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2023.03.22

中長期的なM&A戦略に基づく買収をどのように進めるべきか

 

 

近年のM&Aにおける概況と課題点

今日において、M&Aは経営拡大の手段の一つとして広く認知されており、日本における近年のM&A件数も増加の一途をたどっています。株式会社レコフの発表したデータによると、M&Aの件数は2011年以降増加傾向にあり、2022年には4,304件と過去最多件数を記録しています。

また、M&Aの増加要因を見てみると、後継者不足や経営者の高齢化、人材不足が理由として挙げられているため、今後もセルサイドのM&Aニーズは高い状態が続くものと推測されます。そのため、バイサイドから見ると売りに出される企業が多くなることが見込まれるため、経営拡大の手段としてM&Aを見据えている方にとっては、M&Aを実施しやすい環境になると言えるでしょう。

一方で、M&Aを実施しやすくなるがゆえに、M&A自体を目的化してしまうケースが発生したり、M&Aで実現したい企業戦略やゴール像とズレが生じたまま進めてしまったり、といった見落としがちなミスが多発することは想像に難くないでしょう。

そこで、本記事ではバイサイドにおけるM&Aの進め方を解説するとともに、中長期的なバリューアップを実現させるためのM&A戦略の立案方法についてご紹介したいと思います。

本記事が、M&Aを企図されている皆様のお役に立てれば幸いです。

 

バイサイトにおけるM&Aの進め方の確認

M&A自体は凡そ「候補へのアプローチ」~「DD」~「譲渡」という流れで完了しますが、バイサイドのM&Aにおいては売買が完了した後のPMIや事業運営を行うことを鑑み、前段階として戦略策定の準備が重要となります。

なぜ重要かというと、先述したミスである“目的との乖離”を防ぐためのアクションであるため、手間をかけてでも実施することにより、結果として工数面/費用面でのリスクを最小限に抑えることが可能となるからです。

具体的には、アプローチの前に「企業戦略に基づくM&A戦略策定」や「買収対象の選定アングルの設定」などが必要となります。

これらを実施することにより、大前提としてM&Aが企業戦略を実現するうえで最適な手法なのかを確認したり、買収後に企業がどう成長していくか/させていきたいかを精緻にイメージできるようになったりと、確かなメリットを享受することが出来ます。

 

そのため、弊社では企業戦略の実現を前提に見据えた状況確認や戦略策定から実施することを推奨しております。詳しくは、弊社のサービスベージをご覧ください。

 

より細分化された内容については、弊社の記事「M&A戦略に基づくソーシングの進め方 -投資ターゲティング~企業選定-」で解説しておりますので、理解を深めるためにもお読みいただければ幸いです。

なお、本記事では先に掲載したM&Aの流れのうち、戦略に沿った買収の進め方について解説を行うため、「戦略策定」「買収対象の調査」について深掘りをしていきます。

 

M&A戦略を立てる際のモデルケースと着眼点

では、バイサイドにおけるM&A戦略の策定はどのように進めるかを解説していきます。

 

企業戦略との整合性の確認

前提として、M&Aは企業戦略を実現するための手段であると述べましたので、まずは企業戦略に沿うM&Aの目的設定が必要となります。M&A仲介業者各社の見解をまとめると、M&Aの目的は大きく以下の3点が挙げられるため、M&Aを思い立った背景がいずれかに該当するかを確かめましょう。

 

  • 企業を買収して事業を拡大したい

例)5年後のソフトウェア市場のシェアを10%高めることを目的とするため、中長期的なトレンドである人工知能の知見を得たい。これを自社製品に取り込むことで、提供できるサービスの柔軟性を増やし、既存顧客への依存度を上げつつ新規顧客の開拓を目指す

 

  • 自社と関連する事業を買収してシナジー効果を得たい

例)自社でソフトウェア開発を行っているものの、販路開拓が十分にできず、3年後の売上目標に到達しない見込みとなっている。また、5年後の継続的な成長を見据えると、営業代行ではなく自社の販売拠点の拡大およびインバウンド獲得が必要であるため、営業/マーケティングに強いが製品開発が弱い同業者を買収し、双方のシナジーを発揮させる体制を構築したい

 

  • 新規事業を買収して経営の多角化を図りたい(あるいは新規事業参入のコストを抑えたい)

例)創業来、Webメディア事業に専念し続けてきたため、経営上のリスクが大きい状況。また、メディア利用者の最新ニーズを把握することはできているものの、これを基に事業ポートフォリオを拡大するには人的リソースが無いため、安定した事業運営をしている他社を買収することで、短期的にポートフォリオの充実化を図りたい

 

上記のどれかに当てはまる場合には、企業戦略を実現する手段としてM&Aを採用して良い状況であると言えるため、M&Aの具体的な戦略設計に進むことが出来ます。

仮にそうでない場合には、多額のキャッシュを投資するM&Aを選ぶのはリスクが高くなるため、別の手段を検討する方が良いでしょう。

 

自社分析

次のステップでは、M&Aを実施するに自社の状況を把握することで、業界内でどのような方向に進むべきかを認識します。

具体的には、PPM分析やSWOT分析といったフレームワークを使い、投資先事業の優先順位付けや事業運営の方針を定めていきましょう。このステップで特に重要なのは、方針を決めるうえでの「ステータスの把握」で、当初の目的や企業戦略に合ったM&Aを実現するための外せない要素となります。

もし、自社分析のステップがないままM&Aを進めた場合には、「買収したもののシナジーが発揮されず、費用対効果が想定よりも低かった」となる可能性があるため、確実に実施することをお勧めしています。

 

参考例として、弊社を例に出すと、上記2点の分析において以下の傾向があると言えるため、結論としては「投資優先度が高いのはコンサルティングを行うC&S事業部であり、強みは未経験の育成や実行支援領域のコンサルティングであるため、規模拡大に向けて営業/マーケティングにおける実働機能の獲得や実行支援を支える人材/システムの買収が有用と思案」となります。

なお、参考例ではPPM分析による投資対象事業の選定から行ったものの、事業が1つしかない場合には、SWOT分析のみを行う形でも良いでしょう。

 

外部環境分析

次に、投資対象とした事業の外部環境分析を行い、SWOT分析にて導いた方向性に関する補強材料を収集していきましょう。今回は活用例として、5F(ファイブフォース)分析を行いコンサルティングにおける成長余地を図るとともに、想定される他社の動向を認識することで、C&S事業部における将来の収益性を簡単に検証していきます。

以下の5F分析の結論として、コンサルティング業界の成長シナリオおよび自社の戦略をまとめると、「AIの台頭により調査案件の減少は想定されるが、顧客ニーズの多様化が見て取れるため、直接的に顧客の課題解決を支援できる“実行支援”の深耕と、ブランディング/マーケティングによる認知拡大を通じた安定的な顧客基盤の確保が必要」となります。

 

こうしたステップ踏むことで、例のように市場成長のケースを事前に認識することが出来ます。これに、先のSWOT分析の結果を合わせることで買収対象のスコープが必然的に絞られるため、バイサイドにおけるM&A戦略の設計、および中長期的なバリューアップのシナリオ設計が可能となるわけです。

なお、本分析は外部環境の把握に依るポジショニングを決めることが要因であるため、SWOT分析の参考例の粒度よりも深掘りする必要があります。そのため、SWOT分析とは別に実施する方が良いでしょう。

いずれにせよ、M&A戦略を設計するうえでは外部環境および内部環境の把握/分析を行う必要があるため、自社で対応できない場合には外部機関を活用するのも手と言えるでしょう。

 

スコープ設定

各種分析の結果が揃ったら、次はM&Aにおけるスコープ設定に移ります。スコープというのは、今回の買収におけるターゲット企業の条件を指しており、条件設定に向けて先の分析結果を引用すると「営業/マーケティングの実行における知見と、アウターブランディング戦略の知見を持ち合わせる企業が望ましい」という部分から考えられる企業の属性情報に当たります。具体的な観点については、買収の最終選考とも言えるデューデリジェンスの観点を参考として、事業内容のほか事業における技術や顧客規模、事業展開エリア、従業員規模などが挙げられます。

詳細については以下の通りまとめられますが、スコープ設定のポイントを総括すると「自社のみならず買収先の売上を伸ばすことが可能か」を考えることが重要となります。M&Aは自社単体での取り組みではなく、あくまでも買収先企業が存在する“合意が必要な取り組み”であるため、先方が譲り渡す判断を下す材料となるメリットや買収後の成長シナリオを説明できるよう、スコープ設定においてはデューデリジェンスの観点を参考とする方が良いでしょう。

 

なお、補足ですがデューデリジェンスは直訳すると“適正な努力”、実施内容は買収に当たるリスク/リターンの調査/評価となるため、本質的な意味は「社内外に向けて買収の根拠を説明できるよう努める一連のプロセス」と考えることができます。調査内容も“対象企業の理解”に主眼を置いているため、対象企業にオファーを出すことも見据えると、デューデリジェンスを参考としてスコープ設定を行う蓋然性があると考えています。

 

買収対象の調査に向けた実務内容

さて、前段ではM&Aに着手するまでの戦略や方向性の整理と買収対象のスコープ設定を行いました。ここからは、戦略やスコープを基に、実際の買収候補へリーチするまでに必要となるロングリストおよびショートリストの作成方法について解説していきます。

ここでは、無料で実施できるリスト作成について解説していくため、M&Aを実施したい方はぜひ参考にしてください。

 

ロングリスト作成

買収候補へのリーチに向けて、まずは大きな企業の情報群から一部の有望そうな候補企業を抽出するために、ロングリストを作成していきます。ロングリストというのは、候補企業の概要情報を羅列したリストのことであり、社名や設立年、従業員数、業界、年別売上、取引先、株主などの情報を収集します。

ロングリストの作成においては、無料で活用できる情報ソースとしては「FUMABaseconnectを始めとした無料企業データベース」「各業界/サービスのカオスマップ」「業界レポートのサンプル」「各種サービス紹介サイト」「転職サイト」などが存在します。これらのソースから企業名を一覧化したのち、会社のホームページに記載された概要情報(上場企業であれば決算資料)を付け足すことで、無料でロングリストを作成することが可能です。なるべく費用を抑えて検討を進めたい方は、こうしたデータを活用してリスト作成を進めてみてはいかがでしょうか。

ただし、M&Aを円滑かつ安全に進めるためには、有料になりますが帝国データバンク東京商工リサーチなどから企業データを買うことが推奨されます。これらのサービスを利用することで、先述した概要情報が埋まった状態のロングリストを入手することが出来るため、「非上場でデータが取れず判断が出来ない」や「データ集めに時間がかかって検討に着手できない」といったリスクを回避できます。予算に余裕がある方は、利用を検討してみてください。

また、ロングリストから抽出する作業の最初期には、前段の分析を経て獲得対象となった事業内容かを確認するために業界軸でスクリーニングする流れが通例となります。スクリーニングをする際には社名の直後に空白の列を追加し、任意の条件に合致する企業に数字を入力する形で処理すると、再度ロングリストを閲覧する際に手間がかからないため、是非参考にしてください。なお、その他の条件については、候補企業数を鑑みて使用するようにし、幅広に候補を見ていくと良いでしょう。

 

ショートリスト作成

ロングリストでスクリーニングした後、候補企業を絞れた場合にはショートリストの作成を進めていきます。ショートリストは、個社ごとの事業内容や売上、市場環境、商流など、ロングリストでは拾いきれなかった情報を補完したうえで、買収対象となり得るかを判別するものです。ここでは、参考として弊社が支援する際の資料構成例をご紹介いたします。

基本的には、企業にオファーを出す前の最終調査となるため、比較的細かく情報を整理していく必要があります。そのため、ロングリストで得られる概要情報の整理に加えて、事業内容の網羅/細分化、取引先の個社名や直近3年における売上高の記載、買い先/売り先を可視化した事業構造図の作成、市場規模の推移やPEST分析による市場環境の整理を行います。こうした情報を基に投資関係者で確認/討議を行い、オファーする価値があると判断した場合のみ、金融機関やM&A仲介を通じて候補企業にオファーレターを提出します。

なお、ショートリストについては公開されている市場レポートの情報や一般的な業界構造、購入している企業データ、候補企業のホームページ情報があれば無料で作成出来るので、工数に余裕のある方は自ら作成を行っても良いかもしれません。

 

余談ですが、候補企業へのアプローチについては、M&Aを成功へ導く -M&A仲介会社の活用方法-で解説しているため、興味のある方はぜひお読みください。

 

終わりに

ここまでが、バイサイド単独で行えるM&Aに向けた実務内容となります。

まとめになりますが、中長期的なバリューアップを企図したM&A戦略に基づいた買収を行うためには、前提としてM&Aが企業戦略に沿っているかを確認する必要があり、その後もスコープ設定や企業調査に多くの手間と費用をかける必要があるため、本記事を参考に必要なステップを踏んでいただければと思います。

 

この記事が皆様のお役に立てれば大変喜ばしい限りですが、ここまでお読みいただいた方であれば、M&Aは多額のキャッシュだけでなく工数も用いて進める経営拡大手法であることを感じていただけたかと思います。大変手間であると感じられる方もいると思いますので、もしも外部機能の活用を考えておられましたら、ぜひ弊社の活用も検討いただければと思います。

 

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参考文献

伊藤悠真

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント。営業戦略に関するPMO/実行支援、大手/中小企業での新規事業策定支援、M&Aにおけるソーシングなど、幅広い支援実績を保有。特に実行支援領域の案件経験が多いことからクライアントの一助となる意識を強く持っており、クライアントと伴走するパートナーの役割を全うすることに強みを持つ。