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M&Aによる介護業界の業界動向

M&Aからみる介護業界】

はじめに、近年大きな問題となっているものの1つに少子高齢化問題があります。その少子高齢化の影響で、労働人口の減少、いわば人手不足が深刻化している業界が多くなっています。

その業界の1つが介護業界です。介護事業所全体の6割以上が介護業界の人手不足を感じており、7割弱の事業所で65歳以下の労働者を雇用している状況です。人手不足という問題を抱えた介護業界ですが、高齢化による要介護者増加などにより問題は深刻化するばかり。

その状況下の中、働き手の増加や事業継続を狙ってM&Aをする企業が増加しています。また高齢化による需要増加を受けて、介護業界内の企業を買収して業界参入を果たそうとする異業種企業も増加しています。

本ブログでは、M&Aの視点から介護業界の現状と課題を踏まえ、今後の動向を予測していきます。

 

【介護業界とは】

先ず介護業界の概況について整理します。

介護業界というと老人ホームや訪問介護を思い浮かべると思いますが、介護業界にはそれら以外にも介護用品を取り扱う企業や、介護施設の業務を支援するソフトウェアを開発・導入する企業も同一業界に含まれます。

ではもっと細かく介護業界をみていこうと思います。

介護業界は大きく分けると、「介護サービス」の提供を主事業する企業、「介護製品」の販売を主事業とする企業に分けられます。

介護サービスの中には主に訪問介護・通所介護、施設サービス(老人ホーム)、介護ICTがあります。一方、介護製品の中には介護用品、家庭用医療機器があります。介護用品と家庭用医療機器の違いは使用目的の範囲が広いか、限定的かというところにあります。介護用品は要介護者・心身障害者などが日常生活を送るうえで便宜を図るための機器と定義されており、使用目的の範囲が広いです。一方、家庭用医療機器は、家庭において疾患の診断・治療を目的とした機器と定義されており、使用目的が限定的です。具体的な例を挙げると、介護用品は車椅子や歩行器、杖、介護ベッド、おむつなどがあり、家庭用医療機器は家庭用電気マッサージやエアマッサージ、家庭用低周波治療器などがあります。

 

【介護業界の市場動向と考察】

介護業界の市場規模は、2019年に8,093億円を記録。以降、20年に7,996億円、30年に10,944億円と年平均成長率2.8%の成長が見込まれています。市場概況としては高齢化を受けて介護ニーズの高まりや顧客ニーズの多様化が起こっており、介護ロボット導入支援補助金やICT導入支援補助金など新技術の導入に対する企業への補助金が増加しています。そのため参入障壁が低くなり、 市場内に新たな参入企業が増え、競争が激化していくことが予想されています。

さらに今後の市場動向をより明確にとらまえるために、PEST分析を用いて俯瞰してみます。

PEST分析とは、自社を取り巻く外部環境が、現在/将来的にどのような影響を与えるかを把握・予測するためのフレームワークです。「Politics(政治)」「Economy(経済)」「Society(社会)」「Technology(技術)」の4つを分析対象とし、様々な情報を収集しつつこれらに当てはめていく手法です。実際に介護業界に影響を与えている要素を具体的に把握していきましょう。

まずPolitics(政治)の観点では、慢性的な介護人材不足という課題に対して、打ち手となる政策が出ています。その政策の1つが「介護報酬改定」であり、2024年度から介護報酬を1.59%引き上げるという内容。政府はその政策により介護職のイメージアップにつなげ、介護人材を増やそうとしています。また政府はイベント、テレビ、SNS等を活かした「介護のしごと魅力発信等事業」をおこない、福祉・介護の仕事についての情報発信を積極的に展開。この2つの政策を行うことで、リソースである介護人材が増加するとみられます。

Economy(経済)の観点では、「企業の賃上げ」と「経済力の地域格差」という要素が挙げられます。賃上げによって、家庭の支出の中でも介護に充てるお金の割合は増加。並行して需要が増加すると、その需要を獲得するために異業種からの参入企業が増え、新規のサービスや製品が出てくると予想されます。

次に、経済力の地域格差の観点。自治体や市町村によって施設やサービスに格差が生まれるのは自明ですが、サービスの展開状況にムラがあることを意味します。これにより、利用者には居住の制限となって不自由が顕れ、事業者側にとっても自治体からの補助金などの要素から市場に偏りが出やすいともとらえることができるのです。

Society(社会)の観点では、「高齢化社会の進行による介護需要の増大」と「介護人材不足」という要素が挙げられます。高齢化が進むほど介護需要が増加し、介護人材不足が深刻化することは上記で述べた通りです。市場へ与える影響を考えてみると、介護需要の増加は市場にとってプラスに働きますが、介護人材不足に関しては市場にとってマイナスの影響を与えると考えられます。

最後に、Technology(技術)の観点では、「介護ICT活用による介護現場の生産性向上」と「医療との連携強化」という要素が挙げられます。世の中のICT化が進む中、介護業界においてもICTを導入して生産性を高める動きがみられます。
また医療との連携を強化し、業務効率化や情報・ノウハウの共有を行う企業も増えています。その連携によって介護業界の業務負荷を軽減する動きも活発にみられるようになってきました。

 

【介護業界のプレイヤー】

ここでは、介護業界内にどんなプレイヤーがいるのか、またそのプレイヤーが何を主事業としているのかを視覚的にみていきましょう。そのために用いるのがカオスマップです。カオスマップとは各企業の特徴や関係性などを示す業界地図ともいわれ、利点としては業界内における各企業の立ち位置や勢力の関係を簡単に把握できる点が挙げられます。

実際に介護業界のカオスマップをみたときに、大きく2つのことが見て取れます。

1つ目として介護業界の中心領域は「訪問介護・通所介護」と「施設サービス(老人ホーム)」であるということです。この2つの領域には数多くのプレイヤーが属しており、売上高が高い主要プレイヤーもこの領域内にいます。ニッチな領域は「介護ICT」、「介護用品」及び「家庭用医療機器」です。ただ生成AIICTなどの需要の高まりを受け、デスクワークをケアする「介護ICT」の領域は今後伸長していくと考えられます。

2つ目としてM&Aを行い介護業界に参入する異業種の企業がいることが見て取れます。名の知れた有名な異業種企業も参入するほど魅力的な市場であることがわかります。これらの異業種企業が増加すると顧客の奪い合いが起こり、業界内の競争は激化していくことは明らかです。

 

【介護業界の課題】

介護業界の課題を主に2つ説明していきます。

まず1つ目の課題は高齢化が進む状況下で介護人材不足による介護人材の労働環境悪化が深刻化していることです。高齢者が増えることで介護者が増加するため、その分介護人材や施設が不足していくことは自明。さらにいうと、人材不足により介護人材一人ひとりの業務量や業務時間も増加し、結果的に労働環境が悪化していきます。人手不足が深刻化している地域では、十分な休息がとれておらず、精神的疲労やストレスからメンタルヘルスにも問題を抱えている介護人材もいます。政府は介護人材への賃上げで人手不足を解消しようとするも、介護職の社会的評価の低さや給与・待遇の面で介護職が大変な仕事というイメージを払拭することができておらず、未だ人手不足の問題は解決されていません。

2つの目の課題は多くの介護事業所が経営難となっていることです。実際に、介護事業所の倒産件数は2022年に過去最多を記録し、143件で前年比76.5%増となっています。その原因となっているのは主に新型コロナウイルスと介護報酬改定。新型コロナウイルスにより感染予防対策のための経費・光熱費増加などが事業所の経費を圧迫しています。また介護報酬改定により介護人材への報酬は増加しましたが、企業にとっては人件費の増加となっています。これにより、体力のない中小プレイヤーは淘汰され、いくつかの有力プレイヤーに再編される様相を呈しているのです。

 

【介護業界の課題への対策】

上記に挙げた2つの課題に対する対策として、ICT化による業務効率化や時短勤務やパートを活用した柔軟な雇用等があります。ほかにも政府からの補助金取得など様々な対策がありますが、その中でM&Aという手段をとる企業も存在します。

つまり、可及的速やかに人手不足の解消・デジタライゼーションによる業務効率化という課題解決を目的としたM&Aです。

ではカオスマップを基に、具体的にM&Aの事例をみていきます。例えばトチギ介護サービスケア21の事例があります。両企業は同じ訪問介護・通所介護領域内の企業です。同領域内でのM&Aの目的としては、サービスの幅を広げることよりも資金、人材などの経営資源の強化やシェア拡大といった目的となることが多いです。このM&Aによって両企業は介護人材不足を解消することができ、同領域内のシェアを拡大させることに成功しました。

またユニマットリタイアメントアメニティーライフM&Aのように訪問介護・通所介護領域と施設サービスでのM&A事例もあります。他領域とのM&Aはサービスの幅を広げることにつながるほか、事業の多角化、既存事業の強化、規模の経済性が図れるというメリットがあります。このM&Aによって、両企業は経営資源を獲得できただけでなく、事業の多角化を図ることができ他領域にも参入することに成功しました。事業の多角化は事業リスクを分散することができ、事業の堅牢化にもつながります。

次に、異業種からのM&A事例をみていきましょう。 カオスマップをみただけでも異業種企業が介護業界内企業とのM&Aによりあらゆる介護領域に参入していることがわかり、業界内での競争が激化しています。M&A事例としてはベネッセHDプロトメディカルケア買収、SOMPO HDABEJA資本業務提携、ALSOKジョイライフ買収、学研HDメディカル・ケア・サービス買収などです。介護業界内の企業にとって、異業種企業とのM&Aは、サービスの質向上や認知度向上だけではなく、経営資源の獲得で経営難に陥るリスクも減らすこともできます。ほかにも他領域の企業の知見やノウハウを活用することもでき、市場内での競争優位性が高まることが期待できます。異業種企業にとってのメリットは市場参入することにより新たな事業領域の獲得、既存事業とのシナジーが期待できます。

 

【介護業界の今後の展望】

介護業界の今後として、まず押さえておかなくてはならない介護人材不足についての展望から述べていきます。2025年度末に約243万人の介護人材が必要になる予測の中、2019年度の介護人材は約211万人と、2025年度までに約32万人が不足という見立て。つまり年間55000人のペースで介護人材を確保していく必要があるのです。

その対策として、業界内で主に3つのことが注目されています。

まず1つ目は介護を受ける人が自立できるように支援したり、介護者の負担を低減させたりする介護ロボットの活用です。厚生労働省ではロボットの定義として、「センサーで情報を感知し、判断し動作するといった3つの動作を複合的に合わせ、知能化したシステム」としています。このシステムにより介護ロボットの開発や普及促進ができ、介護ロボットは介護業界の課題を解決すべく新たなソリューションとなりつつあります。

2つ目は外国人労働者の雇用が活発化することです。インドネシアやフィリピン、ベトナムを対象としたEPA(経済連携協定)により20179月からは在留資格「介護」が認められたほか、同年11月からは技能実習、20194月からは特定技能1号といったルートが定められています。このうちEPAや在留資格「介護」は、介護福祉士養成施設などでの就労や研修を通じて「介護福祉士国家試験」を受験し合格後、日本の介護福祉士として登録できるようになります。

3つ目は認知症の対策としてVRを活用する取り組みです。VRとは「Virtual Reality(バーチャルリアリティ)」の頭文字を取った用語で「仮想現実」と呼ばれています。そもそも認知症は脳の機能低下によって引き起こされ、自分がしたことを忘れたり、簡単なことが判断できなくなったりする病気です。その点VRを活用すると、まるでその場にいるかのような錯覚を覚えるほどリアルな体験に没入可能です。また昔の記憶を呼び起こし、脳の血流を活性化させられます。そのためVRは認知機能の改善を促す認知療法にもなりうるとされています。

今後も高齢化社会への対策として新たなソリューションが生まれていく介護業界を追っていき、引き続き注目していきましょう。

本記事が介護業界の動向について知りたい方にとって有益な情報となれば幸いです。

 

【参考】