KNOWLEDGE & INSIGHTS

世界を豊かにするものづくりvol.04/アートの感覚を取り入れる

「つくる」の力で世界をもっと豊かに

モノとものづくりが持つ社会をより良く、人生をより豊かにしていく力。その力を信じてアーツアンドクラフツは様々な取り組みを行なっています。

今回は、自分たちの日常にワクワクを生み出すアートについてご紹介します。

アートの感覚や要素を取り入れる

私たちの運営しているオーダーメイドの結婚指輪工房ith(イズ)のアトリエには、ところどころにアートな要素を取り入れたしつらえを行なっています。

クライン・ブルーを用いた塗り壁

 

この写真は、昨年11月にオープンしたith新宿アトリエの一階ですが、この奥の壁の青色は、現代アーティストのイブクライン(Yves Klein)が発明した「インターナショナル・クライン・ブルー」(IKB)で塗られています。

イブクラインの生誕90周年を記念してフランスで発売された顔料を取り寄せし入手しました。

「クライン・ブルー」で家の壁が塗れる。フランスの塗料会社による「Yves Klein®」...
フランス現代美術を代表する作家、イヴ・クライン。そのクラインが開発した「インターナショナル・クライン・ブルー」(IKB)と呼ばれる青色の塗料が、フランスの塗料会社「Ressour…

ithのブランドカラーである青をブリッジとして、イブクラインがイメージしたという青の宇宙的な神秘性について感じてもらうことができたら、という趣向です。

マルセル・デュシャンの作品をヒントに…

続いての写真は、大阪の御堂筋線・心斎橋駅の地下構内にあるith心斎橋の看板です。

この看板は奥行きがつけられるタイプだったことから、ただの平面ポスター的なものだともったいないね、というところからアイディアを練っていきましたが、20世紀を代表する現代芸術家であるマルセル・デュシャンの<遺作>と呼ばれる作品がこのときのアイディア源となりました。

遺作

作風やそのメッセージ性は全く異なりますが、「穴があったら覗いてみたい」というちょっとワクワクする仕掛けになればとチャレンジしてみた広告看板です。

 

季節の装花を楽しむ

アートというほどのものではないかもしれませんが、全国11ヶ所にあるithの各アトリエでの装花などもスタッフ皆で楽しみながら取り組んでいます。

春の桜装花コンテストより

クリスマスの装花コンテストより

 

 

自分たちもお客様も楽しむために

私たちは指輪作りを生業としてビジネスを営んでいるわけですが、アトリエにアートの要素を取り入れたり、装花をして楽しむということ自体は、ビジネスとしての経済合理性から判断して実行しているわけではありません。かかっているコストを考えればむしろ経済合理性に反する部分すらあるかもしれません。

にもかかわらずこのような取り組みを積極的に行なっているのは、ith(イズ)の原点であるアトリエという空間はものを生み出すための場所だから、ワクワクドキドキするような創造の喜びが溢れるような空間でありたい、という一応の理屈はあるにせよ、それよりなにより「やっている自分たちが楽しい」「自分たちもお客様も一緒に楽しみたい」という感覚が大事だと考えているからです。

高原の時代を迎えて

曲がり角を迎えつつある資本主義の世の中をアップデートする新しい社会の在り方を提言し話題の山口周氏の著書『ビジネスの未来』の理論的下敷きにもなっている社会学者の見田宗介氏はその著書『現代社会はどこにむかうか -高原の見晴らしを切り開くこと』で、現代という時代を、近代社会がもたらした高度経済成長期を終えて、未来の安定平衡期への移り変わりの時期(図5/④に該当)であるとし、それに続く時代を「高原の時代」と表現しています。

(『現代社会はどこにむかうか -高原の見晴らしを切り開くこと』より引用)

 

先進国である日本、欧米の国々の若者たちの調査データを紐解きながら、この高原の時代へと移り変わる社会で暮らす人びとがどのような価値観を持って暮らしていくようになるかを分析・予測しています。

 

経済競争の強迫から解放された人びとは、それぞれの個性と資質と志向に応じて、農業や漁業や林業やもの作りや建築や製造や運転や通信や情報や報道や医療や福祉や介護や保育や教育や研究の仕事を欲望し、感受して楽しむだろう

見田 宗介. 現代社会はどこに向かうか-高原の見晴らしを切り開くこと (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1624-1626). Kindle 版.

 

経済競争の強迫から解放された人類は、アートと文学と思想と科学の限りなく自由な創造と、友情と愛と子どもたちとの交歓と自然との交感の限りなく豊饒な感動とを、追求し、展開し、享受しつづけるだろう。

見田 宗介. 現代社会はどこに向かうか-高原の見晴らしを切り開くこと (Japanese Edition) (Kindle の位置No.285-287). Kindle 版.

 

一定水準の経済的豊かさに達した人々は、際限なく経済的豊かさを求めるのではなく、アートや文学といった自由な創造や、自分たちがおもいおもいに取り組みたい仕事に打ち込むことで、精神的な豊かさを満たす方向へと向かうと述べられています。

もちろんこれは無条件に達成されるのではなく、

生産と分配と流通と消費の新しい安定平衡的なシステムの確立と、個人と個人、集団と集団、社会と社会、人間と自然の間の、自由に交響し互酬する関係の重層する世界の展開と、そして何よりも、存在するものの輝きと存在することの至福を感受する力の解放という、幾層もの現実的な課題の克服

見田 宗介. 現代社会はどこに向かうか-高原の見晴らしを切り開くこと (Japanese Edition) (Kindle の位置No.291-294). Kindle 版.

というような現実的でありながらも抽象性の高い課題を克服したうえで達成されると見田は語っていますし、世の中にはいまだ糸口の見えない多くの社会課題が山積しているということは疑いようのない事実だと思います。

けれどもただ金銭的な必要性のためだけに仕事をするのでなく、自分たちの喜びややりがいのために働きたいという衝動のような気持ちをもった人や、そういう衝動に紐づいたアクションに賛同してくれたり、面白がってくれる人たちが増えているということを自分たち自身の活動のなかでも実感しています。

働く、遊ぶ、学ぶ、公私隔てない生活全体のなかで、喜びや好奇心、誰かの役に立ちたいといった人間のポジティブな欲望や衝動を満たすことができる場所、人や組織を、私たちはときに自ら選択し、ときに無意識に引き寄せられながら生きていくようになっていくのではないでしょうか。

そのとき、情緒や感性に訴えかけてくるアートの感覚が、人と人を結びつける媒介となり得るように思います。

私自身アートとは何たるかを語れるような見識も持ち合わせていませんが、それでもなおアートを楽しむ、アートで遊ぶ。事業という経済活動でありながらも主客隔てない喜びを創りだせる場ができればと思っています。

 

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、B2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。