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ビジネスデューデリジェンスにおける外部環境分析-XRヘッドセット市場における動向-

【ビジネスデューデリジェンスを通して業界分析を学ぶ】

 M&Aを検討している企業が売手企業に対して行うデューデリジェンスは、主に法務デューデリジェンス、財務デューデリジェンス、ビジネスデューデリジェンスとその他のデューデリジェンスに大別されます。そのうちの1つであるビジネスデューデリジェンスは売手企業の将来性について様々な評価を統合した上で判断します。ビジネスデューデリジェンスを行う際の評価として外部環境分析を行いますが、この分析は、M&Aの場面だけでなく企業において事業計画を策定する際など自社の外部環境を分析する際にも行われている汎用的な分析です。本記事では、XR市場の急激な成長に伴い、目覚ましい成長が予想されているXRヘッドセット市場を例にコンサルタントの視点から外部環境分析を行う手法を述べていきます。M&Aや企業の経営企画などに携わる方にとってご参考になりますと幸いです。

 

【外部環境分析の目的】

 外部環境分析の目的としては、今後、対象市場の将来性が見込めるか否かという点について判断することにあります。外部環境分析においては、3C分析、ファイブフォース分析、PEST分析等様々なフレームワークが用いられていますが、今回はPEST分析、バリューチェーン分析を用いて外部環境分析を行っていきたいと思います。

 

【市場の定義】

 外部環境分析を行う上でまずは市場の定義を行います。市場の定義は、競合比較を行う上で、比較対象が同一条件であるかを確認するために行います。市場定義の確認は、他社や自社の商品・サービスがどういった点で差別化されているかを分析するために重要です。市場を定義する上で「誰に」、「どういったサービスを」といった点を明確に定義する必要があります。今回例に挙げたXRヘッドセット市場については、全体としてXRデバイス市場があり、それらはAR表示機器とVR表示機器に大別されます。そのうちの企業・一般消費者向けのヘッドアップディスプレイ、ヘッドマウントディスプレイの製造を行っている市場と定義しました。

 

XRデバイスの市場規模】

 続いて、対象業界の市場規模について把握します。市場規模については、市場レポートを参考にする方法や市場レポートから対象業界の市場規模に関する情報が得られない場合には、独自に市場規模を推定する方法があります。独自に市場規模を推定する際には、主にトップダウン分析とボトムアップ分析の2つの手法が考えられます。トップダウン分析では、公表されている市場データをもとに、市場全体の数値から、対象としない市場を除いていく形で市場規模を推定します。対して、ボトムアップ分析では顧客セグメントを積み上げた数字で市場規模を推計します。

 今回の例に挙げたXRヘッドセットの市場規模について、2020年時点では、BtoB向けを中心に展開されているAR表示機器市場(主にヘッドアップディスプレイ)は非常に小さく、BtoC向けの出荷が多いVR表示機器市場(主にヘッドマウントディスプレイ)の方が大きくなっています。市場の成長性については、2019年から2025年にかけてのCAGR45.6%と見込んでおり、高い伸長率であると考えられます。また、同様の傾向は、2025年以降も継続すると考えられ、2030年には約16兆円規模に達する見込みです。

 一方で、市場レポート等で公表している市場規模については、予想より下回るもしくは上回る可能性が考えられます。市場規模だけでなくそういった要素についても考慮するためPEST分析を行います。PEST分析とは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの観点から対象事業の機会とリスクを洗い出す分析方法になります。

 今回のXRヘッドセット市場において、Politics面では、現行法では仮想空間で起きた犯罪に対する対処方法や資産の取扱い等について法整備が進められていない状況です。そのため、法整備が遅れることにより、メタバースをはじめとした仮想空間上でのビジネスが普及する際の障壁となりうることが考えられます。

 Economy面では、当初よりもXRヘッドセットの販売価格は低廉化が進んできており、一般消費者が購入できる価格帯へと低下していくことが予想されています。対して、世界的な半導体不足により部品供給が十分に行われないことが考えられます。

 Society面では、労働人口の減少から遠隔より視野共有が可能なXRサービスを今後活用していくことが予想されるため、XRデバイス市場にとっては追い風であると考えられます。また、働き方の多様化が進んでいることや新型コロナウイルス感染症の際にリモートワークが普及したことからメタバースオフィスの普及が徐々に進行してくことが予想されています。

 Technology面では、企業や一般消費者が使用するにあたって、バッテリーの稼働時間やディスプレイの解像度、機器のサイズ面で課題を残しており、これらへの対応が求められています。

 

 

 

 次に、市場シェアについて見ていきます。市場シェアについては対象市場にどういったプレーヤーがいるのかを把握することで、競合分析を行う際にベンチマークとして活用することができます。

 XRヘッドセット市場では、市場シェアよりVRヘッドセットを製造・販売している企業でXRヘッドセット市場の上位が占められていることが分かります。2021年第4四半期において、Meta社がシェアの80%を占め、それにShanghai Lexiang TechnologyDPVR)社Pico Technology(Pico)社(20218月にByteDance社により買収)が続く形となっております。2020年第3四半期までもトップシェアを誇っていたMeta社ですが、第4四半期より市場シェアを第3四半期の2倍以上に相当する74%まで拡大しております。2020年の第3四半期より急速にシェアを拡大させた背景については、202010月にMeta社が発売したVRヘッドセット「Oculus Quest」より販売価格を100$下げた「Oculus Quest2(現Meta Quest2)」の販売を開始したことが考えられます。このことから、XRデバイス普及の課題である低廉化を進めたことによって一般消費者の購買が進んだことが考えられます。また、3社の製品に共通する点としては、スタンドアロン型(PCやスマートフォンと連携せず独立して起動することが可能)であることや廉価であることが挙げられます。

 

 

【バリューチェーン分析】

 市場規模に関する情報を基に、対象業界のバリューチェーン分析を行います。バリューチェーン分析では、サービス・製品が顧客に届くまでのフローを洗い出し、業界のメインプレーヤーはどこで付加価値(バリュー)を生み出しているのかについて把握することや自社と競合を比較する際の指標として活用することができます。

例に挙げたXRヘッドセット製造事業は、「研究開発」→「設計」→「製造」→「販売」→「カスタマーサービス」というフローで構成されています。

 研究・開発段階においては、スタートアップ企業との業務提携やMAが積極的に行われており、これらを通して自社の開発基盤を強化している傾向があります。XRヘッドセットを製造するにあたって、CPU処理性能、ディスプレイ解像度、センシング、ハプティクス連動といった様々な要素技術が存在します。多くの企業は、業務提携やM&Aを活用し、新技術開発のスピードを高めるとともに研究・開発、また新技術開発に伴う新たな製造ラインの立ち上げといったコストを削減していることが考えられます。

 製造段階において、Sony社Meta社、Pico社など多くの企業は、生産委託という形をとっていることが傾向として読み取れます。かつ生産委託についても欧米諸国と比較し人件費が安価である中国企業に生産を委託しており、このことから生産委託によって製造コストを削減していることが考えられます。

 バリューチェーンの下流にあるカスタマーサービスについては、消費者に購入後、様々なコンテンツを楽しんでもらえるよう、アプリストア等を展開しています。Shanghai Lexiang Technology社、Pico Technology社が連携しているアプリストア「VIVE PORT」(HTC社が運営)では、スタンドアロン型のVRヘッドセットがインストールできるアプリの数は333個(20229月時点)です。対して、Meta社は「Oculus Store」、「App Lab」と呼ばれるアプリストアを独自で展開しており、「Meta Quest2」において利用できるアプリの数は1,000個以上にもおよぶ大規模なプラットフォームとなっています。Meta社がトップシェアを獲得している要因の一つとして、VRコンテンツの充実度が高いことが考えられます。

 また、このアプリストアについては、販売金額に応じた一定の割合をアプリの開発者がプラットフォーマーに支払うシステムになっているため、デバイスの販売以外において、マネタイズモデルを構築し、収益を得ています。

 

 

XRヘッドセット市場におけるM&Aの事例】

事例1

・買手企業

Meta

 

・売手企業

Sonics社

 

・買収時期

20193

 

・取引金額

非公開

 

・事例内容

 Meta社(当時はFacebook社)が米カリフォルニア州シリコンバレーに拠点を置く、IPベンダーのSonics社を買収しました。Sonics社は、NoC(Network on Chip)や電力管理技術を専門とする非公開会社であり、当時、AppleGoogleといった大手IT企業は、自社用のSoC(System on Chip)の開発を積極的に行っておりました。背景としては、他社から調達する場合と比較して、自社の製品を製造する際に、ハードウェア、ソフトウェアの性能、消費電力、セキュリティ等のいずれに注力するのかを自社の裁量で決めることが可能となるためです。Meta社は、Sonics社の買収に伴いSoCの研究・開発ノウハウおよび技術を持つ企業と連携し、自社でSoC開発を行うことで他社と差別化を図る目的があったと考えられます。

 

事例2

・買手企業

Microsoft社

 

・売手企業

ACTIVISION BLIZZARD社

 

・買収時期

20193

 

・取引金額

687億$

 

・事例内容

Microsoft社では、「hololens」シリーズを代表とするXRヘッドセットの開発を行っております。今回は、「Call of Duty」や「WAR CRAFT」といった人気ゲーム開発を行っている米大手のゲーム企業であるACTIVISION BLIZZARD社を買収しました。

背景としては、現在多くの企業が競って開発を進めているメタバースプラットフォーム事業があります。同社が手がけるゲーム事業の拡大とともに、現在推進しているメタバースプラットフォーム開発に際して、大手ゲーム会社を買収することによりコンテンツの充実度を高め消費者を獲得していく狙いがあると考えられます。

 

【まとめ】

 労働人口の減少に伴う業務効率化に対するニーズや働き方の多様化による高度化したリモートワークに対するニーズ等、XRヘッドセット市場における需要は高まっており、これらに対して、機器性能の向上と低廉化が進むことによって市場規模は拡大していくとみられています。市場シェアはMeta社、Shanghai Lexiang Technology社、Pico Technology社が上位を占めており、競争優位性を確立するためには、研究・開発の段階で他社と協業、M&Aを実施し、コスト削減およびスピードアップを図ることやカスタマーサービスにおいて、コンテンツの充実度を高めることが鍵となると考えられました。

 

 

【参考】

 

安田 武蔵

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト