KNOWLEDGE & INSIGHTS

ハンドメイドが創る新しい時代の価値

ここ1〜2年の間に、サステナブルであるということや社会に対して共有価値を生み出すということが、ごく当たり前のものとして企業の商品やサービスに浸透してきました。

拙著「ふるくてあたらたしいものづくりの未来」のなかでも触れていますが、けして順風とはいえない日本の経済的、社会的環境のなかで、豊かさを生み出すブランドの要件である、
・地球や社会全体を考慮した企業活動が行われているか
・一人一人の多様性を踏まえ個々の琴線に触れる商品やサービスを提供できているか
・また消費者であると同時に働き手に対しても、仕事を通じて働く喜びややりがいを実感として提供できるか

というようなことを実践しながら成果を出していく企業がこれからさらにクローズアップされてくるものと思います。

豊かさを生み出す企業の要件

あらたな手仕事の時代に

このような実践事例のひとつとして、大阪・和歌山を拠点にハンドメイドのものづくりを行うガラスメーカーのfrescoをご紹介します。私たちが取り組んでおりますオーダーメイド家具と日用品のサービスWELLの新宿三丁目ショールームとオンラインストアでもこの7月より商品の取り扱いをさせていただくことになりました。

fresco 展示会のお知らせ

fresco代表である辻野氏は、日本ではまだきちんとした技術をほとんど教わることができなかった時代からガラス工芸の道を志し、アメリカ留学中にヴェネティアの世界最高峰のガラス制作技術に出会うなど様々なきっかけを得ながら、大阪・和泉市で工房、スクール、ショップを併設するかたちでfrescoをスタートされました。

frescoでは『(一旦脇へと追いやられてしまった)手仕事が、改めてこれからの時代のものづくりの一つの軸になりうる』という考えのもとに、自分たちの活動や商品をその実践解として捉え、企業活動を行われています。

適量生産・適量消費を実現するものづくりとして

吹きガラス技法を用いて制作を行うfrescoでは、商品制作のほとんど工程に人の手が介在しています。二人一組で息を合わせながら行う小気味よいリズムで行われる作業のひとつひとつは、見るものにほどよい緊張感と同時に、その作業から生み出されるモノに対するワクワク、期待感のような気持ちを感じさせます。

19世紀に普及した機械のものづくりは人間の労働力の有限性を解き放ち、大量生産大量消費による物質的な豊かさをもたらしましたが、その豊かさこそが環境負荷という新たな社会課題へと生み出すに至りました。

有限の労働力だからこそ、必要なものを、必要なだけしかつくれないし、つくらない。

サステナブルであることが企業活動の大前提である時代において、大量生産大量消費を満たす機械生産に一度は片隅に追いやられた手仕事のものづくりは、適量生産・適量消費という時代のコンセプトを実現するために、改めて最適な方法論のひとつになっているともいえます。

規格化の誤謬をただす

「規格の範疇には収まらないけれど「ご自宅でお使いいただくことには申し分のない品質」 studio fresco はモノを生み出す場所”House”物作りの場所だからこそ手に入れることのできる逸品。 私たちはそれらを”House Quality”と呼んでいます。”House Quality”製品は「Online Store」でも一部ご購入いただけます。」(fresco Webページより抜粋)

frescoでは上記のようにハウスクオリティという考え方に基づき商品を販売されていますが、現代人の多くが陥っている【規格化の誤謬(ごびゅう)】に対する警鐘としても共感できる考え方です。

「規格」というものの成立過程には、実にさまざまな歴史的、社会的、政治的な経緯や意図が含まれています。これだけで極めて奥深く面白いテーマなのですが深堀りは一旦別の機会に譲るとして、規格の効能をごく簡単に示すならば、規格を揃えることでたくさんのものを効率的につくり、効率的に運ぶことができるという点に集約されます。

つまり「規格」というものは大量生産大量消費という時代背景と切っても切り離せない関係性にあります。

そして「規格」というものが世の中に普及し人々にとって当たり前となるに従い、【規格にそった商品=優れた商品】という価値観が生まれてきます。これが私が考える【規格化の誤謬】です。

野菜や果物などの農作物を例にご説明します。野菜が市場に出荷され、購入されていくなかで何の要素を最優先にその価値が決まっていくかご存知でしょうか。それは「大きさ」や「かたち」、つまり見た目、言い方を変えると「見栄え」です。同じ環境で育てられた野菜は、見た目や大きさによって選別・ランクづけされ価格が決まっていきます。そしてまた規格化されることで効率性が高まった箱やコンテナに詰められて消費地へと送られていきます。

「え?食べ物なんだから味が第一なんじゃないの!?」と思った方も少なくないでしょう。近年でこそ試食などの機会も増えましたが、実際にスーパーに並んだお野菜を選ぶ際に、味を確かめられる機会というのはそう多くはありません。消費者は必然的に目で見た部分だけでお野菜を選ばざるを得ません。

そうすると「より綺麗で」「より大きく」「見栄えのよい色形」という要素が価格決定においてより重要となるわけです。

そういった選別やランクづけ自体に何か問題があるかというと、それ自体では特に何か悪いことや不正があるわけではありません。むしろ消費者が選択するための大切な情報を提示しているという意味で大事なことでもあります。

けれども一方でそのような状況のなかで生活している私たちは、いつの間にか「色も形もよい(大きい)ものは味も良いはずだ」という思い込みで購買選択を行なうようになります。

もちろん色形と味の間に、まったく相関性がないということはないのかもしれませんが、「色も形もよければ、絶対に味や品質もよい」ということにはならないでしょう。近年では、見栄えは良くはないが味は上ランクのものと変わらないというようなものも<わけあり野菜>などと呼ばれて出回っているのを見かけた方も多いと思います。

このような思い込みが「規格化の誤謬」です。

例に挙げた野菜に限らず、現代の規格の多くは、実は現代の社会の仕組みのなかで、よりたくさん、より低コストでモノが流通がしやすくなるようにという流通視点で定められたものが多いにも関わらず、その規格に沿ったものが優れたモノで、その規格から外れたモノはそうではない、という無意識の思い込みを、私たちは持って生活しているわけです。

規格化されたものに囲まれて生きるなかで、そのものの本質的な価値が何かということよりも、規格にそっているかどうかを優先して物事を考える思考回路に気づき一度リセットさせてくれる可能性が、ゆらぎや個体差のある手仕事のものづくりにはありますが、fresscoが提唱するハウスクオリティという考え方は、そういったことをシンプルに表現しているように思います。

作り手と使い手の距離を縮める

 

frescoでは、作り手と使い手の距離を縮めるということも念頭においてものづくりをされていますが、そのひとつとして工房と同じ環境でスクールを開設し、ガラス制作の体験から本格的に技術習得したい人まで幅広く受け入れ、ガラス制作に関わる機会を提供されています。

工房という場を通じてつくる人と使う人の間の距離を物理的に縮めることで、双方の間の心理的な距離も縮まってきます。

私は常々言っていますが、モノをつくるというプロセスには、さまざまな文化や人類の経験や叡智が投影されています。自分自身でそのプロセスを経験してみたり、一部分でも話を聞いてほんのちょっとだけ詳しく知るだけでも、モノやそれをつくる人たちへの理解や尊敬の深さが変わってきます。

ものをつくるって純粋にすごいな、大変だなという気持ちがつくる人への感謝やそのものを大事にしようという気持ちを導き、そしてその気持ちが自分を取り巻く日常に対する考え方や消費の仕方を少しづつ変えるきっかけを生み出していくように思います。

使う側のそんな気持ちや反応をなんらかのかたちで感じることができれば、ものを作る側にも自分たちの仕事に対するやりがいや誇りが生まれてきます。

人と道具を使いこなしながらものを生み出す場面には、作る人と使う人の理解や尊敬を深め合う力があるように思いますが、これはひとつの産業育成であると同時に文化づくりだということもできると思います。

実際にfrescoのようなかたちで意図を持って産業育成、文化育成に取り組もうとする工房やメーカーの動きは今に始まったわけでなありませんが、その存在価値が改めてクローズアップされる時代になりつつあるのではと感じています。

質の豊かさの時代こそのハンドメイドの価値

冒頭で述べた通り『サステナブルで、よりスマートな社会を』という潮流が、全人類的な方向性になっていくなかで、適量生産適量消費の考え方やその実践は、あらゆる企業が取り組むべき課題になっていくでしょう。

手仕事の限界を超え量の充足を手に入れた人類の歴史を振り返っても、ハンドメイド的なものづくりは量の豊かさに寄与するのは難しいかもしれません。

けれども量的な価値にはつながらなくとも、精神的な楽しみや人と人とのつながりといった質的な価値を生み出していく可能性を秘めているのがハンドメイドのものづくりではないでしょうか。

ハンドメイドのものづくりを手放しに礼賛するわけではありませんが、ふるくから伝わるハンドメイドのものづくりのなかに、これからの時代のブランドづくりにつながる可能性を拓くヒントや知恵が隠れているように思うのです。

 

*frescoさんに関するWELLインタビュー記事もご覧ください。

fresco(フレスコ) 辻野剛さん生活に取り入れるガラスの提案

 

 

吉田貞信

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング