本コラムは、M&Aの専門業者に依頼する前に簡単にできる業界/企業の外部調査をしてみたい人向けに、具体的な調査のステップや方法を紹介していきます。
近年、後継者不足やコロナ禍などによって企業が直面する経営環境が激しく変化してきています。こうした環境下において企業買収は、大手企業だけに限らず、中小企業も対象になってくるでしょう。
そこで本コラムでは、M&A時に行われるビジネスデューデリジェンスの一観点として、公開情報を基にした外部環境分析の手法を紹介していきます。
企業及び業界を調査する際には、業界全体を捉えたマクロな視点から個別企業に焦点を当てたミクロの視点へと調査する流れが一般的です。
具体的には、以下のステップで調査を進めることが良いと考えられるでしょう。
1.市場規模や動向の調査
市場や業界の外部分析をするにあたって、最初に調査する業界を明確に定義づけする必要があります。調査する業界が不明確だと、想定していない企業が対象になったり、逆に競合として考えていた企業が対象外になったりすることがあります。
こうしたことを防ぐ方法の一つとして、市場レポートを使って、調査しようとする業界の定義を明確にすることができます。市場レポートの販売価格は、数十万円と高価なものですが、業界の定義のみを知りたい場合、無償サンプルに書かれていることがあるでしょう。
他の方法として、関連協会に直接問い合わせこともできます。ほとんどの業界には業界独自の協会が存在するでしょう。そうした協会の発行している資料或いは直接問い合わせることで業界の定義を理解できる場合もあります。
業界の定義が理解できたら、次に業界全体の規模や成長度合いを調査していきましょう。
こちらも、先ほど紹介した市場レポートのサンプルに掲載されていることがあります。参考にすることで大まかな市場規模や成長度合いを把握することができるでしょう。
その他にも有名な業界であれば、関連記事やニュースなどにも情報が載っていることがあります。
2.外部分析
本格的な業界調査は、企業の内部情報等から調査する内部分析と業界全体の情報から調査する外部分析に分けることができます。
本コラムでは、企業の内部情報を使った内部分析を割愛し、公開情報から調査可能な外部分析に焦点を当てています。
外部分析は、企業が属する業界の規制や技術、取引先との商慣習等を調査考察するものです。これらを分析せずに、内部分析のみを行ってしまうと、情報の解釈を間違える可能性があります。簡単な例として、外部分析の結果から自動車市場でEV開発が進んでいるにも関わらず、企業内で利益が上がっていることを理由にガソリンエンジンの開発を続けることで市場全体とミスマッチした開発を行うことがあります。
こうしたことを防ぐためにも業界/企業調査には外部分析が必要になります。
外部分析するフレームワークには、業界の市場環境を4つの要素に分けて分析するPESTと分析対象の業界を中心においてそれらに関係する5つの要素を分析する5Forcesがあります。
PEST分析は、それぞれPoliticsの政治的要因、Economyの経済的要因、Societyの社会的要因、Technologyの技術的要因の観点から外部環境を分析するフレームワークです。
一方で、5Forcesは、「自社と競合の競争優位性」、「仕入先と自社の力関係」、「販売先と自社の力関係」、「規模の経済やブランド力による参入障壁」、「自社の製品/サービスの代替可能性」の5つの観点から企業の環境を整理する手法です。
この二つのフレームワークを通して、調査する業界のマクロの市場環境が理解でき、個別企業を調査する際にその企業が当該環境下で追い風なのかそれとも向かい風なのかが分かるでしょう。
従来こうした情報はその業界や企業に属していないと取得することが難しいものでした。しかし、近年、企業の情報公開が進み、さらにコンテンツマーケティングを行う企業も増えていることから、外部分析に利用できる情報の収取が簡単にできるようになりました。
3.バリューチェーン分析
1の市場規模や動向の調査と2の外部環境分析で業界全体に関する情報はある程度収集/分析できたと考えられます。
そこで、業界内の企業に視点を移していきましょう。
業界内にある企業を俯瞰的な視点からとらえるのにバリューチェーン分析を利用することが良いでしょう。
バリューチェーン分析では、調査対象である企業の競合と上流や下流に存在する企業を洗い出すことで、自社と競合の事業領域をより明確に整理できます。
バリューチェーンの整理には、多くの方法があります。調達、製造、販売、流通、サービスと分けて企業を整理するが一般的ですが、業界によってはより大枠での分析或いはより詳細に分析するが必要となるケースもあるしょう。
これらの情報は、企業の仕入先や販売先を調査することや業界の専門雑誌からの情報で収集することができるでしょう。
4.の個別企業分析
続いて、調査業界の個別具体的な企業の調査方法について紹介していきます。上場している企業であれば、IR情報から、非上場の企業でもHPにプレスリリースや沿革等から必要となる情報を収集し、分析できます。また、3のバリューチェーン分析で整理した競合情報も合わせてみると、企業の強みや弱みをより具体的に整理できます。
以上の4つのステップを通して簡易的な業界/企業の分析ができると思われます。ただし、簡易的なものであるため、より詳細な分析をするには、専門業者に依頼し、消費者アンケート調査や専門家ヒアリング等を実施する必要があります。
それでは、具体的な業界をあげて分析していきましょう。
数ある業界の中でも、近年、テスラの株価高騰から世の中で話題になった自動車市場について考えてみたいと思います。
EVの普及に伴い自動車業界のみならず、そのサプライチェーンに大きな変化をもたらしています。同じく自動車業界のサプライチェーンにいるシート業界も影響を受けて、大きく変化してきています。
その例として、2018年に旭化成が自動車事業を強化のために、791億円でアメリカのSage Automotiveを買収したことや2020年に同社が自動車シートの最大手であるAdientからシートの繊維事業を185億円で買収したことが挙げられます。こうしてみると、シート業界でも企業間での関連業の集約が起きています。
このような背景から今回は、自動車シート業界の動向を前述のしたフレームワークを使って紐解いてみたいと思います。
1市場規模/動向の調査
自動車シートの市場規模は、「自動車用シートの世界市場 (~2025年)」の市場レポートによると、2020年時点で519億ドル、日本円にして5.4兆円の市場規模になっています。また、2021年から年平均2.9%で成長し、2025年には599億ドル、日本円にして6.3兆円になると推測されています。
こうしてみると、自動車シート業界は、安定的に成長しているといえるでしょう。
2外部分析
自動車シート市場の外部分析をPESTで整理しますとスライド1の右側のようなになります。特徴としては、消費者が機能性に優れた高級シートを求めるニーズが高まっていることが挙げられます。それに伴い各社の技術開発も人工工学を応用したシートの研究開発を進めている傾向があります。
3バリューチェーン分析
自動車シート企業は、フレーム、表皮、アジャスター/リクライナー、ランバーサポー等のシート部品を調達して、自社でシートの組立を行って、シートの完成品を自動車メーカーに提供しています。バリューチェーンの特徴的なものとして、シート製造企業は、シート部品を完全に供給会社に依存せず、自社内でも製造を行うことがあります。
こうした状況の背景には、シート製造企業が仕入先に対する交渉能力を高めるために水平統合を実施していることが考えられるでしょう。
4個別企業分析
個別企業では、Recaroという高級車向けシートの製造/販売企業を分析してみました。
当該企業の主な特徴として3つ挙げられます。
今回は、誰でもできる業界/企業の調査方法のステップと方法を紹介してきました。また、シート業界を例として紹介フレームワークで分析してみました。こうした調査方法は、シート業界のみで使えるものではなく、ほとんどすべての業界で応用可能な調査方法と考えられます。是非、調査を行う際にご活用ください。
また、次回は他の業界の調べ方を別のアプローチで分析する事例も紹介していきます。
最後に、貴社で本格的にM&Aのサポートが必要になりましたら、弊社が用意しているサービスも合わせてご検討ください。
【参考】
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト。