソフトバンク以外の外部投資家としては、サウジアラビアの政府系ファンド「パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)」や同じくUAEの政府系ファンド「ムバダラ・インベストメント」、米アップル社や、半導体大手の米クアルコム社などが名を連ね、そのポートフォリオには、配車サービスを展開する米Uber社、半導体をはじめとする先端技術を有する英arm社、ビジネスツールを展開するカナダのSlack Technologies社など、これまでに約90社が並んでいる。

VCでは珍しい固定分配型(リターンの有無にかかわらず投資元本7%)のリターンを外部投資家に確約し、成果分配型と併せて投資家ファーストなファンドであることも特色の一つだ。単純計算で、10年で元本の70%相当分を出資者に払うことになるが、一般的に未上場企業の投資回収には78年を要するといわれることもあり、投資に回す資金が底をつくリスクも孕んでいるなど、やけに異質なスキームとなっている。

GPとして本体が、LPに連結子会社が名を連ねているため、このファンドの動向(リターン)によって、当然ながら本体P/Lに大きなインパクトがあるのは明白である。

 

ソフトバンクの巨額損失とその原因

 

ご存じのコロナ禍を震源とする市場経済の谷間において、投資先約90社のうち47社が評価減のあおりを受けた。本来ならば、1号ファンドの投資期間は5年に設定されていたものの、かなり前のめりになった結果、2年で10兆円の新規投資を完了させてしまった。

この是非はおいておくとして(IFストーリーで「コロナがなければ」という議論は無意味である)、企業価値がつり上がっていた段階での投資、向こう見ずな投資が集中してしまった感も否めない。

特に、投資後の米The We Company社における、創業者の杜撰な経営体制の発覚や、事業低迷による米Wag社からの早々の投資引き揚げ、Uber社の株式公開時の市場評価差の拡大など、資金潤沢なファンドにありがちな「投資判断の甘さ」も浮き彫りになっていた。

結果、約14,400億のグループ最終赤字を計上し、グループ全体に暗い影を落とすことになった。資産売却によるキャッシュ調達により、投資家への固定リターンと財政悪化に対応するとの見解を示したが、あえなくビジョン・ファンドの1stラウンドは大きな損失を生み出してしまった(2号ファンドについては、ソフトバンクグループでの単独投資となる見込み)。

とはいえ、不動産や交通・物流のセクター以外では、企業価値が高まった企業もある。投資先のExitは、まだすべて確定しているわけではないので、今後のバリューアップ施策に期待したいところである。

 

新たな懸念材料: 巣ごもり消費で拡大を見込む宅配サービス(DoorDash社とUber社)

 

ソフトバンクはファンドを通じて、料理宅配サービス業界首位のDoorDash社と3位のUber社へ出資をしている。米国内で宅配サービスのニーズが高まる一方で、行き過ぎた価格競争の様相を呈しているようだ。

米国内での報道で、DoorDash社がユーザーを囲い込むために、仕入価格を割り込む価格で採算度外視のサービスを提供していると報じられた。同社は、20年内のIPOを目指し、利用料収受に躍起になっているとみられているが、足元の業績は厳しい。13月期で45,000万ドルの損失を計上(Uber社も同期31,300万ドルの損失を計上)、損失補填の頼みの綱である利用料収受も、独自のサービスを展開する中小規模の飲食店保護の観点から上限を設定される動きも出ており、行政からも大手サービサーから手数料収受の透明性を求める意見が出ている。

競合同士への投資は珍しくはないものの、20年に予定しているユニコーンのIPOとしては最大とみられるDoorDashと、すでにIPOを果たすも、いまだ株価低下を脱しきれないUberの食い合いは、SBGとしても大きな懸念材料といえる。

 

事業会社がファンドを組成するということ

 

2010年代より、こうした大手企業によるCVCCorporate Venture Capital)ファンドの設立が相次いでおり、それを受けるベンチャー各社からも有益な資金調達方法として認識されるなど、CVCはいわばオープンイノベーションの起点となっている。

従来のVCファンドと異なる点は、Exitによる投資回収のキャピタルゲインではなく、投資先とのシナジーを見越した本業の成長・拡大を目的としている点。事業会社はSeed期の投資により、スキルフルな研究をイチから始める必要もなく、ベンチャー側も大手企業とのリレーションができるため相互のメリットがある。

ソフトバンク・ビジョン・ファンドの場合、外部投資家を含んでいる以上、キャピタルゲインを目的としているが、孫氏の発言や経営手腕を見ていると、CVCの目的を併せ持っていると考えられる。23年後の「お小遣い」ではなく、10年・20年先のテクノロジー、ビジネスモデルである「大輪の花」の収穫を夢見ているのは、孫氏が常に追い求めている「What’s Softbank, Why Softbank」の問いかけと、300年の拡大成長組織の形成を謳うその姿からは、実に筋が通っている。

 

思わぬコロナ禍というシナリオが、全世界的にストーリーを書き換えてしまったが、ここから生まれてくる新しい価値観やビジネスモデルを考えると、通り一遍の投資戦略は、ローリスク&ローリターンで「面白味のないもの」なのかもしれない。リーマンショック以来の景気後退ではあるものの、実は投資シーンは各ファンド組成タイミングから、当時よりキャッシュリッチで投資意欲は高い。

今数年間の市場動向を読み取るのは困難だが、こうした投資シーンから、各セクターのアフターコロナを継続して見極めていきたいと考える。

日下部峻

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/マネージャー