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体制・経営方針の”マンチェスターダービー”

はじめに ~マンチェスターダービーとは?~

ちょうど今、カタールでサッカーワールドカップが開催されております。サッカーは世界中で大人気のスポーツであり、この記事をご覧になっている方の中にも、深夜から朝方までサッカーを見たことにより寝不足になった方もいらっしゃるかもしれません。

 実は、今回のワールドカップをカタールで開催するにあたって、世界中から様々な批判がありました。そのうちの理由の1つは、各国のプロサッカーリーグの多くにとって、シーズンの真っただ中にあたる時期に開催することによる、リーグ戦の一時中止とその後の日程の過密化です。サッカーは世界で最も人気のあるプロスポーツであり、それはすなわち巨額のマネーが動くビジネスである、という意味でもあります。

 実際、世界で最もレベルの高いプロサッカーリーグといわれる、イングランド・プレミアリーグは、最も視聴者数の多いプロサッカーリーグであり、同時に最も売上を計上しているリーグであり、昨シーズンはリーグ全体で8,400億円もの売上を記録しています。世界的に著名なクラブも含めて20個のチームが所属するリーグですので、1チームの売上の平均は400億円以上にも上る計算になります。日本のプロサッカーでは、2019年にヴィッセル神戸が記録した、年間約114億円がJリーグ史上最高の売上ですが、プレミアリーグに所属するチームと比較すると、平均的な売上の25%程度にしかなりません。人気・実力を兼ね備えたイングランド・プレミアリーグは世界最大級のスポーツビジネスなのです。

 今日は、そのイングランド・プレミアリーグに所属する2チームの構造・経営方針について比較していきたいと思います。その2チームとは、「マンチェスターユナイテッド」と「マンチェスターシティ」の両チームです。この2チームが年に2度直接対戦する試合はマンチェスターダービーと呼ばれており、同じ街に拠点を構えるライバル同士の1戦として毎年注目を集めておりますが、拠点だけではなく、どちらも世界的な知名度を持ち、スーパースターを抱え、常に優勝を争う強豪同士である、という共通点が存在します。にも関わらず、構造や経営方針、マネタイズやマーケティングの方針は真逆といってよいほど異なっているのです。

 

両チームの状況とプレミアリーグ(PL)について

PLとは?>

上でも述べたイングランド・プレミアリーグについて簡単に説明をすると、20チームが参加するサッカーのリーグであり、各チームは優勝を目指してしのぎを削っています。しかし、現実的な観点からいうと、リーグの中でも圧倒的な資金力・人気・知名度を誇るビッグクラブが存在しており、優勝は基本的にこれらのクラブチーム間で争われている、という状況です。このリーグには、後述するマンチェスターの2チームも含めた6つのビッグクラブが存在しています。

 また、これらビッグクラブには優勝以外にも重要な目標が存在します。UEFAチャンピオンズリーグへの出場権を獲得することです。詳細な説明は長くなるので省略しますが、これは世界各国のリーグにおいて、前年に好成績を残したチームのみに参加権が与えられる大会であり、毎年リーグ戦と並行して開催されます。進め方はほぼワールドカップと同じ形式で、グループステージ→決勝トーナメントの流れで勝者を決まる形式となっており、ここでの優勝は国内でのリーグ戦優勝と同等(あるいはそれ以上)の価値があると認識されております。

 このチャンピオンズリーグはサッカーファンにとってこれ以上なく人気のコンテンツの1つであり、昨シーズンは推定約3,800億円の収益を計上しましたが、その利益の多くは出場クラブへと分配されています。世界的注目が集まるハイレベルな大会であること、出場するだけでも一定の収益を獲得できる(より多く勝ったクラブに多くの収益が分配される)構造となっていることから、毎年選手たちに巨額の年俸・獲得資金をつぎ込んでいるビッグクラブからすると是が非でも出場したい大会となっておりますが、プレミアリーグに関していえば、シーズン終了時点で1~4位だったチームに、翌年のチャンピオンズリーグ出場権が与えられています。

 

 優勝もチャンピオンズリーグ出場も、現実的には6つのビッグクラブで独占されているといってよく、基本的にはビッグクラブ6つが優勝を、そしてそれが叶わずとも4位以内でシーズンを終えることを目標としております。

 

<マンUとは?>

 今回の話の主題となるチームの1つであるマンチェスターユナイテッド(以後ユナイテッド)についても説明します。

 イングランド・プレミアリーグに所属しており、名前の通りマンチェスター拠点を持つこのチームは、世界中に約7.5億人のサポーターを持つとされる、最も人気・知名度のあるプロスポーツチームの1つであり、世界のサッカーチーム中2位となる約46億ドルの市場価値を持つとされています。

 1990年代~2010年代の約20年間、世界的なスーパースターを多く輩出し黄金期を迎え、その圧倒的な強さとみるものを魅了するプレーで世界中からの人気を獲得してきました。

収入の面でも、2021年には全サッカーチーム中5位となる約5.6億ユーロを計上しており、人気・実力・知名度だけでなくビジネスの面からも世界的ビッグクラブの1つといって間違いないでしょう。

 

<マンCとは?>

 一方、同じマンチェスターに拠点を置き、同じプレミアリーグに所属するマンチェスターシティ(以後シティ)というチームの知名度は、先程のユナイテッドに比べると劣るかもしれません。

 かなり長い期間に渡って強豪・名門としての地位を維持してきたユナイテッドに比して、シティは2008年頃までは弱小~中堅といった立ち位置のチームであり、リーグの優勝を争ったり、世界的なスーパースターが所属したりということもなく、地元マンチェスターの人々に応援されながら(ユナイテッドに比べて)ひっそりと存在していました。

 しかし2008年に、UAEの首長国であるアブダビの王族によりチームが買収されると全てが変わります。総資産100兆円ともいわれるオーナーの資金力を背に、世界的なスーパースターと優秀なスタッフ陣を揃え、優勝争い常連のチームへと変貌し、2012年には創立以来初めてとなるプレミアリーグ優勝を達成しました。それ以降も強豪として存在し続け、ここ5年のうち4回のプレミアリーグ優勝を達成するまでに至ったのです。

 そんなシティは、人気の面ではユナイテッドに及ばないものの、圧倒的なピッチ上での成功を武器に人気・知名度上昇中であり、収益面では、2022年に全サッカーチーム中1位となる約6.4億ユーロを計上しました。

 

 

 

 

両チームの構造・経営方針の差異

 

上記2チームは今や人気・知名度だけでなくビジネス面においても、サッカーというビジネスにおける巨大勢力となっていますが両チームの構造・経営方針には結構な差異が見受けられます。

 

<ユナイテッドのケース>

・ユナイテッドの構造

 ユナイテッドはアメリカのグレイザー家という投資家により所有されており、彼らはLBOというスキームを用いてユナイテッドを買収しました。つまりユナイテッドが毎年計上する利益を担保に買収資金を借り受けており、発生した利益から毎年融資先への返済を実施する必要があります。実際の例としても、2019年には2400万ポンドが返済に充てられており、オーナーは常に財政的・ビジネス的な成功を求める傾向にあります。

 実際、2013年には、「試合の成績はビジネスに関係ない」と豪語するビジネスマン、エド・ウッドワード氏をCEOに起用する等、サッカーにおける成功(優勝)というよりはビジネス面での成功を追求する傾向にあります。

 このCEOの下、SNS・デジタル戦略とスポンサー戦略に力を入れたユナイテッドは、2013年以降一度もリーグ優勝を達成していないにも関わらず利益は右肩上がりでの成長を続けています。

 

・ユナイテッドの経営方針(マーケティング・マネタイズ等)

 ユナイテッドは、早くからSNSの影響力に目を付け、FacebookTwitterInstagramに力を入れる戦略をとってきました。結果、この3つのSNSのフォロワー数は合計計12千万を超えており、これはシティの2倍以上数字となります。

 チームの持つ影響力を示す明確な根拠となる「フォロワー数」を武器に、数多くのスポンサーとの交渉を進め、2020年には年間約230億円のスポンサー収入獲得に成功しました。その戦略は選手獲得にも影響します。例えば、2016年にスーパースターのポグバ選手を獲得した際には、当時市場最高の移籍金(獲得する選手が所属していたクラブに支払う金額)となる1500万ユーロを支払っております。必要な人材なのか、そうだとしてもオーバーペイではないか、との指摘が随所からありましたが、その背景には、ポグバ選手がサッカー選手の中でも、SNSにおいて大きい影響力を持っている(Instagramフォロワー数が3400万人)ことがあったのではないか、とも言われております。

 また、2017年にはYahoo!の幹部を引き抜きデジタル部門の強化を実施し、2018年リリースしたクラブTVアプリは世界68か国でスポーツ部門のダウンロード数1位を記録しており、ダウンロードしたユーザーのうちの何%かが有料の試合配信サービスを利用すれば大幅な利益が出る、という構造を作り上げました。

 元来の圧倒的な知名度・人気によるチケット・放映権収入や、ユニフォーム等のグッズ収益といった、サッカーチームが従来持っていた収益源だけでなく、SNS等の影響力を活かした影響力を用いたスポンサー獲得と、デジタルアプリを活用したマネタイズにより圧倒的な収益性を誇るチームとなっており、20162018年の間には世界のサッカーチーム内の売上1位を記録するほどになったのです。

 もっとも、近年は優勝から遠ざかっていることもあり、この方針はファンからは不評なようですが…。

 

<シティのケース>

・構造

 上でも述べたように、シティのオーナーはUAEの王族であり、圧倒的な資金力を背景に急速な成長を遂げているのがこのチームになります。といっても、サッカーチームは、オーナーから投入可能な資金に制限があるため、無尽蔵に資金を投入して強化、ということは不可能ですが、ユナイテッドと異なる点としては、オーナーがこのチームへの投資に対して、そもそも金銭的なリターンを求めていない、という点にあります。オーナーは所謂ストラテジック投資家であり、今回のケースでは、明言はされていないものの、世界各国から人権侵害が指摘される中東諸国のイメージアップが目的という解釈が一般的です。

 チームを経営するうえでも、他のサッカーチームにおいて優れた手腕を発揮した人材を、豊富な資金と「名門ではないクラブで、新たな歴史を作る挑戦をしよう」という誘い文句で引き抜き、オーナーは「カネは出すけど口は出さない」というスタンスを保つことで各自に大きな裁量を与える方針を取っています。

 

・シティの経営方針(マーケティング・マネタイズ等)

 シティにおける最大のマーケティングツールはまず何よりもピッチ上の、つまりサッカーチームとしての成功です。歴史と伝統ある複数チーム間での優勝争い、という構図に風穴を開けるべく、純粋でピッチ上で必要な選手を獲得し、チームの勝率を上げることで人気を獲得するアプローチを繰り返してきました。また、常に一貫しているのは選手獲得に際して決してオーバーペイしないことであり、ビジネス面を考え、時にはオーバーペイとなっても選手を獲得するユナイテッドの違いが明確に表れています。

 また、もう別の特徴として姉妹クラブをたくさん持つことが挙げられます。同オーナーが世界各国のリーグに所属する複数クラブを買収し、マンチェスターシティも含めた「シティ・フットボール・グループ」という事業体を形成しています。イタリア・スペインといったリーグのレベルが高い国だけでなく、アルゼンチンのクラブや日本のクラブも所有しており、女子サッカーのクラブチームも含めて16チームが含まれています。

 特にアメリカの「ニューヨークシティFC」、オーストラリアの「メルボルン・シティFC」等元々チーム名が「シティ」で終わるチームを6つ抱えており、「シティ」をサッカー界における1つのブランドとして位置付ける戦略をとっています。

この戦略の背景には、「ファンの85%が、応援するチームを変えることはない」というデータが存在するためです。いわば後追いの立場からチームを強化し、ビッグビジネスへの成長を遂げていきたいものの、イギリス内の他チームからファンを奪うことは難しい…という状況のシティは、海外の姉妹クラブを多数持つことで、姉妹クラブのファンに、「マンチェスターシティにもなってもらう」という狙いがあります。

 最後のマーケティング戦略は育成した若手の売却です。現オーナーがチームを買収した際、まずスタジアムと、ユースも含めた練習施設を充実させるという施策を実施しました(この際、巨額の費用がかかる工事を全て地元の建設業者に依頼する、というイメージアップ戦略をとったようです。シティはグローバルなユナイテッドに比してより地元色の強いクラブだったため、オーナー交代によるポジティブな変化と地元密着を市民にアピールする狙いと思われます)。ピッチ上での成功と充実した施設が合わさり、地元の有望なアマチュア獲得競争でユナイテッドに勝てるようになったシティは、世界各国を対象として有望な若手アマチュアを獲得し、自前のユースで育てるということを行っております。プレミアリーグは世界で最も競争の激しいリーグであり、実際シティのユースからトップチームに所属する選手はほとんどいない(累計3人程度)のですが、充実した練習施設と付随した教育機関による教育機会確保を目的に、多くの若手を獲得し、それを育成して世界各国のクラブに移籍させることで移籍金を稼ぐ、という収益源を確保することに成功しています。

 

 

 

おわりに

 両チームはともに世界的なビッグクラブですが、元々持つ巨大な影響力を武器に大きな収益を稼ぐユナイテッドと、後追いの立場から強豪化・姉妹クラブ化の推進を実施するシティと、かなり違うマーケティングを推進していることがわかりました。

 ワールドカップでサッカーに興味を持った方も、元々サッカーが好きな方もそうでない方も、ピッチ上での素晴らしいプレーだけでなく、ビジネスとしてサッカーに目を向けてみると、また違った視点でのスポーツの楽しみが増えると考えています。本記事がそういった視点を提供できていれば幸いです。

 

高田 匠唯

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト