新型コロナウイルスの影響もあり、新しい働き方であるリモートワークの定着が進みつつあります。ただ、移動時間の短縮、自由に働く場所を選ぶことが出来るといったリモートワークの利点はありつつも、生産性については以前よりも落ちているというアンケート結果も見られるようになってきています。
その原因としてはリモートワーク下におけるコミュニケーションの機会が少なくなることによる従業員のモチベーションの低下が挙げられます。このような背景もあり、以前であればあまり意識されていなかった「組織内での人との繋がり」の重要性が改めて見直されつつあります。そこで、従業員同士が互いに報酬を送りあう仕組みよってコミュニケーションを促し、モチベーション向上を狙う「ピアボーナス制度」に注目が集まっています。。
まず、ピアボーナスについてその語源から意味をたどってみたいと思います。ピアボーナス制度の「Peer」は「仲間」や「同僚」を表し、「Bonus」は「特別手当」を意味します。つまり、ピアボーナス制度とは、「従業員の何かしらの成果や貢献を称賛できるように、従業員同士が報酬を送り合える」という制度です。(尚、報酬の種類は様々ですが、多くの場合は金銭及びポイント、社内通貨等の金銭同等物であることが多いようです。)
(運用画面:Fringe81株式会社のUniposより)
このピアボーナス制度を運用するにあたっては、ソフトウェアサービスを導入するのが一般的です。このサービスを提供している会社はいくつか存在しますが、基本的な仕組みとしてはSNSサービスのような形で、誰かにピアボーナスが送られた際には、投稿がされるようになっており、タイムライン上で誰が誰に報酬を送ったのかという確認をすることが出来ます。
例えば、ある部署のAさんが違う部署のBさんに業務上必要な手続きを手伝ってもらい、その感謝と共に報酬を送った場合、この行為によって、人事評価には反映されにくい、日常業務における細かな気遣いという部分に対してもピアボーナスという形で感謝を示すことができます。このように、様々な従業員の業務が分かりやすい形で評価されることで、仕事に対するモチベーションを高める効果も期待されます。また、タイムライン上でピアボーナスのやり取りを目にすることで、普段関わりのない部門の従業員との繋がりが実感され、組織としての一体感を生み出す効果も期待できます。
上記のような形で、ピアボーナス制度のメリットにも少し触れましたが、この章ではピアボーナス制度のメリットを改めて細かく解説していきます。ピアボーナス制度を導入した際のメリットは大きく分けて以下の4つです。
従業員同士で報酬を送り合うことで、コミュニケーションの機会が増えます。また、その内容も「他の従業員の良かった点」、「良い成果」等を中心にするため、ポジティブなものになり、社内の雰囲気を明るくするきっかけになります。
他の従業員から改めて自分の業務に対して感謝されることで、モチベーションが向上する効果が期待できます。従業員同士の業務評価によって、管理職の目が行き届かない部分もしっかりと評価されやすくなり、個人の仕事への感謝が目に見える形で行われることで、仕事への自信ややりがいを高めることができます。
さらに、部署間の連携を促進させる効果も期待できます。例えば、他部署の人と仕事をした際にピアボーナスを送ることで、部署間での親睦を高める効果が期待されます。また、直接このやり取りの対象となっていない従業員が、投稿を見たことをきっかけにどの部署の誰に連絡を取るべきなのかを把握できるため、スムーズに連携を行うことも考えられます。
ピアボーナス制度の設計や運用を工夫することで企業文化の浸透の効果も期待できます。例えば、株式会社メルカリでは、同社バリューの1つである「All for One(全ては成功のために)」があり、自身の業務外の手伝いや他部署間とのミーティング等の「All for One」な協力に対して、ピアボーナス制度として社内通貨mertip(メルチップ)を送り合っています。
このように、ピアボーナス制度には多くのメリットがありますが、実際に導入する際には気を付けなければいけない点もいくつか存在します。
従業員同士で報酬を送る際、目立つ人や他者と関わりが多い人等、一部の人へ報酬が集中してしまう可能性があります。この状況が続くと、報酬を貰えない人達は積極的にピアボーナス制度に参加する意欲が低下してしまい、モチベーションの向上のために導入した制度の効果を発揮できません。そこで、ピアボーナス制度の本来の効果を担保するためにも、投票方法や投票対象者を絞る等の運用上の工夫が大切になります。
ピアボーナス制度を浸透させるには、進んで参加したくなるような制度設計が大切です。なぜなら、普段の業務で忙しい従業員にピアボーナス制度への強制的参加を強いる場合、評価相手や評価内容を考える時間が少ないので、評価内容が適当になってしまう可能性があるからです。このような事態を防ぐために、GMOメディアでは、ピアボーナス制度の導入理由をしっかりと説明し、推進メンバーが積極的に制度の利用を推奨していきました。このGMOメディアの例のように、ピアボーナス制度への自主的な参加を促す動機付けや工夫を行うことが、ピアボーナス制度を浸透させやすくなります。
最後に実際にピアボーナス制度を導入している企業はどのような課題の解決を目指し、運用にあたってどのような工夫をしているのかを見ていきましょう。
課題:従業員のモチベーションの維持
運用上の工夫:ピアボーナス制度の不適切利用を防ぐ
Googleは2013年頃にピアボーナスを導入し、導入した最初の企業だと言われています。元々、Googleでは生産性の高い組織づくりの条件の一つとして、「心理的安全性」に着目しており、それを高める施策の一つとしてピアボーナス制度が発足しました。この制度により、エンジニアやバックオフィス等の企業業績に直接的に繋がらない業務を担当している従業員の業務も組織に貢献しているという事実を可視化することができ、報酬と共に称賛されることで会社への帰属意識や仕事への評価を高められ、結果として「心理的安全性」を高められました。
また、Googleではピアボーナス制度を運用する際のルールを設けています。例えば、「直属の上司と部下はお互いにピアボーナスを送り合えない」、「一度ピアボーナスを送った人には、その後半年間送れない」、「ピアボーナスを受け取った人は、送ってくれた人には半年間ピアボーナスを送れない」等があります。これにより、従業員同士の不適切なピアボーナスの送り合いを防ぎ、一部の人に評価が集中することを避けられます。
課題:社内コミュニケーションの活性化、企業文化の浸透
運用上の工夫:ピアボーナス制度の浸透
上で少し触れましたが、メルカリは、2017年頃にピアボーナス制度の導入を開始しました。当時、組織規模の拡大に伴って新たな社員が毎月20名程度入社していたため、「All for One(全ては成功のために)」という企業文化の浸透が新入社員までうまくいきわたらないということの他、お互いの業務理解が弱かったり、業務内容の相談をする相手が分からなかったりということが課題として挙げられていました。
そこで、ピアボーナス制度によってこの課題を解決しました。具体的には、社内バリューに関連した行動に対して報酬と共に感謝を伝えることで、社内バリューを具体的な行動として、従業員同士の認知や業務理解が深まりました。
ピアボーナス制度を導入するにあたっては、専用のソフトウェアにログインせずに、既に同社が採用している連絡ツール上で報酬を送れるようにしました。この工夫によって、普段の業務連絡作業に付随してピアボーナスが送れるため、制度の利用をより活発にすることが可能になりました。
注目を集めつつあるピアボーナス制度ですが、ただ導入すれば成功するとは限りません。上記で紹介した事例企業も、ピアボーナスの導入の前に、解決したい課題を明確化するとともに、導入後の運用に関しても様々な工夫を凝らしています。この課題設定や、運用の工夫次第で効果が大きく変化しますので、ピアボーナスの導入の際には、ぜひこの点に留意していただければと思います。
【参考】
アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/アナリスト