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M&Aによる事業承継~第三者承継仲介プレイヤの考察~

事業承継の現状と実施方法

 

事業承継とは

 事業承継とは、経営者が自身の会社や事業を後継者に引き継ぐことです。

 単に経営者が交代するだけではありません。承継後も事業を継続的に発展させていくために、「人」「有形資産」「無形資産」の3つの経営資源を承継することが重要です。それぞれの経営資源にはどのような承継内容が含まれているのか、下記に示します。

  • 人:社長の役割と経営権、後継者の選定、育成などを引き継ぐ必要があります。
  • 有形資産:自社株式の取得に伴う相続税や贈与税の負担、事業承継後の資金繰り等も検討する必要があります。
  • 無形資産:経営理念、人脈や顧客との信頼関係、チームワークや組織力、ブランド等を引き継ぎます。特に中小企業の場合は目に見える資産よりも目に見えない無形資産が、利益の源泉であり成長の原動力であるケースが多いため、この無形資産をどう引き継ぐかが、事業承継のポイントになるでしょう。

 

事業承継の現状

 従来、日本の中小企業は、自分の子供をはじめとする親族、信頼できる部下等を後継者として経営を継続するのが一般的でした。しかし、近年では、様々な理由(少子化、働き方の多様化、新たな価値観の浸透等)で後継者が見つからないまま、経営者が高齢化したり、休廃業・解散を余儀なくされたりする企業が増加しています。中小企業庁は、「中小企業・小規模事業者におけるMAの現状と課題」において、現状を放置すれば中小企業・小規模事業者廃業の急増により、2025年までの累計で約650万人の雇用と、約22兆円のGDPが失われる可能性があると指摘しています。

 技術力のある優良な中小企業をこれ以上失わないために、中小企業の休廃業を防ぐことは日本の喫緊の課題であるでしょう。また、公的窓口でも事業承継とM&Aのニーズが拡大しており、国が設置した公的窓口である事業承継・引継ぎセンターを通して実施されたM&Aによる第三者承継は1,514件です。(2021年)

 

事業承継の進め方

事業承継の進め方は大きく4つのステップが存在します。

STEP1:事業承継に向けた準備の「必要性の認識」

 事業承継のはじめの一歩。それは、経営者の意識改革です。経営者はバイタリティあふれる人が多いため、何歳になってもまだまだ現役、いつまでも働けると思っている人が大半であり、経営者に事業承継を勧める人は、ほとんどいません。従業員はもちろん、取引先も、身内でさえ、経営者に向かって「事業承継を考えたらどうですか」と口にするのには抵抗があります。経営者自身が立ち止まって、事業承継について考えるしかなく、経営者自身が意識を変えて、その必要性を理解することから、事業承継はスタートします。

 

STEP2:企業を取り巻く現状と課題を把握し、可視化する

 事業承継の必要性を理解したら、自社の経営状況や課題を「見える化」します。事業を承継した後も、会社は持続的に成長していけるのか、利益が確保できるビジネスの仕組みはできているのか、自社の商品やサービスに十分な競争力があるのかを総点検します。

 経営状況を把握するツールとしては、中小会計要領・ローカルベンチマーク・知的資産経営報告書等があります。これらを活用しながら、経営状況(事業・財務・資産)の「見える化」を行い、課題の解決の方向を明確にすると良いでしょう。

 

STEP3:事業承継計画の策定

 親族または従業員、第三者への事業承継計画を策定していきます。事業承継計画では、経営の可視化を進めるなかで明らかになった様々な課題を踏まえて、長期的な経営方針、方向性、目標等を設定し、事業承継のための具体的な行動計画を立てます。事業を続けてきた経営者の想いや経営理念も計画に盛り込むと良いでしょう。

 策定した事業承継計画は、金融機関や従業員等の関係者、ステークホルダーとも共有します。スムーズな事業承継のためには、関係者の理解や協力が欠かせません。事業承継計画に基づいて、あらかじめ方針をすりあわせておくことで、様々なトラブルを回避することが可能です。

 

STEP4:事業承継を実行する

 事業承継計画を基に株式譲渡を実行します。

 

経営権承継における重点

  • 経営理念や想いを次の世代にも受け継ぐ

 従業員や取引先の中には、先代の想いや理念に共感して働いたり、取引をしたりしていた人も少なくないと思います。承継後も安定的な経営を続けていくために、理念や想いをしっかりと言葉にして受け継ぐことが大切です。

  • 関わる人の理解を得る

 親族内承継、企業内承継、第三者承継のいずれにしても、後継者や従業員、取引先等のステークホルダーの理解を得ることが重要です。

 後継者との関係では、既存の経営者保証(中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となること)の処理をどうするか、事業承継に伴う株式取得のための資金調達をどうするか、株式取得により税務上生じ得る問題(贈与税や相続税を猶予し事業相続税を適用する等)をどうするか等、後継者の人生を左右しかねない経済的負担を生む可能性もあります。従業員や取引先との関係では、後々の会社への信頼度や従業員のモチベーションにも関わってくるため、「なぜ承継するのか」「どのように承継者を選出したのか」を、関係者に向けて丁寧に説明することが重要です。

 

事業承継の種類

事業承継における株式譲渡の方法は大きく3点に分類されます。

  • 親族内承継

 親族内承継とは、経営者の子供や孫を含めた親族に承継する方法です。親族内承継の場合は、後継者を早めに設定することができ、長期的な育成ができるという利点があります。また、会社の所有(自社株等)と経営を一体的に引き継ぎやすいため、スムーズな事業承継が期待できます。社員等関係者に受け入れられやすいというメリットもありますが、親族に適した人材がいない、親族間で経営権をめぐる争いが起きる可能性があるといったデメリットもあります。承継にあたっては、株主総会での重要事項決定に必要な3分の2以上の議決権、最低でも普通決議に必要な過半数の議決権割合に相当する株式を承継させるようにすることが一般的です

  • 企業内承継

 企業内承継とは、共同創業者や有望な若手経営陣、現場の第一人者といった親族外の従業員等に承継する方法です。経営者自身が後継者の資質を見極め、事業をよく知る内部の人に承継できるメリットがある一方、見込んだ人物が株式を取得するための資金力を有していない可能性もあるでしょう。また、株式譲渡に当たっては、後継者候補と条件交渉を行った上で株式譲渡契約を締結する必要があります。

  • 第三者承継(MAでの事業承継)

 MAで会社を第三者に売却する事業承継もあります。親族や従業員に適任者がいない場合、売却益が得られるかは状況次第ですが、外部の優秀な人材に経営を託すことも選択肢のひとつです。後段ではこの「第三者承継(MAでの事業承継)」について深堀をしていきます。

 

第三者承継(MAでの事業承継)

第三者承継(MAでの事業承継)の概要と課題

 MAにあたっては、会社の磨き上げ(組織・事業などの経営課題を解決し、企業価値を向上させること)により企業価値を高めることが重要です。例えば法務的観点であれば「株主は適法に株式を取得しているか」、財務的観点では「不適切な会計処理や税務処理はないか」、組織観点では「心身ともに不健康な社員が多く、離職率が非常に高い状態になっていないか」等の検証/解決を行います。

 企業価値を高めることで、より良い譲渡先が見つかる可能性や譲渡価格が上がる可能性があります。なお第三者承継を行う際は、従業員の雇用を守るため、承継後の経営方針等については承継先と十分に話し合っておくことが重要です。

 また、MAには、専門的なノウハウが求められるため、金融機関、専門家、民間の専門業者等のサポートを受けながら進めることが一般的です。MAを進めるにあたっては、どのような手法、どのような内容で事業を譲渡したいのか、経営者自身が考えを明確にし、そのうえで譲渡先を探すと良いでしょう。第三者承継(MAでの事業承継)の課題とその解決策を簡潔にまとめると以下になります。

  • 買い手探し

 M&Aによる事業承継では後継者不足の課題を解決できる反面、当然買い手探しの手間が発生します。利益・将来性ともに優良な企業であれば、比較的スムーズに買い手が見つかりますが、多くの中小企業では、自力での買い手探しが困難な状況です。

 解決策としては、M&Aの仲介業務を手掛ける会社に相手探しを依頼することが良いでしょう。その他にも金融機関や事業承継・引継ぎセンター等様々な相談機関があるため、自社の現状や戦略に応じた支援機関を利用することが大切です。支援機関の詳細は後段の「第三者承継(MAでの事業承継)関連プレイヤ」の項目で紹介します。

  • M&Aの費用負担

 親族内承継、企業内承継、第三者承継を比較すると、M&Aによる第三者承継では、事業承継で発生する費用負担が非常に大きいです。M&Aの専門家に支払う手数料のみで、数百万円〜数千万円程度の費用が発生する場合もあります。

 最終的に売却利益の獲得が期待できるならば、短期的に融資を受けるのも効果的です。ただし、M&Aが成立しない場合は、大きな損失につながりかねません。そこでおすすめなのが、事業承継補助金の活用であり、M&Aを想定した資金援助もあります。

  • 従業員の雇用維持

 中小企業にとって、従業員の雇用維持は非常に重要な論点になります。M&Aによる第三者承継であっても基本的に従業員の雇用は引き継がれますが、M&A取引時は従業員雇用に関する契約交渉をしっかりと行い、契約事項を念入りに確認する必要があるでしょう。

  • 価格交渉

 M&Aによる価格交渉は、雇用維持と同様に重要な論点です。事業承継時になるべく高い価格で売却するには、会社の磨き上げが必要不可欠です。ノウハウ・技術力等無形資産価値の向上を高めることだけではなく、余分な在庫・資産等の処分も、企業価値向上につながる施策となります。

 

ビジネスデューデリジェンス

 MAでの事業承継では、買い手となる企業にとっても、優良な技術や製品・サービスを有する企業を適正な価格で得ることができれば、自社の経営に大きなプラスです。しかし、MAともなれば相応の費用が生じることになり、その取引にはリスクも伴います。失敗してしまえば影響は甚大ですが、MAを成功させるのは容易なことではありません。そこで、MAを成功へ導くために重要となるのが「デューデリジェンス(DD)」というプロセスです。

 デューデリジェンスとは「投資対象の状況を見極め、リスク・リターンを把握するための調査」であり、事業承継においては買収・譲渡対象となる企業(譲渡企業)の経営実態を把握するため、必要に応じて財務、税務、法務、人事、経営環境等さまざまな項目を調査します。デューデリジェンスの詳細は以下をご覧ください。

 

第三者承継仲介プレイヤ

 第三者承継を行うためには承継先の企業を見つけなければなりません。そこでマッチングの仲介先や相談先の候補となるプレイヤを紹介します。

  • 金融機関

 金融機関は日々企業と接しており、様々な企業の情報を持っているため、事業承継に関する相談役として期待される機関の一つです。事業承継においては中小規模の案件を中心に取り扱っている地方の金融機関に相談すると良いでしょう。(既に取引のある銀行等が良いでしょう)

 事業承継で金融機関が担う役割・支援内容としては主に「①自社株の相談」、「②経営相談」、「③相手先紹介」が挙げられます。

 ①自社株の相談:後継者には贈与税・相続税が発生しますが、納税額を明らかにするためには、自社株の価値を算定しなければなりません。上場企業の株式であれば、株式市場を見れば株式価値(株価)は一目瞭然です。しかし、非上場企業ではそれはできないため、企業価値評価を行って株式価値を算定する相談を金融機関にすることで、適切に対応してもらいます

 ②経営相談:従来の経営相談の延長線上のものとして、事業承継に関する相談にも銀行は積極的に対応しています。金融機関が対応する事業承継に関する相談例は、「事業承継を行うまでの間の経営改善相談」や「後継者は決まっているが具体的な事業承継方法が分からない場合の支援」等が挙げられます。

  ③承継先紹介:金融機関は、買収先を求める顧客企業からの相談も受けており、近年はM&Aニーズの高まりを受けて、M&A仲介部門を設置する銀行も増えてきました。単にM&Aの相手先を紹介するだけでなく、本格的にM&A仲介業務に乗り出している金融機関もあるため、積極的に活用すると良いでしょう。

  • 事業承継引継ぎセンター

 事業承継引き継ぎセンターは47都道府県に設置されており、後継者未定又は不在の中小企業・小規模事業者に対して、事業承継・引継ぎに関わる課題解決に向けた助言、情報提供及びマッチング支援を行う機関のことです。

 承継の候補先の紹介においては、全国の事業承継引継ぎセンターと連携した遠隔地のマッチングやM&Aプラットフォーマーとの連携も推進する等、効率的な候補先とのマッチングを支援しています。事業承継引継ぎセンター所属の専門家への相談は無料で相談することができ、必要に応じて有償ではありますが外部の専門家(弁護士、司法書士、会計士、税理士)を紹介してもらい、相談/書類作成依頼などを行うこともできます。

  • M&Aの仲介会社

 M&A仲介会社は、譲渡企業(売り手)と譲受企業(買い手)の間に立ち、中立的な立場で交渉の仲介・助言を行います。どちらか一方の会社の立場ではなく、両社の間に立ち、客観的かつ中立的な立場で交渉をサポートする点が特徴と言えるでしょう。M&A仲介会社/マッチングサイトは直近1~2年で急増しており、中小企業庁が2021年に公表したM&A支援機関登録制度の登録状況によるとM&A仲介会社は900社を超えています。代表的なM&A仲介業者とその特徴を表にまとめました。

 

 上記の他にも、顧問先の税理士や公認会計士、弁護士、商工会議所などにも相談することもできるため、手始めに既に付き合いのある機関へ相談してみるのも良いでしょう。

 弊社アーツアンドクラフツ株式会社では売却時のバリューアップにつながる自社の分析や買収時のデューデリジェンス(DD)など事業承継に関わる支援を行うことが可能です。以下のフォームから資料請求もできますので、お気軽にご連絡ください。

【参考】

佐藤 寛太

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト