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M&Aに着目した市場分析-自動車市場(EV)における市場動向-

はじめに(EV市場とM&A)

 2019年に米国の大手電機自動車メーカーTeslaがバッテリー技術会社Maxwell Technologiesを買収するなど、さらなるEV需要の拡大を見越したM&Aが加速しており、技術革新や各国の環境規制政策等によりEVシフトが確実に進んでいます。

 そこで、今回は自動車業界(EV)に焦点を当て、現在または今後の市場動向および業界のプレイヤー動向を分析し、各企業がどのような戦略の中でM&Aを行っているのかを分析します。

 

EVの定義

 まずは、EVの定義を整理しましょう。

 一般的に「EV」と聞くと電気自動車を思い浮かべますが、正確には「電気を動力にして動く車両」のことであり、EVとは「電動車両全般」を指す言葉なのです。つまり、EVの中には、一般的に想起される「電気自動車」以外にも、電気も動力にする「HV(ハイブリッド車)/PHVPHEV(プラグインハイブリッド車)/FCV(燃料電池自動車)」も含まれています。

 では、一般的に想起される電気自動車(EV)とは何か。

 それは、EVの中でも「BEV」と分類される車両のことです。「BEV」は、「Battery Electric Vehicle」の略であり、「バッテリーの電気のみを使い、モーターで走る車」のことです。一方で、「HV/PHVPHEV/FCV」とは、「バッテリーに貯めた電気以外のエネルギーも使って走行する車のことです。

 つまり、「EV」という括りの中にも、厳密には分類があるのです。

 なお、今回は一般的には「BEV」が「EV(電気自動車)」と表現されることが多いため、本稿でも「EV

=BEV」と定義しております。以下の文章を読む際はご了承下さい。

自動車(EV)市場の分析方針

 M&Aを行う際、市場分析は欠かせない要素となります。

 例えば、買収元企業から見てシナジーが見込める事業/買収先企業の条件(買収価格など)が揃っている場合でも、市場自体が縮小傾向/成長を見込めない場合は、M&Aによる買収価値は小さくなってしまいます。また、市場自体が拡大傾向にある場合でも、買収先の競合他社がシェアを拡大している場合には、M&Aを行わない方が良い場合もあります。

 このように、M&Aを成功させるためには、買収先企業やそれを取り巻く環境を事前に調査することが非常に重要であるため、市場分析は欠かせないステップとなります。

 市場分析には様々な手法がありますが、代表例として「3C分析」というものがあります。3C分析とは、Customer(市場/顧客)/Company(自社)/Competitor(競合)という3つの観点から分析・検討することで、企業の主要な成功要因(KFSKey Success Factors)を見つける手法です。

 今回は、「市場規模/動向」及び「PEST分析」を用いてCustomer(市場)を、「市場の主要プレイヤー」をCompetitorとして分析します。Company (自社)については、特定の企業を設定していない為、今回は除外します。

 それでは、自動車(EV)業界を分析してみましょう。

 

Customerの分析:市場規模

 下図は、2035年までの新車販売台数の予測(世界×EV/PHV/HV)と2030年におけるEV市場規模の見通しです。

 世界の新車自動車販売に占めるEVの比率は、今後急速に高まることが予想されています。また、2035年には世界の新車販売台数の54%がEVに置き換わり、2050年には約90%がEVとなることが予想されています。上記のような販売台数の増加に伴い、EVの市場規模は2016年から2030年において約43倍に拡大すると推察されています

 

Customerの分析:PEST分析

 PEST分析とは、市場の動向をPolitics(政治)/Economy(経済)/Society(社会)/Technology(技術)の観点より、マクロ環境(外部環境)を分析するフレームワークのことです。

 これら4つの観点より、外部環境に潜む自社へのプラス/マイナスのインパクトを与える要因を整理し影響度を評価します。本分析を行うことで、対象市場が外部環境に影響を受けやすい市場なのか/今後の成長が見込まれる市場なのかを判断できます。

 下記に、自動車市場(EV)のPEST分析結果を示しています。

 Politicsの観点では、各国政府は環境規制を強化することで、ガソリン車/ディーゼル車を禁止し、EVシフトを推進し、Economyの観点では、環境規制政策に伴いインフラ設備(EV充電ステーション/水素ステーション)に対する投資が拡大しています。また、Technologyの観点では、部品点数の減少やEV用バッテリーコスト減により、EVの低コスト化が見込まれています。実際に、中国では20207月に最低価格489600円の格安EV「宏光MINI EV」が発売されています。

 しかし、上記のように世界的にEVシフトが進む一方で、現状ではバッテリーの充電設備の整備状況/車体価格の高さ/航続距離の問題等の課題も存在しています。

 

Competitorの分析:主要プレイヤー

 次は市場を構成する主要なプレイヤーを把握します。

 プレイヤーを把握することで、競合のシェアや潜在的な競合の把握、またトッププレイヤーのビジネスを参考に自社のターゲットやポジショニングを検討することが可能です。

 TOYOTA/BMW/Peugeot/TeslaなどEVを販売している自動車メーカーは数多くありますが、今回はEVのみを製造・販売しているメーカー(ここでは、EVメーカーと呼ぶことにします)をベンチマークにして分析してみましょう。

 上記のように、新興EVメーカーの多くは米国と中国で興っており、近年の米国EVメーカーはSPACでの上場が増えています。また、近年ではグーグルやアップル等の情報産業、ソニーや日本電産等の電機メーカーなどの異業種企業がEV事業への参入/関心が明らかになっており、車体の製造/販売だけではなく機能面での支援を行うとされています。

 これらは、ネット接続/自動運転/共同利用などのクルマを使った消費者サービスでの事業化を目指している背景などがあり、今後自動車(EV)関連市場に参入するならば、車体の製造/販売だけでなく車を使った消費者サービスに参入余地があると推察されます。

 

M&A事例

 ここまでは3C分析を活用した市場分析方法ついて説明して参りましたが、ここでは実際に自動車業界/自動車関連業界であった近年の代表的なM&A事例(EV関連事例)をいくつか紹介します。

 各企業がどのような目的を持ちM&Aを行ったかを分析することで、各社の今後の動向または市場全体の傾向を読み取ることもできます。以下、2021年までに行われた近年のM&A事例です。

事例①

【買収企業名】

日本電産株式会社

【被買収企業名】

三菱重工工作機械株式会社

【譲渡日】

2021年25

【買収目的】

EV用駆動モーターシステム(トラクションモーターシステム)の増産

【事例概要】

 トラクションモーターシステムは駆動用モーターに、インバーター(直流交流変換装置)やギア(歯車)を組み合わせた製品で、日本電産ではこれら主要部品の内製化を目指していました。

 そこで、三菱重工工作機械はギアに精通した人材と高度な技術を持ち、傘下に収めることで内製化とともにスケールメリットを生かしたコスト競争力を高めることができると判断したため買収に至りました。

 今後は、増産に向けた投資などを行い、工作機械事業を世界的な規模に拡大する計画を持っています。

事例②

【買収企業名】

Tesla(米国)

【被買収企業名】

Maxwell Technologies(米国)

【譲渡日】

2019年

【買収目的】

EV向けバッテリーの低コスト化

【事例概要】

 Maxwell Technologiesは、電力供給および電力蓄積向けの各種ソリューションを開発/提供する企業で、特にスーパーキャパシタ*に関する特許/技術/製品を持っていました。

 一方のTeslaは、EVおよび大容量バッテリーのメーカーであり、現在はリチウムイオン電池を採用している。今回の買収にて、Teslaはスーパーキャパシタ技術を獲得することになり、EV向けバッテリーの低コスト化を推進していく模様です。

*キャパシタはコンデンサーとも言われ、「電気二重層」現象の原理が応用された蓄電池のこと。一般の電池がエネルギーの化学反応で充放電するのに対して、キャパシタは電気を電気のまま蓄放電が可能なうえ半永久的に使用できるため「理想的な蓄電装置」と言われている。一瞬で大量の電力を蓄積できるため、キャパシタを車載電源にすればEVのネックとなっている充電時間がガソリンなどの給油時間よりはるかに短くて済む

事例③

【買収企業名】

Mercedes-Benz(独)

【被買収企業名】

YASA(英)

【譲渡日】

2021年7

【買収目的】

新しいEV用駆動モーターシステムの開発強化

【事例概要】

 2009年に創業した電気モーターのスタートアップであるYASAは「axial-flux motor*(軸方向磁束)モーター」を開発。

 Mercedes-BenzのEV専用プラットフォーム「AMG.EA」用の超高性能電気モーターを開発し提供していた。買収後も、YASAは完全子会社として英国に留まり、新しいEV用駆動モーターシステムの開発を強化していく。また、Mercedes-BenzFerrariなどの既存顧客にもサービスを提供していく

*axial-flux motor(軸方向磁束)モーターは、他の電気モーターに比べて1/3の重量/高効率/出力密度はテスラの3倍にもなる

 

おわりに

 今回紹介した事例のように、自動車業界/自動車関連業界では、EV用部品の内製化やEV用部品の開発強化を狙ったM&Aが見られました。今回紹介した事例はほんの一部であり、今後はますますEVの主要部品(バッテリー/インバーター/モーター)におけるM&Aが増加すると予測されます。また、PEST分析でも見たように、各国の環境規制政策がEVシフトを加速させることは間違いないと思われます。

 以上のように、3C分析・PEST分析などのフレームワークを用いることで、対象市場の動向やプレイヤーの動向、またこれらに伴う各企業の戦略の方法性を把握することが可能になります。

 本稿の情報から皆様に得るものがあれば幸いです。

 

【参考】

 

増田森一

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト