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増える半導体業界のビジネスデューデリジェンスの中身とは(製造装置部品事業の事例)

初めに:進む再編、増えるBDD

 熊本のTSMCの誘致で盛り上がりを見せている半導体業界ですが、政府系ファンドによる買収など、半導体業界ではここ数年で再編の動きが盛んになっています。

 生成AIや自動運転など、次世代技術の社会実装に欠かせない半導体は、国家安全保障と経済発展の両方の理由から、各国が国策として政府が大きく力を入れています。

 日本でも半導体セクターの再建を目指した広範な戦略として、政府、企業、ともに買収や大型投資などによる企業の長期的な存続可能性の確保に重点を置いており、特に日本が高いプレゼンスを誇っている半導体製造装置関連市場でこうした動きが見られます。

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2208/19/news038.html

 

我々コンサルティング企業としても、半導体企業のMA関連(特にビジネスデューデリジェンス=BDD)のプロジェクトは増えていると実感しており、半導体製造装置部品であるMFC(マスフローコントローラ※1)に関するBDDを実施する機会がありましたので簡単にご紹介したいと思います。

※1:半導体製造工程での薬液やガス流量制御を行う機器(後段参照)

MFCについて(前提)

MFCは半導体製造工程での薬液やガスの流量制御を行う機器です

MFCは半導体製造工程のうち、主にエッチングや成膜、ドーピングのための装置に搭載される重要部品です。

https://www.brooksinstrument.com/ja-jp/products/mass-flow-controllers

 

これら半導体製造装置では、複数の反応ガス、不活性ガス(窒素・アルゴン等)を制御・供給することが必要であるため、一つの装置に数個~10数個程度のMFCが搭載されます

特にエッチングは、他工程と比べ、よりナノレベルの高精度や微細化が求められるためMFCの数が多くなりやすいです。

 

また、半導体製造装置におけるMFC製品のコストインパクトは小さい(10%程度)ですが、クリティカルな部品で、歩留まり低下に直結するパーツのため、MFCには高い精度(応答性や均一性など)が要求されます。

 

高速性

反応炉におけるプロセスガスを高速に切り替えて、素早く流し込みたいガスを供給することが重要

切り替えのタイミングは反応炉と物理的に離れたMFCで実施することが必要

高速での切り替えは生産効率向上に必須

均一性

反応炉内におけるガスの分布制御を行い、ウェハ上の膜質のムラをなくすことが重要

近年は複数のガスを混ぜて使うことが多く、かつ流体特性も異なるため使用するガス種ごとに精緻な設定が必要

 

 高精度の制御には高い技術力を有するため、製造は一部のメーカーに限られ、グローバルで見ても主要プレイヤは5社ほどです。

 

 MFCには大きく2つの方式があり、熱式と圧力式に分類されます。

 上述の技術的な違いにより、方式間で用途に棲み分けがなされています

 大きな傾向として、熱式は成膜・ドーピング装置においてレガシー半導体製造用に採用されることが多く、圧力式はエッチング装置と成膜・ドーピング装置の先端半導体製造用に採用されることが多くなっています。

 レガシー半導体というのは、主に自動車、エネルギー、インフラ関連などの産業機器分野で使用される、非先端プロセスを用いた半導体のことです

 

BDDでは何を見るのか(MFC事例)

 ここからは、半導体製造装置の部品として、MFCメーカーのBDDをする際に見ていく観点を簡単に説明していきます。

 BDDでは大きく「市場環境」と「競争環境」を評価します。
市場環境:対象製品・事業の市場を特定したうえで、その製品・事業が伸びていくのか
競争環境:同事業の強豪と比較した際に、対象となる企業は強いのか

 

見るべき観点「市場環境」

 基本的に市場環境の評価の前には対象となる製品の方式やその特徴についてを理解することから始めます。

 特に半導体関連の市場では、半導体によって使用される素材や技術(成膜や回路形成方法など)が異なるためより注意が必要です。
例えば、同じ「半導体」でもメモリーとパワー半導体ではそもそもの素材も構造も別物であることを考えれば、もはや全くの別市場と考えるべきでしょう。

MFCの市場規模

 

 MFCの市場規模ですが近年は圧力式が大きく伸びています。熱式(レガシー)は圧力式に比べると伸び率は低いものの、一定数を維持し成長しています。

 ここではあえて将来予測はお見せしませんが、BDDでは現状の市場規模に加えて、将来的にさらに伸びるか、伸びるとしたらどのカテゴリ(今回は方式)がより伸びるか、が重要です。

 BDDの際に用いる市場規模予測は、調査会社等が発行する市場レポートを用いることが一般的ですが、半導体装置部品ともなるとそもそも市場レポートがないことが多々あります。そうなると将来的な数値は各要素から予測することが必要となります。

 そこで今回見るべきはエンド市場です。つまり、MFCが搭載される装置の市場、MFCが搭載された装置で製造される半導体製品の市場が伸びるかどうかです。今回の場合方式ごとに搭載される装置、製造される製品が異なるため、方式ごとにどの市場に連動するかを定義することが重要です。

 

MFCが使用される装置ごとの市場

MFCの場合は、見るべき市場はMFCの納入先である半導体製造装置市場ですが、半導体製造装置のうちMFCが使用されるのは「エッチング装置」「成膜装置」のみのため、この2装置以外の装置市場は考慮してはいけません。(ドーピング装置はMFC搭載数がわずかのため、ここでは考慮しない)

実際の製造装置(エッチング・成膜)の市場規模・予測を見ると2023年から2027年にかけては成長基調であり、特にMFCの搭載数の多いエッチング装置市場が顕著です


 

方式ごとの市場

 また半導体装置市場は、その下流である半導体製品市場にも影響されるので、半導体製品市場も見るべきでしょう。

 その際にはレガシー半導体と先端半導体ごとに見るのがベストです

 対象会社の製品が熱式の場合、納入先は主にレガシー半導体の市場となるため、MFCの方式ごとに市場を分けて見なくてはなりません。


方式の変化は起こりうるか

 市場規模以外にも追加の観点として、「熱式=レガシー向け、圧力式=先端向け」という構図が今後変化しうるかについても検証が必要です。各方式の技術動向や、先端/レガシーそれぞれに求められる要件の変化等に依存します。

 近年の傾向としては、AIやビッグデータの時代となりウェハ加工に求められる要件が変化したことで、 制御性能が高い圧力式MFCが増加傾向です。他方で、圧力式はその構造上、製造装置への搭載数が増え装置面積が大きくなってしまうため、熱式を使うケースもあり、一定数は熱式が残っています。

https://ci.nii.ac.jp/naid/500001534184

 

搭載数

 MFCの部品搭載数は、プロセスで使用するガス数の増加とより高精度なガス制御の必要性から、装置への搭載数は増加傾向となっています。

 

今回のMFCのようにある装置に搭載される部品の場合、その装置1台への搭載数も重要な市場性の要素となります。

 製造装置市場が2倍に伸びているからといって部品市場も2倍伸びるというように考えるのは安直です。例えば、同期間で装置への部品搭載数が半減していたとしたら、部品市場は全く成長していないことになるからです。(単価は考慮していません)

 

見るべき観点「競争環境」

①各社のシェア

 市場レポートや有識者ヒアリングを通じて対象会社を含めた市場シェアをみることで業界の構造や対象会社の競争力を把握することができます。

 MFC市場はすでに説明している通り、主要プレイヤ5社ほどで市場のほぼ100%が占められている構造となっています。

 

②KBF充足度の比較

 市場シェアはおおむね各社製品のKBF充足度に連動します。KBFは製品によって異なりますが、KBFの充足度が高い企業ほど競争力が強いということになります。

 MFCのKBFは大きく「製品性能」「顧客満足度」「業務品質」に分けられます。そのうち特に重要となる要素として、付加的性能の高さや品質・信頼性があります。高度な製造技術を要する半導体製造においては付加価値的な性能が要求され、さらに半導体製品は11つが高価で、歩留まりが重視されるため、多少コストがかかっても、より装置の故障等が起こらないような高品質で信頼性の高い製品が選ばれる傾向にあります。

 同様の理由で故障した際の復旧対応の速さや丁寧さ(サポート体制)は重要とされ、取引実績のない企業との取引も基本的には避けるとされています。後者は後段でも説明する半導体業界ならではの「コピーイグザクトリー」という考え方にもよります。

今回は割愛しますが、通常は各社の充足度を有識者ヒアリング等で確認することが一般的です。

 

③各社の戦略(今後注力する方式を変えるか等)

 将来的な競争環境を見るうえでは各社の今後の戦略も考慮する必要があります。

 戦略としては技術開発の戦略や設備投資動向などのほか、MFCの場合は、競合がどの方式やどの半導体向け(レガシーor先端)に注力しているかもみるべきでしょう。

 各社公開資料や有識者へのヒアリングでそれぞれの企業がどちらに注力しているかを見ると、MFCの主要5社は、レガシーに注力する企業と、先端に注力する企業の2つに分かれていることがわかります。

 ヒアリングでは、シェアの高いA社とB社は戦略として今後も市場拡大が予想される圧力式/先端向けに注力するとしているため、相対的に、レガシー向けは競合の注力度が低く競争が緩やかとなります。レガシーに注力する他3社にとっては、シェアをA社とB社に大きく奪われる可能性が高くないと予想することができます。

 

④納入先から見た時のビジネス安定性

 すでにKBFの話はしていますが、実際にどのような顧客に納入できているかも競争力を見る1つの要素となります。

 冒頭で装置種毎のシェア表を載せていますが、その表でMFCが搭載されるエッチング装置、成膜装置でシェアの高い企業に納入できていれば、競争力として今後も一定のシェアを獲得し続けられると推察することができます。

 もっと言えば装置メーカーより先の納入先も見るのがベストです。つまりMFCの納入先となる半導体製造装置メーカーが、半導体製造装置をどこの半導体メーカーに納入しているか、という観点です。以下は主要な半導体メーカーがどこの装置を使っているかを簡単に表したものですが、例えばSamsungの業績が上がっているとすれば、Samsungが多く採用しているAMATに納入しているMFCメーカーが優位といえるのです。

⑤MFC市場におけるスイッチング頻度

 競争力という観点とは若干異なりますが、業界的に他社へのスイッチングがどの程度発生しやすいかを見る必要もあります。競争力で多少の差があっても、スイッチングが起こりにくい業界であれば、シェアの変化は起こりにくいからです。

 では、MFC業界のスイッチングはというと、レガシー向けMFCは非常に起こりにくく、先端はある程度起こりやすいものとなっています。これにはすでに少し触れているように半導体業界の「コピーイグザクトリー」という考え方が関係しています。

 コピーイグザクトリーとは、生産ラインを増設する際に、製造プロセス、製造手順、生産設備などを最初に立ち上げた生産ラインと全く同じにするという考え方(手法)です。初期生産からのより高い品質、高い生産効率、高い歩留りを達成するためです。

 基本的に製品の製造が終了するまではMFC含め同じ生産設備が用いられる(交換も同じ部品)ため、同じ製品を長い期間作り続けるレガシー半導体では、スイッチングが起こりにくいです。一方で、先端半導体は最新のスマートフォンなど向けに設計されるため、1年程度で作る製品が変わり、そのたびに生産設備含めたプロセスが設計されるため、スイッチングは一定起こりやすいというわけです。

 ここまでBDDの観点として、MFCを市場環境と競争環境で紹介しましたが、本来はもう少し細かい論点となるうえ、BDD対象となる企業の内部環境(PLや人員・設備など)も見ます。また基本的にMFCをはじめ、ニッチな市場は2次情報等で情報を得るのは限界があり、有識者ヒアリングを中心に進めていくことも多いため、今回の内容は参考程度ということにご留意ください。

アーツアンドクラフツとして

 当社では、コンサルティング事業部として半導体業界はもちろんのこと様々な業界のコンサルティング実績があります。BDDを含め業界・業種問わず各種ご支援をさせていただいておりますので、お悩みなどございましたら、是非ともお問い合わせください。

 

【参考】

櫻井直緩

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント