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2023.12.28

トレーサビリティとは?導入すべき有望なシステム

トレーサビリティの概要

今回はトレーサビリティが求められるようになった背景並びに、有望なトレーサビリティシステムとその事例についてお伝えさせていただきます。

トレーサビリティ(Traceability)は、トレース(Trace)とアビリティ(Ability)を組み合わせ、日本語では「追跡可能性」と訳される造語です。

トレーサビリティは、製品や原材料がどのように生産され、処理され、流通されたかを詳細に追跡するための仕組みやプロセスを指します。

トレーサビリティは、製品やプロセスの透明性を提供し、製品の由来や流れを追跡するための重要な要素であり、トレーサビリティの必要性は、安全性、品質管理、法的規制への遵守、サプライチェーン効率性、環境への影響軽減など、さまざまな側面が考えられます。

トレーサビリティの実現には「情報の蓄積」が重要であり、あらゆる情報が収集できるようにインフラや環境を整備するところから始める必要があります。企業と企業の間、部門ごとのシステムもすべて連動させる必要があり、バーコードやIoT技術を活用して効率的にデータが集められるような仕組みづくりを行うことが必要です。

近年では、農林水産省も産地偽装問題の解決に乗り出し、食品(牛肉や鶏卵など)を中心にトレーサビリティ普及に向けた活動を行っており、官民合同でICタグを研究・開発し、トレーサビリティに活用しようという試みを実施しており、徐々に普及を推進しています。

 

トレーサビリティが求められる背景

トレーサビリティが求められる全業界に影響を与える背景としては、グローバルなサプライチェーンの複雑化や環境配慮意識の高まりなどがあります。

サプライチェーンの複雑化

現代のビジネス環境では、多国籍企業、グローバルなサプライチェーン、複数のサプライヤーと顧客が絡み合い、サプライチェーンが複雑化しています。この複雑性の中で、製品の流れと品質を追跡する必要性が高まっています。

新型コロナウイルスによってグローバルレベルでサプライチェーンが分断され、必要な材料や部品、代替品の手配、製造ラインにいつ投入できるのかなどといった状況確認に手間取り、情報の錯そうによって生産現場に大きな混乱が生じるなど様々な業種及び企業が影響を受けました。こういった流れからもサプライチェーンの可視化とトレーサビリティ及びサプライチェーン領域におけるブロックチェーンの関心は高まったと考えられます。

 

環境配慮意識の高まり

持続可能性への関心が高まっており、トレーサビリティはサプライチェーン全体を環境に配慮した方法で管理する手段としても重要となります。資源の効率的な使用や廃棄物削減に貢献を可能とします。

 

トレーサビリティ不十分による不祥事

上記の他にトレーサビリティが一般的に広く求められるきっかけとなった事例について今回は2点を紹介させていただきます。

1つ目はBSE(狂牛病)問題です。

トレーサビリティに関して、一般的に広く注目を集めるきっかけになったのがBSE(狂牛病)問題です。2001年の国産牛肉BSE感染問題や2003年のアメリカ牛肉BSE問題など、食の安全性が脅かされたことを発端に、国内でも耳標というタグを用いて牛を1頭毎に個体管理することが義務づけられた。現在では牛だけではなく、さまざまな商品でトレーサビリティの対象物と、そこに紐づける情報がますます拡大しています。

2つ目は綿に関する世界的な関心の高まりが考えられます。

近年の例としてはカジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは人権問題が指摘されている中国・新疆ウイグル自治区の綿を使用しているのではないかと疑われ、米国の税関でユニクロのシャツの輸入が差し止められたのに続いて、フランスの検察が捜査に乗り出すなど、世界から激しい反発を受けた例があります。

アパレル業界においては、材料の品質管理の面でなく労働などの問題にも焦点が当てられています。

世界中には、推定で3600万人が強制労働を強いられており、大人だけでなく世界中の多くの児童も含まれていました。そして、この労働力は綿栽培に向けられており、世界中のアパレル業界による労働力の搾取が行われているといっても過言ではない状況下にありました。

こういった状況を打破するためにもトレーサビリティにより、材料の出所や物流の流れの透明性を高めることが求められるのではないかと考えられます。

 

トレーサビリティの必要性

品質管理と安全性確保

製品の品質管理と安全性確保は、トレーサビリティの中でも最も重要な側面です。製品の生産段階から流通、販売、消費段階までの経路を追跡することにより、不良品や品質問題が発生した場合、原因を特定し、対策を講じることが可能です。例えば、食品業界では原材料の調達から部品の生産・加工・卸売・小売まで、商品がどの段階にありどこへ移動したかを把握します。この手法によって商品が安全かつ確実に製造されたことがわかるようになり、食品の安全性に関するリスクを最小化するなど、消費者の健康を保護するためにもトレーサビリティが欠かせない要素となります。

リコールと危機管理

不良品や品質問題が発生した場合、製品の追跡情報をもとに迅速なリコールプロセスを実施可能。特定の製品バッチを特定し、市場から回収するための迅速な対応が可能となり、危機の管理が向上させることができます。

速やかに問題を解決できなければ損害規模も拡大し、消費者や取引先からの信用を失うことになります。トレーサビリティによって、消費者と製造者の両方を守ることが可能となり、このことは企業の信頼性にも関わり、効果的なリコールがブランドのイメージを守るのに役立ちます。

サプライチェーン管理

製品の製造や流通には、多くのステークホルダーが関与します。サプライチェーン内での透明性を持つことは、効率的な在庫管理、適切なリードタイムの確保、需要予測の向上などを可能にします。トレーサビリティにより、サプライチェーン全体を効果的に管理し、競争力を維持することが可能となります。

法的規制と規制遵守

多くの産業において、法的規制と品質基準への遵守が求められます。トレーサビリティは、法的要求を満たし、規制に従う証拠を導入企業に提供することができます。特に食品、医薬品、自動車、航空宇宙などの業界では、製品の安全性や品質に関する厳格な要件が存在し、その遵守が重要となります。世界的にもトレーサビリティに関する規制は強まる傾向にあり、今後もトレーサビリティの重要性は高まることが予想されます。

生産プロセスの最適化

トレーサビリティは、生産プロセスの透明性を提供し、プロセスの最適化に役立ちます。製品の各段階でのデータ収集と分析により、無駄なリソースの削減や生産プロセスの改善が可能となり、コスト削減と効率化につながります。

信頼性向上

トレーサビリティは、企業や製品の信頼性向上に貢献することができます。製品がどのように生産され、品質管理されているかに関する情報が顧客に提供されることで、顧客は企業に対する信頼を築くのに役立ちます。信頼性の高いブランドは競争力を維持しやすく、長期的な成功につながるでしょう。

環境への影響低減

トレーサビリティは、環境への影響を低減するのにも貢献することができます。サプライチェーン全体を追跡することにより、資源の効率的な使用と廃棄物の最小化を実現し、このことは環境への負荷を軽減し、企業の持続可能性に貢献します。

 

 

どういった業界に広く使われているか

前段で述べさせていただいたようにトレーサビリティの重要性は高まっており、企業もトレーサビリティを強化するための取り組みを実施しております。自社内でプラットフォームを構築する例やトレーサビリティシステムを導入する例が多くみられる。今回は広く導入される代表的なシステムを紹介させていただきます。

トレーサビリティシステムは幅広い業界への導入が広がりつつあるが、特にトレーサビリティが重視されるのは、履歴を追跡することで製品の品質管理が向上する業種であると考えられます。食品業界や製造業界、アパレル業界においてトレーサビリティが重視され広く導入されており、様々なトレーサビリティシステムが提供されています。後述においてはその中でも代表的な2つのトレーサビリティシステムについて紹介させていただきます。

 

代表製品及びその機能

今回紹介させていただくトレーサビリティシステムはIBM Food TrustTrustraceの2つとなります。

IBM Food Trustは食品業界を対象としたトレーサビリティシステムであり、Trustraceはアパレル業界を対象としたトレーサビリティシステムです。

両システム共にブロックチェーンを活用し、トレーサビリティ情報の信用性を高めており、トレーサビリティにおいて情報の信頼性が需要視される中でブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティシステムが今後さらに登場し、主流となっていくと推察されます。

IBM Food Trust

IBM Food TrustIBM社が提供するIBM Blockchainを基盤とするデータプラットフォームであり、「食の安全性確保」や「流通経路の透明性」、「フードロス」、「食品汚染など発生時の風評被害」などの解決を目的としています。食品の原産地、取引データ、加工の詳細情報など、承認済みの変更不可能な共有の記録をネットワーク参加者全員に提供することが可能であり、食品偽装や不正への抑止力・食品汚染が発生した場合の影響の可能性がある食品の早期特定などを可能とします。

導入企業における活用方法としては複数あり、一つはすでに運用されているIBM Food Trustにユーザー企業として参加しプラットフォームの機能を活用する方法であり、トレース機能やサプライチェーン内における移動の可視化などの機能を数週間程度で利用開始できます。もう一つは、自らが食のサプライチェーン・プラットフォームを新たに構築する方法となります。IBM Food Trustを他の産業・利用方法にも活用できるよう汎用化したSaaSサービス「IBM Blockchain Transparent Supply」を利用することで、商品のトレースだけでなく幅広い業務に応用することが可能であり、独自のプラットフォームや中御タイヤ、医薬品などの他業界にて活用された例も挙げられております。

また、導入企業にて既に使用されている基盤システムとの連携が可能であり、IBM社の在庫管理、サプライチェーン管理等のシステムと連携可能となります。

(https://www.ibm.com/downloads/cas/8QABQBDR)

Trustrace

Trustraceはスウェーデンに本社を置くSaaS企業Trustrace社によって提供されるサプライチェーンを可視化するplatformサービスであり、アディダスやアシックスといった大手グローバル企業においても活用されています。

サプライヤーのマッピング、製品のトレーサビリティ、材料のトレーサビリティを実現することができます。

縫製・紡績工場などのサプライヤーの施設情報などを収集し原材料から生産施設レベルまでのサプライチェーンをマッピング及び、サプライチェーンと材料のトレーサビリティデータを取得、デジタル化し、ブランドとサプライヤー間で共有する方法を標準化することが可能です。

世界の約一万のサプライヤー情報を集めたデータベースを持ち基礎情報に加え、約14の監査機関に公表されている監査データ・認証取得情報なども網羅しています。

トレース機能のみならず工場単位の労働環境や環境負荷などのリスク分析を行うことができる強みを持ちます。

 

(https://www.just-style.com/news/trustrace-to-support-kappahls-bid-towards-sustainability-and-transparency-in-supply-chain/)

活用事例

IBM Food trustWalmartにおける活用事例

2016年にウォルマートはIBMと提携し、ブロックチェーン技術に基づくトレーサビリティを食品サプライチェーン全体に適用することを目指しIBM Food Trustを導入しました。このプラットフォームにより、ブロックチェーン技術を活用して食品の農家から小売店までの全てのサプライチェーン全体を追跡し、安全性、品質、持続可能性などの管理すること可能となりました。

フランスの小売最大手のカルフールも、プレミアム プライベート ブランド商品の付加価値を高めるという狙いでIBM Food Trustへの参加を表明しました。これまで1つの商品に関する諸般の手続きを200枚の書類で処理していたが、デジタル化によって効率化し、手戻りがなくなったとの報告が挙げられております。

TrusTraceのアディダスにおける活用事例

アディダスはTrusTraceの材料単位のトレーサビリティをほぼリアルタイムで可能にするワンストップソリューションを活用し、運用開始から4か月間で、8,000施設で1万点におよぶ素材と商品にわたる100万件以上の取引を扱い、素材及び商品のトレーサビリティの他にも、発注システムやサプライヤー管理システムなどと統合したことで手作業によるコストが最小限に抑えられたことを発表しています。

まとめ

現状日本の全ての企業がトレーサビリティを確立しているとは言えない環境であり、自組織のみで独自のトレーサビリティシステムを構築することはコストや時間の面からみても効率的ではなく、実現のハードルは高いと推察されます。今回紹介したようなトレーサビリティシステムを導入することで自組織のトレーサビリティを確立し自社の価値を高めることができると考えられます。トレーサビリティは現代のビジネス環境で不可欠な要素であり、製品やサプライチェーンの透明性を高め、品質管理、安全性確保、規制遵守、サプライチェーン効率化、環境への影響低減など、多くの側面で役立ちます。トレーサビリティの背後には、サプライチェーンの複雑化、消費者の情報へのアクセス権の拡大、製品の複雑性と多様性、規制の厳格化、テクノロジーの進化、環境への配慮など、複数の要因が影響しています。企業がこれらの要因を考慮し、トレーサビリティを実装することは、競争力を維持し、持続可能な成長を実現するために不可欠となるでしょう。

 

【参考】

HITACHI「トレーサビリティとは? 重視される業界と技術について解説」

NTT東日本「トレーサビリティとは? 種類や製造業におけるメリットを解説」

IBM「サプライチェーンの可視化とトレーサビリティを実現するIBM Blockchain

MY Will「ファッション製品におけるトレーサビリティーに約90%が共感」

毎日新聞「ウイグル「人権」で窮地 ユニクロの打開策は」

Blockchain business media「【アパレル業界の課題】ブロックチェーンによるトレーサビリティで環境と労働の問題を解決する」

IBM「ブロックチェーンが伝える、美味しく安全で適正な食の流通」

Trustrace HP

WWD(2023)「トレーサビリティーを実現する注目スタートアップ️まとめ【服作りはたどる・見せるが新常識】」

Just styleTrusTrace は、サプライチェーンの持続可能性と透明性を目指す Kappahl の取り組みをサポートします」

 

内田 聡

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト