前回のブログの最後の方でハラスメントについて触れました。
そこで、ハラスメントとは「社内の役職者が組織図上の下方に位置する他者に対して、本来的には役割の違いであるだけの立場を上下関係と錯覚し、現代社会の価値観とズレた自らの価値観を押し付ける行為」だと述べました。
加えて、この定義におけるポイントは、価値観の違いよりも、そこに上下関係を作り上げている点だと思うこと。仮にその二人が精神的な上下関係を設けないフラットな立場で価値観の相違についてケンカしたってのならば、まだ清々しいとも述べました。
本日は、この話をもっと深掘りしてみたいと思います。こういう話題はデリケートさ故にどうしても思考停止し、良い悪いの二極論になってしまいがちですが、とても重要なことなので自分自身の言葉で中身を紐解いてみる努力をしたいと思う次第です。
まずポイントとして取り上げた上下関係について。ある一定規模以上の会社には組織図があり、便宜的に上の方から役職が高い順に記載されていくのが一般的です。ただこれは、役職が高いから偉いという訳ではありません。
じゃあ役職の違いは何を意味するのか。それは役割です。機能の違いと言ってもよいかもしれません。
例えば、つくり手は接客、職人は指輪づくりというように職種により役割は違えど、そこに上下関係はないのと同様に、役職者(役員やマネージャー等)と一般社員の間も単に役割の違いが存在するだけで本質的にはフラットな関係のはずです。
ただ難しいのは、役職者と一般社員の間には、評価をする、されるという関係があります。(これはライン上の役職者間も同様)
本来でしたら評価に好き嫌いという要素は介在しませんが、これが錯覚的な上下関係を作ってしまう一つの要因になり得ます。この点については、組織としてそのようなことがないよう体系化、仕組み化を強く推し進めていく必要があると考えます。
多様性を推し進める今どきの組織であれば、その多様性が故にむしろ価値観の違いというのは必ず存在します。もちろん現代的な価値観を学ぶことも重要ですが、それ以上に自分の価値観を押し付けて良いと錯覚するような関係を作らないことが重要なのではないでしょうか。
さて、ここからは、私の考える素敵な組織や環境について、個人的に思うことです。
こういう話をすると、だったら(組織図上、上方に位置する)役職者を敬う必要なんてない。という論理になりがちです。ただ、経験的に言えば、誰かに敬意をもって仕事をすることは、自分にとってはよい環境であると信じています。
ならば、敬意というのはどう生まれるのでしょうか?
会社という組織において、敬意は二つの行為から生まれると思います。
一つ目は、先輩や役職者が自分よりも大変な仕事に向き合っている時。大変という中には、より多くの、より大きな、より困難な、よりリスクを伴う等があります。
私は原則的に報酬が高い人はより大変な仕事に向き合うべきと考えていますし、そういった挑戦する人には役職や年齢のいかんを問わず常に敬意を抱いています。
二つ目は、自分がその人から何かしらのスキルを承継させてもらっている場合。
スキルにも幾つかあって、会社業務に必要な最低限のスキル。これを基礎的なスキルとしましょう。それをベースに日々の現場経験の中で深めていく応用スキル。更にはその人の個人的な並々ならぬ努力の結果、得た独自スキル。基礎→応用→独自と、スキルの価値は高まります。
基礎や応用スキルを先輩から後輩へ伝えるのは、組織の仕組み上、ある意味義務とも言えます。ただ、非常に価値の高い独自のスキルに至っては、それを承継させていただくことに大きな敬意と感謝を抱くべきでしょう。
そうやって生まれる敬意に溢れる環境は、個人の働く意味としても、また会社の成長にとっても非常に重要です。
役職者や先輩は、そういう環境づくりの為に、自らを奮い立たせていただきたい。
挑戦と人を育てる心を持つ人による敬意溢れるフラットな組織をみんなで目指していきましょう。
宮﨑
「ともに、つくる」は主にインナーコミュニケーションを目的とした社長ブログです。
アーツアンドクラフツ代表取締役社長。考えるよりも動く現場主義。創業以来一貫して事業の最前線に立ち様々なパートナーと価値をつくりあげる。