KNOWLEDGE & INSIGHTS

2021.08.25

スターバックスコーヒーに学ぶ従業員を育成するコツ

 

はじめに

 近年、多くの企業にとって人材育成の仕組みづくりが大きな課題となっています。例えば、厚生労働省が企業向けに実施した調査によれば、競争力をさらに高めるために今後最も重要視すべき事項として挙がったのは「人材の能力・資質を高める育成体系」でした。加えて、従業員育成に際しては、「業務多忙」、「上長等の育成能力や指導意識の不足」、「人材育成が計画的・体系的に行われていない」の3点が課題の上位を占めました。事業戦略に基づく従業員育成システムの重要性を認めながらも、(多忙な業務の合間を縫ってなされる)属人的で対処療法的な教育に頼らざるを得ないというジレンマを抱える企業は少なくないわけです。それでは、このような個別の戦術に依存せざるを得ない状況は、どうすれば打開できるのでしょうか?

 結論を先取りするならば、経営者はまず、会社の「ミッション(存在意義)」と「バリュー(価値観)」を明示し、従業員全員が自らの業務と関連付けて理解できるようにする必要があるでしょう。計画的・体系的な人材育成制度は、そこから逆算して整備すべきです。今回はそのベンチマークとしてスターバックスに目を向けます。ミッションの実現に向けて主体的に考え行動する従業員を育成する彼らの取り組みから、私たちが参考にできる点を考えていきましょう。

スターバックス店舗の光景

 スターバックスを利用したことのある方は、ぜひスターバックスの店舗の様子をイメージしてみてください。入店すると、スタッフは「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と挨拶をしてくれます。行きつけの店舗では、「いつもありがとうございます」と言われることもあります。スイーツを手にドリンクを決めあぐねているとそれに合う飲み物を教えてもらえたり、カフェインレスコーヒーをよく注文していれば、「こちらもカフェインレスですよ」と提案してくれたりもします。こうした、従業員一人ひとりの対応が自発的でマニュアル的でない点は、他のチェーン店にはみられない大きな特徴です。ですが同時に、「自由」なスタッフたちの働く店内に、ルーズな雰囲気はありません。彼らの彼女らの姿は、スターバックスで働くことに誇りを持ち、あるいは働くこと自体を楽しんでいるかのような印象を与えます。そしてスタッフ間にはチームとして、なれ合いのない、よい意味での緊張感があるように見られます。

 このような店舗内の様子から、「スターバックスで働くこと自体に付加価値やプラスの価値を見出しているのだろう」、「チームビルディングに力を入れているだろう、店長はスタッフのモチベーションのコントロールが上手そうだ」、といった印象を受ける人もいるでしょう。しかも、それらはどの店舗でもみられるものです。注意深い人なら、「利用客が居心地よく過ごせるよう、全員が考え行動し、それをチーム内で共有しアップデートしていく。このサイクルを通じて従業員自身も成長できる仕組みが整えられていそうだ」など、現場のレベルを超えた従業員育成の方針や仕組みに気づくのではないでしょうか。

社内に浸透する「ミッション」と「バリュー」

 こうしたスタッフの自発性はどのように培われているのでしょうか? 具体的な制度について考察する前に、全社で共有することの重要性について語られることの多い、スターバックスの「ミッション」(方針)と「バリュー」(行動指針)を確認しましょう。

OUR MISSION
「人々の心を豊かで活力のあるものにするために——

ひとりのお客様、1杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」

OUR VALUES
私たちは、パートナー(注:従業員のこと)、コーヒー、お客様を中心とし、Valuesを日々体現します。

お互いに心から認め合い、誰もが自分の居場所と感じられるような文化をつくります。

勇気をもって行動し、現状に満足せず、新しい方法を追い求めます。
スターバックスと私たちの成長のために。

誠実に向き合い、威厳と尊厳をもって心を通わせる、その瞬間を大切にします。

一人ひとりが全力を尽くし、最後まで結果に責任を持ちます。

私たちは、人間らしさを大切にしながら成長し続けます

 上記から、スターバックスは、おいしいコーヒーを淹れる、適切な接客を行うといったこと以上に、利用客がミッションに沿った感動を得られるようにすること、そのために各々の従業員が何をすべきか、自律的に考えられるようにすることを目指していることがわかります。全社でミッションを共有し、従業員がバリューを体現することで、顧客のリピートに良い影響を与えられるとともに、サービスに感化された利用客が従業員募集に応募してくれる。そうした好循環を生み出す点も見逃せないでしょう。

 スターバックスのCEOを務めた岩田松雄氏はある記事で、次のような興味深いエピソードを挙げています。スターバックスではいわゆるサービスマニュアルを策定してはおらず、ミッションに従って何をするのか、従業員自身が考え実践することを奨励している(つまり何をするかは個々の従業員に権限委譲している)というのです。彼自身もミッションを咀嚼し、「スターバックスの社員である前に人間として正しい判断をして欲しい。必ず私はその判断を支持するから。」と語っていたそうです。

人材育成制度と運用形態:採用・研修・配属後

 何よりもまず組織と従業員の方針を重視するスターバックス。では、ミッションを体現できる自立した従業員を育成するために、どのような制度を設計し、いかに運用しているのか、採用、研修、配属後と3つのステップに分けて確認したいと思います。一見非効率で負担の大きい育成制度ですが、対話ベースで従業員の「内発的動機」を引き出す仕組みが整備されていることが、ポイントであること知ることができます。

採用

 採用面接の過程から、応募者の価値観や内発的動機がスターバックスでは非常に重視されています。前者については、応募者が大切にしている価値観とスターバックスの価値観(バリュー)のマッチングを探ります。それが組織へのエンゲージメントにつながると考えられるからです。後者については、ここで働くことで自分を変えたい、ここで何かを成し遂げたいと考える応募者に注目しています。企業や業務に対する憧れを持った人が応募するケースも少なくないですが、面接ではその背後にある、個人的なモチベーション、つまり「内発的動機」の有無を確認するのです。

研修

 研修ではコーヒーの提供方法や掃除の仕方といったオペレーションマニュアルだけでなく、ミッションやバリューといったスターバックスのアイデンティティに根差した利用客とのコミュニケーションの在り方を学ぶことに高いウェイトが割かれています。(なお、スターバックスのアルバイトの研修期間は80時間に及び、長くても23日とされる一般的な飲食店のアルバイト研修期間とは比較になりません。)

配属後

 ミッションに掲げられた「コミュニティ醸成」、そして採用段階から重視される「内発的動機」を従業員育成に反映するにあたり、スターバックスはアドラー心理学に則り、「従業員の成長モデル」を策定しました。それはまず、この職場にいていいと思える「自己存在の証明」。次に、自分への期待が高まると自ら動き出す「自分に対する期待感」。そして最後が、自分だけでなく他者に影響を及ぼしたくなる「他者への影響」です。これらの行動をコミュニティに対するエンゲージメントの基礎とし、店舗、さらに地域へと波及できるようにするのです。

 従業員教育のフェーズにおいてはこれを4つに分割し、ミッションと個人の行動を関連づけるプロセスを形成しています。

「ミッションへの共鳴」——ミッションに共感し強いつながりを感じる環境に身を置くことで、ありたい姿を目標に設定できるようにする段階

「ビジョニング&ロールモデル」——店舗ごとにビジョンを掲げ、同じ目標を目指す仲間をロールモデルとすることで、目指す姿を明らかにする段階

「コーチング&フィードバック」——目標を達成するために、自らの努力とともに、周りのパートナーからのコーチング(サポート)やフィードバック(アドバイス)を得る段階

「内発的動機の醸成」——次はもっとこうしたい、こうなりたい、と自発的な成長意欲を誘発させる段階

 そして、このような数値化の難しい成果に基づいた従業員評価は、本人の設定した目標に対してどの程度達成ができたか、マネージャーらとの対話を通じた認識のすり合わせによって行われるのです(人事考課のように点数による評価が行われない点も特徴でしょう)。

 スターバックスは、目標とする自分の姿に近づくことができる機会を提供し、それに対する適切な評価項目を設定することで、従業員の意欲と成長を強く促すとともに、チーム、店舗、地域といったコミュニティへのエンゲージメントを高められるような仕組みを整えているのです。

おわりに:応用可能性

 スターバックスの事例から、人材育成においても、制度や運用を整える前段階として、企業が自らのミッションやアイデンティティを再確認し、価値観を明示すること、さらにそれを全社で共有できるようにすることが、最優先で取り組むべき課題であることがわかりました。これは従業員のモチベーションを高めることにつながるでしょう(誰しも、自身の業務の意義をクリアにし、押し付けではない「ミッションへの共鳴」ができるようにしたいものです)。従業員に対して成果やゴール達成を真っ先に求める企業も少なくないと思います。利益を出すため、組織を存続させるために、その観点は必要不可欠です。しかし、人材育成は、自社が何のために存在するのか、自らの存在意義・目的を明確することから逆算してなされるべきではないでしょうか。そのために、まずは経営者が、次に管理職が、そして従業員が、それぞれミッションやバリューについて、腑に落ちるまでディスカッションすることを提案します。

 加えて、従業員育成には、Z世代」の労働市場参入の本格化という社会状況の観点も見逃せません。調査から、概ね1990年代中盤から2000年代終盤までに生まれたこの世代には、多様な価値観や高い社会貢献意欲を持つなどの傾向があります。そして、彼ら彼女らの育成にあたっては、「仕事内容やその目的、ミッションを明示し、会社や社会にどう役立っているのかを伝えること」、さらに「対話型のフィードバックを欠かさないこと」が必須とされています。今後の企業発展において、スターバックスに代表されるいわばビジョン先行型の従業員育成モデルの役割は、ますます高まっていくと思われます。

 

【参考】

 

高嶋太郎

アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/アナリスト