高い技術力や生産管理を強みとする日本の製造会社は、1980年代まで国際競争において高い競争力を維持していました。
しかし1990年代以降は、高品質の製品を作っていることに変わりはなかったのですが、日本国内の製造会社における業績は急激に低下しました。
特に、PCなどのデジタル家電の製造会社は、韓国や中国、台湾など近隣のアジア製造会社の台頭により苦境に立たされています。
日本の製造会社における業績が低下した理由は、主に下記の2点であると言われています。
今後も上記の傾向は加速すると予想されるため、日本の製造会社が国際競争力を再び高めるためには「性能面以外での差別化」や「ブランド力の向上」に加え、M&Aによる事業拡大なども必要となるでしょう。
今回は、そのような製造会社におけるM&Aの動向やメリット、事例をご紹介します。
製造業界に身を置かれている方や業界動向を調査したい方、またM&Aを検討されている方にとって参考となれば幸いです。
製造会社におけるM&A動向の話に入る前に、そもそも製造業とはどのような事業者のことを指しているのかを確認しましょう。
製造業のことを総務省統計局は「有機又は無機の物質に物理的,化学的変化を加えて新たな製品を製造し,これを卸売する事業所」であると定義しています。
具体的には、下記①と②の業務を両方行う事業所が製造業に該当します。
たとえば、船舶や鉄道車両、金属工作機械の加工や修理を行う事業所が当てはまります。また、完成された部品を組み立てるだけの作業を行う事業所も製造業に含まれます。
以下の「卸売」を行う事業所が製造業に含まれます。
製造業の定義についてご理解いただけましたでしょうか。
それでは本章を踏まえて、製造会社におけるM&A動向を見ていきましょう。
製造会社におけるM&Aは、主に以下の3つのパターンがあります。
製造業界では、大手企業の傘下入りを目的に中小の製造会社が会社・事業を売却する事例が多いと言われています。中小製造会社がM&Aを行う背景の多くは、後継者不足の問題です。
帝国データバンクが公表している「全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)」によると、製造業における後継者不在率は53.7%であり、過半数の企業で後継者がいない状態となっています。
後継者不足を理由に廃業すると、従業員の雇用や取引先との関係を打ち切る必要性が出てきます。そこで社員や取引先、顧客を守る目的で、財務基盤が安定している大手の製造会社とM&Aを行い、会社の存続を図る中小製造会社が増えているのです。
また、安定的な経営の実現や成長の加速を目的に、M&Aによって大手企業の傘下に入る中小製造会社も少なくありません。
近年増えているのが、IT化への対応を目的に、製造会社がIT企業を買収する事例です。
近年はIoTやAIをはじめ、生産性の向上につながる技術が急速な発展を遂げています。そのような背景から、製造会社では生産性の向上や最新技術への対応を目的に、IT化を進める動きが加速しています。
IT化の一環として、製造会社がIT企業とM&Aを行い、ITのノウハウや人材、機器などの経営資源を取得する事例も多く見られます。
製造業界では、業績が低迷している会社をファンドが買収する事例も多いと言われています。
ファンドが製造会社を買収する目的は、企業価値を高めた後に株式を売却し、キャピタルゲインを得ることです。製造業界には、高い技術力を有するものの、資本力や経営能力に乏しい会社が少なくありません。
こうした会社は企業価値を高める余地があるため、ファンドの買収対象となりやすいです。
このように製造会社におけるM&Aには、様々な目的のもと行われているということが分かります。
では次に、製造会社においてM&Aを行うメリットがどのようなものかを見ていきましょう。
製造会社におけるM&Aのメリットを売り手と買い手、それぞれの視点からご紹介します。
製造会社/事業を売却すると、以下5つのメリットを期待できます。
製造会社・事業を買収すると、以下3つのメリットを期待できます。
このように、製造会社におけるM&Aのメリットは、買い手側・売り手側の双方にメリットがあるということが分かります。
これは製造会社に関わらずですが、M&Aは基本的に買い手と売り手の双方が納得しないことには話が進まないため、お互いのメリットを精査することは非常に重要な点となります。
ここまでは製造業界のM&A動向やM&Aのメリットをご紹介してきましたが、実際に近年どのような事例があるか、製造会社のM&Aパターン別にご紹介させていただきます。
【パターン】
大手企業への傘下入りを目的とした、中小製造会社による売却事例
【買収企業概要】
買い手の日本ニューマチック工業は、建機や航空機、化工機(最先端の「粉粒体テクノロジー」で、ナノレベルを含む粉粒体をつくるための機械やプラントのこと)の企画から開発・設計・製造・販売・アフターサービスに至る全ての工程を手がける会社です。
【譲渡企業概要】
売り手の立山高圧工業は、愛知県に拠点を置き、ホースと継手の加工販売事業を展開する会社で、M&A前から同社の製品は日本ニューマチック工業の建機や航空機、化工機に用いられていました。
【M&Aの目的・背景】
売り手側は後継者不在を理由に、日本ニューマチック工業を承継先としたM&Aを行いました。
一方で買い手側は、事業のさらなる拡大を目的に業種が近い立山高圧工業とのM&Aを行いました。
【パターン】
IT化への対応を目的とした、IT企業を買収する事例
【買収企業概要】
買い手、日立製作所は情報・通信システムや電力システムなど、社会インフラ事業を展開する国内最大の総合電機メーカーです。社会や企業が抱える課題をOT(運用技術)とIT、プロダクト・システムを組み合わせて解決する社会イノベーション事業をグローバルに推進しています。
【譲渡企業概要】
売り手、リーンクラウドは、パブリッククラウドのマネージドサービスとマイグレーションサービスを提供するクラウドサービスプロバイダーであり、ビッグデータやIoT技術、機械学習を活用したソリューションなども提供しています。
【M&Aの目的・背景】
日立製作所は、リーンクラウドが有するパブリッククラウド関連のサービスの提供能力を獲得し、米国を中心としてグローバルにクラウド関連サービス事業を更に拡大する目的でM&Aを実施しました。
具体的には、リーンクラウドが有するパブリッククラウドのマネージドサービスやマイグレーションサービスの提供能力を獲得することで、米国を中心として、グローバルにハイブリッドクラウドやマルチクラウドを含む統合的なクラウド関連サービス事業を拡大していくことを目的としています。
【パターン】
業績が低迷している製造会社をファンドが買収する事例
【買収企業概要】
買い手は、世界有数のプライベート・エクイティ・ファンドであるベインキャピタル、および日本国内のファンドや銀行が共同で出資した株式会社BCJ-52です。
この章では、同社を「ベイン連合」として紹介します。
【譲渡企業概要】
売り手は、日本を代表する製造会社である日立製作所です。
今回のM&Aでは、日立製作所の子会社として金属材料や機能部材の製造・販売事業を展開する日立金属が売却対象となりました。
【M&Aの目的・背景】
2019年以降、自動車やロボット、エレクトロニクス分野などの需要環境が悪化したことで、日立金属には経営計画の抜本的な立て直しが必要となりました。
また、2020年の新型コロナウイルスの大流行により、同社の事業環境はさらに悪化する事態となっています。
そこで日立金属は、非上場化による改革を進めることで、競争力と収益力の回復を実現する必要があると判断し、ベイン連合への株式売却を決定しました。
今回紹介した事例のように、製造業界では事業拡大や不況への対応策として、M&Aが用いることが多い傾向となっております。今回の事例はほんの一部であり、これ以外にも過去に多くのM&Aが行われております。また、コロナの影響を強く受けている業界なだけに、今後も買収や事業譲渡、売却をとおして企業の強化を図るケースが増加すると予測されます。
今回は製造会社のM&Aにフォーカスしてご紹介してまいりましたが、他業界でも様々な目的からM&Aは行われております。経済動向や市場動向を調査する目的としても、各業界のM&A動向を把握することは1つの要素となるかと思います。
本稿の情報から皆様に得るものがあれば幸いです。
【参考】
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト