現在、国内11店舗、海外3店舗を構えるブランドへと成長を遂げたithですが、その歩みのはじまりは吉祥寺の小さなアトリエでした。原点ともいえる吉祥寺のアトリエでは現在、つくり手たちがお客様に寄り添いながらデザインを考え、上階の工房では職人たちがひとつひとつの指輪にお客様の想いを込めて制作しています。
今回は、工房の主任として職人たちをまとめる神山さんと、同じく主任として吉祥寺アトリエを守るつくり手の岩木川さん、そして代表を務める高橋さんにそれぞれの役割とithのはじまりの場所・吉祥寺への思いをお聞きしました。
―神山さんと岩木川さんのithとの出会いのきっかけをお聞かせください。
神山さん(以下、神山) 僕が入社したのは3年前です。当時、僕はブライダルジュエリーの会社で職人をしていたのですが、たまたまithの工房を見学させてもらう機会がありまして…。そこで見た彫りの仕上がりの美しさに、「こんなすごい職人がいるんだ」と驚きました。コレクションの種類も豊富でしたし、ithなら職人として技術やセンスがもっと磨けるような気がして、転職を決めました。
岩木川さん(以下、岩木川) 私は2020年に入社しました。当時はコロナ禍で、自分の将来を考えるようになり、環境を変えたいという気持ちから転職サイトを見たんです。そこでithの求人が目に留まり、ithの存在を知りました。今までブライダルやジュエリーの仕事とは全く縁がなかったのに、その日のうちにホームページやブログを読み漁り、ithで働く自分の姿を想像していました。前職では、お客様と一緒にデザインを考える業務内容だったこともあり、その経験も活かせるとも思いました。
―入社前の印象と変わった点、変わらなかった点はありますか?
岩木川 私の印象はそれほど変わらないですが、強いて挙げるなら、幅広い要望のお客様がいらっしゃることですね。結婚指輪や婚約指輪はもちろんですが、プロポーズ用の指輪制作のご相談や、記念のアニバーサリーリングなどをオーダーされるお客様もいるので。また、ithはゼロからデザインを考えるというよりも、たくさんあるデザインの中から選んでかたちにしていくので、明確にデザインのイメージがなくても、自分の好みを少しずつ確認しながらオーダーメイドが楽しめます。それも理由のひとつかもしれません。
神山 僕の場合は、思った以上に細部まで手を加えていることです。指輪のデザインはひとつひとつ違いますし、求められるクオリティも高いので、毎回、制作工程と加工に使う道具の組み合わせを考えながら作業しています。それに慣れるまで最初は大変でしたが、想像していた以上に、技術やセンスが磨かれていると感じます。
岩木川 つくり手は、お客様と対話しながらデザインを考えられるよう、指輪制作の知識も備えなくてはいけません。私も研修中は学生時代よりも勉強した気がします(笑)。
―職人とつくり手の役割は異なりますが、お互いをどのように感じていますか?
神山 僕ら職人が目指すのは、お客様の理想を具現化することです。そのために職人はつくり手が作成したオーダーシートなどからお客様を想像し、デザインに込められたご要望を叶える方法を考えます。僕たち職人はお客様とは直接お話をしないので、お客様の理想を導き出すつくり手には全幅の信頼を置いています。
岩木川 お客様の要望を形にできるのは、職人の確かな技術があってこそだと思っています。私も研修で指輪制作を実習しましたが、本当に難しくて……。だから、長時間集中して作業する職人たちを尊敬していますし、完成した指輪を見て私たちも感動します。
高橋さん(以下、高橋) ithの職人は、お客様がそのデザインを選ぶに至った背景や理由まで考えて作らなくてはいけないですし、つくり手はお客様とともに考え、時にプロの視点から導けるように、職人の感性や知識も持たなければいけません。二人は立場こそ違いますが、目指すものは同じですよね。お互いの知識を持ち合わせなければ成立しないので、それがithの特徴であり、ithらしさなんだと思います。
―指輪を作る上で大切にしていることはありますか?
神山 技術的な精度に気をつけるのはもちろんですが、ときどき職人の感性で捉える美しさと、お客様が思う美しさにズレが生じることがあるので、独りよがりにならず、お客様が求めていることを理解するように心がけています。
岩木川 私は昨年、自分自身がお客様の立場でithの結婚指輪づくりを体験しました。高橋さんにつくり手役をお願いしたのですが、技術やデザインについて話してもらうと、改めて、心に響くことが多くて…。普段、人見知りの主人がいざ席に着いたら、積極的に指輪を見てくれたことも、すごく嬉しい出来事でした。それがいい経験となって、これまで以上にお客様とリアリティを持って話せるようになり、お客様の出会いや結婚に至るまでのストーリーを指輪に込めることをますます意識しています。
高橋 二人の話を聞いて、私が大切にしてきた想いはきちんと受け継がれていると思うと安心できます。確かな技術を持つ職人がいるから、ithのものづくりはレベルアップするし、私とは感性の異なるつくり手がいるから、新たなお客様とのお付き合いも生まれるんです。そのことが私はとても嬉しいし、心強いです。かつては、つくり手も職人も私一人でしたが、今はみんながいてくれてよかったなと思っています。
―特に印象に残っている指輪はありますか?
神山 印象深いものばかりですね(笑)。“こういうパターンもあったか!”と思うものばかりで、毎回、職人としての腕を試されているように感じます。
高橋 それもithの特徴のひとつかもしれません。素材の組み合わせや工程の手順が少し変わるだけで、職人たちの想定を超える指輪が生まれることもありますよね。お客様の中にはユニークな発想をお持ちの方もいるので、私たちが驚くようなデザインが生まれることもあります。それだけithは自由度が高いということです。
岩木川 そうですね。たとえば、物理的に難しいオーダーでも、何か違う方法でできないかと考えますし、職人にも相談するようにしています。
高橋 指輪を着ける人が「これがいい」と感じたデザインを作ることがithの役目であり、物理的に難しいオーダーだからこそ、ithが対応することに意味があると思います。だから、これからもできることを増やしていきたいし、これまで事例のないオーダーをいただいたときこそ、ithでできることを考えて、みんなで試行錯誤していきたいですね。
…後編へつづく
写真左:神山さん[工房主任]
写真中央:高橋さん[ithブランド代表]
写真右:岩木川さん[吉祥寺アトリエ主任]
【プロフィール】
高橋さん[ithブランド代表]
2014年にith吉祥寺アトリエを構え、接客と指輪づくりの両方に携わる。現在も週末は自らアトリエで接客を行い、難易度の高いオーダーに対応するなど、ithを最前線で牽引する。指輪は「着ける人こそが主人公」ということを大切に考えており、お客様のために何ができるかを常に考え続ける姿勢はオープン当初から変わらない。
岩木川さん[吉祥寺アトリエ主任]
2020年にジュエリー業界未経験でありながらつくり手として入社。熱心に知識を習得し、異業種からの転職とは思えないほど、多くのお客様の期待に応える。2022年に吉祥寺アトリエの主任となり、現在はお客様の対応だけではなく、後輩スタッフの育成にも取り組む。
神山さん[工房主任]
2021年に職人として入社。前職でもブライダルジュエリー会社に職人として勤務し、主に石留めの工程を担当していたが、ひとつの工程ではなく、指輪制作においてさまざまな工程に携わりたいとithに転職。現在は、工房の主任として、中堅スタッフの技術指導も行う。