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アフターコロナにおけるホテル業界の構造変化と業界再編の動き

事業拡大・M&Aを検討されている方へ

本記事は、これから事業拡大や新規事業開拓等を検討されている方々に対し、M&Aによって事業拡大を行う場合、どのようなことを考えなくてはならないか?をご紹介いたします。

今回は考え方を紹介する事例として、新型コロナウイルスによる影響を大きく受け、業界動向に変革が起きているホテル業界を取り上げ、なぜM&Aによる事業拡大が求められるか、M&Aを行う上ではどのような情報を知らなくてはならないかをまとめております。

現在、自社の事業拡大を検討されている方や、M&Aに着手される方に向けて、事業推進の一助になればと存じます。

 

国内におけるM&A動向

M&Aの件数は社会情勢による一時的な上下はあるものの、直近35年間基本的には上昇傾向にあります。
近年では、新型コロナウイルスの影響により2020年は落ち込みましたが、翌年から復調し、2022年には、過去最多の4,304件のM&Aが成立しています。

加えて、中小企業における後継者問題による事業承継ニーズも浮き彫りに。
2025年までに、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万(日本企業全体の1/3)が後継者未定の状況です。
現状を放置すると、廃業の急増により、同年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性指摘されています。
よって、第三者への事業承継を企図する経営者は今後一気に増大するでしょう。

M&Aの件数は過去最多を更新しているものの、前述の後継者不在とする経営者の数を鑑みると、現状のM&Aの件数はまだまだ限られていると言えます。

また、近年のトレンドとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)や新しい市場への参入を目的としたM&Aも増加しています。企業が競争力を維持し、成長を続けるためには、新技術や新市場の開拓が不可欠です。
このような背景から、企業のM&A活動はますます活発化していくと予想されます。

 

ホテル業界の置かれている状況

2000年以降、ホテルの利用ニーズは、高級志向と低価格志向に二極化してきました。
外資系ホテルの進出や国内老舗ホテルのリニューアルが続く一方、外国人観光客やビジネスパーソンの旺盛な需要に支えられ、ビジネスホテルも増加。

高級ホテルと低価格ホテルは、それぞれ課題を抱えており、前者は宿泊、宴会、レストラン需要の3本柱が少子化や法人需要の低下で揺らぎ、後者は市街地に競合が増えて過当競争に陥っているようです。

また、2020年には、新型コロナウイルスという未曾有の大災害により、一時営業が困難な状況となりました。
しかしながら、新型コロナウイルス感染症流行の落ち着きによる日本人の国内旅行客の回復に加え、インバウンド増も重なり、ホテル業界の業績回復に強い追い風が吹いています。
観光庁によれば、2023年の外国人延べ宿泊者数は1億1,434万人泊となり、前年比は592.8%増で、2019年比でも98.9%まで回復が進んだ。旅館・ホテルの客室稼働率も57.4%で2019年比では-5.3%ではあるものの、2022年比+10.8%とコロナ禍で抑制された宿泊・訪日需要の反動増もみられます。
2023年以降は、各地域における観光産業の強化に加え、インバウンド需要獲得にむけた高級ホテルの開発・開業が進んでいることや国内の旅行者によるリベンジ消費が活況となることで、更に客室稼働率や客室単価の向上が予想されています。
ビジネスホテルやシティホテルは2025年までにコロナ前の規模まで回復し、リゾートホテルは既にコロナ前と比べて大きく伸びていることから、2025年の市場規模は8兆6,487億円と予測されています。
インバウンド需要の回復によって、観光需要過多によるホテル不足問題が再燃する可能性も考えられ、客室数の多いビジネスホテルの利用増加も期待されています。

 

ホテル業界の課題

現在、ホテル業界の成長において主に3つの課題が存在します。

① 稼働率が不安定になりやすい

そもそも論として、ホテルは典型的な店舗型ビジネスであり、ホテルの売上は「お客様がいかに来てくれるか?(客室稼働率(OCC))」と「お客様が1回の宿泊でいくら使ってくれるか?(客室平均単価(ADR))」が重要な指標になります。
これにより売上は大きく分けると客室平均単価(ADR)×客室稼働率(OCC)×総客室数で算出ができます。
客室数を増やすことは容易にはできないので、稼働している部屋を増やすか、宿泊する顧客単価を上げるかのいずれかになるでしょう。
特に、稼働率に関しては、「ビジネスホテルやシティホテルの稼働率は、閑散期と繁忙期で最大約20%の開きがある(観光庁「宿泊旅行統計調査」)」など 、季節による需要の変動や、観光客の増減に大きく影響を受けるため、年間を通じて安定した稼働率を維持することが難しいとされています。

② 人手不足による稼働率低下

2点目にフロントスタッフや配膳、清掃などの各業務で人手不足が深刻化することで、ホテル自ら稼働率を減少させていることが挙げられます。
コロナ禍の著しい稼働率の低下により、ホテルで正社員として勤務していた人材は流出していきました。帝国データバンクの調査では、旅館・ホテル業界の人手不足割合は正規・非正規人材共に7割を超えたとのデータも。
加えて、コロナ禍で他業種へ移った従業員は「賃金など条件が折り合わず、宿泊業への戻りは鈍い」という特性があるなど、景気の復調によるフル稼働に必要な人材の確保は難航しています。
人手不足によりインバウンドの受け入れ態勢が整わず、予約の制限や客室稼働の抑制といった措置を取っているホテルでは、需要の取りこぼしなどで売上に大きく影響が出ることでしょう。

③ コストアップによる利益率の低下

コロナ禍で多くのホテルは経営を維持するために人員削減を行ったが、宿泊客が一気に戻ったことで人手不足が深刻となっています。そのためホテルは新卒社員の初任給増額など待遇改善を進めています。また、水道光熱費の上昇や客室清掃やリネン会社など委託先への支払い料金の増加などもあります。
客室平均単価(ADR)は増加傾向にあるが、他社と比べて魅力的な価格・サービスを提供していくうえで必ずしも価格転嫁が可能なわけではないので、コスト削減に対する取り組みが常に求められるでしょう

解決方法と手段

上記の課題に対する解決方法と手段は以下の通りです。
まず、「① 売上が不安定になりやすい」を解消するための方法としては、マーケティング戦略の強化とデジタル化の推進が挙げられます。
実際の手段としては、オンライン予約システムの導入による価格の最適化、顧客データの分析によるパーソナライズドマーケティング、リピーター向けの特典プログラムの導入などを通じて、顧客のリピート率を向上させ、売上を安定させることが考えられるでしょう。

次に、「②人手不足による稼働率低下」を防ぐための方法としては、労働環境の改善や給与・福利厚生の向上、DXツールの導入が挙げられます。
実際の手段としては、チェックイン・チェックアウトの自動化、AIを活用した顧客対応システムの導入、スタッフの業務負担を軽減するための内部業務のDX化などを通じて、少ない人員でも高いサービス品質を維持することが考えられるでしょう。

最後に、「③外注費の増加による利益率の低下」に対する対策としては、コスト管理の徹底と仕入れ先の見直し、業務プロセスの自動化とデジタル化による中長期的なコスト削減が挙げられます。
実際の手段としては、業務コストの整理、相見積もりの実施、業務プロセスの見直し業務のDX化やM&Aによる経営資源の共有や一元化等の対策が考えられるでしょう。

上記の課題を解決する手法として、自社リソースの活用、専門人材の採用、コンサルタントによる業務改善、業務のアウトソーシング、M&Aの実施等が考えられます。
特に、コンサルタントによる業務改善やM&Aの実施に関して、費用はかかるものの期間を短縮し迅速な実行と専門知識等が得られるため、リスク回避の観点で有効であります。

 

ホテル業界のM&A動向と目的

ホテル業界では、M&Aが積極的に行われています。
M&Aの目的として、主に「集客強化を目的としたM&A」「不動産獲得を目的としたM&A」の2種類があります。

① 集客強化を目的としたM&A

近年では、集客強化を目的としたM&Aが活発化している動向がみられています。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2020年の訪日外国人が前年よりも約87%下落しました。その影響で、訪日外国人の宿泊が激減し、倒産・廃業したホテル・旅館会社が数多く存在しました。
新型コロナウイルスの影響で下落した利益や宿泊者数を回復させるために、M&Aで他社の事業やホテル・旅館を買収し、他社との差別化を図りながら集客強化を目指す企業が増加傾向にあります。

② 不動産獲得を目的としたM&A

不動産獲得の目的でM&Aを実施する動向も散見されています。
新型コロナウイルスの影響で、経営難となったホテル・旅館施設が多数存在します。資金に余裕がある企業は、そのような企業の事業や不動産を買収することで、様々なエリアにグループ会社を構えながら更なる利益獲得が目指せます。
加えて、グループ会社で共通のサービスを提供することで、傘下を増やしながらコスト削減を図るといった動向も見られています。

 

ホテル業界のM&A事例

では、具体的に近年起こったホテル業界のM&Aの事例をいくつかご紹介します。

【事例1(不動産×ホテル)】

買い手:三菱地所
売り手:ロイヤルパークホテル
買収時期:2021年8月
買収価格:不明(株式交換のため発生していないと推測)
M&A手法:株式交換
買収の目的:
ロイヤルパークホテルは2021年5月時点で、三菱地所が54.4%の出資比率を有していたため、同社は三菱地所の子会社として事業を行っていたが、新型コロナウイルスの感染拡大や異業種からの参入による競争激化などの影響により、ホテル事業を取り巻く経営環境は急速に変化しており、三菱地所はロイヤルパークホテルズのチェーン運営において、必要な構造改革を加速させる必要性を認識。
その一環として、株式交換によりロイヤルパークホテルを完全子会社化することを決定。

【事例2(投資ファンド×ホテル)】

買い手:ブラックストーン
売り手:近鉄グループホールディングス
買収時期:2021年10月
買収価格:約600億円
M&A手法:事業の一部譲渡
買収の目的:
新型コロナウイルスの流行を受け、ホテル事業のコスト削減や運営体制の見直しを余儀なくされた。一部のホテル資産を流動化し、他社と協業しながらホテル事業のさらなる成長を目指すことを決定しました。

【事例3(テーマパーク×ホテル)】

買い手:ハウステンボス
売り手:ホテルデンハーグ(旧ウォーターマークホテル長崎)
買収時期:2021年5月
買収価格:非公表
M&A手法:株式譲渡
買収の目的:
当初は直営のホテルだったが、2010年にハウステンボスがHIS傘下となり、2011年からはホテルもHIS傘下となっていた。ハウステンボスは自社が運営するテーマパーク内にあるホテルを買収することで、「ハウステンボスブランドの強化」や「顧客に対する新たな商品展開」が可能になると考えて、ウォーターマークホテル長崎とのM&Aを実施した。

【事例4(不動産×ホテル)】

買い手:NAP(株式会社新日本建物の子会社)
売り手:ファーストキャビン
買収時期:2021年5月
買収価格:非公表
M&A手法:株式譲渡
買収の目的:
買い手企業は、ホテルのフランチャイズ・運営受託事業に新規参入する目的で、ファーストキャビン社からホテル事業に関するフランチャイズ契約と知的財産権(特許、商標、意匠)を取得した。
自社が有する「物件の仕入れ力」と、ファーストキャビンが有する「知的財産権」および「フランチャイザーとしての運営能力」を融合することで、新たな収益物件の開発・販売の機会拡大を見込めるとのことです。

 

ホテル業界の今後の展望

ホテル業界は、国内外の観光需要やビジネス需要の変化に対応しながら、成長を続けています。
しかし、競争の激化やコスト上昇といった課題に直面しており、これらを克服するためには、戦略的なM&Aや業務効率化が不可欠です。

はじめに業界の概況について述べた通り、2020年は新型コロナウイルスにより、サービス業、特にホテル業界は一瞬の内に厳しい立ち位置に置かれました。
その後、社会情勢は一変し、コロナウイルスの収束に伴い、インバウンドの増加傾向もあり、市場規模は右肩上がりの回復基調にあるものの、人材確保の問題、各種コスト増加による利益の圧迫などの問題があり、厳しい状況は続く見込みであり、今後も大企業による業界再編や新たな業界からのM&Aによる新規参入が行われていくことが予想されます。
ここ数年の目まぐるしいほどの業界構造の変化は今後も続いていく可能性がありますので、引き続き注視していく必要があります。

本記事がホテル業界の動向について知りたい方にとって有益な情報となれば幸いです。

【参考】

山本 優気人

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト