社会経済の成熟化や地球環境問題の切迫化といった中長期的な社会環境変化に、コロナ禍による社会活動全般の停滞も相まって、個人から企業、行政にいたるまで様々なレイヤーにおいて考え方や行動の変容を迫られ、その変容が更なる価値行動の変化を促すサイクルが生まれています。
そのようななかで、大企業から中小企業に至るまで事業規模を問わず、多くの日本企業が生き残りをかけた事業の再構築を余儀なくされていますが、従来と異なる価値観の変化を迎えつつある、これからの社会と消費者に求められる需要を作り出す切り口として「意味」という価値創造のアプローチが重要になると考えられます。
顧客と事業従事者双方において機能性や利便性を超えた「意味」を生み出す方法論として、デジタルとブランドを織り込んだD2C(Direct to Consumer)アプローチを理解したうえで、自社のビジネスに組み込んでいくことが求められるようになっています。
本稿では全編/後編の2回にわけて、D2Cアプローチが重要視されるようになった社会背景から、価値を生み出すD2C型事業とは何か、その変革条件とはについて述べていきます。
D2Cモデルの本質的な事業要素を企業が取り込み変革していく第一歩としてまずデジタル化の推進が不可欠です。上述のとおり、今起きている社会変化自体がデジタル環境の普及により引き起こされているものだからです。
いかに優れた価値を持つものであっても、デジタル環境になかに情報が存在しなければ、その存在すら認識されないという状況がおきつつあります。
すでにDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の号令のもとに、様々な取り組みや提言がなされていますが、経済産業省のレポートによれば未だ9割近くの企業が取り組みをできていないか、取り組みを始めた段階であるという状況もあります。
DXが進まない理由には、そもそもDXがなぜ必要か(Whyの問題)、必要性は分かるが何を目的とすべきか(Whatの問題)、やるべきことはわかっているがどうやって進めていけばよいのか(Howの問題)とそれぞれありますが、それらの問題に取り組んでいくための方向性として、「顧客とダイレクトに結びつき変化に対応していく事業環境をつくる」というD2Cの発想は、DX化を進める指針として大きな切り口となるものと考えられます。
またDXにしてもD2Cにしても、キーワードに踊らされず明確な目的を定め、それを遂行するためにITを活用するのであり、IT化を進めること自体が目的となるような本末転倒の状況は避けなければなりません。そのためにはまず自らの「強み」や「存在価値」に掘り下げ、フォーカスすることと、その「強み」や「価値」を顧客にとっての価値として認識してもらうためにいかに意味づけしていくかということが何よりも重要です。
自分たちの事業の「強み」「価値」を意味づけし、顧客にとって必要なものに変えていく方法論として有効なのがブランディングというアプローチですが、デジタル化の遅れと同様に、日本企業のなかでまだ十分な理解とその活用が進んでいません。
D2Cという考え方には、顧客に寄り添い、顧客の声を理解し読み解きながら、その顧客が求める商品やサービスを提供していくと同時に、顧客とダイレクトにつながっているからこそ企業側が大事にしている価値観や世界観を、いかに消費者側に伝え、共感を生み出しながら支持を得るという考え方も存在していますが、これは「ブランディング」のアプローチそのものでもあります。
顧客とダイレクトにつながるD2Cブランディングに取り組むためには、顧客視点から企業活動全体をプランニングしていくマーケティング(Marketing)、実際の商品やサービスをつくっていくものづくり(Manufacturing)、顧客との直接的なやりとりを行う顧客接点(Media)、そしてそれらすべてを実施していく人材のマネジメント(Management)という企業活動全体が連携し合い、つながっている状態にあることが重要です。
顧客と生産側の分断された関係性を再びつなぎ直すという文脈においては、顧客と企業という関係性と同様に、企業内の部署や人材の関係性においても情報や価値の認識において一貫性が保たれている必要があるということですが、現実的に多くの人や組織や分業しながら関わり、複雑に絡み合うなかで、その一貫性をつくり保持することは容易ではありません。
その一貫性を保つために重要になるのが「ストーリー」という考え方です。様々な企業活動の中核に、事業の成り立ちやそこから生まれる思いや存在意義やわかりやすい言葉で伝える「ストーリー」が存在することで、顧客から従業員、取引先に至るまで同じ価値観や考え方、行動様式を共有していくことができるようになります。
逆の言い方をすれば、ひとつのストーリーを生み出すことを拠り所として、様々な組織や人材が強みや専門性を活かし足並みを揃えながら行動していくのがブランディングであるということです。
モノやコト様々な選択肢で満たされる一方で、人間の野放図な消費行動自体が地球環境全体に悪影響を及ぼすというような認識が広がりつつ社会においては、享楽的、浪費的な行動や意味を感じられない消費行動に徐々に減っていくことでしょう。
2022年以降、コロナ禍がもたらした直接的、間接的な影響によりさらに険しくなる事業環境下でこの動きはより加速し、さらに中長期的なトレンドとなっていくものと予測されます。
企業は、顧客がどのようなモノやコトに意味を感じるのか、どのようにすれば多様化する趣味嗜好を踏まえたうえで一人一人にとっての意味を創造するのかを理解し、実践していく必要性に迫られています。デジタルとブランディングを融合させたD2Cという概念にはその柱となる本質的なコンセプトが含まれているのです。
<出典/参考文献>
・世界の名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)IMF(International Monetary Fund)
・佐々木康裕(2020)『D2C「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』ニューズピックス
・吉田貞信(2021)『ふるくてあたらしいものづくりの未来』クロスメディアパブリッシング
・安西洋之(2020)『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』晶文社
アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング