1980年代以降、日本では後継者問題や経済環境、社会環境の変化に伴いM&Aが増加の一途をたどっています。
特に近年、M&Aに対する考え方が一部の上場企業のみが行うものではなく、非上場企業の中小・零細企業にとっても経営戦略に欠かす事のできない要素となってきており、注目すべき事項となっています。
そこでM&Aを行うにあたって重要なプロセスとなる「デューデリジェンス」の中の1つ「ビジネスデューデリジェンス」の具体的な進め方について、実務経験を基にご紹介いたします。
デューデリジェンスとはM&Aを行うにあたって、契約をする前に買収もしくは投資する側が売り手側企業の価値やリスクなどを調査する事を指します。
デューデリジェンスには主に、
・組織や財務活動の調査をするビジネスデューデリジェンス
・財務内容などからリスクを把握するファイナンスデューデリジェンス
・定款や登記事項などの法的なものをチェックするリーガルデューデリジェンス
の3種類があります。それぞれの担い手や目的は以下になります。
本記事では、実務経験を基にした具体的なビジネスデューデリジェンスの進め方について示すため、概要に関しては他記事を引用して簡単にご紹介いたします。
先のスライドにあるように、ビジネスデューデリジェンスの目的は「経営資源の可視化と将来収益性の精査により企業価値を算定すること」です。
その目的の中で行うことは以下です。
・対象会社の経営自体を詳らかにし、事業の将来性を図る
・M&Aを実行することで買い手が対象会社にどのようなシナジー効果をもたらせるかを見極め、それを上乗せした「対象会社が将来的に生み出す価値」を評価する
・上記2点を鑑み、対象会社に対していくらまで投資(買収価格を出せるか)、自社の経営合理性を踏まえて評価する
つまり、対象会社由来の将来的な価値+買い手がもたらすシナジー効果の価値を総合的に評価する事を行います。
上記を見て頂くとわかる通り買い手側はもちろん、売り手側にとっても、企業価値の査定によって取得するエクイティ(株式資本)が大きく変動するため非常に大きな意義を持ちます。
そのため、ビジネスデューデリジェンスでどのような調査が行われるかは重要なポイントとなります。
前述のとおりBDDの概要は他記事で多く語られているため、本記事ではBDDの実務経験を基に具体的な調査手法や分析手法について触れていきます。
BDDにおける調査手法としては、主に以下4つが存在します。
社内情報分析では、買収対象企業から内部資料を収集・分析します。
通常、最初に収集した内部資料のみで情報が充足することは無いため、追加の資料依頼や収集した資料に対する質問などをしていく事で、考察を深めていきます。
社内情報分析をスムーズに進めるTipsは、Excelなどで追加資料依頼と資料に対する質問(どの資料のどこの部分に対する質問なのかを明確にしておく)を一元管理し、買い手・売り手企業とデイリーで情報共有を行うことです。
これにより、MTGやメールなどでの依頼と比較して、リアルタイムでの情報依頼と情報の一元管理が可能となり、タイムリーに進めることが可能になります。
デューデリジェンスの過程で、対象会社の経営陣に対する面談を実施します。
いわゆるマネジメントインタビューと言われるもので、省略してマネインとも呼びます。
現経営陣が考えている経営上の課題や問題意識について認識するのがこのステップです。社内情報を分析して出た問題点の原因について深掘りをし、明らかにするのが重要です。
2次情報分析とは、Web検索や資料請求、電話などの手法を活用し外部情報から分析をしていく事を指します。
この手法では、基本的に外部環境の分析をする際に多く用い、市場規模や業界トレンド、競合情報を探る際に使用します。
コンサルタントとしては基本的にどのような案件でも活用する基本的な調査手法となるため、詳細はここでは省きます。
外部インタビューは、主に買収対象にとっての顧客、競合、パートナー(販売パートナー、開発パートナーなど)にインタビューを実施し、対象企業分析や競合分析、業界トレンドを把握するために多く用います。
・顧客インタビュー
顧客インタビューは「顕在顧客、潜在顧客、離反顧客」の大きく3つに分けてヒアリングしていきます。
顕在顧客に対しては、製品・サービスの購買・利用動機や他製品と比較した際の製品・サービスのメリット・デメリット、離反検討の有無などをヒアリングし競合優位性を評価していきます。
潜在顧客に対しては、顕在顧客と基本的には同様の質問をしたうえで、買収対象会社に乗り換えをする可能性の有無など、新規顧客獲得の可能性を探りに行きます。
離反顧客に対しては、顕在顧客に対する質問に加え、離反理由やスイッチングコスト(競合サービスへの乗り換えに必要なコスト)などを質問し、既存顧客が離れていくリスクは無いのか、新規顧客は奪い取りやすいのかなどを把握していきます。
・競合インタビュー
競合インタビューは、業界トレンドや製品・サービスの強み・弱みなどを洗い出しと評価のために、実施します。
特に、コンサルタントとしてインタビューをする場合には、対象製品に対して深い知見が無い場合が多いです。そのため、まずは対象製品を比較するにあたって、何を評価軸にするべきなのか、どの評価軸が業界的に重要なのかをいち早くつかむことが肝心です。
・パートナーインタビュー
販売パートナーや開発パートナーがいる場合、パートナーへのインタビューも欠かすことができません。
パートナーインタビューでは2つの視点からヒアリングの項目を整理していきます。
1つ目は、「買収対象企業からパートナー」への目線です。
そのパートナーと提携しているメリット・デメリット、そしてパートナーが期待通りに動いてくれているか、その実態の把握に努めます。
2つ目は、「パートナーから買収対象企業」への目線です。
買収対象企業の製品は他社製品と比べて「イケてる」のか否かなど、率直なヒアリング結果を基に前述の評価軸の整合を確認しながら探ります。
BDDの調査手法を平たく並べてきましたが、次にそれらの手法を基にどのような進め方で情報を整理・分析していくのかを紹介します。
進め方の大枠はコンサルタントとして働く上での基本の「キ」である論点整理と各論点に対する分析を基に進めていきます。
BDDにおける論点の整理方法としては、以下のようなフレームワークで進めていきます。
買収対象企業の市場はどの程度あるのか、その市場は成長するのか、どのような変革ドライバーによって市場が変動するのかを分析していきます。
市場規模の算出方法には大きくトップダウンとボトムアップの2つの手法があります。
市場規模算出をしていくうえで、最も丁寧かつ説得力のある手法としては、トップダウンとボトムアップの両方で市場を求め、数値の整合性が取れるのかをチェックしていく方法です。
・トップダウン
トップダウンの算出方法で最も簡単なのは市場レポートから数値を取ってくる方法ですが、特定の市場が必ずしも市場レポートに載っているわけではないので、2種類の市場規模算出方法を簡単に説明します。
1つ目は、買収対象企業の売上から市場シェアを割って、対象の市場規模を算出する手法です。この場合、M&Aで買収対象企業の売上はおそらく簡単に手に入れられますが、市場シェアがわからないケースが散見されます。
2つ目は、大きな市場規模からその構成比を割り出し特定の市場規模を算出する方法です。大きな市場(メジャーな市場)は大概どこかの市場レポートに記載されています。買収対象企業がマイナーな市場にいたとしても、そのマイナー市場はメジャー市場の構成要素の1つであることがほとんどです。したがって、メジャー市場の構成要素とその割合をブレイクダウンし、最終的に見たいマイナー市場の規模を特定していく事が可能です。
例としては、ERP市場をSaaS、IaaS、オンプレの3要素で分解し、それぞれの構成割合はどうなっているのか調査していくイメージです。
・ボトムアップ
ボトムアップの市場規模算出は労力と時間がとてもかかりますが、市場内の企業を1社ずつ見ていき、全社の売上を合算するという単純な手法でもあります。
ただし、中には売上を公表していない企業もいるので、業界の平均を取るのか、売上が出ている中の最低値を取るのかなどをして代用するひと工夫が必要になります。
シェア/競争力は維持・拡大できるかでは、以下の4つのような要素を調査し、検討を進めていきます。
1.ビジネスモデルに差別化要素はあるか
ビジネスモデルの差別化要素は、KBF(Key Buying Factor)を顧客インタビューや競合インタビューを基に調査していくのが一般的です。
KBFの分析方法としては、Product Performance(製品の性能の高さ)、Customer Intimacy(顧客ニーズ発掘力)、Operational Excellence(QCDの卓越さ)の3観点を基に、顧客の重視度(顧客がどのKBF要素を最も重視しているのか)と充足度(競合比で各KBFに対し対象製品がどれだけ充足しているのか)を評価していきます。
重視度が高いKBFを充足させていれば競合優位性を獲得できていますが、反対に重視度が高いKBFの充足度が低い場合には厳しい立場にあるということが把握できます。また、競合と比較した際には、どのKBFでは上回っていて、差別化が図れているのか=強みはどこにあるのかを把握し、その強みはM&Aにより伸ばせそうなのかを見ていくのも、ネクストステップとしては重要になります。
2.差別化要素はどのようなケイパビリティに支えられているのか
上記で競合優位性・差別化要素を明らかにしましたが、その差別化要素が企業内部のどのような要素によって構築されているのか(=企業内部の強み)を分析し、その体制を維持・強化していく事で企業力が堅牢なのかを把握していきます。
基本的な流れとしては、買収対象企業のサプライチェーンをベースに、先ほどと同様のKBFのフレームワーク、Product Performance(製品の性能の高さ)、Customer Intimacy(顧客ニーズ発掘力)、Operational Excellence(QCDの卓越さ)の3観点で、サプライチェーン上のどこでKBFを生成できているのか分解していき、バリューチェーンを整理していくのがスムーズな分析手法だと思います。
3.既存顧客を維持しながら新規顧客を増やせるか
前述した顧客インタビューが、ここで強く活かされます。
まず、既存顧客を維持できるのかについては、離反率の社内情報を基に離反顧客インタビューを実施し、離反理由の中で最も重要だと思われる原因を解消することが可能なのか検証していきます。
次に新規顧客を増やせるかについては、市場を既存市場と新規市場(M&A又はその他の方法で新たに進出できる可能性のある市場)で区切り、既存市場の市場シェアがどのくらいなのか、残りの市場シェアを刈り取ることはできるのか。既存市場では困難な場合は新規市場に進出可能なのか、新規市場の可能性はどの程度あるのかを分析していく必要があります。
4.キャパシティは維持・拡大できるか
キャパシティの維持・拡大では、既存人材は維持できるのか、人材を新規採用・育成できるのか(どの機関でどの程度可能か)、外注で補えるか(パートナーの活用が可能か)の観点で分析をしていきます。
日本市場の場合、新規採用・育成は全国的な高度人材の不足により困難なことが多いかと思われます。
分析する上で気を付けなければならない箇所は、既存人材は維持できるのかです。離職率(量)は当然見ていく必要がありますが、キー人材が離職していないのか(質)も重要な視点なので、要チェックとなります。
ここでは、買収による、買収対象企業と買収企業の間にシナジーはあるのか、ディスシナジーは無いのかを分析し、買収の意義を明確にします。
特にシナジーはあるかについては、協働開発によるサービス強化は可能か、人材リソースをシェアできるか、顧客へのクロスセルは可能かを分析していきます。
「市場は魅力的か」で分析した変革ドライバーのうち、ポジティブな影響を与えるドライバーの波に乗り、買収対象企業の強みをテコに成長が遂げられるかが重要な分析視点となります。
反対にディスシナジーでは、買収による傘下加入・トップ交代でキー人材が離反しないのかが注目すべき点となります。そのために、早めの段階でキー人材は誰で、なぜ在籍しているのかを把握する必要があります。
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【参考】
・arts&crafts「【よくわかるビジネスデューデリジェンス実務】全体像の理解と検証論点の抽出」
・arts&crafts「【サービス紹介】ビジネスデューデリジェンス概論」
・M&A Capital Partners 「デューデリジェンス ~M&Aの役割~」
・M&A総合研究所「M&A増加の理由は?現状と今後の展開の予測と共に検証」
・三菱地所リアルエステートサービス「M&A最新事情 不動産の視点で見るM&Aのポイント」
・SMBC日興証券「初めてでもわかりやすい用語集 デューデリジェンス」
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト。