いかなる業界、いかなるテーマの事業戦略の俎上に載せられるキーワードは、これを置いて他にないでしょう。裏を返せば、それほどまでに高い汎用性をもち、業務効率化の期待を寄せられていると言えます。
ソフトバンクが2023年に公開した「ITトレンド・生成AIの利用実態調査」においてまとめられたIT流行語ランキングでは、回答者の実に9割以上の支持を集め「生成AI(GenAI)」が1位となりました(次点に「DX」、「メタバース」が続く)。
同調査では役職別での利用頻度にも触れており、それによると「本部長以上」が実務で活用余地が大きいとみられる「一般社員」を大きく引き離して頻度高く利用している実態が明らかになっています。
市場としてみると国内における需要額は2023年時点の約1,200億円から2030年の約1兆8,000億円まで、年平均47.2%の成長率を示す予測も。
生成AIは日々進化を遂げ、様々な分野で注目を集めています。従来の分析型のAIとは異なり、ネット上に公開、あるいは学習された専門的なデータに基づいて、新たな文章、画像、音楽などを生成できる点が特徴です。
この革新的な技術は、同じくM&Aの一連のディールにおいても大きな可能性を秘めており、ビジネスデューデリジェンス(BDD)や統合プロセスの効率化などに貢献・活用されています。
本記事では、M&Aに着手する際の生成AIの活用方法と、近年盛んに行われている生成AI企業の買収事例の異なる2つの側面で、生成AIとM&Aについて触れていきたいと思います。
中小企業庁の報告では、2025年までに平均引退年齢の70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者の数は約245万人となり、そのうち約半数の127万人(日本企業全体の1/3)は後継者未定になると予想されています。
M&Aを志向する企業の目線では、これはチャンスであるともいえ、思わぬ有望企業と出会える可能性も秘めています。
売り手の企業は、旺盛な市場に最適な買い手を見つけることができれば課題解決にもつながります。
このように拡大が見込まれるM&A環境、そしてそのプロセスにおいて生成AIも登場します。
M&Aのプロセスごとの生成AIの活用方法は以下のように想定できます。
①対象企業選定/買い手・売り手マッチング
M&Aの初期段階では、数ある企業の中から買収対象となる企業のスクリーニング・選定が重要です。
多くの場合は投資目的に適うか、規模や業種がターゲットと一致するか、定性的・定量的に推し量るために、膨大な企業情報を取得後ロングリストを作成し、一つひとつのロジックを組み込んでスクリーニングを繰り返していくプロセスを辿りますが、言わずもがなその作業はかなり骨が折れ、正しいインサイトを導き出せるか、という点でも非常に属人的になりやすいところです。
生成AI技術の進歩により、これらの課題を効率化・高度化することが可能になりつつあります。
株式会社M&Aクラウド(東京都千代田区)では、同社が運営するM&Aマッチングプラットフォームに、生成AIが買収のシナジーを分析する機能を搭載しています。売り手企業の公表データを生成AIが分析することで、期待できるシナジーを買い手企業に提示することが可能になっています。
②対象会社とのコンタクト
M&Aにおいて、ターゲット企業とのコンタクトは案件の成否を左右する重要な要素だと考えています。というのも、あらゆる商取引と同様に実際に取引に進むか否かは売り手・買い手ともに双方相手次第であるためです。
ファーストコンタクトから継続的な相手企業とのコンタクトを維持するには、いかに相手企業への理解の深さと将来のビジョンをアピールし、魅力的に感じてもらえるかが重要なポイントに。
両社におけるメリットと将来的なビジョンを可能な限り明確にし、複数回にわたり改訂案の機会を重ねる必要があり、熟練経験者の腕が試されます。
しかし、経験者が不在のチームや、従来の属人化された方法では情報収集や意思決定に時間がかかり、潜在的なリスクやシナジーを見逃してしまう可能性もあります。
生成AIを活用することで、ターゲット企業や業界の情報を効率的に仕入れ、即座に競合会社との比較対象が可能なレポートとして一覧化することも可能になります。
③ビジネスデューデリジェンス
対象会社からの受領資料に基づいてビジネス/会計・税務/法務の観点でリスクの洗い出しと、企業価値評価算出に向けた要素の検証を行うこのステップでは、検証論点を明確に設定・更新するなど期間中の効率的かつ正確な検証が必要になります。
しかし、ビジネスデューデリジェンスを取り巻く環境は大きく変化しています。グローバル化の進展や規制強化により、調査対象となる情報量は膨大化しており、従来の人手による調査では対応が困難になりつつあります。また、買収市場における競争激化により、迅速な意思決定が求められています。
生成AIはネット上の膨大な市場情報、ニュースメディア、業界インサイトなどを自動的に収集し、必要な情報をインサイトとして整理することが可能です。
例えば、各会社固有の財務データや市場の動向、買い手企業の競合の状況も含めて、現在過去のあらゆる公開情報を収集し1つのレポートとして分かりやすく要約することもできます。
それだけでなく、注力したい領域の情報にフォーカスした特化型のレポートに再作成することも容易であると言えます。
これらにより、デューデリジェンスにかかる調査時間は短縮され、リアルタイムな情報を加味したスピーディな最終意思決定につなげられることでしょう。
GIP株式会社(東京都千代田区)では、財務デューデリジェンスのレポートを自動生成するAIシステム「M’s DD(エムズ ディーディー)」を開発、提供しています。
「M’s DD」ではデータ解析・整理・分析・コメント作成等の定型的な業務の自動化が実現しており、財務デューデリジェンスレポートの作成業務の50%を削減しているとのことです。
④書類作成 アウトプット作成
各プロセスで必要になる書面やプレゼン資料など多くのクリエイティブも必要になります。
法務要件満たす契約書など各種書面の作成には、専門的な知識が必要であることは想像に難くないでしょう。特にM&Aなど頻繁に行われないイベントではいっそうです。
生成AIを活用したプレゼン資料や営業時のドラフトを作成する生成AIツールや法務など専門分野に特化したチャットボットが出現してきており、専門知識やスキルが必要だった工程も徐々に生成AIに代替され、M&Aに挑戦する障壁は低くなってきているといえます。
Legal AI株式会社(東京都文京区)では、法務に特化した生成AI搭載のチャットボットを提供しており、法務に関しての質問に即座に回答してくれます。
事業の買収や売却に関して経験が豊富という方は多くないでしょう。
心血を注いだ大切な事業の売却、新たな挑戦に向かう企業の買収。ともに一世一代のイベントごとであるはずです。生成AIを活用することで、売り手・買い手の双方の情報格差を減らし、スキルを代替し、納得のいく取引につなげられることと考えています。
ただし、現在の生成AIの作成物は100%完璧とはいえず、誤った情報をユーザーに伝える(ハルシネーション)リスクや、生成AIサービス事業者に情報が残るなどセキュリティ上のリスクも依然として存在します。
実際の利用に関しては、従業員向けの「生成AI利用ガイドライン」などを作成することや、外部漏洩の無い環境で利用するなど、リスクを低減する姿勢が大切です。
近年、企業は自社の機能やサービス強化のため、生成AI企業の買収も活発的に行われています。背景には、技術革新だけでなく、市場競争激化、人材獲得難によるデータ収集・活用、研究開発コスト削減のニーズの存在などが複合的に絡み合っていることがあるといえます。
買収対象となる企業は、独自のAI技術、豊富な研究開発経験、実績のあるソリューションなどを有していることが多いでしょう。
実際のM&A事例をご紹介いたします。
【事例1(半導体×生成AI)】
買い手:AMD(米:半導体)
売り手:SILO AI(フィンランド:AI開発)
買収時期:2024年7月
買収価格:6億6500万ドル
M&A手法:現金受け渡し
買い手企業概要:
AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)は、米国カリフォルニアに本社を置く半導体製造会社。 コンピュータの計算処理を行うCPUや、画像処理を行うGPUなどの製造を行う
譲渡企業概要:
SILO AI(サイロエーアイ)は、フィンランドで元Nokia CTOらを中心とした6名の研究者により創業され、現在は200人以上のメンバーを擁する北欧最大のAIラボとして知られるSILO AIは、フィリップスやロールスロイス、ユニリーバなどの顧客にエンドツーエンドのAIソリューションや大規模言語モデル(LLM)などを提供している技術研究開発企業であり、AMDはAIモデルとソフトウェア・ソリューションの開発で、そのSILO AIのノウハウを活用することが目的です。
AMDは、これまでも2023年7月からの1年間で12社のAI企業に対し、1億2500万ドル(約200億円)以上の投資を行うなど、同社のAIエコシステムやプラットフォームの強化を行っております。
その背景には、AI半導体で成長を続けるライバル企業NVIDIAに対抗がありそうです。
【事例2(文章読み取り×生成AI)】
買い手:リコー
売り手:natif.ai(独:AIスタートアップ)
買収時期:2024年4月
買収価格:非公開
M&A手法:株式取得
買い手企業概要:
リコーは、主力商品の複合機やプリンターなどのオフィス機器に加え、デジタルソリューションにも注力。
譲渡企業概要:
natif.aiは、2019年にドイツで設立されたスタートアップ企業で、機械学習による高性能AIや高度なOCR(光学文字認識)技術の研究開発を手掛ける。
natif.aiは文書画像処理の大規模言語モデルの自社開発を行っており、高度な処理技術を実現できる点が強みのテクノロジー企業です。
「インテリジェントキャプチャー(高度なテクノロジーを使用して、あらゆる文書形式でもより正確な分類、抽出、および検証する技術)」に強みを持つ企業を買収することで、リコーが注力領域としているワークフローの自動化事業の成長につなげる狙いです。
【事例3(通信×生成AI)】
買い手:KDDI
売り手:ELYZA(東大発AIスタートアップ)
買収時期:2024年4月
買収価格:数十億円規模と推定
M&A手法:株式取得
買い手企業概要:
KDDIは、auやUQ mobileなどの携帯電話ブランドや、光回線サービスを国内で提供。アジア・欧米でも通信事業を展開
譲渡企業概要:
ELYZA(イライザ)は、2018年にAI研究で著名な東京大学の研究室から発足したスタートアップ企業です。言語分野のAIの開発、導入で実績をあげている。
ELYZAが開発する大規模言語モデル「ELIZA」は、日本語処理能力に優れており、KDDIはこれを活用して、チャットボットや音声認識などのサービスを高度化していく狙いです。
加えて、KDDIは、ELYZAのAI技術を活用した企業向けソリューションを開発・提供を目指すものとみています。なかでも、顧客対応の自動化、業務効率化、意思決定支援などのソリューションが想定されています。
【事例4(画像編集×生成AI)】
買い手:Canva(豪:オンラインデザインツール)
売り手:Leonardo.AI(豪:生成AIプラットフォーム)
買収時期: 2024年7月30日
買収価格: 非公表
M&A手法: 非公表
買い手企業概要:
Canvaは、オンラインで使用可能なグラフィックデザインツールを提供する。利用する月間アクティブユーザー数は世界190か国で1億人を超える。
譲渡企業概要:
Leonardo.AIは、生成AI活用の画像作成ツールを提供。リアルな写真、キャラクターの肖像画、アニメ、絵画風のスタイルなど、さまざまな動画や画像を作成できる。無料プランと有料プランが用意されており、無料プランでも十分に楽しめる。
今回の買収により、Canavaの画像編集ソフトでLeonardo.AIの生成AIツールをシームレスに使用できるようになると想定されています。複数の画像をトリミングせずに融合したり、素材となる画像を用意することなく思い通りのクリエイティブを作成可能になるなど創造の幅を格段に引き上げることになるでしょう。
このように業界を牽引する企業による積極的な買収活動は、生成AI技術のさらなる進化と社会実装を加速させることが考えられます。今後は、企業間の連携やオープンイノベーションの推進も重要となり、産官学が一体となって取り組むことが求められるでしょう。
今後の展望としては、生成AI技術のさらなる発展とその応用範囲の拡大が期待されます。 特に、各業界に特化して調整された生成AIが展開、能力はさらに強化され、企業はこれらの技術を積極的に採用し、競争力を維持・強化するための戦略的ツールとして活用されていくことでしょう
あらためて、生成AIはM&A業界において革新的な変化をもたらし、未来の戦略の成功に向けた重要な役割を果たすことができることを強調したいと思います。
自社の潜在能力を最大限に活かすために、生成AIなど技術の進化に対応しつつ、適切なデータの活用と専門知識の統合に取り組んでいくことが今後さらに重要あると考えます。
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト