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製薬業界におけるデジタルマーケティングの可能性

コロナ渦における医薬品業界

国内の主要製薬企業18社の202049月期決算は、8社が減収、10社が営業減益(うち2社は営業赤字)となり、18社の売上高は合計で前年同期から5%減、営業利益は13.4%減という結果になっています。その背景には、各社の主力製品はおおむね堅調に推移した一方で薬価改定やCOVID-19による市場の停滞が挙げられます(一部COVID-19による新薬研究開発の遅延による特別損失を計上している企業も存在)。

そのため、製薬企業各社は自社のリソース分配について再検討し、大きな変革が必要となっています。そこで、本ブログではCOVID-19の影響で従来のような対面での営業が出来なくなりその存在意義を問われているMRについて注目し、製薬業界におけるデジタルマーケティングについて考察してみたいと思います。

 

MRMedical Representative=医療情報提供者)の意義

製薬企業の営業担当であるMRは、病院やクリニックに訪問し、医療従事者に対して医薬品に関する情報提供を行うこと(ディテーリング)がメインの役割で、基本的には対面で医療従事者と会話し、関係性を構築することに従事してきました。しかし、近年はIoT技術等の発展によって医療従事者が情報を取得するソースは大きく変化してきており、人海戦術でマーケティングを行う製薬企業の効率性を問う議論が巻き起こっています。また実際に、その傾向はMR総数とMR認定試験合格者数および製薬企業各社におけるMRのリストラにも現れており、製薬企業各社がMRのあり方について再考していると思われます。

  • MR総数: 2013年の8千人をピークに2014~2019年にかけてCAGR-2.3%で減少傾向です
  • MR認定試験合格者数: 2014~2019年にかけてCAGR-17.4%で減少傾向です
  • 実際に、一部の製薬企業各社はすでにMRのリストラに踏み切っており、例えばイーライリリーは2020年に全MRの約1割に当たる約200名をリストラ。加えて、こうしたリストラの動きは今後も必要に応じて発生することが予想されます

 

 

 

 

以下は、MRに関する各種調査

  • 現在の日本において、MRを介さなくても85%以上の医師にリーチすることが可能(2018年時点の情報)
    • MRを唯一の情報源としている医師は15%未満(比較的高齢の定年に近い医師が大半)
    • 40%の医療従事者はデジタルを第一次情報源としており、85%以上の医療従事者はデジタルを第一次または第二次情報源として活用
  • デジタルを活用した営業(非対面型営業)は主たる販促チャネルとして効果が高く、医師が既にデジタルにエンゲージしている場合、営業担当者の効果は限定的
    • 6ヵ月間にわたり売上伸長率データを収集したところ、営業担当者がさらにディテーリングを行ったとしても、売上げ伸長への貢献度はわずか10%
  • 従来のMRによるディテーリングの効果は年々減少している一方で、eディテーリングの効果は増加傾向
    • MRによるディテーリング: MRから医薬品に 関する情報提供を受けたことで処方を変えた医師の割合は減少傾向を示しており(2014年は20~30%2016 年は15~20%)、統計モデルでは2018年には1桁台後半まで落ち込むと予測されます
    • eディテーリング: オンラインツールを介して医薬品に関する情報を収集した後に処方を変えた医師の割合は2014年・2016年いずれも10~15% となっており、この割合は今後も横ばいで推移すると推察されている。そのため、2018年には従来のMRによるディテーリングとeディテーリングの効果の差はほぼなくなることが予想されます
  • また、上記のリサーチ結果に加えてCOVID-19の影響によって製薬企業が半ば強制的に従来の営業方法を変革する必要性に迫られていることも念頭に置く必要があります。例えば、MRへのヒアリングに基づくと製薬企業各社は昨年20203月に政府から緊急事態宣言が発出される以前の20202~3月時点から、自主的または医療機関からの訪問規制によってMRによる従来の対面型営業を自粛しています(現在は医療機関にもよりますが、訪問規制がある程度解除されつつあります)。

 

製薬企業各社による非対面型コミュニケーション

代表的な製薬企業の非対面型コミュニケーションに関する取組状況を以下3点についてまとめてみたところ、製薬企業各社によって取り組み状況に差が生じており、Pfizerのみが3つ全てをカバーしていることがわかります(調査は202012月に実施)。実際に、ヘルスケア領域専門の調査会社である社会情報サービス(通称:SSRI)とエムスリーが実施した調査結果によると(20205~8月にエムスリーの会員医師2196人を対象に実施)、医療従事者の情報取得元を「MRのみ」・「MR+デジタル」・「デジタルのみ」に分類すると(チャネル合計=100%)、「デジタルのみ」の割合においてPfizerは武田薬品工業に次ぐ第二位に位置していることから、eディテーリングに注力していることがうかがえます(Pfizerの「MRのみ」の割合は調査対象企業内で最も低い8%)。

  • 医療関係者向け自社サイト
  • チャットボット
  • リモートMR

しかし、製薬企業各社による非対面型コミュニケーションは実装の初期段階にあることから、対面型コミュニケーションとの相互作用については検討半ばであり、改善余地が大いにあると推察されます。

 

製薬企業におけるデジタルマーケティングにおいて直近で取り組むべきものは何か

デジタルマーケティングにおいて、顧客にあったコンテンツを提示することは費用対効果を高めCV(コンバージョン)を高めるために重要になります。これは、製薬業界においても共通していることから、製薬企業各社においても顧客プロファイルを作成し顧客が求めているコンテンツを提供できる仕組みを構築することが最初に取り組むべきタスクと言っても過言ではありません。

添付スライドの顧客プロファイル例では、簡易的に下記3つの項目で顧客プロファイルを作る構成にしておりますが、必要に応じて構成要素を追加することでより精緻な顧客プロファイルへと変化させることが可能になります。

  • ステージ: 「認知」→「興味関心」→「比較検討」→「購入」→「利用」から構成される顧客の購買/利用に至るまでのフロー
  • 顧客接点: 「いつ」・「どうやって」の観点に基づいた顧客へのアプローチ方法
  • 顧客行動: 「何を」の観点に基づいた顧客を購買に導くために必要と想定とされるコンテンツ。将来的には、製薬企業側で想定した顧客行動が実際と相違ないかどうかを確認するとなお良い(医療従事者ごとに固有のIDを割り振って管理する等)

顧客プロファイルを作った後に確認すべき事項はいくつかありますが、ここでは2つに絞って記載したいと思います。1つ目は、顧客行動に記載したコンテンツ等を自社が保有し効果的な運用ができているかを確認することになります。例えば、チャットボットが顧客を購買に導くために必要なのであればチャットボットの導入や改善を行う等が該当します。また、各コンテンツの有効度を図るためにそれぞれのコンテンツに対してKPIを設定し、PDCAを回すとさらに効果的になります。2つ目は、各ステージにおいて顧客の離反が起きている箇所を特定し改善を図ることです。例えば、「比較検討」→「購入」に移行するためには「対面営業」のみで十分と製薬企業側が考えていたとしても、実際には「医薬品卸企業の営業担当によるフォローアップが必要」であることがわかれば、随時顧客プロファイルを改善し顧客の離反を防ぐことが必要になります。

次に、コンテンツ同士の関係性について目を向けると、「プレスリリース」で認知ステージに入った医療従事者を効果的に「企業サイト」に誘導する構成にコンテンツが作成されているか、顧客が離反する可能性が高まった際にMRを派遣して防止することが出来るようなシステム連携が成されているか等の視点が必要になります。つまり、例えばAIを活用した「チャットボット」を導入して満足するのではなく、「チャットボット」への流入を増加させる方法とチャットボットの次のコンテンツへ顧客を誘導する仕組みづくりが必要です(このケースの場合は、チャットボットに関するKPIは顧客の利用数や次のコンテンツに移行した%と設定することが妥当)。

最後に、上記の製薬企業におけるデジタルマーケティングを踏まえた上でMRの存在意義について考察してみると、現段階においてMRは製薬企業に必要な存在であるということはまず間違いなく言えることでしょう。なぜなら、MRによる「対面説明」を希望する医療従事者が一定数存在しており、顧客の離反を防ぐために必要だと想定されるからです。しかし、医療従事者側がオンラインに慣れてMRによる「対面説明」よりもオンラインコンテンツを支持する時代が訪れる時が近づいていると言えます。そのため、製薬企業各社は今からデジタルマーケティングの有効活用について検討および先行投資を行うことで将来的な優位性を構築することが必要ではないでしょうか?

 

【参考】

https://www.mckinsey.com/jp/~/media/McKinsey/Locations/Asia/Japan/Our%20Insights/The%[…]%20imperative%20for%20pharma%20in%20Japan%20-%20Japanese.pdf

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中里大帆

アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/コンサルタント
2019年に入社しC&S事業部に参画。外資系企業の日本参入支援や新規事業策定支援等の経営戦略コンサルティング案件の実績を多数保有。