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外食産業における実態と課題解決に向けたM&A

M&Aにおける市場分析

M&Aを考えている企業においては、買う側、売る側それぞれに背景/理由が存在しています。

そのため、まず最初にそれらを明確にする必要があります。買う側にとっては、自社が抱えている課題について、自社分析をすることでM&Aによってどんな課題を解決させたいかを明確にします。

また、当然相手、つまり売る側の企業の分析も欠かせません。

 

次のステップとして、相手の業界全体の環境を把握することが大切です。

それらを知るために業界の市場規模、課題、主要プレイヤ、バリューチェーンなどを調べる必要があり、これは市場分析と呼ばれています。

そして、相手企業、業界全体を把握するプロセスをビジネスデューデリジェンス(BDD)と呼んでいます。ビジネスデューデリジェンスはM&Aを考えている企業だけが実施するものではありません。

新規事業を行う際や事業拡大を狙う際にも、その分析観点は有用です。

 

今回はコロナで補助金や酒類提供の制限などで話題となった外食産業を取り上げ、外部環境の分析を経てビジネスデューデリジェンスの入口に触れつつ、外食産業の現状と課題解決に向けたM&Aの事例を紹介します。

 

外食産業の市場規模/動向

富士経済によると、2023年の外食産業の市場規模は18600億円と推計されています。コロナ前の2019年の186,210億円には届きませんが業界全体としては2021年を底に回復基調で、2030年の時点では20800億円まで規模が拡大すると予想されています。

2024年については、値上げ分がプラスに働き、2019年の水準を上回るとも。では、ここでもう少し外食産業を細かい分類で見ていくこととします。

 

日本フードサービス協会会員社が報告している「外食産業市場動向調査 令和5年年間結果」によると、富士経済の報告と同様、業界全体としては回復傾向があると報告しているものの、業態別で見た時に傾向が異なることを指摘しています。

以下に2023年の売上を2022年と2019年で比較したものを業態別でまとめました。

「ファーストフード」においてはコロナによる行動制限がなくなった後もテイクアウトとデリバリーの定着などで好調を維持しているものの、「ファミリーレストラン」、「ディナーレストラン」、「喫茶」、「パプ/居酒屋」などの店内飲食が主体の業態は、回復基調にあるもののコロナ前の水準には戻っていないと報告しています。

特に「パプ/居酒屋」はコロナの5類移行で忘年会などの宴会需要も回復しつつあるが、店舗数自体が減少しており、かつての水準には未だ遠い状況とみているようです。

 

また、同報告では業界全体として、売上の回復傾向は続いているものの、それは「客単価の上昇」によるところが大きく、「客数」についてはまだ19年の水準まで回復していないと推定されており、「人手不足の常態化」など、外食産業を取り巻く環境は「ポストコロナ」となっても依然厳しい状態が続いていると指摘しています。

 

実際に東京商工リサーチが報告した「2023年飲食業の倒産動向調査」によると、なんと2023年の飲食業の倒産件数は893件に達し、2020年の842件を抜き過去最多を更新しているようです。

背景としてはコロナ支援策の終了や縮小に加え、客足や業績がコロナ禍前に戻らないまま、深刻な人手不足や物価高が収益を圧迫し、倒産を押し上げたとまとめています。

業態別でみると、全業態で増加しており、特に日本料理店や中華料理店、ラーメン店、焼肉店を含む「専門料理店」や「食堂、レストラン」、「居酒屋」の業態で過去最多に。

 

ここでも「レストラン」や「居酒屋」をはじめとした店内飲食が主体の業態は厳しい状況だということが指摘されているわけですが、確かにここ数年、駅前に複数あった大手チェーン店の居酒屋が減ったという印象を筆者は持っており、自身を振り返ってみてもコロナ以降、店での飲酒の機会は減っていると感じているところです。

 

外食産業の課題

さて、なぜ外食産業の売上が回復基調にあるにも関わらず倒産件数が過去最多を更新しているのかについてもう少し触れたいと思います。上でも挙げた「人手不足」や「物価高」がなぜ倒産の原因になるのか考えてみます。

 

まず人手不足ですが、外食産業がどの程度人手不足かというと、帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(20241月)」によると、従業員の過不足状況について不足と感じている飲食店は正社員については57.8%、非正規社員については72.2%が不足していると回答しており、特に非正規社員の割合は調査業種の中でトップの状況です。

この人手不足が経営に与える影響ですが、①人手不足により従業員一人当たりの負担が増加し、労働環境が悪化、離職につながるという負のサイクル、②人手不足になると新しい従業員が入ってきたとしても教育が行き届かず定着が難しい、③結果として接客サービスの低下につながり、味や衛生面も落ちる可能性が高まる最近だとSNSであっという間に悪い評判が拡散してしまい店舗経営がままならなくなるケースもという構図です。

 

次に物価高ですが、こちらは当然仕入れ価格があがると利益を圧迫します。昨今は光熱費も含めた店舗を維持するためにかかってくる費用すべてが上昇している状況です。経費上昇により利益が減り、運転資金が底をつきた結果、倒産につながっているという見方もできそうです。

 

外食産業の経営の実態

外食産業の経営にはFL比率やFLR比率などという指標があります。それぞれF=Food(食材原価)、L=Laber(人件費)、R=Rent(家賃)を表していますが、FL比率は60%FLR比率は70%以内に収めることが安定した経営を行える指標とされているようです。そして他の経費を差し引いて営業利益は10%確保できれば良いと言われています。

 

しかし実際は営業利益が5%程度で経営がぎりぎりの店が多いようです。外食産業全般に言えることですが、食材はどうしても余裕をもって在庫を確保しなくてはなりません。逆に食材が足りなければ料理を提供できず売り上げのアップも見込めません。

そのため必然的に食材原価はかかります。また、席が埋まっていない時間帯でも人を配置しておかないと急に忙しくなった場合などにサービスが行き届かなくなるため人件費もかかります。

こうした理由から外食産業では費用に対するFL比率が占める割合が高く、ぎりぎりで経営していた店は食材原価、人件費それぞれがわずかにあがっただけで営業利益はほぼ0となり経営が立ち行かなくなることは想像に難くありません。

そしてただでさえ物価高でFL比率があがっている現在、人手不足だからと言って人件費をそう簡単にあげられないのが現状で利益が確保できない悪循環となっています。

 

そうであれば値上げをして賃金上昇を行い人手不足解消、物価高に対応すればいいのではないかと当然考えますが、それが簡単には踏み切れないのが飲食店の抱える現状です。

まず、飲食店は圧倒的に競合が多いです。例えば、都心だと同じ地域に同じ業態の店が数店あるのはご想像がつくかと思います。それだけでも自分の店だけ値上げとは簡単に踏み切れないでしょう。

また売上を獲得する意味で常連客の存在が大切です。経験論によって導き出された「パレートの法則」というものがありますが、これは「社会で起こっているほとんどの現象は2割の要素で8割決まる」とされています。これを飲食店に当てはめると「売上の8割は2割の客によって生み出される」ということが成り立つと言われており、これは2割の常連客が大切ということです。

実際に常連客がいれば新規客を一緒に連れてくる可能性もでてきます。

また常連客の方が客単価は高いとも言われています。しかしいくら常連客といっても月に数回行くことはまれで、季節、天候、その時々の気分で行く店も変わり新しい店を開拓したいこともあるでしょう。仮に再度来店したとしても値上げをしたことによって常連客が離れる可能性もあり、ますます値上げを躊躇してしまうことが考えられます。

 

他にも新規出店など、日々様々な要因が重なります。そのため飲食店の経営は常に人件費や材料費のコストという課題を抱えながら外部環境に向き合い、どう利益をあげるかということを考えながら経営を行っていることになります。

 

少々前置きが長くなりましたが、この人手不足や物価高をどう解決しようとしているのかについて述べたいと思います。

 

人手不足の解決手段

一例ではありますが、コロナ以降、モバイルオーダーや電子端末での注文が増えてきました。いわゆるDX化です。当時は非接触という名目で普及しましたが、現在は人手不足に対応した業務効率化という価値で注目されています。

他にもDX化によって在庫管理、最近では配膳ロボットの導入、POSシステムのデータ解析によって適正人数を配置できるようにシフトを組むなど、人手不足に対応し人件費削減が達成できている事例も存在しています。

 

物価高についての解決手段について述べたいと思いますが、その前に外食産業のバリューチェーン構造を理解しておきたいと思います。

 

外食産業のバリューチェーン構造と物価高に対応するためのM&A

以下に概略を示しています。

ここでさきほどの物価高に話を戻すと、各バリューチェーンで物価高の影響を受けていると川下である飲食店はさまざまな川上から仕入れを行い種類も多岐に渡るため影響が大きくなります。

そのため大手の飲食店はM&Aによって川上をおさめて仕入れコストを削減しようという動きがみられます。この同業種の川上と川下でM&Aが行われることを「垂直型M&A」といいます。

外食産業はM&Aが少ないと思われていますが、実際には2002年~2021年の20年間で700件以上行われており、有名なチェーン店同士が同じ親会社だったなんてことも珍しくありません。

割合的には事業拡大を見込んだ同じ業種、業態の会社を買収する「水平型M&A」が多い外食産業ではありますが、次に垂直型M&Aの事例を述べていきます。

 

物価高による仕入れコスト削減に向けたM&A事例

  • 壱番屋がAGPの完全閉鎖型植物工場野菜の生産販売事業を譲受

カレーハウスCoCo壱番屋を中心に飲食事業を行う壱番屋2020年にAGPの完全閉鎖型植物工場野菜の生産販売事業撤退に伴い事業を譲受しました。

壱番屋は直営店及び加盟店への食材供給を行っていましたが安定調達を常に課題として捉えており、価格高騰への対応策として以前から植物工場の取得を計画していたようです。

この事業譲受によりバリューチェーンの川上をおさえることができ、生鮮野菜の安定供給が可能になると見込んでいます。

 

壱番屋は上に述べたように以前から食材の安定調達を常に課題と捉え価格高騰への対応策を検討していたことが見て取れるため、この事例における買収はまさに課題解決を達成できるのではないかと推察できます。

 

  • 木曽路の食肉加工の建部食肉産業を子会社化

しゃぶしゃぶ・和食レストラン木曽路などの飲食事業を行う木曽路2022年、愛知県の流通大手で、学校給食、飲食店向けに食肉加工を行う建部食肉産業を子会社化しました。

この子会社化により、今後の出店戦略のための食肉の安定確保や仕入れコストの低減にも寄与できるとしています。

 

こちらも食肉加工業者を子会社化したことでバリューチェーンの川上をおさめることが達成され仕入れコスト削減が達成できると予想される事例です。

 

  • プレナスの宮島醤油フレーバーの子会社化

ほっともっとややよい軒を運営しているプレナスはコロナ前ではありますが2016年に宮島醤油フレーバーを子会社化しました。

宮島醤油フレーバーは和洋中の調味料の製造販売に加え、インスタント食品の製造も行っていました。プレナスは利益拡大のために生産・物流・マーケティング・販売のサプライチェーンの強化を目指しており、このM&Aによりプレナスの課題である生産コストの削減が期待されての買収でした。

宮島醤油フレーバーは独自の調味料の開発技術を有しており、ほっともっとややよい軒の店舗で使用する調味料にも活かすことが発表されました。

 

こちらも、バリューチェーン下流のプレナスが生産コスト削減という課題を解決するためのM&A事例です。

 

今後の予想

今回は外食産業における現状や昨今話題となっている人手不足を解決するためのDX化、物価高という課題を解決するためのM&A事例を紹介しました。物価高という観点で捉えると外食産業だけでなく、さまざまな業種が課題として捉えており、垂直型M&Aは今後も増えていくと予想されます。本稿の情報から皆様に得るものがあれば幸いです。

 

 

【参考】

大場 良

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト