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2023.08.22

日本の中小企業の海外進出について 〜円安と海外物価の高騰、だからこそ、海外進出による事業拡大/安定化を目指す〜

はじめに

 近年、世界情勢の影響により、為替の円安傾向と物価高騰が進行しています。このため、日本企業における海外進出に対する見解が変化しています。従来、日本企業は海外で製品を生産し、日本やその他の発展国に販売するビジネスモデルが主流でした。しかし、急激な円安傾向により、海外人件費や生産設備の維持費などが高騰し、生産コストの優位性が薄れてきました。その結果、日本国内での生産拠点を再構築する企業も増加しています。さらに、日本よりも高い海外のインフレ率も影響しており、日本で生産し、海外で製品を販売するビジネスモデルが広まっています。

一方で、こうした動向に対して、大企業は早期に経営企画室を巻き込んで方針を策定している一方で、中小企業の中には経営企画室が対応に苦慮している状況も見受けられます。帝国データバンクの調査によれば、2019年において海外進出をしている大企業は29.1%に対し、中小企業はその割合が17.5%にとどまっています。この背景には、様々な問題要因が考えられますが、中小企業の中には海外進出の方法やノウハウを持っていないという課題も含まれると思います。

こうした状況を踏まえ、本稿では、海外進出の種類と実施の取り組み方について詳しく解説し、今後海外進出を検討している中小企業の方々の参考になれば幸いです。

 

海外進出の種類

 企業が海外進出を検討する際には、まず海外進出の種類を理解することが肝要です。自社に適した海外進出種類を選択することで、リスクを最小限に抑えながらも、進出の目標を達成することが可能です。

 

具体的には、「海外直接投資」、「海外生産委託」、「直接輸出」、「間接輸出」、「越境EC」といった5つのアプローチが存在します。

海外進出種類

①海外の直接投資

 海外進出の海外への直接投資とは、企業が本国外で事業展開を行うために、現地の施設や資源へ直接資金を投入することです。これにより、新たな市場での競争力強化や生産・販売拡大を図り、現地市場のニーズに適切に対応することが可能となります。直接投資は、現地での生産能力や供給チェーンの構築、雇用の創出などを促進し、同時に市場リスクや文化的適応にも挑戦することになります。

②海外の生産委託

企業の海外進出における海外への生産委託とは、製造や加工などの業務を本国外のパートナー企業に委託することです。これにより、労働力やコストの違いを活用し、効率的な生産体制を築くことが可能となります。生産委託はリソースの最適活用や製品の競争力向上を図り、同時にリスク分散や新市場へのアプローチにも貢献します。しかし、品質管理やコミュニケーション課題にも対処する必要があります。

③直接輸出

企業の海外進出における直接輸出とは、製品やサービスを本国から海外市場へ直接販売する戦略です。これにより、新しい地域で顧客層を拡大し、需要に合わせた製品提供が可能となります。直接輸出は低リスクで市場進出が可能であり、ブランドの知名度を広める機会でもあります。しかし、国際的な規制や文化の違いに対処する必要があり、現地の需要や競合状況を十分に分析することが重要です。適切なマーケティング戦略と効果的な流通網の構築が成功の鍵となります。

④間接輸出

企業の海外進出における間接輸出とは、商品を他国の仲介業者や貿易会社を通じて国外市場に提供する戦略です。自社の製品を専門業者に販売し、彼らがそれを海外市場で販売することで、国際展開を実現します。間接輸出は市場への参入障壁を下げる一方で、地域的な市場知識やコンタクトの活用ができるメリットもあります。しかし、ブランドの制御や収益の一部を分けることになる可能性もあります。信頼性のある協力関係の構築やコミュニケーションの確保が成功への鍵です。

⑤越境EC

企業の海外進出における越境EC(越境電子商取引)とは、インターネットを通じて国境を越えて商品やサービスを直接消費者に販売する手法です。自社ウェブサイトやオンラインマーケットプレイスを活用し、異なる国や地域の顧客に製品を提供します。越境ECは市場拡大や国際的な顧客層の開拓に適していますが、関税、規制、言語・文化の違いなど、国際取引に伴う課題にも対処する必要があります。通関手続きや地域の法的要件を理解し、顧客に信頼性と品質を提供する仕組みが成功の鍵です。

 

 先述の5つの海外進出の概要について理解されたかと思いますので、円安による国内製造コストの低下と海外の物価高騰による販売単価の上昇の双方の影響を評価してみましょう。もちろん、企業の業態によって状況は異なりますが、本稿では、説明のしやすさを重視し、製造業と小売業の2つを取り上げてご説明差し上げます。

製造業小売業

製造業の観点から見ると、過去のビジネスモデルとしては、インフラ整備が進み、人件費が比較的低い中国や一部の東南アジア国に工場を展開し、製造コストを下げて製品を製造し、日本や他の先進国で販売する「直接投資」や、海外の商社や代理店を通じて商品を販売する「間接輸出」が主流でした。しかしながら、新型コロナウイルスの影響により、直接投資を推進してきた企業も、中国に製造拠点を集約することに伴うリスクを懸念し、国内での製造拠点への移行を検討し始めています。また、間接輸出を進めてきた企業も、仲介業者を介することで消費者のニーズをダイレクトに把握することが難しく、市場のトレンドに即座に対応できる現地企業との競争に敗れるケースも出てきています。

 

一方、小売業の観点から見ると、以前のビジネスモデルとしては、海外で生産コストの低い工場で自社ブランドの商品を製造し、販売する「委託生産」や、現地の販売拠点を持たずにECを通じて商品を販売する「越境EC」が主流でした。委託生産を進めてきた企業も、前述の通り海外の生産コスト上昇のため再評価が進行中です。一方、「越境EC」は新型コロナウイルスの影響でEC市場が拡大し、今後も成長が見込まれます。ただし、越境ECの増加によりネット上で価格比較が容易になり、価格競争が激化する可能性があり、コスト優位性を持たない中小企業にとっては他の海外進出の手段を模索する必要が出てくるでしょう。

 

 

前述の内容を踏まえると、製造業の観点からは、日本国内で製造した商品を海外に直接販売する「直接輸出」が、小売業の観点からは、国内で製造された商品を海外に拠点を設けて仕入れる「海外直接投資」が、円安と海外の物価高騰の恩恵を享受できる方法です。

 

これまでに海外進出の種類と世界情勢における有利な海外進出の方法について見てきましたので、次に海外進出の戦略を立案する方法について考えていきましょう。

 

海外進出の戦略立案のステップ 

 海外進出の戦略立案は、次の5つのステップに分けて考えることができます。「①目的の明確化」、「②進出国家の選定」、「③進出国家における4P戦略」、「④海外進出のロードマップの策定」、「⑤年次経営計画への統合」です。

 

① 目的の明確化

海外進出の目的は、主に販路の拡大による事業成長と生産コストの削減による利益拡大の2つに大別されます。これらの目的を更に具体的に細分化することが可能です。例えば、「販路拡大の場合、売価の向上か販売数量の増加のどちらを重視するか」や、「生産コストの削減の場合、部品調達コストの削減か製造コストの削減か」などです。目的を詳細に明確化することで、進出国家の選定や進出戦略の策定において有益な情報を得ることができます。

 

② 進出国家の選定

進出国家の選定は、2段階のプロセスを通じて進めることが有益です。まず、目的に合わせて進出国家の候補を絞り込みます。例えば、「生産コストの削減と日本・欧米市場への供給が重要なら、インフラ整備が整っていて生産コストが低い国を選ぶ」といった具合です。次に、絞り込まれた国々の中から最適な進出国家を選定します。選定方法としては、SWOT分析とPEST分析を組み合わせたアプローチが有用です。詳細な分析方法に関しては、「M&Aに着目した市場分析-アパレル業界における市場動向」、「中長期的なM&A戦略に基づく買収をどのように進めるべきか」で詳しく説明していますので、ここでは省略させていただきます。

 

スライドにも示されている通り、SWOT分析とPEST分析を通じて各国の評価を行い、自社にとって有利な進出国の選定を実施します。SWOT分析とPEST分析を併用する理由は、日本国内の枠組みを超えて考えるために、PEST分析を通じて視点を広げるためです。

PEST

③ 進出国家における4P・QCD戦略

進出国が選定されたら、販売拠点を拡大する場合はマーケティングの4P戦略、生産拠点を設ける場合は製造ラインを管理・改善するQCD戦略を検討します。ただし、これらの戦略は日本のアプローチを単純に導入するのではなく、進出国の状況に合わせて調整する必要があります。例えば、現地の物価水準や競合状況に合わせた価格設定や、現地労働者の慣習に合わせた製造ラインの品質管理基準の設定などが考えられます。また、法務、財務、労務の専門家からのアドバイスを得ながら、海外進出に必要な体制を整えることも重要です。

 

④ 海外進出のロードマップの策定

これまでのステップで戦略が検討されたら、次に具体的なスケジュールに基づくロードマップを策定します。海外進出には予測できない問題が生じる可能性があるため、細かいマイルストーンを設定しながら進める方が適切です。同時に、ロードマップを策定する際には、必要な人材、リソース、資金も整える必要があります。例えば、資金調達先や必要な人材、生産設備、販売用ソフトウェアなどを確保するための対策を講じることが重要です。

 

⑤年次(短期)経営計画への落とし込み

 最後に、ここまで決定してきた戦略を中期計画計画や年次の経営計画へと落とし込みます。海外進出を行う企業では、中期経営計画に掲げている可能性もありますので、年次の経営計画への落とし込みが中心になると思います。年次の経営計画への落とし込みの際には、海外進出の発生しやすい問題として、為替を考慮した売上と経費の算出、緊急対応のための人的リソースの確保費用などを十分に考慮しながら、数値に落とし込む必要があります。

海外進出の失敗要因と対策方法

 ここまでに海外進出の方法を見てきましたが、最後に海外進出でよく見られる失敗要因とそれに対する対策を見ていきましょう。これらの失敗要因と対策を理解することで、海外進出の成功確率を高めることができます。

 

① 現地の商習慣や法務・税務の不対応による失敗

進出国の商習慣や法務、税務などを適切に理解せずに進出すると、計画的な売上達成は進展するものの、税務面での課題や法的な問題が浮上し、最終的な利益が予想を下回って撤退せざるを得ない状況が生じることがあります。このような状況を回避するためには、会計士や法律専門家を顧問として招き入れるか、進出先国の専門家や経営パートナーに相談し、法務・税務の視点から進出計画を段階的にレビューすることが重要です。

 

② 日本の成功事例をそのまま踏襲しての失敗

中小企業や初めての海外進出を検討する企業に見られる失敗の一つは、日本での成功事例をそのまま海外に持ち込んでしまい、現地の特性や意見を十分に考慮せずに進出を進めることです。これにより、現地市場の反応が鈍かったり、従業員の反発が起きたりして事業継続が難しくなることがあります。このような事態を避けるためには、初期段階では本社主導で進出を進めつつも、中長期的には現地従業員の意見を取り入れる仕組みを構築することが重要です。

 

③ 売上と経費の見通しが甘くての失敗

海外進出の最も一般的な撤退要因は、製品やサービスの需要が予想より低く、計画的な売上を達成できないことです。この状況を回避するためには、大規模な海外展開ではなく、最初は限られた範囲で進出するアプローチを取ることがあります。製造業の場合、一部の製造工程を海外進出/移転させる、小売業の場合、店舗展開ではなくEC販売や既存企業との共同販売など、最初からリスクを最小限に抑えながら進出することが検討されます。

 

終わりに

本稿では、海外進出を検討している中小企業の皆さまに、海外進出の種類や具体的なステップ、そして一般的な失敗要因を紹介してきました。海外進出は、事業規模の拡大だけでなく、リスク分散にも貢献するメリットがあります。しかし同時に、進出国の選定や戦略の策定などにおいて、中小企業には専門知識が不足している場合もあります。こうした課題に対処するために、弊社が提供する「経営者の右腕を育成して、経営企画のあるべき姿」を活用していただくことをお勧めします。

 

また、このブログでは海外進出に限らず、経営企画室が担当する中期経営計画や財務計画の立案に関する情報も提供しています。ぜひ一読いただき、お役立ていただければ幸いです。皆さまの成功に向けて、適切な情報とサポートを提供することを心より願っています。

 

<参考>

日本政策金融公庫「海外展開を行っている中小企業は18.0%、国内回帰は2020年以降の増加が目立つ」

新華財金社 「基於PEST-SWOT模型的海外市場開發策略分析——以中國路橋開發肯雅市場為例」

 

佐藤健

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト。