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第二回:アメリカを中心に発展した大衆消費社会とブランドについて
ものづくりを中心としたブランドのこれからを考えていくために、ブランドの歴史的変遷を辿ってきましたが、今回は1980年代から現在までの状況について概説したいと思います。
80年代はブランド研究が進み、現在につながるかたちでブランドが理解されだした時期にあたります。ブランド研究の第一人者デービット・アーカーはこの時代から企業戦略としてのブランドエクイティに注目し、現在に至るまで様々な企業事例の研究と実践検証を行なっています。
産業革命以降、拡張を続けてきた大衆消費社会ですが、その状況にも少しづつ変容が起きてきました。
第二次世界大戦後、アメリカを筆頭に、ヨーロッパ各国、日本などで工業化と消費社会が発展し、豊かな消費者が増えるとともに、世の中には様々なものが溢れ、人々はより多くの選択肢を持つことができるようになりました。消費社会がめざましく発展する一方、その負の側面としての公害や地球規模での環境破壊が問題視され始めたのもこの時代です。(消費社会の多様化、成熟化)
また広大な販売ネットワークを築いた小売チェーンや、大都市の一等地に店舗を持つ百貨店といった小売事業者が力を持つことで、消費者の商品選択を誘導したり、ディスカウントやリベート幅によってどの商品を取り扱うかを決めるといった影響力を及ぼすようにもなってきました。(小売流通パワーの強大化)
商品を生産する企業にとって、生産して市場に流しさえすれば十分な売上・利益を得られた環境から、限られた需要を奪い合う厳しい競争環境のなかで「あえて消費者に選ばれる理由」が求められる時代へと移り変わっていきました。
このように厳しい競争環境のなかで、顧客から選ばれていくための方法論として、特に競合企業や商品と差別化するためのアプローチとして自分たちの固有性から生まれる価値認識に基づいたブランド戦略が着目され始めたのでした。
アメリカのブランドはアメリカらしい自由や豊かさ、イギリスはロンドンから発信されるストリートカルチャー、フランスはアートと豪華さ、イタリアは職人志向など、それぞれが持つ文化的と産業的特性を活かしつつ、さらに各企業やデザイナーやアイコン個人の個性や特性を掛けあわせ、自社の独自性やそれと紐づく優位性を競うようになってきました。
同時にこの時代、マーケティングの方法論とその技術がめざましく発展しました。
豊かな人が増えるに従い、社会階層や所得という従来からの棲み分けだけでなく生活様式や趣味志向などで、より細かく人々を分類し、それらにあわせて商品から広告宣伝や流通経路を選択設計したうえで供給していくマーケティングアプローチが、多くの企業が取り入れられました。
かつてはブランドの商品とその顧客層はほぼ1対1で対応していましたが、ひとつのブランドのなかでも富裕層向けにはA商品群(オートクチュールの手作業でつくる超高級ライン)、一般層にはB商品群(機械生産による大量生産のライセンス商品)などのように、1対Nで投入する商品やその販売・流通方法を使い分ける活動が一般化していきます。
またモノだけでなく、飲食などのフランチャイズや、観光や交通業といったサービス業においても、マーケティングの対象として経営戦略のなかに浸透していきました。
1990年代頃からはコンピューターとIT技術の発達に基づく高度情報化社会、さらにインターネットの普及により世界中のあらゆる情報がつながるグローバル情報社会が始まりました。
第三次産業革命とも称されるこれらの社会変化は、消費者には、いつでも、どこでも、欲しい情報が手に入り、さらに自由にコミュニケーションが取れるという環境をもたらしました。世界各地の情報がよりタイムリーに結びつくと同時に物流網が整備されていくことで、企業は世界的な規模で生産と販売を連携し最適化させていく仕組みを構築していきました。
1980年代から2000年代前後にかけてこういった変化が様々に重なり合い変化/発展していくなかで、ブラントに関わる観点から、いくつかの類型的な事業形態が発生してきました。
「ブランド」と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのがLVMHグループに代表されるブランドコングロマリット(複合企業体)でしょう。ヨーロッパ発祥のラグジュアリーブランドがM&Aによる資本面を中心に結びつき、世界的な展開を行なっていくブランド形態です。
先ほど述べたグローバル経済の発展のなかで、企業が継続的に成長発展していくためには相応の資本が必要になるなか、もともと家族経営的事業から発展した欧州ブランドの多くが、自力では資金を用意できず事業を維持発展させていくことが困難になってきました。
そのような背景のもと、資金面と経営面で突出したコングロマリットが事業支援を行うことで、個別のブランドはその価値を維持発展させるとともに、グループ全体としても相乗的にその事業価値を高めながら拡張発展していきます。
かつては特定の富裕層のみを対象に受注生産を中心とした事業を行なってきた欧州のラグジュアリーブランドですが、世界規模で経済が発展するに伴い、古くからのものづくりを付加価値創出の源泉としながら、それを商標やデザインなどでシンボル化したうえで大量生産のマスプロダクションを製造販売したり、ときには商品製造販売のライセンスを提供販売することで利益を得る事業モデルに特徴があります。
また世界中の一等地にある高級百貨店やモールに出店したり自ら直営店を開くことで、権威性を高め独自性を護りながら事業展開を進めています。
ブランドコングロマリットは、伝統的かつ高水準のものづくりを価値源泉に、高い経営力(マーケティングやファイナンス能力)が掛け合わされることで大きな付加価値を保ちながら、世界中の市場に商品を大量供給していくことに成功しています。
ものづくりに関わるブランドを考えるうえで、SPA(製造小売業)という事業形態も見逃すことができないでしょう。
もともとアパレルにおいて、商品企画から製造から、販売までを一貫して行う事業形態ですが、現在では他の業界/事業領域においても同様の形態で成功する企業が増えてきています。
情報システムを用いて商品の企画、生産、販売の情報をできる限りタイムリーに結びつけたうえで、工場で大量生産した商品を多店舗を用いてできるだけ売り切り、高い利益をあげるという事業モデルですが、ITを徹底活用し、流行や店頭の売れ行き動向などの情報をすみやかに拾い、自社商品へと反映させた、限界ギリギリの生産量を見極めたうえで大量生産することで、低価格でかつ無駄なく、自社店舗に展開していきます。
私たちが知るSPAの代表格といえばユニクロやZARAでしょう。当初はデザインやクオリティ、そのどちらかか、もしくはその両方に難がありましたが、時間とともその方法論は精緻化され「安いけどおしゃれ」「安いけどしっかりしている」と評価される商品を供給することで、売上という面においては消費の中心を担う存在にまで発展しています。
またSPAという概念で括られることはあまりありませんが、AppleなどのIT企業も基本的に同じ原理に基づき、その価値を構築しています。アップルは圧倒的なマーケティング力とクリエイティブ力に基づき商品を企画し、アップルストアを中心とした自社流通で顧客と直接コミュニケーションし情報を吸い上げながら、世界中の優れたサプライヤーをネットワークしたものづくり体制を組み上げています。
これらの企業に共通するのはIT化された高いマーケティング力を価値源泉に、スピーディかつ合理的に大量生産を行うことで、顧客にとって付加価値の高い商品供給を可能にしているという点です。
当然ながらこの範疇に分類されない様々な企業やブランドが存在しますが、以前定義したように、1.独自性を生み出す 2.高い付加価値を創出する 3.文化を導いていくという「ものづくりにおけるブランド化の意義」を踏まえ、その実現方法とこれからのあり方を考えるとき、ここに挙げたブランドコングロマリット、SPAそれぞれの事業が多くの示唆を含んでいることは疑いようがありません。
社会の変化にあわせながら、ものづくりとマーケティングが融合進化していった結果、行き着いた象徴的かつ対照的な2つの方法論がブランドコングロマリットとSPAという事業形態であるとも考えられるでしょう。
ブランドコングロマリットとSPA、対極的な事業形態ですが共通する部分がひとつあります。
それは”ブランド”という概念でそれらの企業活動をとらえたときに、「ブランドというものが、企業活動全体に関わるものとして捉えられている」ということです。
企業活動の歴史のなかでブランドという言葉の捉えられ方を振り返ると、まずは広告宣伝の一部、特定の商品の商標(トレードマーク)的なものとしての理解からはじまりましたが、マーケティング概念の発展とブランドというものの研究実践が進むにつれに、組織・商品・サービスの認識のされ方、つまり顧客コミュニケーション全体として意味を拡げてきました。
その視点からブランドコングロマリットとSPAそれぞれの活動をみたときに、ブランドという概念が「顧客との関係性を起点とし、顧客接点からものづくりなども含めた企業活動全体に関わるものとして定義され、実行されている」という点で、共通項があることに気づきます。
そして、このようにブランドというものを企業活動の一部分から企業活動全体をあらわすものとして捉える見方は、事業規模や事業形態を問わず、あらゆる企業や組織において必須のものになりつつあります。
ものづくりとマーケティング、それぞれの進化と融合の末に生まれてきたブランドコングロマリットとSPAブランドという事業形態ですが、加速する社会状況の変化やそれに伴う大きな価値観の転換のうねりのなかで、ものづくりやブランドにもさらなる進化や変容発展が求められています。
生産と需要の捉え方はそのひとつでしょう。近代から現代の工業と社会発展の前提となってきたのは大量生産と大量消費であることは述べましたが、地球規模での環境破壊や資源枯渇の問題がいよいよ深刻化してくるなかで、この前提自体を根本的に見直すべきではという論調も生まれてきています。
またインターネットが世界中を結び社会の価値がより多様化、相対化してくるなかで、特定の権威や既得権益に縛られない、新しい価値観や方法論の事業も生まれつつあります。
このような状況をふまえて、次回はいよいよ私たちが考える「これからのものづくりとブランドのあり方」をご紹介していきたいと思います。
<参考書籍>
ブランド論—無形の差別化を作る20の基本原則/デービッド・アーカー (著)
ブランドとデジタルの力で、日本のものづくりをアップデートする。アーツアンドクラフツの実践的ノウハウを余すところなく紹介した一冊です。
アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。