現在、industry4.0やsociety5.0という概念が提唱されている社会において、「企業が戦略を立てる上でデータをいかに活用するか」が大きな論点となってきています。例えば、小売業界では顧客の購買データあるいは行動データに基づいた広告戦略が考案されるようになってきていますし、製造業においても過去の生産量や販売量などのデータに基づいて無駄のない生産計画を立てるという動きが広まってきています。これらは、AIの登場と相まって、さらに動きを加速させていると考えられます。そのような背景から、企業が競争力を獲得するためには、自社のデータ・所属する業界のデータだけではなく、他企業や異業種のデータも取り入れたデータ戦略を策定することが必要になると考えられます。この点から、企業・業界の垣根を超える「データ連携」の重要性が高まっています。
そこで本稿では、データ連携の1つの手段である「データスペース」という概念についてご紹介いたします。「データ空間」と直訳されるこの概念は、近年ヨーロッパを中心に急速に拡大しており、日本においても独自のモデル構築に向けた議論が本格的に進められています。しかし、データスペースの定義や特徴は非常に複雑であり、その概略を理解することは容易ではありません。本稿を通じて、この「データスペース」について理解を深める一助になれば、と思います。
データスペースとは、ヨーロッパを中心として発達した概念であり、国境や分野の壁を越えた新しい経済空間、社会活動の空間のことを指します。国、組織を超えてデータを連携できるルールや仕組みを整備し、これまで以上に「多種多様」で「信頼性のある」大量のデータを利用できるようにすることで、新しいサービスの創出や、既存サービスの高度化を目指すことを目的としています。より便利な社会を構築するためにデータを活用することを推進する基盤のことと考えればよいと思います。
しかし、このような基盤はすでに一定程度存在しているようにも思えます。例えば現在では、何らかの経済や社会の統計が知りたい場合、Googleなどの検索エンジンを使うことで簡単に政府や民間のHPにアクセスでき、所望のデータを得ることもできます。このように考えれば、Googleなどの検索エンジンは統計機関をつなぐ機能を果たしているためデータスペースであると考えることもできます。確かに、機能としてはデータスペースに近いものとなっていますが、厳密にはこれはデータスペースとは言えません。その理由を以下で示しつつ、データスペースとは何かということを細かく見ていきたいと思います。
データスペースがアメリカのGAFAMや中国のBaiduなどのメガプラットフォームと異なる点として、自律分散型の仕組みを保有している、ということが言えます。GAFAMなどのサーバー型プラットフォームでは各政府、企業や個人などが所有するデータはサーバーにアップロードされ、そこで一元的に管理されることとなります。従って、中央集権型ともいえるこのシステムでは、一度アップされたデータは持ち主の手を離れ、サーバーの管理に委ねられることになります。一方、データスペースの場合、システムは自立分散型であり、あくまでもデータ自体は持ち主がそのまま保有します(特徴その1:データ主権)。そのため、データの一部を公開/非公開にしたり、更新したものを反映するなどの作業も容易に行えます。メガプラットフォームと異なり、データスペースはデータを一元的に集約するのではなく、各自が保有しているデータ同士をつなぎ合わせるための仕組みづくりを行っているのです。
〈イメージ図1〉データスペースとプラットフォームの違い
このようなシステムのメリットはどこにあるでしょうか。先述の通り、プラットフォームと異なってデータを自らコントロールできるため安全性が高く、各企業や団体は今までよりもデータの公開を積極的に行うことができます。他者への公開の有無や条件なども直接決めることができるため、自分だけが一方的に公開して相手は非開示、などという事象が発生しにくく、公平性の高いデータの交換が行えます(特徴その2:公平性)。そのため、公開・交換されるデータの量は現在よりも拡大し、社会全体でデータの活用が進めやすくなるという利点があります。データを得る側の視点から見ても、各企業の一次情報に直接アクセスできるということで得られる情報の信頼性も格段に上がるといえるでしょう。
分散したデータ同士をつなぎ合わせる仕組みはどのようなものでしょうか。データスペース運営者は、「コネクタ」と呼ばれるデータ連携のための基盤を用意します。普段私たちが利用するコンセントのようなものと想定してみてください。あらゆる電化製品はコンセントに接続できるようにプラグの形が統一されており、その形さえ揃えれば接続するだけでどこからでも電気を得ることができます。これと同じように、データスペースでは各企業や団体が保有しているデータの形を統一するようなルールである「コネクタ」を作り、データの形式などを指定します。参加企業・団体はその指定に合わせてデータを成形し、アプリを通じてデータを送受信することでコネクタを通じて他企業との連携が可能になり、どのような業界からもデータを得ることができるのです(特徴その3:相互運用性)。
〈イメージ図2〉データスペースにおけるコネクタの役割
https://www.ipa.go.jp/digital/data/jod03a000000a82y-att/dataspaces-gb.pdf
では、実際にデータスペースの取り組みは現在どのように進んでいるのでしょうか。次節で詳しく見ていきたいと思います。
現在、データスペースに関する取り組みが最も先行しているのはヨーロッパです。もともとヨーロッパは、そこまで一国の規模が大きくないためEUを設立し各国の連携でアメリカに対抗しようとしたように、データに関してもGAFAMのような巨大企業に連携の力で対抗する、という発想のもとこの自律分散型システムの構想が練られました。データ連携の具体的な第一歩を踏み出したのは2019年です。この年、ドイツ・フランスを中心としてGaia-Xという組織が設立され、データスペースの本格的な運用に向けた基盤がつくられました。実際に、このGaia-Xの基盤システムを活用して、2021年には自動車業界に関するデータ連携を行うためのCatena-Xという組織が設立されました。Catena-Xは自動車の部品に関するデータ連携を行うための様々なユースケースの想定や実証実験を終え、すでに商品としてのデータ連携サービスの提供を開始しており、所定の費用を支払って登録した企業は他企業のデータと接続することが可能となっています。現時点においても、自動車に使用する蓄電池のトレーサビリティのデータ提供が可能になっており、今後この動きは他業種へと広がっていく構えを見せています。航空業界のサプライチェーンをつなぐ「Aerospace-X」などの構築が進んでいます。各業界がそれぞれのデータスペースを構築し、やがては異業種の間でも連携していくような仕組みこそが、Gaia-X設立時から目指されていた姿です。
環境問題への取り組みが最も進んでいる自動車業界では、その対応から、2023年に欧州電池規則という規定が採択され、2025年後半に発効することが予定されています。これは、自動車の電池に使われる資源に関して、その部品1つ1つにおいてまで、製造から販売、リサイクルにいたるまでのすべてのライフサイクルにおけるCO2排出量(カーボンフットプリント)をすべてトレースすることが義務付けられるというものです。この規則においては、仮に1つの部品・素材に関してでも不明な企業があった場合、その企業は取引自体を制限されるという規定が定められており、ヨーロッパの自動車企業に限らず、その企業やサプライヤーに部品を提供しているサプライヤーまでもすべて、この規則を遵守する必要が生じることになります。このような場面にこそ、データスペースによるデータ連携が有効になります。サプライチェーンに属する各企業は、製品ライフサイクルにおける自らの立ち位置の中で、その製品や素材におけるCO2に関するデータを管理し、他企業とスムーズに連携することが必要ですが、自動車部品は多岐にわたり、関連する業界も複数登場するため、プラットフォーム型のシステムでは取得までに時間がかかったり、連携自体が困難になる場面が出てきたりすることが想定されます。このような際に、相互運用性の高いデータスペースは有用性が高く、カーボンフットプリントを完全にトレースすることも可能にすると言えるでしょう。
〈イメージ図3〉欧州電池規則に関して
今後、この問題は電池にとどまらず、他の製品にも順次適用されていく見込みです。したがって、あらゆる企業がデータを確実に把握する必要があるため、データ連携を済ませておくことが求められるのです。
先ほどのヨーロッパ電池規則の話は、日本にも関係が出てくる可能性があります。例えば、ヨーロッパの自動車の部品の一部が日本製であった際、日本の企業が自分はヨーロッパとは関係ないと言って部品に関するCO2データを管理していなかったとします。仮にその企業がヨーロッパ外であったとしても、電池規則に反した場合には自動車メーカー自体が出荷停止などの措置を取られてしまうため、そのリスクを避けるためにもデータを管理していない業者との取引を停止する可能性があります。この規則は今後他の分野にも拡大する傾向にあるため、言いかえれば、データを管理・活用ができない企業は、ヨーロッパやそれにかかわる企業との取引ができなくなる可能性が出てきているのです。従って、ヨーロッパではやっているが日本ではまだ、という話では済まされなくなってきているのです。
では、日本は現在、データスペースに対してどのような取り組みを行っているでしょうか。2024年10月末時点でのCatena-X会員企業数は全部で193社あり、日本からも旭化成、デンソー、富士通、NTTコミュニケーションズの4社が参加しています。 また、Catena-Xとは異なる日本独自のデータスペースの試みも進みつつあります。
日本でもすでに、一部の自治体間での連携が進められています。大阪府では、市町村間でのサービスの不均衡を是正しつつ業務の効率化を進めるために、2022年度より府が主体となってデータ連携を進めるための枠組みづくりを進めています。自治体によってバラバラであったデータを共通のIDをもとに連結することで業務改善につなげることができています。このような取り組みもデータスペースの一種と考えられ、大阪府の他に札幌市などでも導入が進められています。
こうした自治体ベースを越えて、国主導でデータスペースの取り組みが始まったのは2023年です。経済産業省が主導のもと「ウラノス・エコシステム」という構想が立ち上がりました。これは、日本版データスペース基盤の取り組みであり、日本の各業界がそれぞれデータ連携を行い、さらにそれらの垣根を超えたデータ連携を行い、最終的には日本全体の業界横断型のデータスペースを築き海外とも連携を、という構想のもと官民が一体となって進められている大型プロジェクトです。
日本の場合はヨーロッパに比べて立ち上がりの時期が遅いため、本格的にサービスとして提供する段階には至っていません。しかし、当該業界団体を中心として「自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター」を立ち上げ、自動車の蓄電池に関するサプライチェーン上の連携を進めています。これは先に述べた欧州電池規則に対応するものとして、仮にそれが発効された場合に備えている、と考えることができます。また、いわゆる「物流クライシス」への対応が求められている昨今において、その解決策の1つとして考えられている配送や自動運転ロボットの導入を見越し、GISなどの空間データを連結するためのプロジェクトも進められています。こうした1つ1つの連携をサポートすることがウラノス・エコシステムであり、業界を超えたデータ連携が達成されたとき、システムが完成した言えるでしょう。
日本の場合、現時点使用しているコネクタは「CADDE」という種類のものなどであり、Gaia-XやCatena-Xの「EDC」とは異なるため、現時点でウラノス・エコシステムとCatena-Xが直接データ連携をすることは難しいと言えます。しかし、データスペースの基本的な設計思想を踏まえると、将来的にはこの両者や、他のデータスペースも含めた多国間でのデータ連携は推し進められていく方向に進んでいくと考えられます。
〈イメージ図4〉ウラノス・エコシステムの完成イメージ図
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digital_architecture/ouranos.html
以上みてきたように、データスペースの活用はヨーロッパでの規則などを考えても事業を進めていく上での「十分条件」から「必要条件」にシフトしつつあります。そのため、本格的な整備や規制が行われる前に、データ関連の整備は進めることが必要と考えられます。一方で攻めの側面から見れば、今まで以上にあらゆる分野のデータを活用できる可能性が広がっているため、上手に活用することができれば、自社のポテンシャルを何倍にも増やすことが可能と考えることもできます。弊社はGHG関連のプロジェクト及びデータ活用や整理等の運営実績もございますので、もしお困りのこと等ございましたら、お気軽に弊社までお問い合わせください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
【参考】
Catena-X「Catena-X Automotive Network e.V. List of menbers」
自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター「欧州電池規則–概要編–」
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント