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2020.07.10

デジタル化後進国日本がOMOで生き残る道

オフラインが存在しない中国とオフラインが主の日本

世界有数のデジタル先進国である中国では、店舗や屋台まであらゆる場面に浸透したモバイル決済、個別IDによる行動のデータ化、与信スコアの活用が当たり前となり、もはやオフラインの状態が存在しないといわれています。

オフラインがオンラインに包括され一体となった状態を前提に展開されるマーケティング手法をOMO (Online Merges with Offline)といい、中国では当たり前の概念として浸透しています。日本ではオフラインの実店舗を主軸として、ウェブサイトやSNS、アプリというオンラインメディアを活用するというアプローチが多く見受けられますが、コロナ禍において、OMOを取り入れる企業はますます増えてくるでしょう。

今回は、OMOを体現している中国の事例とOMOに不可欠な要因をご紹介しながら、日本におけるOMO展開の課題とポイントについて考えてみたいと思います。

 

事例紹介:「盒馬鮮生(フーマー・フレッシュ)」

盒馬鮮生は中国の最大手Eコマース企業「アリババグループ」が運営する、オンライン販売とオフライン販売、物流と店舗を融合させた複合型スーパーです。

盒馬鮮生で買い物をするにはモバイルアプリでの会員登録が必須ですが、店内にはアプリダウンロード用のQRコードが随所に掲示されており、初めての来店でも簡単に会員登録が可能です。会員情報はアリババグループの決済サービス「アリペイ」と紐づいています。

店内は野菜や魚といった生鮮食品、冷蔵ショーケースが並ぶ一般的なスーパーと同じですが、その特徴は会員用アプリの利用にあります。商品にはすべてにバーコードがついており、アプリで読み込むと品物が産地から店舗に届くまでの全履歴が確認でき、さらにこの画面から「買い物カゴ」に入れると、オンライン注文の感覚で配送を依頼することが可能です。店内にはタッチパネル付きの端末が並び、買い物客は購入したい商品を自らスキャンし、最後にアリペイのQRコードで代金を支払う仕組みです。有人レジの利用も可能ですが、ほとんどの人がセルフレジを利用します。

また、購入した生鮮食品をそのまま店内常駐の調理師が調理するサービスがあり、生簀に泳ぐ新鮮な魚介類を手軽な価格で楽しめることから大人気となっています。

自宅からモバイルアプリで注文した場合も、店舗からおおむね3km圏内であれば、注文から30分以内に宅配してもらうことが可能です。注文が入ると、店員が店頭で商品をピックアップし、自社のバイク便で配送します。店頭価格と同額で、送料は徴収されません。

モバイルアプリの利用は、企業側にもメリットをもたらします。全顧客にIDが付与されることで、個々の販売履歴や来店履歴が蓄積されます。そのデータから精度の高いニーズ予測分析が可能となり、常に新鮮な品物を安価に提供でき、最良の顧客体験を実現できるのです。

盒馬鮮生では、モバイルアプリのダウンロード数がKPI(重要業績評価指標)となっています。顧客に店頭で体験してもらい、モバイルアプリをダウンロードしてもらえれば、今後上客になる可能性が高いからです。

OMOの到来に不可欠な要因にみる日本の課題

最初にOMOを提唱した中国の李開復氏は、OMOの到来を可能にするのは以下の4つの要因だと述べています。

  • スマートフォンの普及
  • モバイル決済システムの普及
  • 安価で優れたセンサー
  • AIの進歩

場所を選ばずにインターネットに接続できるスマートフォン、購買履歴や属性データの収集に欠かせないモバイル決済、IoTに用いられるセンサー、大量データの処理や高度な解析を担うAI技術、全てOMOの実現に不可欠な技術です。ここでは、この4つの要因と日本の現状と照らし合わせて、OMOに取り組むうえでの日本の課題と展望を考えてみたいと思います。

スマートフォンの普及

国内において、今やスマートフォンは従来の携帯電話より普及し一般的となっています。

 

年齢別でみると全体的にばらつきがあるものの、各世代でスマートフォンの保有率が増加しており、特に50歳以上の保有率が年々伸びてきています。

 

しかし、個人の保有割合を他国と比較すると、各国9割前後であるのに対し、日本は74%と21か国中で最低水準となっており、まだまだ普及しきっていないことが分かります。

その要因としておそらく、シニア世代の従来の携帯電話への安心感、最新技術に対する嫌悪感、PCでのインターネット環境に困っておらず料金の高いスマートフォンに乗り換える理由が見当たらないことなどが考えられます。

スマートフォン未使用世代への訴求は一つの課題ですが、労働生産年齢人口の中心となる世代に十分普及が進んでいること、生活直結のアプリサービスが拡大していること、さらには総務省が大手携帯電話会社の利用料金の引き下げについて言及していることから、今後もスマートフォンの普及率は増えていくと期待できるでしょう。

  

モバイル決済システムの普及

スマートフォンによるモバイル決済の導入で、キャッシュレス決済はより身近なものとなっていますが、日本のキャッシュレス決済率は他国と比較して低く、2016年においては19.9%となっています。

しかし、国内におけるキャッシュレス決済の利用率は年々増加しており、「キャッシュレス・消費者還元事業」などの経産省によるキャッシュレス・ビジョンの後押しが要因として挙げられます。このキャッシュレス・ビジョンは2025年に4割の利用を目指しています。さらに、コロナの影響でECの利用が増えたことや、感染予防による非接触の観点からも、キャッシュレス決済利用は今後さらに加速すると考えられます。

 

MMD研究所による「 2020年キャッシュレス・消費者還元事業における利用者実態調査」によると、認知は約9割、理解は約6割でしたが、実際に支払い時キャッシュレス決済を利用したかどうかは約4割にとどまりました。

 

キャッシュレス決済を利用しない理由としては、「情報漏えいや不正利用が心配」、「現金を利用したい」と様々ですが、「興味がない」という理由が最も多くなっています。さらにモバイル決済サービスの数が乱立し複雑化している事もキャッシュレス化が進まない要因だといえるでしょう。

 

キャッシュレス決済に興味をもってもらえるよう、経産省の今後の取り組みとして、マイナンバーカードを取得しキャッシュレス決済サービスを一つ選択し利用すると最大5,000円相当のポイントが付与される「マイナポイント」や、事業者ごとに異なるQRコードを統一する「JPQRコード」が導入されます。JPQRコードの利用でモバイル決済サービスがさらに使いやすくなることから、OMOに欠かせないモバイル決済サービスのさらなる普及が期待されます。

 

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd266250.html

安価で優れたセンサー

データ取得に欠かせないセンサーは、スマートフォンなどの個人デバイスや店舗、ビル内といった場所にも設置され、様々な分野でデータ収集の基盤として活用されています。

センサー市場において世界シェア全体の4割以上を日本企業が占め、高いセンシング技術を誇っています。さらに温度、光度、位置などの分野では世界の40~70%近いシェアを占めています。

東京大学名誉教授 月尾嘉男(つきおよしお)氏によると、日本は画像センサーの特許では世界の60%、磁気センサーでは45%、加速度センサーでは40%を占有していますが、それらを組み合わせて新しいサービスを開発する特許はわずか5%しかなく、新たなセンサデバイス・アプリケーションの開発の面で発想力が乏しいことが弱みだとされています。

 

 

AIの進歩

近年、日本の職場でAIが活用されており、「従業員や顧客のデータ収集」、「お客様からの質問への応答」、「デジタル・アシスタント」が活用の業務上位を占めており、他国とも大差はありませんが、日本の職場でのAI利用率は28%で10か国のうち最下位となっています。また、自然言語処理において英語が有利なことによるAIの学習データ量不足、人材不足といった問題点も挙げられます。

 

しかし、AI開発自体は活発化してきており、2018年から2023年の5年間で、日本のAI市場は3.2倍に成長する見通しになっています。さらに、センシング技術をAIと組み合わせることで解析技術の精度を向上させる試みや、デバイスメーカーがデータ処理分野へ進出する動きもあります。例えば、総合電子部品メーカーの村田製作所はセンサーの製造だけでなく、AI を活用したデータ処理等の研究にも力を入れており、20209月に横浜市に新たな研究開発拠点を設ける予定です。今後は、日本が世界に誇るセンシング技術とAIが生み出す相乗効果による、独創性あるサービスの開発が期待されます。

 

日本で展開されるOMO事例

改めて数値でみてみると、各国と比較しても日本ではデジタルが浸透しきっていないことが分かりますが、すでに独自のアプローチでOMOに取り組んでいる日本企業も多く存在します。別記事(オンライン/オフライン提携した事業活性化 -OMOという考え方)において、釣具店「キャスティング」の例を紹介していますが、ここでは「ピーチ・ジョン」と「ENERGY FIT」の取り組みをご紹介します。

 

事例紹介:ピーチ・ジョン(PEACH  JOHN)

株式会社ピーチ・ジョン1988年にカタログ「PEACH JOHN」を創刊し、女性向けの下着の通信販売事業をスタートさせました。1994年にカタログに掲載された商品を店頭販売する『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を開店し、カタログを主力媒体としていましたが、時代の変化に合わせて現在はECサイト、アプリ、直営店舗、SNSをメインに販売とプロモーションを展開しています。

オンラインでは、クーポン配信、Web限定セール、下着の知識などのコンテンツ配信の他、店舗在庫確認や、オンラインで注文して店舗で受取ることも可能です。WEBチャットでオペレーターへの質問ができ、さらに初回購入に限り返品・交換の返送料無料サービスがあるので、オンライン上でも自分のサイズに合う商品をじっくり選ぶことできます。

直営店舗では、オンラインで店舗に取り寄せた商品を店舗で試せるサービスや、オンライン購入した商品の交換・返品にも対応し、さらに満足度の高いフィッティングサービスや、限定ノベルティのキャンペーン展開などで付加価値を提供しています。インスタグラムでは店舗ごとにセンスを活かした写真で情報発信し、店舗のファンを獲得する工夫もなされています。

https://www.peachjohn.co.jp/

  

事例紹介:ENERGY FIT

ENERGY FITは女性限定のランニングに特化したフィットネスジムで、株式会社イングリウッドが201911月に運営を引き継いでからは、リアル×デジタルによる新たな顧客体験を目指したOMO事業として展開されています。 

ENERGY FITの館内は女性が憧れる世界観で演出されていて、利用者の満足度を高めるブランディングが施されています。また、女性に影響力がある有名人やブロガーにジムの利用をSNSでシェアしてもらうことで、同じ体験を共有しているというユーザーの情緒的価値に繋がり、運動以外に得られる顧客体験に付加価値を提供しています。

リアル×デジタルによる新たな顧客体験として、スマートデバイスと運動工学に基づいた「グループラン+サーキットプログラム」などのフィットネスプログラムが提供されています。スマートデバイスを身に付けてトレーニングすることで心拍数に応じた身体への負荷レベルが可視化され、個人の運動限界とトレーニング強度を調整したパーソナライズが可能です。

自宅で受講可能なオンラインレッスンと、LINEでの食事サポートサービスも提供しており、毎日の食事を撮影して送信するだけで、専任のアドバイザーが 個人の生活スタイルに合わせた食事改善を提案してくれるものになっています。

https://energyfit.jp/

 

日本の安全なオフラインをオンラインで包括する時代へ

実店舗やフィットネスジムのような、その場所へ出向くことでサービスを受けられる業種はコロナによる外出自粛の影響を大きく受けましたが、ピーチ・ジョンとENERGY FITの事例からも、オンラインによる場所を選ばないサービス提供が始まり、実店舗は特別な体験を提供する場へと変化しつつあることが分かります。

OMOにはオンラインとオフラインの垣根がないことが前提ですが、日本はまだまだオフラインが主であり、OMOの到来を可能にする4つの要因に対しても日本の現状は遅れをとっています。しかし日本が持つ安全性の高さは実は武器なので、そこを活かしながらOMOに取り組めばいずれディスアトバンテージを挽回できるのではないでしょうか。

 

【参考】

相馬愛

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/プログラマー。得意分野はRPA