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In-Out型のクロスボーダーM&Aの特徴

はじめに

コンサルタントとして様々な企業のプロジェクトに携わる中で、それぞれの企業組織に人格や性格があるように感じることがあります。企業組織の維持/成長のための機能を担う社員の方々は、一見機械的に働いているように見えても、ふとした瞬間に個性を覗かせます。そういった個性や性格の総和が、「企業文化」という名の、組織のいわば人格や性格のようなものを醸成しているように伺えるのです

そう考えると、企業同士が一つになるM&Aというのは、見ず知らずの人間が突然結婚するようなものかも知れません。譲渡する側も譲受する側も、互いに気遣い合い、多くの性格や嗜好の違いを乗り越えなければならないのです。そんなM&Aの中でも一際困難を極めるといわれるのが「クロスボーダーM&A」と呼ばれる形のM&A です。

 

クロスボーダーM&Aとは

クロスボーダーM&Aとは、国境を越えて行うM&Aを指します。具体的には、譲渡企業或いは譲受企業のどちらかが外国企業である場合、クロスボーダーM&Aと定義されます。

クロスボーダーM&Aは更に2つに分類することができます。国内企業が外国企業を買収する「In-Out型」と、外国企業が国内企業を買収する「Out-In型」です。日本における近年の傾向として、In-Out型のM&Aの買収先は欧米の企業が多く、Out-In型のM&Aの主体は中国企業であることが多いです。

本記事では2つのクロスボーダーM&Aのうち、In-Out型のクロスボーダーM&Aの特徴について述べていきたいと思います。

 

 In-Out型クロスボーダーM&Aの特徴

規模の大きさ

M&Aの件数は、近年一貫して増加傾向にあり、2019年には4,088件と初めて4,000件を超えました。そのうちクロス―オーバーM&Aは約26.2%1,088件であり、その中でIn-OutM&Aの件数は826件と、全体の20.2%に過ぎません。

しかし、日本企業による日本企業の買収(In-In型)の平均のM&A金額が204千万円であるのに対し、Out-In型の場合584千万円、In-Out型の場合1256千万円にも上ります。国内企業同士のM&AよりもクロスボーダーM&Aの方が規模が大きく、クロスボーダーM&Aの中でもOut-In型と比較してIn-Out型の方が明らかに規模が大きいことが読み取れます。

この理由は大きく3つあると考えられています。

 

エントリー・プレミアムの存在

企業がそのM&Aによって初めて対象国市場に参入する場合、割高な買収プレミアムを支払う「エントリー・プレミアム」という慣習が存在します。これは海外に限った事象ではなく、海外企業が日本に参入する場合も、このエントリー・プレミアムを支払うことになります。

このエントリー・プレミアムにより、同規模の企業を買収する場合でも、国内企業同士のM&AよりもクロスボーダーM&Aの方が買収金額が高くなるのです。

 

巨大企業による大型買収の存在

一部の巨大企業の海外戦略投資としての大型M&Aが、クロスボーダーM&Aの中でもOut-In型に比べてIn-Out型の平均額を引き上げているという側面があります。

近年の代表的な大型買収の例として、20197月にアサヒグループホールディングスがベルギーのAnheuser-Busch InBev SA/NVグループのオーストラリアのビール製造販売事業を取得した例が挙げられます。この事例では、アサヒグループは計123社もの同グループ内の関連する企業を買収し、総金額は約12,096億円に上りました。

この金額は2019年の日本企業による買収金額ランキング1位となっており、 2019年の平均M&A金額を大きく引き上げています。

 

投資金額の大きさ

後述する難易度の高さもあり、In-Out型のM&Aには、FAを筆頭として外部専門家の参画がほとんど必須です。プロジェクトは事前準備からPMIまで長期に渡って続くため、人件費だけでも相当のコストが必要とされます。加えて、システムやロジスティクスの統合に要するコストも決して少なくなく、またM&Aプロジェクト失敗のリスクも考慮に入れざるを得ません。

それらを鑑みると、そのコスト/リスクに見合うだけのリターンメリットが見込まれるような大企業のみが買収ターゲットとなり、それに伴って必然的に平均の買収金額も増大する傾向があります。

 

難易度の高さ

PwCアドバイザリー合同会社と一般社団法人日本CFO協会が実施した「M&A実態調査2019」によると、買収した企業の業績が買収当時の計画を上回って推移しているのは12%に過ぎず、36%の企業で当初の計画を下回っているとのことです。

M&Aプロジェクトは非常に複雑なプロジェクトであり、様々な観点から多種多様な原因を挙げることが可能ですが、全ての原因は大きく「買収前の企業価値の誤認」「買収後の企業価値の毀損」2つに集約されます。

 

買収前の企業価値の誤認

M&Aの基本合意書に調印した後、事業観点、法務観点、人事観点などから様々な角度からDDを行い、売り手企業の実態とリスクを正確に把握する必要があります。しかし、ターゲットが海外企業の場合、企業価値を誤認してしまうことが往々にして発生します。

その原因の一つとして、最近の海外大型案件は基本的に売り手市場で、かつ複数の買い手で競い合うオークション形式のケースが多くなってきていることが挙げられます。そこでの DD は、極めて時間が制限され、十分な情報が出てこない中で行われ、大きい案件でも数週間から1~2か月で終わらせることが求められます。

積極的なM&A戦略により事業規模の拡大を推進していることで知られるLIXILでも、20141月に買収した独Joyou AGの粉飾決算を見抜けず、20156月に最大662億円の損失を計上すると発表しました。これは、数年にわたる不正会計を、Jouyu AGの創業者自ら行っていたという悪質なケースでした。LIXILは2011年にイタリアの外壁大手ペルマスティリーザを買収したり、2013年に衛生陶器大手のアメリカスタンダードを買収したりと、In-Out型のM&Aについては多くの実績/経験のある企業でしたが、この件によって大きな損害を被っています。

ここまで大きな損害が発生するケースは稀ではありますが、 DDで発見したリスクを買収前に是正できなかったり、粉飾決算を見逃してしまう可能性が高いです。その場合、買収先企業の実態と比較して過大な金額の支払いが必要となる上、買収後にも大きな損失を被ることになってしまいます。

 

買収後の企業価値の毀損

真のM&Aの成功は買収後の動向に掛かっているといっても過言ではありません。最高の企業を最高の価格で買収できたとしても、その後のリスクマネジメントやPMIを疎かにしてしまえば、すべてが水泡に帰すことになります。特に国境を超えて企業を買収した場合、市場や現地企業の動向について買収元の経営陣の判断が遅れることが多くあり、それが企業価値の毀損に繋がることがあります。

代表的な例が、2006年の東芝のウェスチングハウス・エレクトロニック・カンパニーの買収です。当時約6,600億円で買収されたウェスチングハウス・エレクトロニック・カンパニーは、英国原子燃料公社の保有する原子力関連企業であり、東芝の原子力事業の海外展開の端緒となるはずでした。

しかし、20113月の東日本大震災による津波被害で発生した東京電力福島第一原子力発電所事故により、ドイツが脱原発に踏み切るなど、世界の原子力ビジネスの潮流は大きく変わりました。本来であれば、TOPによる経営方針の修正が入るべきタイミングでしたが、判断が遅れ、長年にわたって東芝に7,000億円以上の損失をもたらすことになります。

最終的にウェスチングハウスは経営破綻し、20187月にわずか「112円」でカナダ系投資ファンドのブルックフィールド・ビジネス・パートナーズに売却されました。

他にも、PMIを疎かにしたために想定していた相乗効果が得られなかった、丸紅の米国ガビロン社の買収など、In-OutM&Aが買収後の企業価値の毀損によって困難な状況に陥ったケースは数多いです。

 

おわりに

今回はM&Aの中でも特に難易度が高いとされるIn-Out型のM&Aの特徴について述べてきました。大規模化する傾向のあるIn-Out型のM&Aは、非常に注目されやすく、買収成立時には堂々と新聞の1面を飾ることもしばしばです。しかしその難易度の高さ故、実際にM&Aを成功裡に導けたケースは、そのうちのほんの一握りに過ぎないこともまた事実です。

今後の日本経済の発展のためにも、In-Out型のM&Aはますます重要になってきます。日本企業の経営企画部のM&A担当者、或いは我々のようなDDに従事するコンサルタントは、M&Aを目的化することなく、本記事に挙げたようなリスクを常に念頭に置くことが求められるでしょう。

 

【参考】

 

 

鈴木勇剛

アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/コンサルタント
防衛省自衛隊において幹部自衛官として3年間勤務し、その後アーツアンドクラフツに参画。新規事業領域の調査/計画から、BPRや海外マーケティングを始めとする実行支援まで、多岐に渡るプロジェクトにおいて顧客へ価値を提供している。全体最適を念頭に置いた戦略的発想に優れ、常時顧客とフェーシングしてきた経験から柔軟なプロジェクト推進が可能。