
慢性的な人手不足、世界規模のコスト競争、そして上昇し続ける原材料価格。
日本のものづくりを取り巻く環境は、年々厳しさを増しています。
その一方で、製造現場では静かな変化が進んでいます。
AIが設計を補助し、検査を自動化し、工程を最適化する。
かつて熟練の職人の経験に依存していた判断や工程が、データとアルゴリズムによって再現され始めています。
品質のばらつきは減り、歩留まりは改善され、合理化によってコストは下がる。
この流れは今後さらに加速していくでしょう。
それ自体は歓迎すべき変化です。
しかし、その変化の先にある問いは意外なほど根源的です。
品質が揃い、コストが下がるとき、ものづくりの違いはどこに残るのか。
もし誰もがAIを使い同じ水準の品質を実現できるとしたら、
ものづくりは最終的に価格競争へと収束していくのでしょうか。
それとも、まったく別の競争軸が現れるのでしょうか。
私はここで、次の仮説が重要になると考えています。
AIは能力を拡張するが、差を生みだすのは「問い」である。
AIは人間の能力を強力に拡張します。
しかし同時に、その拡張された能力そのものは急速に均質化していきます。
設計も分析も、ある程度までは誰もが同じ水準に到達できる。
だからこそ重要になるのは、
その能力を何のために使うのか
という問いです。
そして、この問いこそが、
AI時代のブランドの核心になるのではないかと思います。
以前のブログ記事でも触れましたが
ものづくりの現場では、いまもなお人間の身体が重要な役割を果たしています。
熟練の職人が品質を判断するとき、
触れたときの感触
叩いたときの音
手に持ったときの重さ
わずかな色の違い
こうした身体感覚を頼りに「良し悪し」を見分けています。
これは単なる経験ではありません。
長い年月の中で身体に蓄積された知識です。
言葉では完全には説明できないが、確かに存在する知。
いわゆる暗黙知、あるいは身体知です。
しかし、この身体知には一つの難しさがあります。
それは
内側では自明の理であっても、外側には伝わりにくい
ということです。
本人にとって当然の判断でも、その意味が共有されなければ価値として認識されません。
だからこそ、身体知が言葉になる瞬間が重要になります。
その意味が
経営
ものづくり
営業
広報
といった組織全体で共有されたとき、
それは単なる技術ではなくブランドになります。
ブランドとは、
身体知の意味化の構造とも言えるのです。
すでに多くのものづくりの現場でAIが導入されています。
熟練者の判断パターンを学習することで、
人間の目では見逃してしまうような微細な傷や異常を検出できます。
「良」と「不良」の判断をAIが行い実行していく。
この状況を見ると、人間の役割はやがてなくなるのではないかという議論も出てきます。
しかしここには、一つの決定的な前提があります。
AIは
「良品とは何か」という基準を学習することはできます。
しかし
「何を良品とするか」を決めることはできません。
基準を定義するのは、あくまで人間です。
つまり関係はこうなります。
基準をつくるのは人間
基準を実行するのがAI
そして、この基準の質を決めるものこそが、
動機です。
人間とAIの最も大きな違いは、
体験から動機を生み出せるかどうか
にあります。
人間の動機は、多くの場合、具体的な体験から生まれます。
試行錯誤の経験。
顧客との出会い。
失敗や葛藤。
そうした経験の積み重ねが、
なぜこれをつくるのか
という問いの答えになります。
AIは条件を与えればそれらしい答えを生成することはできます。
しかし、その源泉となる体験や感情を持つことはありません。
だからこそ、動機は依然として人間の領域に残ります。

私たちith(イズ)の場合、その「なぜ」は
「たくさんよりも ひとつをたいせつに」
という言葉に集約されています。
この言葉は、最初から理念として作られたものではありません。
一組一組のお客様と向き合いながら指輪をつくってきた経験の中から紡ぎだされた言葉です。
表向きには見えませんが、
実際にそこに直面している我々には感じられる
不安、葛藤、その先の喜びといった様々な感情が織り込まれています。
動機とは、
体験と感情が結晶した意味なのです。
動機は単なるスローガンではありません。
それが組織の中で機能するとき、いくつかの変化が起きます。
まず、言語化が始まります。
自分たちの感覚を他者に伝えるためには、言葉にする必要があります。
仲間に伝える。
顧客に伝える。
動機があるからこそ、
「もっと理解してほしい」という欲求が生まれます。
次に、基準が更新され続けます。
大抵の場合、ものづくりの理想と社会や市場の現実の間には常に葛藤があります。
守るべき基準
変えるべき基準
この葛藤があり、それを越えようとするからこそ、基準は形骸化せず、生きたものとして更新され続けます。
そして更新を繰り返すうちに、それは社会との約束になります。
その言葉に惹かれて来店する顧客。
その思想に共感して集まる仲間(社員や取引先)。
こうして動機は内発的意味を超え、
社会的な関係へと変わっていきます。
ブランドとは、この関係の構造なのです。

AIが広げるのは能力です。
しかし、能力はやがて均質化します。
残るのは
問い
動機
意味
です。
なぜ、このものづくりを続けるのか。
なぜ、この基準にこだわるのか。
この問いが、人と人を結びつけます。
もしAIが理性の極致だとするならば、
その対極にある体験から生まれる感情や葛藤は、依然として人間の領域に残ります。
そしてその対極の存在によって
人と人を結びつけるものとしてのものづくり
が生まれるのではないでしょうか。

「あなたはなぜ、これをつくっているのか」
製品でもいい。
会社でもいい。
事業でもいい。
その答えが自分の言葉で語れるなら、
それがあなたのブランドの出発点です。
AIはその問いを代わりに考えてくれません。
しかし、その問いと向き合うところからブランドは始まります。
そして、その動機が共有されたとき、
それは企業と社会をつなぐ関係へと変わっていきます。
次回は「ブランドと関係性」について考えてみたいと思います。


アーツアンドクラフツ取締役/ブランド事業部長。NTTデータ、フロンティアインターナショナルにて、IT、広告・マーケティング領域を中心に、イノベーション・プロデューサーとしてB2B/B2Cを問わず新市場の開拓、新規事業の立ち上げなど多数のプロジェクトに従事。
著書『ふるくてあたらしいものづくりの未来– ポストコロナ時代を切り拓くブランディング ✕ デジタル戦略』クロスメディアパブリッシング