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前回はAIと人間の仕事の境界線ということで有識者の意見を参考にAIと人間の仕事の役割について紐解いてみましたが、ここからよりブランドという概念と関係づけながらAIと人間の関係性について、自分たちの事例なども踏まえつつ考えみたいと思います。
AIは、過去のデータをもとに「最適らしい答え」を導き出せます。正確で、速く、合理的です。
一方でAIには、「なぜそれをやるのか」「それはどんな意味を持つのか」という問いを自ら生み出すことはできません。
意味は、情報の中に最初から存在するものではありません。人が状況をどう解釈し、どんな価値を見出すかによって立ち上がります。
同じ出来事でも「失敗」と捉える人もいれば、「学び」と捉える人もいる。
同じプロダクトでも「便利な道具」として消費される場合もあれば、「人生の節目を思い出させる存在」として長く残る場合もあります。
この差を生むのが、人間の意味づくりです。
私たちが取り組むオーダーメイドの結婚指輪づくりにおいても、表面的には似たデザインであっても、そこに込められる意味合いは異なります。
二人の出会いのエピソードなのか、これからの生き方への決意なのか。意味は商品に最初から刻まれているのではなく、対話を通じて後から立ち上がってくるものです。
指輪においてもデザインというだけであれば過去のデータを元にAIを活用することで、人気のデザインパターンをレコメンドしたりすることはできますが、その顧客固有の文脈はその顧客自身の中にしか存在しません。
(参考:ith 物語のある指輪大賞
https://www.ateliermarriage.com/one_story_one_ring_award

AI時代において人間の価値は、「考える速さ」や「知識量」ではなく、対象となる物事やその世界をどう解釈し、どんな意味を与えるかへと移っていく。
ものづくりやブランド経営においても、「何をつくるか」以上に「どう意味づけるか」が問われるようになるはずです。
AIが代替できないもう一つの領域が、身体性を伴う行為です。
身体性とは、手を動かし、触れ、重さや感触を感じること。さらに、その空間にある目に見えない空気や気配を感じ取ることでもあります。
人は身体を通じて世界と関係を結びます。感覚、感性、感情は身体と切り離せません。
たとえば対面で話すとき、私たちは言葉だけでなく、声のトーンや間、姿勢や視線から相手の感情やためらいを読み取っています。
ものづくりの現場でも同じです。素材に触れ、微妙な違和感を感じ取り、「ここは少し違う」と判断する感覚は、身体を通してしか獲得できないものがあります。
以前、CADデータに基づいて部品を制作し、組み立てる家具づくりに取り組んだことがあります。
データ上では整合性が取れており、理論上は組み上がるはずでした。しかし実際に組んでみると確かに寸法はあっているけれども、留まるべきところが留まらない。結果としてテーブルも椅子も商品としての水準に達していないのはもちろんのこと、DIYの家具としても厳しい水準のものしかできあがりませんでした。
私たちの設計が未熟だった面もありますが、その後、木工の現場で学んだのはデザイナーの指示とは別に職人が素材を手で触り、感触を確かめながら微調整して始めてしっかりとした品質の製品が出来上がっているということでした。
長い時間をかけて蓄積された身体感覚、極めて複雑で多様な情報の蓄積こそが、ものづくりを成立させています。

近年ではこういう人間の身体感覚までも取り込んでデータ化する取り組みも進められていますが、AIは結果を生成できても、その過程で身体を通じて蓄積される感覚や判断を持ち得ません。この身体性の領域は、今後も人間に固有の価値として残り続けるでしょう。
AIは人の行動を分析し、嗜好を予測し、最適な提案を行えます。しかしそれはあくまで「推定」であり、人と人の間に生まれる関係性そのものではありません。
デジタルマーケティングでは、顧客のスコアリングとして信頼や共感を点数化する取り組みもあります。
ただ、「この人に任せたい」「この企業と長く付き合いたい」という感覚は、論理的にリニアに構築されるものではなく、対話と経験の積み重ねの中で、時間とともに形成されるものだと思います。
先日、世界的なIT企業で法人営業を長年経験し、現在はあるIT企業の社長を務める方と話す機会がありました。彼は若い頃から上司にこう教えられてきたそうです。
「価格や性能、提案の中身は一定レベルの会社なら正直大差はつかない。差が出るのはトラブル時の対応姿勢や、都合の悪い情報も先に伝える態度だ。そこに組織の性格や営業担当者の人間性が出る。そうした積み重ねで関係性をつくることが、法人営業として何より大事だ。」
私たちのような結婚指輪選びでも、「○○さんが担当してくれたから決めようと思った」というケースは少なくありません。また修理やアフターサポートも原則的に外注せず吉祥寺の自社工房ですべて対応していますが、これも指輪をつくる時に一過性の関係でなくより継続的な関係を顧客と築いていきたいという思いからです。(永久無償を謳うブランドも多い中、一定期間後は修理やサポートの費用を頂くようにしているのも、顧客との関係性を担保する仕組みを維持することを自社の責任として大事に考えてのことです。)
言い方を変えると「熱量の差」というような言い方をしてもいいのかもしれません。結局熱量があるからこそより深い顧客理解が生まれ、その顧客への提案や接し方が変わる。結果としてその顧客からの評価が生まれる。
ブランドとは、原義をたどれば「保証」や「記号」と言われますが、これからは「人と人との関係性を形づくる装置」という側面が、より強くなるのではないでしょうか。
AIが普及し、関係づくりの仕組み化が進むほど、人は逆説的に「関係の質」に敏感になる。だからこそブランドは、効率や最適化だけでなく、関係をどう育てるかという視点を持つ必要があります。
AIの進化は言語の壁を下げ、距離を縮め、世界をこれまで以上に接続していくでしょう。
接続が進むことで均質化・同質化していくものもある一方で、各文化や組織が持つ差異や固有性が、よりはっきりと浮かび上がる側面もあります。
世界がつながるほど価値観の違いは消えるのではなく、むしろ顕在化するのです。
昨年末に公開したithシンガポールのリリース記事でも触れましたが、人口構造の変化や価値観の個別化が進む中、ithでは「デザイン性」や「カスタマイズ性」へのニーズが高まりつつあります。
海外での事業展開にあたって翻訳やリサーチなどさまざまな形でAIが活躍することで国を超えた共通価値が生まれている一方で、日本とシンガポールでは、結婚に対する価値観や文化、プロポーズや挙式のスタイルまで大きな違いがありました。来店予約のタイミング、決定までのスピード感、オンラインでのやり取りの習慣も、日本とは異なります。単に言語を置き換えるだけでは伝わらない難しさがありました。
そのため、現地の文化や行動特性に合わせて接客スタイルを見直し、言葉のニュアンスまで調整した接客フローのローカライズを進めました。
(参考:PR TIMESストーリー「ith シンガポール」 https://prtimes.jp/story/detail/WBqpZlSaeRb )

重要なことは、固有性をそのまま押し出すことでも、均質化して薄めることでもありません。
固有性を、他者と共有可能な「意味」へと翻訳することです。
AIは文字通りの言語翻訳はできますが、差異や固有性を前提に文化的感覚を共有可能な形へ翻訳するには、やはり人間の関与が必要だと思います。
こうした文脈の中で、ブランドの役割は大きく変わりつつあります。ブランドはもはや、競合との差別化を示すためのラベルや装飾ではありません。
これからのブランドは、人や組織がどのような未来を選択し、どのような価値判断や意思決定を行い、どのような関係性を長期的に築こうとしているのかを、構造として支える存在へと進化していく。
私たちはこの役割を「人と未来の関係を支える仕組み」と定義します。
ここでいう「支える」とは、感情を高揚させることでも、派手な演出や称賛を与えることでもありません。
不確実性の高い状況においても、人や組織が自らの判断に納得し、前に進むための判断基準・文脈・関係性を提供することです。
オーダーメイドで結婚指輪を提供している私たちの現場でも、顧客が求めているのは、目の前の指輪のデザインやグレードといった商品価値だけではありません。
何を基準に指輪やブランドを選び、その選択を通じてどのような関係をつくっていきたいのか。むしろそこに価値があります。
また、コンサル事業で支援するBtoB中心の製造業やインフラ産業においても、ブランドは「この設備を導入すればよい」という短期的な選択を促すものではありません。
「この企業となら、10年後、20年後の責任を共有できるか」という問いに対して、判断の拠り所を与える役割を担います。
情報収集、分析、仮説生成、シミュレーション。
これまで時間や経験に大きく依存していたプロセスの多くを、AIは高速かつ低コストで支援できるようになりました。
すでに「できるか・できないか」ではなく、「どう使うか」「何のために使うか」を問われる段階に入っています。
重要なのは、AIが人間の仕事を奪うかどうかではありません。また、人間とAIを役割で切り分けることでもありません。
AIと協調することで、人間の判断・創造・意思決定の射程がどこまで広がるのか。そこに、これからのものづくりと経営の本質的な論点があるのだと思います。
AIは、過去のデータをもとに複数の選択肢や可能性を提示します。それは「最適解」を一つ示すというより、「考え得る地図」を広げる行為に近い。その地図を前にして、どこを選び、何を大切にし、どのリスクを引き受けるのか。この判断は、依然として人間の領域にあります。
テクノロジーが進化するほど、私たちは意味をつくり、身体で感じ、関係を育てるという人間らしさに立ち返っていくのかもしれません。それは私たちが唱える「ふるくてあたらしい」価値観にも通じるところではないでしょうか。
次回からは、ブランドと経営の構成要素を分解しながらAI時代のブランドについて深く考えていきたいと思います。

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング