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2020.09.17

ブランドを紐解く(2)/アメリカでの産業発展

 

ブランドを紐解く(1)/ヨーロッパの歴史から

前回は、ヨーロッパの歴史からブランドという概念とその成り立ちを紹介しました。今回はアメリカを中心とした社会の動きとブランド発展の関係性について述べていきます。

 

産業革命と工場制機械工業の進展

前回ご紹介したように、ヨーロッパにおいては優れた技術を持った家系や職人集団が、王侯貴族から後の資本家といった特定の顧客へ価値を提供していくなかでブランド的な概念が成立発達していきましたが、18世紀の中頃から19世紀にかけて時代の流れを大きく変える技術的革新が起こってきました。

イギリスを中心に始まったこの動きがいわゆる「産業革命」です。


産業革命(さんぎょうかくめい、Industrial Revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業変革と、それにともなう社会構造の変革のことである。

産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程におけるさまざまな技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる。これによって工場制機械工業が成立し、また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船鉄道が発明されたことにより交通革命が起こったことも重要である。(wikiより抜粋)


ものづくりの観点からなによりも大きな影響を及ぼしたのは工業制機械工業の発展です。それまでの、手作業もしくは、人が機械を操り調整しながら行なっていたものづくりから、生産工程全般を機械化することで、機械中心に人も歯車の一部として働くものづくりへと変化していきました。

この変化によって大量生産で安価なものづくりが可能になり、また同時に起こった交通革命とも相まって新たな富とその分配構造が生まれ、新しい社会状況が形成されていくことになります。

余談ながら当社社名の由来であるアーツアンドクラフツ運動もこの時代の負の側面への警鐘として始まったものです。

 

大衆消費社会の出現

イギリスから始まった産業革命でしたが、もっともその恩恵に授かった国は新大陸アメリカでした。

二度の世界大戦を経るなかで自ら疲弊していった欧州各国とは対比的に、アメリカは他国に比較的干渉されずにフロンティア開発や工業化を進めることができたこと、ヨーロッパのような伝統に基づく階級概念が存在しなかったことなどから「大量にものを作って世の中の隅々まで行き渡らせることで誰も豊かになれる」という新たな社会的理想とともに、大衆消費社会が一気に花開くことになります。

そしてこの大衆消費社会を前提として、特定の人間に対し、必要とするもの、満足するものをつくっていくという欧州型のものづくりとは全く逆のアプローチ、いわゆるマスプロダクト・マスマーケティングという方法が発展していくことになります。

(1920年代のニューヨーク)

大量生産・大量消費の時代に生まれたブランド

19世紀後半から第二次産業革命といわれるこの時期に、現在でも存在する近代ブランドが登場してきます。

今日でも消費財ブランドの雄として名高いプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は1837年に創業されましたが、1879年にアイボリー石鹸を発売しヒットさせることでその地位を築きました。

世界的食品メーカーのナビスコ社がナショナル・ビスケット社として創業されたのが1898年、コーンフレークの世界的ブランド、ケロッグ社が設立されたのは1906年。

食料品、タバコ、日用品といった消費財が、この時期急速に整備された梱包・輸送技術と流通システムにのって、消費者の間に広がるにしたがい、それぞれの商品の品質や違いを保証し、識別してもらう手段としてブランドが重要になってきました。

またアメリカの工業化の象徴ともいえる自動車産業の雄、フォード社が設立されたのは1903年。現代工業システムの原点ともいわれるフォード・モデルTは1908年の発売以降圧倒的な数と速度で普及浸透し、その生産・販売システムの普及とともに、自動は車大衆社会における新たな富を象徴するブランド商品として発展していきました。

アパレルの世界では、アメリカン・ゴールドラッシュの時代の作業服に起源をもつリーバイス、都市部で生まれた新興の中産階級に向けて紳士服を仕立てたブルックスブラザーズなどもこの時期にスタートし、大衆消費社会の発展とともに成長してきたブランドです。

 

マス流通とマスメディア

工業化によって大量に商品が作れるようになったということと同様に、ブランドという概念の普及にとって重要なのが、小売の発展によるマス流通の実現と、マスメディアという情報伝達手法の発達です。

20世紀に初頭から1920年代にかけて、ニューヨークなどの大都市部には様々な百貨店や小売専門店が登場し、新興の中産階級に対して様々な商品を紹介していくとともに、より低価格商品を中心とするチェーン型の小売業も全国的に普及していきました。

また新聞・雑誌、ラジオ、テレビなどといったメディアの普及は、これらの商品の存在を大衆へと知らせ、その価値や魅力をアピールする方法としておおいに活用されました。

今日でも世界的な権威を持つファッション情報誌Vougeが初めて出版されたのは1892年ですが、それまで作業着や日常服としてしか捉えられていなかったアメリカに、ファッションという概念をひろめていきました。

このように、ものの生産とその流通、そして情報が紐付きながら、大量につくられた商品をどうやって流通消費させていくかというマーケティング主導の生産消費システムが発展していくなかでブランドという概念も成立熟成していったわけです。

第二次世界大戦を経て黄金期へ

アメリカを中心軸としたマスマーケティング主導のブランド展開は、その競争力と国際的な地位を高めながら第二次世界大戦後のベービーブームなどの後押しにより1960年から1970年代へかけて隆盛を迎えていきます。

物質的な豊かさを背景に、若者によるカウンターカルチャーやストリートカルチャーが様々な地域から起こり、世界中へと波及していくなかで、マーケティングマネジメントと結びつきながら世界的なブランドへと成長していった企業も少なくありません。

1969年にサンフランシスコで生まれたGAPは瞬く間に全米に展開するチェーンへと成長を遂げ1976年にはニューヨーク証券取引所へと上場を果たし、その後もM&Aなどを繰り替えしながらグローバル展開し、今なおアメリカを代表するアパレルブランドとされています。

その他にもナイキやラルフローレンなど、マーケティングを成長の軸として多くのグローバルブランドが生まれました。

差別化の時代へ

このように世界的規模で膨張していった大衆消費社会を背景に、マスマーケティングをベースとした多くのブランドが生まれ育っていったわけですが、豊かさが一定の飽和点に達し、さらに生産の観点からも国際競争が激しくなっていった1970年代中盤から1980年代にかけて、ブランドとものづくりの在り方も大きな転換を迫られることになります。

「すべての人にとって魅力的であろうものをたくさんつくって大量に行き渡らせる」という考え方から、所得階層や嗜好性などでグルーピング化し、それらの人に必要とされるものを、できるだけ多くつくり売りさばく差別化という考えにそってブランドというものもマネジメントされていくことになります。

 

ブランドの中心は、アメリカ主導の時代からヨーロッパやアジアをふくんだ分散化と多様性の時代へと変化し、さらにそれぞれが相互作用を及ぼしながら、さらに新しい展開を生み出していきます。

現代において定義されている「ブランド」という概念やそのあり方が、本格的に研究されだすのはこの時期からです。

次回は、1980年代以降のブランドの動きについてご紹介していきたいと思います。

<参考書籍>

ブランド戦略論

ファッション&ラグジュアリー企業のマネジメント: ブランド経営をデザインする

 

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。

 

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