公益財団法人日本生産性本部が公表している「労働生産性の国際比較 2021」によると、日本の1人当たり労働生産性(就業者 1 人当たり付加価値)は、78,655ドル(約809万円)で、OECD加盟38カ国中23位と世界的に見ても低水準となっています。
さらに、GraphToChart(2022)「日本の生産年齢人口データ」によると日本の生産年齢(15歳以上65歳未満)は1990年代をピークに減り続け、2020年時点では約7400万人にまで減少しています。
日本の労働生産性OECD内で下位に位置しており、さらに、生産年齢人口も減少し続けており、現状のままでは日本企業の発展は厳しいと言わざるを得ないでしょう。したがって、日本企業に求められていることは、労働生産性を向上させ、今の業務をより少ない人数で実施できるようにすることです。
そこで、重要となるのが業務改善です。業務改善とは、現状の業務を可視化し、課題を抽出したうえで改善することで、顧客に対して、より効率的に商品やサービスを提供できるようにすることです。
基本的に業務改善は、以下の通り、設計・分析・実行・評価のステップで進められます。
業務改善とBPRの違い等については『いまさら聞けない「BPR」と「業務改善」の違いとは?~BPRを失敗させないためのポイント~』をご参照ください。
本記事では、上記ステップに沿い、効果的な業務改善の進め方についてご説明します。
業務改善において、最初に実施すべき事項は設計です。
設計ステップでは、主に「目的・目標の設定」と「プロジェクト組成・計画の策定」を実施します。
業務改善を実施する際は、まず目的を設定することが重要です。
何のために業務改善を実施するのかを明確化させないと、施策自体が曖昧になってしまい効果が薄れたり、着手しやすい課題ばかりを取り組み、本質的な課題を解決できなくなったりしてしまいます。
目的を設定したら、その目的を達成するための目標を設定します。目標を設定する際は、定量的な目標と定性的な目標を設定すると良いでしょう。
定量的な目標を設定することで、業務改善によって本当に効率化されているのかを把握することができます。例えば、「経費申請業務にかかる時間を〇〇時間削減」や「加工不良発生率を〇〇%削減」、「納品までにかかる日数を〇〇日削減」のようなものです。
ただし、定量的な目標のみ追うと、感情面の効果が蔑ろになってしまうことがあるため、定性的な目標も設定します。例えば、「以前と比べて作業が楽になった」「以前より作業に対するモチベーションが上がった」等の指標を5段階評価で設定します。業務時間自体は短くなっても難易度があがっていたり、単純化され過ぎたことでモチベーションが下がってしまったりといった意見も定性的な目標を設定することで把握することができます。
目的・目標を設定したら、業務改善を推進するメンバーを招集し、メンバー別の役割を明確化します。
また、目標に対して大まかなスケジュールや人員計画等の計画を策定します。業務改善を進める際は、通常業務との兼ね合いも考慮する必要画あるため、ある程度バッファを持ってスケジューリングし、必要に応じて柔軟に調整できるようにしておきます。
スケジュールの作成やWBSの作成については、こちらのプロジェクト進捗管理の記事やこちらのプロジェクトマネジメントの記事もご参照ください。
設計が完了したら、次は分析を実施します。このステップでは主に「現状把握」、「問題・課題の抽出と分析」、「優先順位付け」の3つを実施します。
分析ステップでは、ます、どのような業務が実施されているのか、現状を把握します。現状把握の方法としては、主にヒアリングがあります。
ヒアリングは下記流れで進めると良いでしょう。
どのような業務が実施されているのか、現状を把握するため、ヒアリングをする対象者を選定します。
基本的には業務ごとに担当者を決めヒアリングをしていきますが、業務が属人化していることもあるため、その場合は、複数名にヒアリングをすることで、より正確に現状を把握することができます。
また、現場の管理者は、業務の全体像を把握していても、詳細は把握できていないことがあるため、管理者だけでなく、実務を担当している社員にもヒアリングすることが理想的です。
ヒアリングしたい項目を整理し、それらを記録するためのシートを作成します。
なお、このシート作成後、ヒアリングを実施する前に、業務の担当者に共有しておき、あらかじめ記入しておいてもらっても良いでしょう。
ヒアリングする項目としては、主に下記があります。
サンプルとして、経費精算書作成業務のヒアリングシートを作成しました。
ヒアリングシートの項目は、業務内容、担当者、プロジェクト状況等で変化します。
例えば、複雑な業務であれば上記サンプルに「概要」列や「目的」を追加し整理したり、複数の担当者が関わる業務であれば上記サンプルに「担当者」カラムを追加したりすると良いでしょう。
また、事前に業務担当者が使用しているマニュアルや資料を共有してもらい、事前に読み込んでおくと良いでしょう。その内容をヒアリングシートに反映できるだけでなく、前提となる知識を共有しておくことで、ヒアリングをスムーズに進めることができます。
作成したヒアリングシートの項目に沿い、業務担当者にヒアリングをします。
ヒアリングをする際の注意点としては、業務内容だけではなく、背景や目的をヒアリングすることです。業務担当者との認識の乖離が発生しにくくなることに加え、ヒアリング結果をまとめる際等、後続の作業も進めやすくなります。
その他にも、業務担当者が話した内容が直接業務に関係なかったとしても、「備考」列等に記入すると良いでしょう。これにより、業務担当者自身も気が付いていない課題を見つけられたり、業務の理解度を深めたりすることができます。
ヒアリング結果をを業務フロー図や作業手順書等でまとめます。
まとめ方の例として、業務フロー図の表記方法のひとつである、BPMN(Business Process Model and Notation)についてご説明します。
BPMNは、マルチベンダーで構成されているOMG(Object Management group)によって維持されている国際標準(ISO19510)であり、国際的に統一された「誰が読んでも同じ意味として伝わる」業務フロー図となっております。
一般的にBPMNでは、トリガーを表す「イベント」、業務内容を表す「アクティビティ」、分岐条件を示す「ゲートウェイ」 それぞれの記号を繋いで実行順序を示す「シーケンスフロー」等で業務が表記されます。
BPMNを用いた業務フロー図の作成は、下記の流れで進めていきます。
ヒアリング結果をもとに、対象となる業務や関わる担当者や部署などを全て一覧化します。ここで一覧化した関係者を必要に応じて業務フロー図のレーンに追加します。
各関係者がどのような業務をするのか、開始や終了のタイミング、判断をする際に必要な情報等をリストアップし整理します。
整理した作業を業務の流れと照らし合わせて時系列に並びかえます。
時系列に並びかえた作業をフローチャートに落とし込みます。
業務フロー図を作成する際には、業務担当者や業務フロー図作成者以外が業務フロー図を見ても理解できるように作成することが重要です。そのためには、業務フロー図にラベル(説明文)を記載することがおすすめです。
製品の注文から受領までの業務フロー図を例として作成しました。
上記のフローでは、①顧客による製品の問い合わせ、②営業による製品の説明、③顧客による注文書送付、④営業による製造担当への製造指示、⑤製造担当による製造、⑤営業による出荷、⑥顧客が製品を受領という流れを表しています。
このように業務をフロー図に落とし込むことで業務が可視化され、これによって業務における課題の抽出と分析に取り掛かることができます。
ヒアリング結果を業務フロー図にまとめたら、実際の業務と差異がないか、ヒアリングを実施した業務担当者に確認をします。必要に応じて、フィードバックをもとに内容を修正し、業務担当者から了承を受けたら現状把握は完了となります。
続いては、把握した業務から課題を抽出・分析し、解決手段を策定する方法についてご説明します。
可視化した業務から課題を抽出・分析し、改善する際にはECRSというフレームワークの活用がおすすめです。
ECRSとは、業務工程の見直しをする際のフレームワークで、その名称はEliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(入替)、Simplify(簡素化)の頭文字からきています。
ECRSは上記図の通り、Eliminate(排除)では、「その業務をなくすことはできるか。」、Combine(結合)では「その業務と他の業務を同時に実施できないか。」、Rearrange(入替)では「業務の順序を入替ることで効率化できないか。」、Simplify(簡素化)では、「その業務のやり方をより簡単にできないか。」をこの順番で検討していきます。
最初に実施するのはEliminate(排除)です。先ほどご説明した業務フロー図等をもとに業務全体を見直し、排除しても問題がない業務はないかを探すステップです。
排除しても問題がない業務を探すには、業務フロー図における各業務の目的や実施の理由について見直していきます。その時に、業務の目的や実施の理由が曖昧なものがあれば、排除しても問題がない業務である可能性があります。
Eliminate(排除)の対象となる業務の具体例としては、日報等の書類作成業務があります。現状、入社歴に関わらず、全社員が日報の作成を義務付けられ、作成に毎日20分かけており、一方で、上司は日報を毎日確認しているわけではないとします。この場合、日報の作成の目的は曖昧であり、ただ慣例的に続けられていると言え、排除を検討することができるでしょう。
次に実施するのはCombine(結合)です。これは、類似した業務を複数の担当者が実施している場合、結合することによって人員/設備等のリソースの削減を狙うステップです。
また、業務の結合によって、別々の担当者が実施していた業務を特定の担当者が集中的に実施することで、その担当者の業務習熟度の向上も狙うことができます。
Combine(結合)の対象となる業務の具体例としては、発注作業の一括化等があります。現状、発注業務を部門ごとに別の担当者が実施しているとします。この場合、発注業務をまとめて1人の担当者が実施することで、トータルの所要時間の削減が期待できる可能性があります。
次に実施するのは、Rearrange(入替え)です。これは、業務に優先順位付けをし、業務の順番を入替たり、業務担当者や業務の実施場所を変更したり、その業務を他のやり方に変えたりすることで効率化をするステップです。
作成した業務フロー図等を参考にすることで、業務の順番を入れ替えてよいか、担当者を変更してよいかを検討することができます。
Rearrange(入替え)の対象となる業務の具体例としては、上司への業務確認のタイミングの変更等があります。現状、自身が作成したアウトプットを上司に確認する業務を業務全体のフローの後半に実施しているとします。その場合、上司から修正の指摘が入った場合、大幅な修正が必要になる可能性があります。そこで、上司への確認を業務全体のフローの前半に実施することで、修正箇所が最小に抑え効率化を実現できます。
Simplify(簡素化)は業務をより簡素化できないか検討するステップです。業務は複雑になればなるほど、人為的なミスは発生しやすくなり、また、それを防止するために二重チェック等の体制を整えることでより手間がかかることになります。
そのため、業務内容をもっと簡素化することができないか、作業を単純にすることができないかといった観点で検討を実施します。
Simplify(簡素化)の対象となる業務の具体例として、資料テンプレートの標準化等があります。現状、会議資料・報告書等を各担当者が0から作成しているとします。この場合、会議資料・報告書等のテンプレートを作成し、また内容を簡潔なものにしたうえで社内に共有することで、資料作成にかかる工数が削減されるだけでなく、テンプレートが統一されることによって上司の確認作業もより効率的なものにすることができます。
このようにECRSに基づき、業務をEliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(入替)、Simplify(簡素化)していき、業務効率化のための解決手段を策定します。
また、この際に重要なことは、E⇒C⇒R⇒Sの順番で進めていくことです。この順序は、より改善効果の高い順番で並べられており、優先順位を付ける際もどの概念に当てはまるのかを明確にすると、より精緻な優先順位を付けられるようにもなります。
業務改善を実施するための解決手段を策定したら、その解決手段を実装する優先順位を決定します。「問題・課題の抽出と分析」で記載した通り、ECRSは改善効果の高い順番で並べられています。そのため、ECRSの分析結果に従い、優先順位付けをすると良いでしょう。
さらに、QCDを意識して優先順位付けをすることで、より効率化することができます。QCDとは、Quality(効果)、Cost(コスト)、Delivery(時間)の頭文字を並べたものです。
ECRSで分析した解決手段に対して、このQCDをもとに評価をしていき、優先順位付けをします。
Qualityでは、解決手段を実行するとどのくらい効果が出るか(目標達成に近づけるか)を判断します。具体的には、作業時間がどれぐらい削減されるか、業務にかかる費用がどれぐらい削減されるか等です。
Costでは、解決手段を実行するにあたりどれぐらいコストがかかるかを判断します。具体的には、人件費やシステム導入費、コンサル費用等です。
Deliveryでは、実際に効果が出るまでどのくらいの時間がかかるかを判断します。たとえ、QualityやCostが良くても、効果が出るまで時間がかかってしまうこともあるため確認する必要があります。
評価をする際は、計画や目的に応じて、QCDそれぞれに重みづけをします。例えば、一大プロジェクトとして全社規模で業務改善を実施する場合はQualityを重要視し、試しにスモールで業務改善を実施し今後全社展開を検討する場合は、Deliveryを重要視するといった具合です。
分析ステップの完了後、策定した解決手段を実行していきます。
策定した解決手段を実行する際は、主に下記の流れで実行します。
設計ステップにおいて、業務改善全体の計画を作成しましたが、今度は解決手段ごとの計画を作成します。計画に記載する内容は、課題やテーマ、目的・目標、具体的な手法、担当者、KPI等です。
解決手段ごとの計画を作成することで、関係者への説明が容易になったり、実行する中で認識の乖離が発生することを防ぐことができたりします。
計画を作成したら、実行するための事前準備をします。具体的には、新しい業務プロセスにおけるマニュアルの作成、現場教育、体制の変更等です。さらに、システムやツールを導入する場合は、導入システム・ツールのマニュアルの作成や、業務担当者への研修を実施する必要があります。
新しいプロセスを実行する際は、事前に業務担当者へ周知しておくことが重要です。
課題、目標、期日など、管理者以外の現場の担当者へも共有しておくことが、スムーズに新しい業務プロセスを実行するためには必要です。
①~③が完了したら、ようやく新しいプロセスを実行できます。
次に、実行した新しい業務プロセスの評価を行います。
新しい業務プロセスを実行した場合、実際に現場で定着し、効率化されているか定期的にモニタリングする必要があります。
評価ステップの進め方の一例としては、下記があります。
業務改善やシステム導入等の定着化の確認・効果測定をするために、実際に進行中の業務プロセスのモニタリングをします。設定している目標値だけでなく、その目標に関わる数値も計測することが理想です。
計測する数値の例としては、
等があります。
各業務におけるステップごとに測定結果を確認していきます。その際に確認するの観点として、分析ステップにおける優先順位付けでご説明をした、QCDを参考にしましょう。振り返り方や結果のまとめかたは、業務によって変わってきますが、QCDの観点は共通して活用することができます。
以上で、業務改善における設計・分析・実行・評価ステップは完了となります。
本記事では、業務改善の進め方についてご紹介しました。
業務改善を実施し、実際に効果を出すために、特に重要なことは、業務改善を「やりっぱなし」にせず、PDCAを意識することです。
もし、業務改善を「やりっぱなし」にしてしまうと、業務担当者が慣れている旧プロセスに戻してしまったり、何かしらの理由で一度改善された効率が元通りになってしまったりしてしまいます。
よくある例としては、電子請求システムを導入したものの、操作方法の教育が行き届かずに元の紙の請求書に戻してしまったり、不要な会議体を削減したものの、上司への配慮から無くした会議が復活してしまったりといったことがあります。
そうならないためには、設計~評価ステップが一通り完了したら、評価ステップにおける測定結果をもとに、当初の目的・目標と照らし合わせ、乖離があれば、そこに存在する課題を分析し、解決手段を実行、さらには実行結果を評価と、設計~評価ステップを適宜繰り返すことで、PDCAを回していくと良いでしょう。
自社の業務に何かしら課題を感じておられるようでしたら、本記事を参考に取り組みしていただけたら幸いです。
本記事が、業務改善の実施方法についてご興味をお持ちの企業様にとって有意義な情報提供となれば幸いです。
当社はITコンサルタントとして、RPAを始めとしたITツールの導入を、対象業務の選定/業務設計からシステム導入までトータルサポートしております。
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【参考】
アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/アナリスト
2020年神奈川大学経営部卒業