業務改善は、企業が持続的に成長し、競争力を保つために欠かせないプロセスです。日本において1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる「合計特殊出生率」は2023年、1.20となり8年連続で前の年を下回りました。この出生率の低下に伴い、労働力人口も減少し、企業は深刻な人手不足に直面しています。このような状況下で企業が成長を続けるためには、限られたリソースを効率的に活用し、生産性を向上させるための業務改善がますます重要になっています。特に、業務の効率化やプロセスの最適化を図ることは、少ない労働力で最大の成果を上げるために不可欠な施策です。急速な変化が起きているビジネス環境において、企業はその変化に適応するため、業務の効率化と効果的なプロセス管理を行うことが欠かせません。業務改善は、コスト削減や生産性の向上、顧客満足度の向上を実現し、企業の競争力の強化に寄与します。
去年の合計特殊出生率 1.20で過去最低に 東京は「1」を下回る
また、業務改善は企業の社会的責任(CSR)を果たす一環としても重要です。特に、障がい者を雇用している企業において、彼らが働きやすい環境を整え、業務に貢献できるようにすることがCSR活動の一部となります。障害の特性をしっかりと理解し、適切な職務配置を行うことで、障がい者の方が定着して働くことができます。さらに適切な人事評価制度やマネジメントによって生産性が向上し、戦力として活躍できるようになります。これにより、企業は社会に対する責任を果たすだけでなく、ステークホルダーからの信頼を得ることができます。
業務改善の一環として、ここでは障がいを持った方々への業務移管・業務委託を取り挙げてみたいと思います。業務を移管する際に、移管元で行っていた何気ない日常の業務の内容・進め方を改めて見つめなおす必要があります。その過程が、障がいを持った方々のためだけでなく、部署や会社全体の業務の最適化、効率化を図る契機となります。業務改善は単なるコスト削減にとどまらず、組織全体の文化や働き方の改善にも寄与します。
業務移管においての流れの一例を下図に示します。
以下、各ステップにおける概要を説明します。
<STEP1>
移管する業務の現状を把握し、各業務の内容や必要なスキルを明確にします。これにより、移管先チームが適応可能な業務と調整が必要な業務とを分類します。また、移管元が希望する移管時期などのヒアリングも行います。
<STEP2>
移管要望、ヒアリングした業務内容を踏まえ、移管先での受託可否を決定します。特に「業務の複雑さ(標準化できるか否か)」「納期までの時間的余裕の有無」などが受託可否を決めるうえでのポイントとなります。
<STEP3>
業務を移管する際に、各業務の要件を明確にし、可能な限り標準化します。
業務内容を踏まえ、移管先となるチームの各メンバーの特性やスキルを考慮したうえで、適性のあるチームを担当に決定します。
<STEP4>
業務内容について具体的な手順書やガイドライン、その他業務で必要なツールを作成し、業務遂行ができるように準備します。
そして、移管先のチームに対して、移管する業務に関する業務内容の説明やトレーニングを実施し、業務習得を支援します。
<STEP5>
実際に業務を部分的に移管し、テスト運用を行います。テスト期間中は、業務の遂行状況を観察し、問題点を把握・解決し、フィードバックを得ながら、必要に応じて調整を行います。
業務移管の設計段階では、移管先チームの能力や特性に合わせた業務フローを再設計します。この業務フローの再設計は移管元から移管先へと業務をスムーズに移管するためには不可欠です。特に、移管先のチームに障がいを抱える方たちが含まれる場合、従来の作業方法や業務フローのままでは対応できない場合があります。そのため、移管先の作業担当者に合わせた設計を行います。これには、業務プロセスの標準化・定常化、従来の作業時間の延長、タスクの役割分担などが含まれます。
標準化された対応手順を設けることで、移管先チームが業務を円滑に遂行できるようにします。
例えば、メールの対応業務を移管する場合、テンプレートを作成します。テンプレート内テキストの修正必要箇所をハイライト表示にし、マニュアル内の参考画像および作業手順指示内容と照らし合わせることで、作業担当者が変わってもアウトプットの質を一定以上に保てるように設計をします。また、業務フローの中で頻繁に発生しうる問題や課題を事前に予測し、それに対する対応策を準備しておくことで、移管先チームが直面する可能性のある困難を軽減します。
時間に余裕をもって業務を完遂できるようにするための設計を行います。
業務の移管先が障がいを抱える方たちのチームの場合、同じ業務内容であっても、従来移管元で作業にかけていた日数よりも、移管先チームで作業にかける日数の方が長くなることは往々にしてあります。これは、個々人のスキルに違いがあったり、アウトプットの質を担保するための二重、三重でのチェックを行ったりと、理由は様々ではありますが、ヒアリング段階で移管元・依頼元から伺う作業時間よりも長めに見積もった設計が必要となります。
業務量、作業の複雑さなどの要因により、1チームのみでは対応しきれない場合、複数チームで1つの業務を行うために、各タスクの役割分担を明確にします。
業務の標準化・定常化、余裕を持った作業時間の確保を試みても限界がある場合、一部のタスクを移管元・依頼元に戻すか、他チームの協力を仰ぐことが必要です。設計段階で、業務のタスクおよびその特性を洗い出し、各タスクの担当者を明確にしておくということが重要になります。
移管計画を効果的に進めるためには、詳細な業務分析が欠かせません。前章第3章での「設計」に基づき、現状の業務を可視化し、より深く、細かく、業務内容を見ていきます。場合によっては、一度まとめた設計図を見直すこともあります。
業務概要図やフローチャートを活用することで、業務の全体像や各ステップの関連性を明確にし、業務移管の具体的な手順を決定します。
例えば、ウェブセミナー運営業務を担当する場合、現状の業務フローを可視化し、セミナー受講者への募集連絡手順や問い合わせの際の対応のフローを把握します。これにより、移管先チームが業務をスムーズに引き継ぐために必要な情報やスキルを明確にし、移管計画を再策定します。また、業務の可視化には、業務の各ステップにかかる時間やリソースの分析も含まれます。これにより、どのステップがボトルネックとなっているか、どの部分で改善が必要かを把握し、移管先チームの負担を軽減するための対策を検討します。例えば、あるプロセスが過剰に時間を要する場合、そのプロセスの自動化や効率化を図ることで、全体の業務フローを改善することができます。
移管に伴う課題を事前に抽出し、具体的な解決策を検討します。
第3章で述べたように、複雑な業務については、簡素化や標準化が必要です。例えば、移管元で行っていた複数のプロセスを見直し、移管後にはプロセスを削減することが有効です。具体的には、移管前の移管元では、3つの異なるプロセスを踏んでいた業務を、移管後には2つのプロセスで済むように再設計することが考えられます。これにより、業務の効率化と移管先チームの負担軽減が図れます。業務のフローや手順を見直し、簡素化することで、業務全体のスムーズな移管が実現できます。
ときには、設計段階で行ったタスクの役割分担を見直すことも行います。
これまで行ってきた「設計」「分析」にもとづき、いよいよ実際に移管に向けた作業に移ります。
業務移管においては、移管する業務の優先順位を設定し、段階的に移管を進めることが成功の鍵となります。優先順位を設定する際には、業務の重要性やリスク、移管先チームの準備状況を考慮します。
例えば、リスクが高い業務や複雑な業務は、移管先チームが一定の準備を整えた段階で移管するようにします。業務移管の初期段階では、比較的シンプルな業務や低リスクな業務から移管を始め、徐々に複雑な業務に移行していきます。
これにより、移管先チームが業務の進め方や問題への対処方法を学びながら、徐々により高度な業務に対応できるようになります。
業務移管の成功には、各ステークホルダーとの良好な関係構築が欠かせません。ステークホルダーには、移管元チーム、移管先チーム、外部の機関などが含まれます。良好な関係を築くためには、定期的なコミュニケーションと情報共有が必要です。
例えば、移管元、移管先とそれぞれ週次の定期ミーティングを設定します。移管元とは、業務移管の進捗状況や課題について共有し、また、移管先チームからはニーズやフィードバックを積極的に受け入れます。その内容を移管元に伝え、それに基づき業務移管計画を見直すことも行います。これにより、業務移管に関する誤解や認識のズレを防ぎ、双方のチームが協力して業務移管を進めることができます。定期的な進捗共有やフィードバックを通じて、各ステークホルダーとの信頼関係を築くことが重要です。
さらに、各ステークホルダーの役割と責任を明確にし、期待値を調整することで、業務移管に関する誤解や衝突を防ぎ、スムーズなプロジェクト推進が可能となります。例えば、業務移管後に発生しうる課題、考えられる対処法を精査し、移管元、移管先とそれらを擦り合わせるための場を設けます。双方が納得したうえで全員が共通の目標に向かって協力し、業務移管が成功する確率が高まっていきます。
ここでは、業務移管を実施する際に注意すべき点について述べます。
業務移管の成功には、課題の洗い出しが十分に行われていることが重要です。移管元チームと移管先チームの間で発生する可能性のある問題や障害を事前に特定し、それに対する対応策を準備することが必要です。課題の洗い出しには、業務フローのレビューや関係者からのフィードバック・ヒアリングが重要となってきます。
しかし、業務移管の移行期には、関係するプレーヤーが多くなるものです。移管元、移管先ともに日々の業務で忙しく、ともすると一部タスクの引継ぎ漏れが起こるということもありえます。そこで、移管業務を取り仕切る担当者には、先述した業務フロー図や、タスクの一覧を駆使し、課題・引継ぎの抜け漏れがないか徹底して確認することが求められます。
移管元から提供される資料だけでは課題の洗い出しが十分に行えない場合は、業務内容に関するヒアリングや移管元からのレクチャーを実施し、業務移管に関連する課題やリスクを洗い出します。これにより、移管先チームが直面する可能性のある問題を事前に把握し、適切な対策を講じることが期待できます。
しかし、業務上の不明点について、移管元のチームに回答をもらうことが意外と難しい場合があります。私は、以前ある業務移管に携わった際に、業務内容に関して、移管元・依頼元に質問に対する回答を求めたことがありました。質問事項は2,3問とそこまで多くはなく、Teamsのチャット上で回答を求めましたが、1週間経っても連絡がなかったため、リマインドの連絡を行いました。しかし、やはりさらに1週間待っても回答は得られず。そこで今度は、質問事項をすべてExcelファイルにまとめ、そのファイルに直接回答を記載していただくという方法をとってみました。すると、回答依頼をした翌日中にはExcelファイル経由で回答をいただくことができました。
第5章での<各ステークホルダーとの関係構築>の話ともつながりますが、人によって使用しているツール(メールなのかteamsなのか)、使用しやすいツールが異なるため、コミュニケーションをする際には、「工夫」しながら様々なアプローチを試し、自分が関わる相手のことを知っていく、ということがとても大切になります。
業務移管が成功するためには、移管元チームと移管先チームの実情に合わせた計画を立てることが重要です。
移管元チームの業務環境やプロセス、移管先チームの能力や特性を十分に理解し、それに基づいて業務移管をすすめます。移管先チームが業務をスムーズに遂行できるようにするためには、移管元チームの業務プロセスやツールを適切に移管先チームに合わせる必要があります。移管先チームが特定のツールに習熟していない場合、そのツールを使用する業務プロセスを簡素化したり、代替ツールを導入したりすることが考えられます。
移管先チームの特性や能力に合わせた業務フローの設計が、業務移管の成功に繋がります。
本記事では、主に業務移管についての進め方や注意点について述べました。業務移管は企業の効率化を図るために重要なプロセスであり、適切な計画と実行が求められます。特に、障がい者雇用などの社会的視点を加えることで、業務改善の成果を最大化することが期待できます。しかし、移管の際には様々な関係プレーヤーの特性や事情に思いを馳せ、丁寧に取り組むことが必要です。
【参考】
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント