
まだコロナ禍の真っ只中にあった2021年の冬、私は『ふるくてあたらしいものづくりの未来』という本を執筆・出版しました。
自社で運営しているオーダーメイドの結婚指輪工房「ith(イズ)」での事業経験を土台に、社内のビジネスコンサルティングチームと協働しながらリサーチを重ね、さまざまな企業事例を分析してまとめた、いわば「街場の視点からのブランド論」です。
そこでお伝えしたかったのは、とてもシンプルな考え方です。
オーセンティックなものづくりに向き合う企業が、自分たちの事業の価値をきちんと社会に伝え、その営みを通じて働く人や社会に貢献し、持続的に発展していくことは可能だということ。そして、そのためには、ITテクノロジーと人が対立するのではなく、調和する形で設計された事業マネジメントが欠かせない、という視点です。
それから数年が経ちました。
私たち自身の事業も、決して穏やかな道のりではありませんでした。ithを中心としたブランド事業は、アフターコロナも含めた大きな環境変化のなかで、スクラップ&ビルドも経験しながら地道な発展を重ねてきました。コンサルティング&ソリューション事業も、コツコツと人材を育成しながら拡張し成長を重ねています。
さらに2022年からは、ブランド事業とプロフェッショナル人材という二つの軸をつなぐ取り組みとして、海外展開にも本格的に着手しました。シンガポールや台湾での法人設立、店舗展開など新しい挑戦も始まっています。
もちろん、すべてが順風満帆だったわけではありません。数えきれないほどのトライアル&エラーを重ねながら、私たちは今も一歩ずつ歩み続けている、というのが正直なところです。ただ、「ふるくてあたらしいものづくりの未来」で提示した考え方や実行のアプローチについて、実践を通じた一定の検証ができたことは、次のフェーズへ進むための確かな糧になっていると感じています。
この数年を振り返ると、世界は政治・経済・テクノロジーをはじめ、あらゆる領域のものが、文字通り激しく、そして急速に変動し続けています。その変化を駆動する大きな要因のひとつが、言うまでもなく歴史上かつてないスピードで進化するAIテクノロジーでしょう。
生成AIは、文章を書き、画像を描き、音楽をつくり、企画を立てる。かつては「人間らしい創造」と考えられてきた行為の多くが、すでにテクノロジーによって代替可能になりつつあります。
同時に、世界はかつてない速さと広さで常時接続されるようになりました。
企業活動は国境を越え、製品やサービスは複数の文化圏を横断しながら使われています。政治や経済の分断が進む一方で、BtoCであれBtoBであれ、製造業であれインフラ産業であれ、ほとんどの事業は、もはや一つの言語や文化の中だけでは完結しません。
こうした状況のなかで、私たちはつい極端な思考に振れがちです。「AIによって人間は不要になるのではないか」という悲観論。あるいは、「AIを徹底的にハックし、使いこなさなければ生き残れない」というテクノロジー万能論。
実のところ、私たち自身もこの一、二年、そうした情報や言説に揺さぶられながら、AIで何ができるのか、自分たちはそれをどう使い、どう進化すべきなのかを模索し続けてきました。事業を行うなかでAIによって実現できたこともあれば、制御しきれずに失敗した経験もあります。おそらく皆さんの周りでも、AIの活用についての議論がまったくなされない日は、ほとんどないのではないでしょうか。
しかし、この大きな変化を前にして、どこか言葉にしづらい違和感を覚えている人も少なくないはずです。
AIのアウトプットは、速く、便利で、整っている。
それでも、どこか心の奥には届いてこない。
理性では理解できても、感情の深いところには触れてこない――そんな感覚です。
AIが日常に入り込むほどに強まるこの違和感こそが、いま私の問いの出発点になっています。
結論を先に言えば、その違和感を超えていく鍵は、やはり「人」にあると考えています。そして、「人と人との関係性」や「人としての営み」へのより深い理解のなかにこそ、その答えはあるのではないか、と。
アーツアンドクラフツ運動の担い手であるウィリアム・モリスは、機械と工場によって社会が大きく変わりつつあった産業革命の時代、こう語ったと伝えられています。
「新しい技術によって世界革命が起こることは自明である。
我々が考えるべきなのは、革命が起きたその後に人はどのように振る舞うのか、だと。」
「アーツアンドクラフツ」を名に冠する私たちだからこそ、この視点からAIの時代とその向き合い方を捉え直してみたいと思います。
AIがさらに高度化し、社会インフラとして組み込まれていくこれからの時代に、人はどうあるべきか。その集合体としての企業や文化は、どのような姿を目指すべきなのか。
『ふるくてあたらしいものづくりの未来』で示したブランド論や、人とテクノロジーに対する考え方を土台としつつ、そこからの実践で得た経験、そしてコンサルティング事業を通じて蓄積してきた知見を重ね合わせながら、AI時代の社会装置のひとつとしての「ブランド」というものを、改めてアップデートしてみたいと考えています。
*冒頭の画像は、本文を読み込みしたうえでAIで生成した画像です。
*下段の画像は、冒頭の画像に「マインクラフト風」のアレンジを加えてAIで生成した画像です。

アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。
NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、
イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング