「D2C(Direct to Consumer)」とは、ブランドやメーカーなどが自社で企画・製造した商品を、消費者へ直接的に販売する仕組みのことを指し、流通業者を通さずに自社ECサイトなどで販売することが特徴として挙げられます。「B2B(Business to Business)」・「B2C(Business to Consumer)」との違いは、「B2B」・「B2C」がいずれも、「誰と誰の取引か」を表す用語であるのに対して、「D2C」は「消費者とのつながりや販売方法を含む取引形態」を表している点にあります。また、「D2C」と類似している用語である「SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)」は、企画から製造、販売を一貫して自社ですべてを行うビジネスモデルを指しており(ユニクロ・GAP・ZARA等)、「D2C」が自社ECサイトを軸にしているのに対して、「SPA」は店舗を軸にしています。つまり、「D2C」と「SPA」の大きな違いは、最終的に顧客に商品を販売・流通する方法の違いにあります。
「D2C」が急速に注目を浴びている背景は、「SNSの普及」と「ECサイトの普及」の大きく2つが存在しています。前者は、SNSによってブランドやメーカーが顧客に直接アプローチができる環境が整ってきたことを意味しています。また、AIやビッグデータ等の解析技術の進歩によって価値が高まっている消費者データを、企業がマーケティング資源として保有することができる点は企業が「D2C」を行うメリットになります。次に、後者は消費者のECサイトで購入することに対する抵抗感低下を意味しています。例えば、アパレル業界の場合、従来は「店舗訪問→(試着→)購入」という購買フローが大半を占めていましたが、現在はECサイトのみで購買を完結させる消費者が増加しています。加えて、コロナの影響によって今後もD2Cがさらに浸透することは容易に想像できます。
顧客の購買行動は常に費用対効果によって判断されるため、「消費者は少々高くても自分にとって価値があると思えるものにはお金を使う」という顧客志向の基本原則は常に留意しておく必要があります。一方、企業が保有しているデータは購買情報・属性情報等に限定されていることから、顧客の価値観を真に理解することは企業にとって大きな課題となっています。
この課題を解決するために様々な取り組みが実施されていますが、本ブログではその中でも日本総合研究所によって開発が進められている「subME」について簡単にご紹介すると同時に、次世代のデジタルマーケティングについて考察したいと思います。
デジタルツインとは、Society5.0によって提唱されている「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の融合」を意味しており、サイバー空間に蓄積したフィジカル空間の情報をAIによって解析したのちにフィジカル空間にフィードバックすることで、新たな価値を産業や社会にもたらすことが期待されています。例えば、飛行機エンジンの状況をセンサーでリアルタイムに計測し、修理が必要なタイミングをAIによって解析することで、ダウンタイムやコスト削減につなげている事例などが挙げられます。
一方で、日本総合研究所を中心に開発されている「subME」は、飛行機エンジン等のモノではなくヒトのデジタルツインに着目している点が大きく異なります。「subME」はユーザーとAIの会話や内蔵カメラを介してフィジカル空間のデータを収集し、サイバー空間にユーザーの価値観等を再現したデジタルツインを構築しています。
「subME」のサービス概要は以下の通りで、大きな特徴は高齢者が認知症等を背景に自ら意思決定や意思表示が出来なくなったときに、subMEを利用することで「ユーザーだったら~と考えていただろう」という推測を導き出すことにあります。(情報収集方法等の詳細は本ブログでは割愛いたしますので、興味がある方は日本総合研究所HPをご覧ください)
メインターゲット: 高齢者
提供機能:①高齢者の動機付け(運動や社会活動等)②価値観等のユーザー固有情報の蓄積・活用
提供開始予定日: 2021年秋(実証実験はすでに実施済み)
まず初めに、「subME」のビジネスへの活用可能性について実証実験の内容をもとに考えていきます。2021年の2/1~2/28に実施された実証実験では、ユーザーの価値観形成×学習コンテンツによる気づき促進をセットで提供していることが特徴的です。また、ユーザーからの質問等を受ける広島銀行は、subMEによってユーザーごとの微妙な価値観の違いや、ユーザー自身も気づいていない価値観を従来よりも正確に把握できるため、ユーザーが納得してお金を払うサービスを提供することが可能になります。
実施場所: 広島県内
実施期間: 2021年2月1日(月)~2月28日(日)
実証参加者: 広島県内に居住する60代から80代の高齢者 約20人
実施主体: CONNECTED SENIORS コンソーシアム2020(主催: 日本総研)
実証協力企業:株式会社広島銀行(コンソーシアム参画企業は、アインホールディングス株式会社・NECソリューションイノベータ株式会社・燦ホールディングス株式会社・株式会社三井住友銀行)
対話サービス:タブレットを介した一日二回のオペレータとの会話
学習サービス:「お金」・「身じまい」・「住まい」・「健康」の4つのテーマから、将来の備えに関する考えを整理
共有・相談サービス:対話サービスや学習サービスを通じて、実証実験の参加者がさらに知りたいと感じたことややりたいことを自ら整理して記入し、外部(広島銀行)に共有・相談することが可能
次に、「subME」のような人の価値観をデジタルツインとして再現するサービスが実現することによって、デジタルマーケティングがどのように変化するかについて考えてみましょう。例えば、Amazonでは購買情報や閲覧履歴等に応じてユーザーにレコメンドする機能がありますが、仮にそれら機能とユーザーの価値観を掛け合わせたレコメンドが実現すれば、ユーザーの購買体験は大きく改善されることが推測されます。また、将来的に「subME」に蓄積されている情報をブランドやメーカーが利用することが可能になれば、顧客志向を実現したD2Cを具現化出来る確率が飛躍的に増加することが予想されます。
2018年にEUで施行されたGDPR(一般データ保護規則)では、21世紀の人権宣言と呼ばれている「データポータビリティ権」が提唱されており、従来のようにGAFA等のプラットフォームを有する企業が消費者(個人)のデータを保有する権利をもつのではなく、消費者にデータの保有権を戻す取り組みが実施されています。また、国内においてもPDS(Personal Data Store)・情報銀行といった用語が話題に上がる回数が増加傾向にあります。そのため、近い将来には顧客志向の企業(消費者がデータを提供することのメリットを感じる企業)であることがデータを収集しデジタルマーケティングを行うための前提条件になる可能性も少なからず存在しています。
D2Cにおけるデジタルマーケティングでは、どれだけ顧客志向を実現できるかによって成功可否が決まります。そのため、常に顧客のことを考える習慣を形成することからスタートしてみることが、D2Cにおけるデジタルマーケティングの第一歩となるのではないでしょうか?
【参考文献】
アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/コンサルタント
2019年に入社しC&S事業部に参画。外資系企業の日本参入支援や新規事業策定支援等の経営戦略コンサルティング案件の実績を多数保有。