オンライン上でのコミュニケーションが当たり前になってきた近年ですが、関連するワードとして「メタバース」が注目されています。
日経クロストレンドが発表した2022年度上半期のトレンドマップでも、新キーワードとして「メタバース」がランキング入りしています。
メタバースとは、超越という意味の「Meta」と、世界という意味の「Universe」を組み合わせた造語で、インターネット上に存在する3次元仮想空間を指します。ユーザーが自身のアバターを操作することによって、コミュニケーションを取ったり、ビジネスを行ったりすることが可能で、さまざまな領域に活用されることが期待されています。
メタバースの詳細については過去に以下の記事で紹介していますので、ご覧ください。
メタバースが注目され始めた背景としては、2021年10月にアメリカのFacebook社が社名をMetaへ変更してメタバース事業に本格参入したことや、メタバースに用いられるVRの普及、技術進歩などが挙げられます。
またMetaの他にもMicrosoftなど多くのIT系企業がメタバース事業へ続々と参入を表明しています。
グローバル市場規模は、CAGR43.3%(’22-‘30)と急成長し、2030年には約1兆6,071億USDに達するとされており、今とても熱い市場と言えるでしょう。
そんな盛り上がるメタバース市場の中で、かつてない取り組みとして注目され始めているのが教育分野への導入です。
例えば、東京大学が今年9月、メタバースを活用して工学の専門教育を受けられる「メタバース工学部」を開設し、世間の注目を集めました。
これには鹿島建設、ソニーグループ、DMG森精機、丸井グループ、三菱電機、リクルートの6社も協力し、メタバース工学部の情報発信に協力するほか、社員の学びなおしに活用するとしており、国や企業からの期待も寄せられていることがわかります。
メタバースによる教育の大きなメリット1つは心理的な抵抗感を低減できることです。
一般的に教育の世界では「間違える=恥ずかしい」という心理が働くため、堂々と間違えられる機会があまりありません。
一方、バーチャル空間での学習体験では、どんどん間違えていくことができます。
それこそゲーム同様、再度のプレーが、何度でもできます。生徒たちに間違えさせて、その都度新しい気づきを得られるようなに、学習体験そのものを作っていくことが可能という訳です。
たとえば、実際に扱うことのできない危険物質の実験をバーチャル上で学生に行わせれば、現実では許さない失敗を体験することができます。
実際の世界でミスをすれば致命的な結果を引き起こすような実験でも、バーチャルの世界ではやり直しがいくらでも可能なため、そういった特性を生かした体験学習が今後期待されます。
他にも、言語学習体験の中で、いきなり外国人を目の前にすると気後れして、なかなか会話をスムーズに練習できない日本人は多いですが、メタバースでの話し相手がかわいいアバターであれば、「視覚的バイアス」がかかりません。
コンテンツも、ビデオ電話を使ったオンライン英会話サービスの場合、準備された教材を読んだり、フリートークをしたりすることがメインでしたが、メタバース空間では空間であらゆる状況を再現するなど、より豊富なコンテンツを教材として利用できます。
また数学や理科、美術等の講義においては、写真や動画などの二次元的な資料ではなく、三次元の標本をVR空間上に出現させることでより、直感的に理解・体験することが可能になります。
そんな教育界のメタバースの話とは切っても切れないデジタル化の状況を見てみましょう。
教育界ではDX化が進んでいて、2020年には「GIGAスクール構想」がスタートしました。
GIGAは “Global and Innovation Gateway for All” の略称で「すべての子どもへ世界と革新への門戸を開く」といった意味をもち、GIGAスクール構想とは、すべての生徒が等しくICTによる教育を受けられるよう、生徒1人1台の学習端末の整備や、それを利活用するためのクラウド環境の整備を主眼とする教育構想のことを言います。
GIGAスクール構想は2019年から文部科学省主導で取り組まれていて、コロナ禍によるリモート授業の需要の高まりなどもあり、実現が急速に進んでいます。
事実、臨時休業等の非常時における端末の持ち帰り学習の準備状況について、全国の公立小中学校等の95.2%が、準備済みであることが、文部科学省の調査結果から明らかになっています。(図1)
メタバースの活用はまだまだ認知が少ないですが、上述したように「GIGAスクール構想」がスタートし、また、生徒たちが一人一台タブレットを使用して授業を受けるスタイルが定着しつつある中で、徐々にメタバースの導入についても検討される機会が増えています。
図1【臨時休業等の非常時における端末の持ち帰り学習に関する準備状況調査(2022年1月末時点)より】
教育関係の企業や大学などをはじめとした教育機関では既にメタバースを活用したサービスを考案し実用化を図っています。以下ではその事例として3つほど簡単に紹介します。
IT企業の株式会社ドワンゴが設立した通信制高校「角川ドワンゴ学園」では、メタバースを活用した「普通科プレミアム」というプログラムを実施しています。
2021年4月の時点で2,300本を超えるVR授業が用意されており、自宅にいながらメタバース内で受講が可能です。
VRゴーグルも配布され、生徒は好きなときに好きな場所で講座が受けられるようになっています。
ゴーグルを装着すると、目の前にはバーチャルの教室が広がっており、目の前に先生、隣にはクラスメイトがいて、アバターが自分の手と同じ動きをするため、まるでリアルの教室にいるかのような感覚で授業を受けることができます。
VRゴーグルを着用して授業を受けるため、現実世界のようにスマホなど視界に入る他のものへ意識がいくこともなく、集中して授業を受けられるといいます。
教師側からの教材に対する評判も良く、今後も角川ドワンゴ学園の取り組みに期待が集まっています。
英会話教室を展開しているAEON(イーオン)では、オンライン英会話の一環として、VRプラットフォームを使用したVRライブレッスンを提供しています。
AEON VRは、メタバース内で世界中を旅しながら生の英語に触れられることが特徴となっていて、教室はもちろん、ファストフード店や空港、ホテルなど現実世界に存在しているシチュエーションが40種類ほど用意されています。
メリットで上述したように、VR上ではアバター同士での会話となるため「視覚的バイアス」がかからずに、ゲームのような感覚で英会話を楽しむことができます。
海外に目を向けてみると、アメリカのスタンフォード大学で、VR環境を活用して行われるコース「Virtual People」が開始されています。
VRヘッドマウントディスプレーを活用することで、これまで2次元の教科書や2次元ディスプレーからのインプットに頼り、学習者の想像力の補完によって学習されてきたものが、より直感的に学習できるようになりました。
「Virtual People」は、スタンフォード大学では初となる、授業のほぼ全てでVRを利用する講義であり、授業では、VRがこれまでどのように社会へ浸透し、技術的進化をしてきたかをバーチャルの講義の形式で学びます。
メタバースは、今まではゲームやアート、音楽といったエンターテインメント分野での活用が目立ちましたが、目下教育においても実用化が進んでいることは確かです。
しかし、メタバースの普及には、デバイスの体感性能といった技術面に加えて、法やガイドラインの整備など、課題もまだ多いのが現状です。
教育に関していえば、日本では、オンラインゲームをはじめとする「遊び」のイメージがいまだに強く、ゲームをすると成績が悪くなるといった固定観念があります。また、若者の目と脳にもたらすリスクについても議論が繰り広げられている段階です。
さらに、VR機器等の価格についても、多くの教育機関にとっては依然として高価だと言えるため、コスト面での障壁も大きいものと言えます。
こうした課題がある中で、メタバースを有効に活用していくには、補助金制度やイメージ改善等の施策を検討し、普及を目指す必要があります。
今後教育界で一つの論点となるメタバースの活用について、国や教育機関はもちろん、民間企業も注目していかなくてはなりません。
【参考】
・Stanford University HP
・角川ドワンゴ学園 HP
・AEON HP
・Upload「Stanford Now Offers A Class Held Entirely In Virtual Reality Using Quest 2」
・大学ジャーナル「3D仮想現実空間でアバターとなって学ぶ「メタバース教育」 ――中央大学・斎藤裕紀恵准教授の英語教育実践に見る“未来の教育”」
・Fabeee「【メタバース×教育】それぞれの関係性と注目コンテンツの事例を紹介!」
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト