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M&Aにおいて期待されるシナジーについて

MAを志向する際に考慮すべきシナジーとは】

M&Aを行う企業が期待している効果の一つに、企業や事業が統合されることによって生じるシナジー効果があります。

シナジーとは、もともと「複数存在するものや事柄、人等がお互いに作用し合うことにより、効果や機能を高めること」を意味します。経営戦略においてこの「シナジー」という言葉は、複数の企業もしくは事業が統合して運営されることによって、企業や事業がそれぞれ単一で運営された場合よりも大きな利益をもたらすといった意味合いで使われています。つまり、複数の企業が統合された際に、企業活動によってもたらされる利益が単純に足し算になるわけではなく、+αの利益を生み出すことを意味しています。企業において新規事業を企画する際に、既存事業とのシナジーを客観的に分析することは事業計画や売上計画等を策定する際に重要になってきます。そして、M&Aにおいても企業価値評価(バリュエーション)や買収後の事業計画を策定するために、買収対象企業とのシナジーを分析することは非常に重要なステップとなります。ただし、分析を行うにあたり、前提としてM&Aにおけるシナジー効果とはどのようなものがあるのかについて理解しておく必要があります。

本記事では、MAにおけるシナジー効果の種類について説明した後に、実際のM&A事例を基にどのようなシナジー効果を期待した買収が行われているのかについて述べていきます。企業において、MAや経営企画などに携わる方にとってご参考になりますと幸いです。

 

M&Aにおけるシナジー効果の種類】

M&Aにおいて、シナジー分析を行う場面は買収先候補企業決定前と買収先候補企業決定後の2つあります。前者については、買収を検討している企業が、どのようなケイパビリティや資産を有した企業を買収することで自社の事業を成長させるのかといったM&A戦略の方向性を検討する際に行います。

後者については、買収先候補企業が決まり、企業価値評価(バリュエーション)や買収後の事業計画の策定を行うにあたり、どのようなシナジーが見込めるのか洗い出すために行います。

シナジー効果には、主に売上シナジー、コストシナジー、研究開発シナジー、財務シナジーの4つの効果があるといわれています。M&Aにおけるシナジー分析を行う際には、下記の4つのシナジーに当てはまるものがないかといった視点で考えることにより網羅的に把握する必要があります。

 

 

 

 

【売上シナジーを目的としたM&A事例】

20201021日付けで株式会社クスリのアオキホールディングス株式会社フクヤの株式の94.8%を取得し、子会社化することを発表しました。

 

<株式会社クスリのアオキホールディングスの事業概要>

株式会社クスリのアオキホールディングスは石川県白山市に本社を置き、主にドラッグストアチェーンを展開する事業を行っています。1869年に「青木二階堂薬局」として創業し、1985年に「株式会社クスリのアオキ」に商号を変更してから、県外へのチェーン展開を積極的に進め、現在は中部・関東・近畿・東北地方にドラッグストア計853店舗を展開しています。(2020820日時点)

 

<株式会社フクヤの事業概要>

株式会社フクヤは、京都府宮津市に本社を置き、京都府においてスーパーマーケットを展開する事業を行っています。1919年創業の京都北部、福井県南西部に食品スーパー8店舗を展開する老舗企業です。

 

MAにより期待されるシナジー効果>

買収当時、株式会社クスリのアオキホールディングスは近畿地方で商圏拡大を目指しておりましたが、京都府には5店舗しか展開していない状況でした。そのため、株式会社フクヤを買収することにより販売チャネルの拡大といった売上シナジーを期待していたと考えられます。また、近年のドラッグストア業界においては、一般医薬品や衛生用品の販売にとどまらず、生鮮食品の販売を行うなど販売戦略が多様化してきています。そのため、株式会社フクヤが有する物流機能を活用し、生鮮食品の品揃えを強化することや、反対に日用品や医薬品などを株式会社フクヤに供給することでクロスセリングといった売上シナジーも期待していたと考えられます。

 

【コストシナジーを目的としたM&A事例】

2021513日付けでジャパンエレベーターサービスホールディングス株式会社株式会社トヨタファシリティーサービスの株式を取得し子会社化することを発表しました。

 

<ジャパンエレベーターサービスホールディングス株式会社の事業概要>

ジャパンエレベーターサービスホールディングス株式会社は東京都中央区に本社を置き、主にエレベーター・エスカレーターのメンテナンス・リニューアル事業等を行っています。同社は、1994年の設立から、国内全国から海外まで商圏を拡大しており、国内拠点数は129拠点、海外関係会社数は6社に及びます。(いずれも2022103日時点)

 

<株式会社トヨタファシリティーサービスの事業概要>

株式会社トヨタファシリティーサービスは東京都豊島区に本社を置き、エレベーター、エスカレーター、小荷物専用昇降機の保守管理、エレベーター・自動ドアのリニューアル事業を行っています。同社は、2013年に設立し、主に東京・神奈川・埼玉・千葉等の首都圏および大阪・兵庫等の関西圏を中心に事業を展開しています。

 

MAにより期待されるシナジー効果>

ジャパンエレベーターサービスホールディングス株式会社は東京、神奈川、埼玉、千葉等の首都圏及び大阪、兵庫等の関西圏を中心に、1,000台以上のエレベーター等の保守管理を行っており、同社は本買収を通じて、顧客チャネルを統合することにより、株式会社トヨタファシリティーサービスの主な商圏であった関東、近畿地方における事業基盤を強化する狙いがあったと考えられます。また、共通するエリアにおいて、人的資源を相互活用することにより、従来よりも効率的なサービス提供を実施することで間接費を削減するといったコストシナジーを期待していたと考えられます。

 

【研究開発シナジーを目的としたM&A事例】

2022110付けで武田薬品工業株式会社は、イギリスに本拠を置く企業であるAdaptate Biotherapeutics社を買収するオプション権を行使したと発表しました。Adaptate Biotherapeutics社はもともと武田薬品工業株式会社の投資を受けた設立された企業であり、同社設立の際、武田薬品工業株式会社は事前交渉により定められた契約一時金でAdaptate Biotherapeutics社を買収する独占的オプション権を取得していました。今回の買収はこのオプション権を行使する形で行われました。

 

<武田薬品工業株式会社の事業概要>

武田薬品工業株式会社は、大阪府中央区と東京都中央区に本社を置き、主に、医薬品や医療器具の製造・販売事業を行っています。1781年に創業し、現在は国内製薬会社の売上高・営業利益ランキングで1位であるなど、国内製薬企業のトップにまで成長しています。

 

Adaptate Biotherapeutics社の事業概要>

Adaptate Biotherapeutics社はイギリスのバイオテクノロジーに関する研究を行っているGammaDelta Therapeutic社のスピンアウト企業として、同じくバイオサイエンス分野における投資を行っているイギリスのAbingworth LLPと武田薬品工業株式会社から投資を受け2019年に設立されました。同社は、がん治療における可変デルタ1 Vδ1)ガンマデルタ(γδT細胞を修飾し抗体ベースの治療薬の開発を行っています。

 

MAにより期待されるシナジー効果>

近年、製薬業界では多くの企業が3大死因の1つであるがんの治療薬の開発に対して積極的に投資を行い、研究開発を進めています。武田薬品工業株式会社も4つの重点領域の中にオンコロジー(がん)を挙げており、今回の買収以前にもがん治療に関する研究を行っている海外企業の買収を積極的に行ってきました。

本買収では、両社の固形がん(臓器や組織などに腫瘍ができるがんの総称)に対するγδT細胞ベースの治療薬の開発技術・知見を複合することによってがん治療薬の開発を加速化させるといった研究開発シナジーを期待していたと考えられます。

 

【財務シナジーを目的としたM&A事例】

株式会社マイナビは、201941日付けでヘルステック分野のスタートアップ企業である株式会社エクスメディオを買収したことを発表しました。

 

<株式会社マイナビの事業概要>

株式会社マイナビは、東京都千代田区に本社を置く、就職・転職・進学情報の提供や人材派遣・人材紹介などを主業務とする日本の大手人材・広告企業です。

 

<株式会社エクスメディオ>

株式会社エクスメディオは、東京都千代田区に本社を置き、ITを通じて医師同士がつながり、より良い医療を提供することを目指すヘルステックの開発事業を行っているスタートアップ企業です。全診療科の医師が活用できる、AIICT技術を使った臨床支援ツールを提供。同社の代表的なサービスである「ヒポクラ」は「カンファレンスが終わった午後6時の医局のソファで繰り広げられる会話」をコンセプトに、多くの臨床家が集うプラットフォームを提供することで、診療に関する医師同士のコミュニケーションを促進し、世界中から参加・相談できる互助コミュニティ構築を目指しています。

 

MAにより期待されるシナジー効果>

本買収では、株式会社マイナビが株式会社エクスメディオを買収することにより、同社が展開しているメディカル分野における人材サービス事業を強化することが目的であったと考えられます。また、2019年度の株式会社マイナビの営業利益は約260億円にも及ぶため、スタートアップ企業の資本強化を支援することにより、事業の成長を加速化させることで余剰資本を活用するといった財務シナジーを期待していたと考えられます。

 

【まとめ】

本ブログでは、M&Aにおいて期待されているシナジーの種類について説明した後、それぞれのシナジーを目的としたM&A事例を紹介させていただきました。M&A戦略を策定する場合や企業価値評価(バリュエーション)を実施する際に、どのようなシナジーが存在するのか認識しておくことは非常に重要です。また、今回挙げさせていただいた事例より、M&Aにおいて期待されているシナジーは単一である場合は少なく、複数のシナジーを期待して実施していることがほとんどです。そのため、多角的な視点からシナジー分析を行うことがM&Aにおいては重要であると考えられます。

 

【参考文献】

     

    安田 武蔵

    アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト