2020年は、コロナの感染拡大によりさまざまな企業の環境が一変した年ではないしょうか。このような事態は、企業にとって危機的な状況をもたらす一方で大きく成長する機会でもあります。環境変化を機会として捉え、M&Aなどを用いて事業の改編を実施している企業もあります。現に、日本におけるM&A取引金額を見ますと、2020年が11兆円と過去2位(1位は2018年の13兆7,836億円)でありました。
M&Aが活発に行われた2020年において、とりわけ注目すべき業界として半導体業界があります。半導体業界のM&A取引金額は、2015年の1,070億ドルをピークとして、2019年までは、260億ドル~600億ドル間で推移してきました。しかし、2020年のM&A取引金額は、過去最高であった2015年を超えて1,180億ドルを記録しました。加えて、半導体市場は、米中摩擦を背景にした企業による半導体の備蓄需要の増加や自動車需要の急回復による自動車向け半導体不足等の要因から需要超過が2023年まで継続し、高い確率で成長すると考えられます。
本記事では、半導体業界において、2015年以降に発生した取引金額が大きいM&A事例から今後の半導体業界を考察していきます。
半導体とは、シリコン等の導体と絶縁体の中間に位置する物質にトランジスタや集積回路を組み込んだものの総称です。半導体は、一般的にロジック半導体デバイスのCPUやGPUとメモリー半導体デバイスのDRAMに分類することができます。本記事における半導体は、ロジック半導体デバイスを半導体と定義します。また、ロジック半導体デバイスは、主に自動車、スマートフォン、PC、家電製品などに使用されています。
半導体業界は、3つのセグメントに分けられており、半導体の設計/開発、生産、流通を担う企業から成り立っています。
各セグメントの概要は、以下にて説明します。
半導体の設計/開発とは、半導体を利用する製品や利用目的に応じて、システム設計やロジック設計を行うことです。サーバーで利用される半導体は、長時間の稼働に耐えられるように設計されます。一方で、ゲーム等に利用される半導体は、並列処理に特化したものとして設計されます。
半導体の設計/開発を担う世界の大手企業として、Broadcom、Qualcomm、NVIDIAが挙げられます。
半導体の生産とは、設計された半導体仕様を基に素材であるシリコンに「成膜」、「コーディング」、「エッチング」等の複雑な工程を経て、CPU或いはGPUとして製品化することです。
半導体の生産を担う世界の大手企業として、Intel、Samsung Electronics、TSMC等が挙げられます。
半導体の流通は、生産された半導体が企業或いは消費者の手元に届くまでを指します。一般的に半導体の設計/開発会社が半導体メーカーと直接取引を行うため、半導体の流通において商社/卸売が介入するのは、中小規模の取引に限定されます。例えば、アップルのCPUは、アップルで設計を行い、生産をTSMCに委託し、生産されたCPUの流通を再びアップルが担当します。
半導体業界では、設計/開発のみを行うファブレス企業が主流でありますが、設計/開発、生産、流通の全てを担うIntelやSamsungのような垂直統合型デバイスメーカーなども存在します。また、半導体の生産装置メーカーや半導体の生産材料供給メーカーも半導体業界において大きな役割を担っています。
半導体の生産装置メーカーであるオランダのASMLや日本のレーザーテックなどは、独自技術により、寡占的な市場を作り上げています。主要な半導体の生産材料供給メーカーである信越化学工業、住友化学、昭和電工等の日本企業は、半導体素材の市場シェアの5割以上を占めています。
半導体業界において、2015年以降にM&A取引金額が大きい買収案件を取り上げて説明します。
【譲渡先企業】
AvagoTechnologies(設計/開発企業)
【譲渡元企業】
Broadcom(設計/開発企業)
【買収時期】
2015年5月
【取引金額】
336.8億ドル
【事例概要】
買収案件の目的は、AvagoTechnologiesが半導体の通信分野における市場シェア拡大です。
AvagoTechnologiesは、光ファイバー等を利用した有線通信デバイスの半導体設計/開発に強みを持つ企業でしたが、通信分野における事業拡大のために買収先を模索していました。そうした中、無線通信デバイスの半導体設計/開発に強みをもつBroadcomの買収に踏み切りました。
※AvagoTechnologiesは、Broadcomを買収後、地位名度の高いBroadcomに社名変更
【譲渡先企業】
NVIDIA(設計/開発企業)
【譲渡元企業】
Arm(設計/開発企業)
【買収時期】
2020年9月
【事例概要】
買収案件の目的は、NVIDAがCPUのアーキテクチャに関する技術を獲得することで、事業領域を拡大することです。
以下、NVIDAが公式に発表した目的の抜粋です。
NVIDAは、PCゲームやAIに使用される並列処理を得意とするGPUの設計/開発に強みを持つ企業です。一方で、Armは、アンドロイドやアップル等のスマートフォンで使用される命令セット・アーキテクチャのライセンス販売を行う企業であり、CPUの設計に強みを持つ企業です。
【譲渡先企業】
AMD(設計開発企業)
【譲渡元企業】
Xilinx(半導体設計開発)
【買収時期】
2020年10月
【買収金額】
350億ドル
【事例概要】
買収案件の目的は、AMDがFPGA(データセンターに利用される半導体)の最大手であるXilinxを買収することで、データベースやHPC(スーパーコンピューター)等の事業領域を拡大することです。AMDは、Ryzenシリーズ等のコンピューター向けCPU製造に強みを持つ企業です。Xilinxは、成長分野であるデータセンターや航空宇宙産業などに強みを持つFPGA、SoCの設計/開発企業です。
上記で取り上げたGPUの設計/開発の大手であるNVIDIAがArm社を買収した事例やCPUの設計/開発の大手であるAMDがXilinxを買収した事例から見ますと、大手半導体設計/開発企業は、自社が強みを持つ特定の半導体設計/開発市場の他に新しい半導体設計/開発市場も取り込もうとする傾向にあります。この傾向がコロナ後も継続しますと、現在寡占的市場であるPC向けCPUやGPU市場の他にスマホ向けCPU市場でも数社による寡占的な市場環境になると考えられます。
2020年度時点において、スマホ向けCPU(SoC)市場は、Media Tek 、Qualcomm、HISILICON、Samsung、Appleの5社で競合しています。この市場でも、大手企業による企業或いは事業買収が発生し、PC向けCPUと同じく2社程度による寡占市場になる可能性があります。
今回は、半導体業界の構造や2015年以降に発生した取引金額が大きいM&A事例から半導体業界の今後について考察してみました。今後も、本ブログにて業界分析やM&A事例を取り上げた記事を投稿していきます。本記事の業界分析やM&A事例から貴社の事業戦略の見直しに役立てていただければと存じます。
【参考】
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト。