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この記事では、介護業界における中期経営計画の策定のポイントを解説していきます。介護業界は現在2025年問題をはじめとする大きな転換点を迎えており、サービスの需要増加とともに事業所の乱立が進む一方で、多くの事業所の廃業や参入した大手企業の撤退も多く発生しています。このような変化が激しい介護業界において、生き残りに向けて各事業が経営能力を高めることが求められており、これまであまり重視されていなかった中期経営計画の策定の重要性が高まっております。
そこで本記事では、介護業界の概況から、業界において中期経営計画の策定が求められる背景、中期経営計画の策定におけるポイントについて、介護事業における現場から経営まで携わった経験がある立場で解説していきます。また、以下は本記事に関連する弊社の過去の記事ですので、ご興味がある方はこちらも併せてご確認いただければと思います。
はじめに、介護業界の概況の説明にあたり、重要である日本の人口動態の推移について説明します。日本では世界でも突出して高齢化が進んでおり、2022年時点の65歳以上の人口は3,624万人、総人口に占める割合(高齢化率)は29.0%です。この数値は世界トップであり、世界保健機構(WHO)や国連の定義でも「超高齢社会」に該当します。
この高齢化率は日本において今後ますます高まる見込みです。2025年には、人口が多い団塊の世代が後期高齢者に差し掛かることから高齢化率が急激に増加することが想定されており、これは2025年問題と呼ばれています。このように、日本は超高齢社会であり、なおかつ高齢化率が今後も高まる見込みであるため、介護サービスのニーズも高まり、サービスを提供する事業所も増加していくこととなります。しかし介護サービスは介護保険制度に基づいて提供されます。例えば、多くの介護サービスは利用者の負担額が1割程度である場合が多く、残りの9割は介護保険料や税金による介護給付によって賄われます。そのため、介護サービスのニーズが増加し、介護サービスの提供量が増加するにしたがって、介護給付も増額が必要です。実際、2025年にかけて介護給付費の急激な増加が見込まれています。このことから、今後は介護のニーズに対して介護給付が不足することが想定されます。そのため、介護事業経営の効率を高め、介護給付に対する依存度を下げることが、事業の生き残りに向けて必要であると言えます。
上述の通り、介護事業においては今後経営効率を高めるなど高度な経営が求められますがこのために有効な取組の一つが中期経営計画の策定です。そこで、この中期経営計画とはなにかについて、弊社の過去のブログを踏まえて簡単に説明いたします。中期経営計画とは、企業の理念・存在価値や中・長期のビジョン(ありたい姿)を3~5年後の具体的なロードマップへと落とし込んだものです。またそれらの達成プロセスを具体的な数値で表し、目標に対しての施策を決めていきます。
この中期経営計画策定の目的としては、主に3つが挙げられます。
このように中期経営計画を策定することにより、将来的な事業目標の達成に向けて、具体的な日々のアクションプランに落とし込むことができます。これにより、経営方針・目標の達成に向けて現場も巻き込み事業全体が一体となって取組を進められることから、高度な経営を実現できると言えます。
では、介護事業における中期経営計画の策定方法について、本記事では全国社会福祉法人経営者協議会作成のマニュアルに基づいて説明いたします。中期経営計画の策定の手順は主に以下の8つの手順に分かれます。
本稿では、外部環境の分析~短期事業計画書の作成の5項目についてそれぞれ説明します。
中長期計画を有効かつ効果的に策定するためには、事業を取り巻く外部環境と事業の内部環境を、客観的な事実情報から正確に把握することが重要です。このためにフレームワークの活用が有効であり、代表的なフレームワークとしてSWOT分析があります。SWOT分析とは、事業の外部環境や内部環境を強み(S)、弱み(W)、機会(O)、脅威(T)の4つのカテゴリー要因分析し、事業環境変化に対応した経営資源の最適活用を図る方法の一つです。
外部環境の分析においては、SWOT分析における機会(O)、脅威(T)に着目しますが、これらの分析にあたり、政治的要因/経済的要因/社会的要因/技術的要因の4つ側面から分析することで、外部環境のポイントを押さえることができます。ここで、介護事業特有の中期経営計画策定におけるポイントとしては、介護保険制度の改定状況、競合となるような施設が新たに設立していないか、都道府県や各自治体の福祉計画、設備投資動向、少子高齢化など人口動態の動向、介護ロボットなどの新技術の動向などが挙げられます。
内部環境の分析においても、外部環境の分析と同様にSWOT分析を用いますが、その中でも強み(S)と弱み(W)に着目します。この分析では、各法人において大きく実情が異なりますが、分析に以下を活用することにより、分析の精度を高めることができます
SWOT分析による環境分析はあくまで情報収集であるため、得られた情報を経営戦略の策定に活用していきます。SWOT分析から戦略策定までの流れは以下のとおりです。
次に、設定した戦略課題を中長期事業計画に落とし込みます。具体的には、戦略課題から、将来あるべき姿を具体的に示し、これを達成するための取組内容とそのスケジュールを設定します。ここでのポイントは、各取組に対して何年度に達成するかの期限、取組を主導する責任者を明確にすることにより、中期経営計画の実効性が高められることです。
最後に、作成した中長期事業計画書を単年度の実施計画書に落とし込みます。ここでのポイントは、実際に取り組んでいく実行計画として具体的に記載することです。「研修を年2回」、「説明会を年4回」などと取組内容の回数まで記載することで、実施後は容易に評価することはできます。また、スケジュールは月別に作成することで、計画の具体性を高められ、実現性も高まることが期待されます。上記の流れで中期経営計画の作成と実施を進めることができます。
ここまで、中長期計画を策定する流れについて説明しました。この流れは筆者が過去のプロジェクトにて策定した流れと同じものです。この策定の流れの中で、筆者が感じた介護事業であるために抑えておくべきポイントを以下に纏めます。
介護事業において提供されるサービスの質は、特に定量的な評価が難しいと言われています。これは、介護サービスにおいて重要とされる利用者の満足度や生活の質の向上において利用者の主観的な要素が多く含まれるためです。これについては、利用者に向けたアンケート調査、ご家族に向けたアンケート調査に加えて、2021年に導入されたLIFE(科学的介護情報システム)を活用することにより、利用者の状態や満足度を本人およびそのご家族から情報を得るなどの対応が今後求められます。
介護事業は介護保険法や各都道府県・市町村の政令・省令に準拠する必要があります。そのため中期経営計画の策定にあたっては、策定時点における各種法令を把握する必要があります。しかし、そのように各法令が改定するたびに対応するのでは不十分な場合もあります。例えば設備への投資や施設を新たに建てるなどのハード面で投資したタイミングで設備・建物の認可基準が変化した場合には、多額な投資が最悪の場合に無駄になってしまう場合もあります。そのため、各制度の改定時期を念頭においた行動が求められるともに、各制度においてどのような議論が進められているのかを把握することで、今後どのような制度改定が起こり得るか予測することが求められます。このために参考になる情報として、厚生労働省による社会保障審議会です。この中で、今後の介護保険法の改定方針などについて議論されているため、これらの情報を踏まえて中期経営計画に今後の取組などに反映することで、将来の動向予測を踏まえた制度の高い計画の作成が可能です。
介護事業においては、人手不足が特に深刻であるため、中期経営計画においてこのことを課題として捉えることは必要不可欠です。この人手不足の課題は日本国内のほとんどすべての事業所が抱える問題であり、サービスのニーズがあるにも関わらず人手不足により事業を廃止した例も数多く存在しています。そのため、すでに介護を生業とするような人を雇用しようとするような取組は難しく、他業界の人材層や、主婦や定年後などにより就業していない層を獲得し介護人材に育成していくことが重要であると考えられます。
また、新たな人材の獲得に加えて人材のリテンション(保持・維持)も同じぐらい重要です。
この記事では、介護業界の概況から業界における中期経営計画の重要性、ならびに策定の方法について述べていきました。介護事業においては、中期経営計画の策定の重要性についてはあまり認知されておらず、策定している事業所においてもその実態は形骸化しているような例が多く存在します。しかし、現在の介護事業を取り巻く環境から、事業廃止などはすでに多く起こっており、今後は介護給付の削減が起こることにより競争が激化し倒産・廃業がさらに増えることも想定されます。そのため、事業の生き残りをかけて経営を高度化・効率化することは事業規模を問わずに必要な対応であると言えます。
このような中期経営計画の策定や、その他経営の高度化・効率化についてご興味をお持ちでしたら、ぜひご連絡をお待ちしておりますので下のフォームよりお問い合わせいただけますと幸いです。
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント