社会経済の成熟化や地球環境問題の切迫化といった中長期的な社会環境変化に、コロナ禍による社会活動全般の停滞も相まって、個人から企業、行政にいたるまで様々なレイヤーにおいて考え方や行動の変容を迫られ、その変容が更なる価値行動の変化を促すサイクルが生まれています。
そのようななかで、大企業から中小企業に至るまで事業規模を問わず、多くの日本企業が生き残りをかけた事業の再構築を余儀なくされていますが、従来と異なる価値観の変化を迎えつつある、これからの社会と消費者に求められる需要を作り出す切り口として「意味」という価値創造のアプローチが重要になると考えられます。
顧客と事業従事者双方において機能性や利便性を超えた「意味」を生み出す方法論として、デジタルとブランドを織り込んだD2C(Direct to Consumer)アプローチを理解したうえで、自社のビジネスに組み込んでいくことが求められるようになっています。
本稿では全編/後編の2回にわけて、D2Cアプローチが重要視されるようになった社会背景から、価値を生み出すD2C型事業とは何か、その変革条件とはについて述べていきます。
目次
少子高齢化による人口減少、地方の過疎化など社会の構造的問題や、戦後の高度経済成長によって発展してきた経済や社会制度により、モノやサービスが満たされ一定のピークに達した結果、日本では成熟化社会といわれる社会状況が現れつつありますが、その特徴として以下のような思考・行動傾向が顕著になりつつあります。
バブル経済の崩壊以降、停滞を続けているといわれる日本経済ですが、少子高齢化、財政的不健全性、経済成長率の鈍化、貧富差の拡大による新たな貧困の発生など様々な問題を孕んでいるとはいえ、GDP(国内総生産)では依然として世界3位の経済大国であり、世界全体の基準のなかでは物質的に満たされた裕福な国であるということには変わりありません。
2000年以降長らく続いたデフレ経済の環境下で企業が熾烈な競争を繰り広げることで、消費者は一定以上の機能や品質基準を満たす商品やサービスを手頃な価格で、欲しいときに、欲しいだけ手に入れられるようになりました。
また2011年の東日本大震災やコロナ禍などのような天災などの影響もあり、単なる機能性や便利さを満たすだけでは満足しきれない、より精神的な充足を求める消費マインドが形成されつつあります。
上述のとおり、精神的な充足を求める傾向と相まって、社会や共同体全体にとって価値をもたらすような考え方や行動様式がより顕著になっています。これまで特定の国や地域、一部のマイノリティだけが声を上げてきた地球環境や人権に関する問題に対し、国連のようなエスタブリッシュメント層がより積極的な関与を示すことで、社会全体の共通認識として、これらの問題に向かおうという機運が形成されています。
企業活動においても自社の商品やサービスのあり方そのものの中に、SDGsの達成につながるような取り組みが求められるようになってきており、SDGsへの向き合い方が消費選択の基準や企業の好き嫌いを分けるポイントにもなりつつあります。
社会全体が物質的に豊かになるのに合わせ様々な趣味嗜好の細分化が進み、それにあわせて商品やサービスも多様化する大きな流れに加え、社会全体の幸福を追求しようとする流れのひとつの帰結として、社会を構成する一人一人の価値観や個性が大切にされるべきという風潮が一層より強くなっています。ITや産業全般におけるテクノロジーの発展によって、小品種大量生産から多品種少量生産のながれが生まれ、さらに個々のニーズによって必要な情報やモノを届け、作り分けていくパーソナライズという概念も生まれ、一人一人の個性に適応し、多様性を満たす事業のあり方も模索されつつあります。
このような思考・行動傾向は、日本固有の状況に基づく部分がある一方で、日本同様に社会の成熟化が進むEU各国や、GDP等においていまだ成長を続ける米国や中国などにおいても、Z世代といわれる1990年代後半から2000年代生まれの若年世代を中心に顕著になってきています。その背景には、インターネットに代表されるデジタル技術が地球規模で普及し、生活の隅々にまで入り込んでいる状況がありますが、この影響はZ世代だけに限らず、その他の世代や年代層においても同様の行動様式や消費傾向をもたらしています。年代や世代、国や地域といったい従来の境界線の意義が薄れ、今まで物理的につながることのなかった個々が、デジタルインフラのうえで世代や価値観によって結ばれることで、世界規模で同時進行的な思考・行動様式の変容が生まれようとしています。
このような流れを中長期的な社会潮流として理解したうえで、今後の事業方向性を導いていくことが、規模を問わず経営者やリーダー層に求められています。
このような消費行動の変化に対応していくためのビジネスモデルとして、D2C(Direct to Consumer)という事業形態が注目されています。
D2Cは文字通りメーカーと消費者がダイレクトに結びつくという事業形態として、2010年ごろからアメリカ発のインターネットビジネスとして注目を集めました。当初はインターネットを通じた直販により中間流通をカットすることや、顧客の声に基づき顧客が欲する機能を絞り込むことで価格の安さを実現するといったベネフィットを提供することで顧客の支持を得ると同時に、店舗やスタッフなどを持たないことで低コストで成長できる事業モデルとして評価を受けました。
日本においても、2010年代の後半から少しずつ概念が広まりD2C型の事業モデルを取るスタートアップ企業なども増えていきましたが、それ以前からあった単品通販モデルが呼び方を変えただけのものや、SNSとインフルエンサーを活用し一瞬のうちに荒稼ぎし消えていくような事業者などもあって玉石混交状態が生まれバズワード化することで、とその本質的な価値が見落とされつつあります。
消費者とダイレクトに結びつき、そのニーズやウォンツを理解し、読み解きながら事業を進めていくことはあらゆる事業者にとって本質的な命題でもあります。産業革命以降、工業化の進展や消費流通ネットワークの発展により大規模な消費社会が形成されるなかで分業化が進み、生産と消費は切り離されていきましたが、インターネットやSNSの登場によって一旦切り離された生産と消費が再び結びつきだすというのが、D2Cが生み出す本質的な価値です。
この本質的な価値は、インターネットの世界だけの話ではなく、既存の消費流通、バリューチェーン全体に影響を及ぼしながら変化を促しています。あらゆる業態の企業が、それぞれのかたちでD2Cのエッセンスを汲み取りながら事業変革に取り組むことで、Z世代に代表される消費社会の変化に適応していくうえで重要なアプローチになるでしょう。
それはすべてがインターネット経由の直販ビジネスに収束していくといった紋切り型の話ではなく、店舗などの既存の顧客接点や、小売、卸、メーカーといった既存のバリューチェーンにおけるあり方や役割を顧客起点で見直し、その存在意義を再定義していくということです。
(D2Cの定義と価値の主な変化)
(次回へ続く)
アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング