KNOWLEDGE & INSIGHTS

目的別M&Aの成功事例(”水平型M&A””垂直型M&A””新規型M&A”)

M&Aの動向

企業が成長戦略の手段として行うM&Aは、主に海外企業の間で行われるのが主流でしたが、日本国内においてもM&A件数は増加傾向にあり、2022年のM&A実施件数は国内だけで4,304件となっています(外国企業が絡むM&Aを含む)。23年以降においても大企業・中小企業に関わらずM&Aは活発に行われており、大手企業などの動向に関するニュースは経営者や投資家の間で注目の的となっているのではないでしょうか。

特に近年では、フードデリバリー事業の「バーチャルレストラン(現: Wanna Eat」と「USEN-NEXT HOLDINGS」のM&A229月実施)のように、スタートアップのM&Aが増加傾向にあり、事業を譲り上場企業グループとなって急拡大させていくことがトレンドとされています。

本稿ではM&Aの成功事例を7つ紹介しています。成功事例の概要だけでなく、目的や実施後の動向を整理しているため、M&Aを検討している買手/売手企業の担当者様の参考になりましたら幸いです。

 

M&Aにおける主要論点

シナジー効果(相乗効果)

企業は「シナジー効果(相乗効果)」を期待して、成長戦略の一つとしてM&Aを検討・実施しています。M&Aでいう「シナジー効果」とは、買手企業と売手企業双方のリソース(人材や設備、ノウハウなど)を掛け合わせることで、それぞれの事業を成長させる様々な効果を生み出すことを指します。シナジー効果の例としては以下のようなものが考えられます。

(シナジー効果の詳細については、弊社が過去に執筆した記事「M&Aにおいて期待されるシナジーについて」にてご紹介しています)

 

ビジネスデューデリジェンス(BDD

前項のようなシナジー効果を期待するためには、実施前の厳密な調査が必要となりますが、そのようなM&A候補企業の調査を行うことをビジネスデューデリジェンス(BDD)と呼んでいます。一般的にM&Aをはじめとする投資判断をする際に投資対象の企業価値や事業上のリスクを調査することを目的としていますが、その結果次第で投資可否が決まるばかりか、その価値算定によっては買収価格も大きく上下してしまいます。

(BDD実務の詳細については、弊社が過去に執筆した記事「【よくわかるビジネスデューデリジェンス実務】本質から理解するビジネスデューデリジェンス」や「【よくわかるビジネスデューデリジェンス実務】全体像の理解と検証論点の抽出」などにてご紹介しています)

 

目的別のM&A候補

では、企業は成長戦略のためにどのような企業をM&A候補として選定しているのでしょうか。

買手企業と売手企業の関係性を大まかに分類すると、「同業種・同業態」「バリューチェーン上の上流・下流」「それ以外の異業種」となります。どの関係性の企業をM&A候補とするかは、M&Aの目的によって異なります。また、一般的に「同業種・同業態」とのM&Aは「水平型M&A」、「上流・下流関係」とのM&Aは「垂直型M&A」、それ以外の異業種とのM&Aは「新規型M&A」と呼ばれています。

以降では、買手企業と売手企業との関係性に焦点を当て、「水平型M&A」「垂直型M&A」「新規型M&A」の、それぞれにおける成功事例をご紹介いたします。

 

水平型M&Aの事例紹介

①ウエルシアホールディングス(ドラッグストア)×ふく薬品(ドラッグストア)

22年12月、調剤併設型ドラッグストアチェーンを展開する「ウエルシアホールディングス」は、沖縄県内に25店舗以上のドラッグストアや調剤薬局を展開している「ふく薬品」を株式(58%にあたる245株)取得の譲渡契約を結び子会社化しています。

M&A実施の経緯

ウエルシアHDが当時進出していなかった沖縄エリアには、「人口の継続増加」や「全国一の出生率」という優位性ある消費環境があり、ふく薬品が沖縄県で培ってきた信用力に、グループのノウハウや人材などの経営資源をプラスすることで、沖縄エリアにおいて経営規模の拡大と経営体質の強化が見込まれると考え、M&Aに至りました。

M&A実施後の動向

本M&Aによるふく薬品の子会社化によりウエルシアHDの拠点は、北海道から本州全域及び四国・九州、さらには沖縄まで広がっており、23年2月末時点でのグループ店舗数は2,763店舗となっています(22年2月末時点では2,468店)。

また、連結売上高・営業利益をみてみると直近5年のCAGR(19年~23年)はそれぞれ売上高1.0%、営業利益12.0%となっており、ともに増加傾向にあります。ウエルシアHDは、ふく薬品以外にも、コクミン(大阪)やシミズ薬品(京都府)など、ドラッグストア事業を展開する企業をM&Aにより傘下に加えており、今後も全国的に積極的な店舗拡大が行われると考えられます。

 

②ゼンショーホールディングス(飲食)×ロッテリア/SnowFox Topco(飲食)

外食店チェーンをメイン事業としている「ゼンショーホールディングス」は、飲食業界においてM&Aを活発的に行っている企業の一つであり、23年4月にはファストフードチェーンの「ロッテリア」、同年6月には北米や英国ですしチェーンなどを手掛ける「SnowFox Topco」を買収し傘下に加えています。

M&A実施の経緯

ゼンショーHDでは「世界から飢餓と貧困を撲滅する」という企業理念の下、マスマーチャンダイジング体制(大量販売する仕組み)を構築しつつ、国内外で幅広くフード事業を展開しています。一方で、ロッテリアは日本全国で358店舗(23年1月1日時点)を有するファストフードチェーンであり、ゼンショーHDの食材調達、物流、店舗運営機能などとのシナジー効果が今後のロッテリアの事業拡大や発展に寄与するものと判断しM&Aが実施されました。

また、SnowFox Topcoは、その傘下企業を通じて北米および英国を中心に、すしのテイクアウト店など約3,000店舗を展開するほか、すしの製造卸売業などを行う企業であり、同社の持つネットワークをグループ内に取り込むとともに、メニュー開発、食材調達、物流、店舗運営、店舗立地開発等の各分野においてシナジー効果を発揮し、さらなる業容拡大を期待することができると考えM&Aが実施されています。

M&A実施後の動向

ゼンショーHDは、00年7月のココスジャパン(ファミレス、取引額約80億円)の買収をはじめ、ジョリーパスタ(イタリアン、約68億円)、なか卯(定食チェーン)、華屋与兵衛(和食ファミレス、約12億円)など、多数の飲食企業をM&Aで買収してブランドを増やしています。

その結果もあり、連連結売上高・営業利益をみてみると直近5年のCAGR(19年~23年)はそれぞれ売上高4.0%、営業利益3.6%となっており、ともに増加傾向にあります。またゼンショーHDは、24年3月末に海外の店舗数を国内外食で初となる1万規模にすることを目標としています。23年3月時点では在外子会社の店舗数は5,384店舗でしたが、今回のSnowFox TopcoとのM&Aにより在外子会社の店舗数は8,000を超えています。今後も国内のみならず米国などで高水準の出店を続ける見込みで、引き続きグループ全体の売上・利益ともに拡大傾向にあると考えられます。

 

③りそな銀行(金融)×AFC Merchant Ban(金融)

177月、「りそな銀行」はシンガポールの金融機関である「AFC Merchant Ban(以下「AFC社」)」の全株式を取得しています。

M&A実施の経緯

りそな銀行は、りそなプルダニア銀行(インドネシア)のほか、日系企業の進出が多いアジアの5カ国・地域(シンガポール、バンコック、ホーチミン、上海、香港)に駐在員事務所を設置して、顧客の海外進出や現地における様々な課題の解決など、ニーズに応じたサポートを提供しています。これに加えて、海外における貸出・外国為替等の金融機能の保管を目的として、アジア及び米国の14ヶ国・地域の有力銀行と業務提携しています。

このような中で、顧客からのASEAN地域に関する件数が増加しており、同地域等においてより一層充実したサービスの提供を目的として、シンガポールに所在するAFC社の子会社化に至りました(AFC社は、同地域のインフラ開発を目的に、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンの主要な金融機関が中心となり1981年に設立された金融会社であり、同地域において、確立された顧客基盤と豊富な現地情報を保有)。

M&A実施後の動向

りそなグループはAFC社の買収により、これまでサービス提供ができていなかった「マレーシア」「タイ」「フィリピン」などへの展開が可能となりました。今後、AFC社のネットワークを通じ、同地域等に進出する日系企業の顧客を中心に、同地域の金融ハブであるシンガポールより貸出業務やM&A助言業務およびその他の金融サービス提供を行うことで、海外におけるサービス拡充を目標としています。

 

垂直型M&Aの事例紹介

④ビックカメラ(家電量販店)×エスケーサービス(物流/取り付け工事)

18年8月、家電量販店を展開している「ビックカメラ」は、家電の配送や取り付け工事などを事業としている「エスケーサービス」を簡易株式交換により完全子会社化しています。

M&A実施の経緯

ビックカメラでは、デジタルカメラ、パソコンやテレビといったデジタル家電や、冷蔵庫、洗濯機やエアコンといった白物家電などの電化製品を中心とする商品を、大都市の駅前や都市近郊のロードサイドに展開する店舗で販売するほか、インターネット通販での販売も推進しています。一方で、エスケーサービスは首都圏で一般貨物運送業の事業を行い、なかでも大型家電の配送設置に強みを有していたため、エスケーサービスの完全子会社化により、ビックカメラグループが電化製品を販売するうえで重要な商品の配送、設置や工事の品質向上を進めることで、顧客満足度の向上を図れるものと見込んでいました。また、エスケーサービスがグループとの連携を深めることで、新たなサービス提供や配送の効率化などが実現できるものと判断しM&Aが実施されました。

M&A実施後の動向

売上高・営業利益のCAGR(19年~22年)はともにマイナスであるものの、家電量販店を売上順(21~22年)に見るとヤマダ電機の16,193億円に次いで2番目。以降ヨドバシカメラ(7,530億円)、ケーズHD(7,472億円)となっています。

なお、エスケーサービスは22年4月に「株式会社ビックロジサービス」へ社名を変更。社成長戦略のひとつである、「ECの強化・拡充とサプライチェーンの最適化」の強化を図り、調達からお客様のお手元に届けるラストワンマイルをより進化させるため、株式会社ビックロジサービス(ビックロジサービス)に物流機能を統合する目的で、22年9月1日を効力発生日として、子会社の株式会社ジェービーエスを消滅会社とする吸収合併を実施しました。

 

⑤住友重機械工業(機械メーカー/造船)×Lafert(モータメーカー)

18年5月、精密機械や製造装置などの分野において高い技術力を誇る「住友重機械工業」は、イタリアの産業用モータメーカー「Lafert」の株式を取得し、子会社化しています。

M&A実施の経緯

Lafert は、高効率磁石モータ、誘導モータ、サーボモータ・ドライバなど豊富な製品をラインアップする産業用モータメーカーであり、高い製品開発力と顧客要求に対応する柔軟なカスタマイズ力を背景に、特に欧州で高いプレゼンスを有し、広範な業界で強固な顧客基盤を築いています。このような技術やノウハウを活用して、「製品ポートフォリオの拡大や、より広範な顧客層に対する包括的なソリューションの提供」といった、電機・制御分野における事業領域の拡大・強化を図るため、株式取得に至っています。

M&A実施後の動向

Lafertの製品は、「高効率技術」「小型高性能」「柔軟なカスタマイズ技術」といった強みを持っており、これらを住友重機械工業の事業と掛け合わせることで、幅広い領域をカバーでき、上位の制御やソフトウェアへの展開も可能となりました。

住友重機械工業のギヤやモータ/ドライバとのシナジーを発揮し、よりユニークで競争⼒のある製品の提供が可能となっており、長期的な目標としてPTC事業における売上2,000億を目指しています。

 

新規型M&Aの事例紹介

⑥ダスキン(生活関連事業)×EDIST(ファッションレンタル)

21年4月、生成清掃用品のレンタル・販売、役務提供サービス等の訪問販売を全国に展開している「ダスキン」は、ファッションレンタルサービスを事業としている「EDIST」の全株式を取得し、完全子会社としています。

M&A実施の経緯

ダスキンは訪販グループにおいて、顧客の暮らしや職場環境のリズムを整える「生活調律業」を目指しており、生活者が暮らしと仕事の時間配分だけを意識するのではなく、双方の充実を実現できる付加価値の高いサービスの提供ができるものと考え、訪問販売グループサービスドメインの拡充を目的に、EDISTの全株式取得に至りました。

M&A実施後の動向

デジタル接点による非接触や「所有するから借りる」といった暮らしの意識が、今後一層高まるものと考えており、ダスキンが培ってきたレンタル事業のノウハウおよび100万人を超えるWEB会員とEDISTのオンラインマーケティングノウハウを融合させることで、生活者の「ワークライフマネジメントのお手伝い」という新しい暮らしのテーマに積極的に取り組んでいます。

最近では、「 CLOSET×ダスキン美・美・美キャンペーン」と称したコラボキャンペーン(222月)を実施。ファッションレンタルの利用者に対してオリジナル商品のプレゼントや、掃除用具の抽選プレゼントなど、新生活の暮らしを積極的に支援しており、今後も双方のターゲット層に向けた質の高い生活関連事業が展開されていくと考えられます。

 

⑦大和自動車交通(ハイヤー/タクシー/不動産)×トータルメンテナンスジャパン(総合メンテナンス)

2010月、旅客自動車運送事業を営む「大和自動車交通」の子会社である「大和物産」が、総合メンテナンス事業を営む「トータルメンテナンスジャパン」の株式を取得し子会社化しています。

M&A実施の経緯

大和自動車交通グループでは旅客自動車運送事業において「安心・安全・おもてなし」の更なる向上を目指し、乗務員の採用拡大と生産性の向上に取り組み、不動産事業においては、グループ不動産の活用方針の検討を進め、事業収益体制の増強を図っています。

その中で、事業領域の拡大と経営資源の有効活用を企図した M&A についても重要な経営課題として取り組んでおり、ゴルフ場のクラブハウスおよびオフィスビルの清掃・メンテナンスとして顧客からの評価の高い、トータルメンテナンスジャパンとのM&A実施に至っています。

M&A実施後の動向

22年期の有価証券報告書によると、トータルメンテナンスジャパンのメイン事業の顧客であるゴルフ場の利用動向については、コンペなどの団体利用およびレストラン営業は減少しているものの、個人利用客は大きな影響を受けておらず、むしろ来場者数は増加傾向。また新規のゴルフ場との契約も順調に決まっており、アフターコロナの現在、団体利用客も戻り始めており、今後も安定的な収益確保が見込めると考えられます。

 

成功事例だけでないM&A

本稿では、M&Aの成功事例として7つ紹介しておりますが、M&A実施後にシナジーを発揮することができずに他の企業に売却するなどといった失敗事例も数多くあります。そのためには成功事例を基に、「事業を拡大したい」「新規領域に参入したい」「新たな顧客層をターゲットとしたい」などといったMAの目的をしっかりと定めたうえで、候補企業や市場環境の調査を行う必要があります。

弊社では、M&Aを検討される企業様に対し、対象会社探索のご支援、ビジネスデューデリジェンスのご支援をさせていただいております。

まずは下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。

 

【参考】

長崎裕斗

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト