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医薬品業界を取り巻く環境とM&A事例から考える展望

 

ビジネスデューデリジェンスにおける外部環境分析

これまでビジネスデューデリジェンスの入門編として、物流、製造業界などを通じて外部環境分析の手法を展開してきた本コンテンツ。

物流業界における市場動向-今後の課題と解決動向-

M&A事例から見る製造業界の今後の予測

今回は、超高齢化社会の到来、アフターコロナの環境下で大きな変化を萌している医薬品業界を取り上げています。

 

業界構造の解説

まずは医薬品業界を大局的な見地から、掘り下げてみましょう。

医薬品市場規模

2022年度の日本の医薬品市場の規模は9.9兆円であり、今後2027年までに年平均-21%で推移していくと予測されています。
堅実に成長しているように思えますが、各国別にみるとその成長性は低い見立てがなされているようです。

なぜ国内と海外でこのような乖離が発生しているのか。その要因のひとつとして、日本が「治験後進国」とされている新薬承認率の低さが挙げられます。
欧米で承認された新薬の約7割は日本では未承認となっており、その比率は年々上昇傾向にあり、また、承認までの期間も日本は54.1か月と、韓国の28.2か月の2倍近く時間がかかっています。

その背景として、日本独特の治験制度が障壁となっていることが指摘されているようです。
そもそも医薬品が日本国内に出回るには、3段階の治験が必要です。
その第1相は少数の健康な人に薬を投与して安全性を確認、
2相は少数の患者に処方し、効き目や副作用を調べます。
3相では世界各国の多数の患者を対象にします。
海外の製薬会社が日本で新薬を販売するには原則として第3相に進む前に、別途日本人への第1相の追加調査が求められます。これは日本独特のルールで、他国ではほとんど求められていません(ただし、国内で海外新薬の早期承認を実現するために日本人での治験の原則廃止を202312月に厚生労働省は通知を発出したため、こちらは段階的に廃止される模様)。
より安全性を重視しての現行プロセスですが、新薬承認が他国よりも遅延し、国内の流通が緩慢としていることで、医薬品メーカーの成長率に作用しているのです。

加えて、薬価改定の影響による収益性の悪化も要因のひとつとなっていると考えられます。
薬価とは医療用医薬品(医師の処方箋が必要な医薬品)の価格のことで、日本を含めた多くの国・地域では行政機関によって決められています。
そして薬価の見直しについては原則として2年に1回行われていましたが、2021年度より1年に1回に変更されました。
薬価改定が行われる背景のひとつとして、医療費の増大が挙げられます。
日本の医療費は、2022年度で46.0兆円となっており、過去最高を更新しました。さらに高齢者人口がピークに達する2040年には医療費が約76兆円に達すると推計されています。

 

大半の薬は改定前に比べて薬価が下がることになりますので、医療費の増加の抑制につながります。
この制度は行政機関側からしたら、医療費における支出が減りますが、製薬会社側からすると主力製品等の薬価が下がることで収益性の低下に繋がり、研究開発に投じた費用の回収出来ない可能性があります。
その結果、薬価が下がる日本市場に新薬の導入が進まなくなり、国内の大手メーカーでは海外に販路を広げるようになることで、国内売上高は減少傾向に、そしてその分を海外売上高の増加でカバーしているようです。
またこの流れを受け、海外の新薬メーカーが日本から撤退してしまったことも影響としてあります。
そのため国内市場の成長は停滞していますが、海外では成長が盛んとなる状況を引き起こしています。

 

医薬品VCを基にしたプレイヤー分解

日本の医薬品市場のバリューチェーンは下記の図表のようになっており、複数のプレイヤーがいますので順番にみていきましょう。

  1. 新薬メーカー

新薬メーカーは医薬品の中でも新薬という新たに開発された医薬品を取り扱っているメーカーです。
新薬では特許を出願することで独占販売することができます。
研究から供給までを手掛けている大手のメーカーとして武田薬品工業や大塚ホールディングス、アステラス製薬等が挙げられます。
また研究から製造までを手掛けている中堅のメーカーもありますが、供給体制まで確保できる余力はなく、医薬品卸に依存するような形になっている場合が多いです。
海外のメーカーも日本市場には一定数おり、研究から供給までを手掛けています。

 研究から製造までの工程をカバーできているので、自社で一貫した生産体制を持っていることが強みではあります。
しかし昨今では研究にかかる費用とそれを回収するための収益が釣り合っておらず厳しい状況です。
したがって研究の部分を専門的に行っている創薬ベンチャーを買収することで必要なコストを減らしつつ、新薬の販売につなげることを狙いとしています。

  1. ジェネリック医薬品メーカー

ジェネリック医薬品メーカーは、新薬メーカーが研究開発した医薬品の独占販売期間(2025年)が終了したタイミングで製造されるジェネリック医薬品を取り扱っているメーカーです。
新薬の研究結果をもとに、開発から供給までを手掛けている大手のメーカーとして東和薬品やサワイグループホールディングス等が挙げられます。
また開発から製造までを手掛けている中堅のメーカーもありますが、新薬メーカーと同様に供給体制まで確保することができる余力はなく、医薬品卸に依存するような形となっています。

 ジェネリック医薬品は日本政府の社会保障費削減政策のために利用が推進されています。
20年ほど前から使われ始めるようになったものの、ジェネリック医薬品に対する情報が周知されておらず、使用することに否定的な意見が多くあったため、使用率は伸び悩んでいました。
そこで2015年に国がジェネリック医薬品の使用割合を2020年までの5年間で80%に拡大すると目標を定め、利用推進に向けてジェネリック医薬品に関する情報の周知を行うことで現在では、使用率は80%を超えており、世界の使用率の水準に追いつきつつあります。
この使用率水準をキープするためには、大量のジェネリック医薬品を製造し続けることが必要です。
その中で設備や人材の確保ができず、余裕を持った製造スケジュールを組むことが難しくなったことで、製造工程にて不正が発生する事態となってしまいました。
不正を起こしたメーカーはコンプライアンス等の面から、すぐさま改善し再稼働することができないため、プレイヤーが純減し医薬品供給の不安定さに拍車をかけています。
 この状況を打開するために、他の優良メーカーが不正を起こしてしまったメーカーの設備や人員を譲受することで生産体制を増強し、医薬品の安定供給に向けた業界全体としての動きがあります。 

  1. 一般医薬品メーカー

薬店やドラッグストアの店頭に陳列されている医薬品を、利用者の手元に届けることを目的としているメーカーのことです。
研究から供給までを手掛けている大手のメーカーとして、大正製薬ホールディングスやロート製薬等が挙げられます。

 一般医薬品は、国の社会保障費の負担がないため利用が推進されています。
またこれを後押しする制度として、平成29年より「セルフメディケーション税制」が導入されました。
「セルフメディケーション税制」とは、一般医薬品を購入した際に、その購入費用が12,000円を超える場合に所得控除を受けることができるものです。
このような政策により、医療用医薬品から一般医薬品への置き換えが進んだ場合、3,210億円の医療費削減効果があると厚生労働省の研究で試算されています。
「セルフメディケーション」が進むことによって社会保障費の増大が抑制されることで、薬価改定の頻度が下がれば、製薬会社の収益性の改善も期待されます。
しかし疾患によっては置き換えが十分に進んでいない領域がありますが、今後の動向次第では医薬品業界の一変に期待されるような状況です。

  1. 医薬品卸

メーカーが製造した医薬品を、薬局や薬店に供給することで利用者の手元に届けることを目的としているメーカーのことです。
医薬品を供給するにあたって業界全体においても強い力を持っており、主要な企業としてメディパルホールディングスやアルフレッサホールディングス、スズケン等が挙げられます。 

前段の通り、中堅のメーカーでは自社で流通倉庫等を持っておらず、卸に依存するような形になっている場合が多いです。近年ではそれらのメーカーを取り込みさらなる事業拡大を狙っている傾向があります。

 

業界の課題・動向

新型コロナウイルスの拡大で一気に加速したと言われるDXですが、デジタル化が遅れていると言われる医薬品業界にも変化が見え始めています。

  • 創薬の高速・低コスト・高精度を実現する「AI創薬」

通常、薬1種あたりに9~17年という長期の開発期間、約500億円という莫大な費用が掛かると言われる創薬の領域。それに加えて、開発成功率は約3万分の1というハードルの高さ。
故に、大手製薬会社のRDの生産性は低くなりがちで、それを改善するには、(当然ですが)研究から販売までの期間をいかに短縮できるか、コストをいかに下げられるかが重要になってきます(国内の新薬メーカーの生産性は、2010年から右肩下がりに落ちていると指摘されています)。
そこで、登場するのが「AI創薬」。
まず創薬のプロセスとしては下記の図表の通りとなっております。

この中でも基礎研究でどの疾患に対する薬を開発するのが良いかを決め、薬の候補となる化合物をつくり、その有用性を示すことができなければ次の試験へ進むことはできません。
その作業をAIに任せることで、いち早く試験に移っていくことができます。
実際に富士通と理化学研究所の開発例では従来は、1日かかっていたものが2時間まで短縮できたとのことです。
このように有用性が示されているため、各社はこぞって取り組んでいますが、反面その導入ハードルは高いものとなっています。 

まず、「AI創薬」を実装するためには、創薬に用いるAIの学習用データを揃えること、AIと創薬の両方の知見を併せ持つ人材を用意すること、メンテナンス・保守運用が必要なこと、といったように多くの準備が必要で時間やコストが初期的にかかってしまいます。
既存の研究環境を「AI創薬」に適した環境にするには、場合によっては一からの社内体制の構築が必要となることも考えられるため、導入に苦戦する企業も多いようです。

そして既存の新薬メーカーでは創薬に関する知識を有する人材は豊富にいてもAIに関する知識を有する人材が不足しているため、人材を社内で育成するのか、外部から取り入れるのかといった課題もあります。
さらにAIが学習する創薬に関するデータについても、自社のみのデータでは学習量に不安があるといった点も挙げられます。
また、研究環境は個社ごとに違うため、他社の成功例を真似てもうまくいくとは限らないこともハードルとなる要因です。
加えて「AI創薬」を既存の研究プロセスのどの部分に取り入れるかというところも問題です。
AI創薬」が進み始めている基礎研究の中でも、複数段階のプロセスに分かれており、どの段階から手を付けるべきかの検討が必要となってくるため、実行に移るにはハードルを感じている企業もあります。

 このように多数の課題がありますが、海外の創薬ベンチャーでは、AIに関する知見を持った人材が豊富にいることや、創薬に必要なデータを自社で生み出すことができるようなAIがあったり、大企業からの支援を受け豊富な資金で研究できたりと「AI創薬」の導入により創薬ベンチャーの企業数は、実際に世界の医薬品開発品目シェアはベンチャーが80%を占めています。

 これらを踏まえて、AI創薬は非常に革新的な技術ではありますが、個社ごとの状況に応じて上手く活用することができるかが新薬メーカーの課題となっています。

  • 製薬会社の営業活動を支えるMRDX

営業活動(MR)分野においてもDXが求められています。MRは自社の医薬品と医療従事者とをつなぐ役割を果たしていますが、コロナ禍により訪問自粛が要請されたことを契機に、情報提供のオンライン化が進みました。
そのほか、インターネットの普及による情報収集手段の変化も、DXを進めるべき理由のひとつです。

 例えばリモートMRでは伊藤忠商事が「ヤクジエン」というサービスを提供しています。内容としては国内で利用されている2万超の医薬品の情報及び副作用情報等を、常に最新の状態で掲載。併せて医療介護専用SNS内で各患者が服用している医薬品情報ページと連携し、情報収集ができるようなサービスです。
そしてMRから直接話を聞きたい場合には、製薬企業につなぎ情報提供が円滑にできるようなサービスもあります。
他にも製品基本情報が24時間365日オンラインで検索できるようなサービスがあり、その中で製品を選択して質問事項を入力すると、搭載されたAIが登録されたデータベースの中から最適な回答をするとともに、関連した情報も合わせて提示してくれる「AIチャットボット」サービスを提供する企業も多く登場しました。

 MR業務のDXは、人的コストの削減や業務の効率化といった効果が期待できます。
今後、医薬品業界においては、オンラインとオフラインを効率良く活用し、医療従事者に価値のある情報提供活動を行っていく必要があると考えられます。 

  • 安心・安全な医薬品の流通を支える在庫管理のDX

日本の医薬品の在庫管理は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」によって義務化されているため非常に重要な業務です。
これが手作業の場合、適切な発注や在庫管理に必要なデータ分析、値引きなどによる遡及処理などに時間や労力がかかります。さらに、転記ミスや発注ミスといったヒューマンエラーが発生するリスクも高くなる傾向がありました。
そのためDXを進めることで、一連の在庫管理にかかる負担が軽減され、正確かつ効率的なオペレーションを構築することが可能になります。また、業務の効率化によって人手不足の解消が見込めるというメリットもあります。 

発注の面ではAIが需要予測や在庫状況から最適な注文をしてくれるようなサービスがあります。
在庫管理ではクラウドでデータを管理することで、リアルタイムでの数量の確認がどこからでもできるようなシステムです。
これらのシステムはIT系のベンチャー企業が多数開発しており、さまざまな製薬会社での導入が進んでおります。
また医薬品卸のメディパルホールディングスでは在庫管理のための社内システムを開発し、業務の効率化を進めているなど、特に供給面で強い力を持っている企業において導入が進んでいるようです。
在庫管理システムに関しては需要が大きいため、今後もより便利なシステムが開発されることが予想されます。
それらをいかに自社のシステムに組み込み、業務を効率化していくことができるかが重要です。

 

医薬品業界のM&Aによる課題解決例

業務改善やセールスグロースに向けたオペレーション改善を図っている医薬品業界各社。

特にその中でも新薬メーカーでは、海外の創薬企業を買収することで、薬価改定における収益悪化と創薬におけるコストを削減することを目指しています。
またITベンチャーを買収することにより、業務のDXを進め効率化を図っている企業もあります。

ジェネリック医薬品メーカーでは、海外での販路を確保することで薬価改定の影響を受けにくくすることで収益性の上昇を図っています。また不祥事を起こした企業の生産設備や人員を取得することで、キャパシティ上昇を図っています。 

海外の創薬ベンチャーを買収しコスト削減を図っている事例

武田薬品工業は創薬ベンチャーであるニンバス・ラクシュミ(米バイオ企業ニンバス・セラピューティクスの子会社)を2022年に買収しました。
同社は2010年設立のスタートアップで最先端の計算機技術と機械学習技術を使い、副作用を起こしにくいピンポイントな治療ができる反面、コスト高になりがちな低分子医薬品を複数開発しています。
中でも「NDI-034858」という皮膚病や炎症性の腸疾患など、複数の免疫疾患への有効性が期待される新薬候補の特許(知的財産)を保有しており、武田は同新薬が将来的に大型製品となると判断し、買収に踏み切ったとされています。
将来的な利益が見込める製品の特許を有する企業を買収することで、結果的に創薬のコストを低減しようとする狙いがあるようです。 

海外への販売網拡大や国内での別事業への展開事例

東和薬品は2019年にスペインのジェネリック医薬品メーカーのペンサ インベストメンツの全株式を取得、子会社化しました。
欧州における生産拠点を得ることにより、欧州ジェネリック医薬品市場での安定的な事業基盤を獲得し、本格的な海外展開をすることが目的です。
また国内では2021年にサプリメントなど健康食品の開発や受託生産を手がける三生医薬を買収しました。
主力のジェネリック医薬品は、毎年の薬価引き下げや他社で発覚した品質問題の影響で事業環境が見通しにくく、健康食品を新たな収益の柱に育てることが目的とされています。 

生産設備・人員を譲受した事例

サワイグループホールディングスは、2022年に小林化工のジェネリック医薬品製造のための設備と物流拠点、人員を取得しました。
小林化工は法令違反で業務停止処分を受けており、その影響で年間約30億錠の供給がストップしていました。
業界の供給能力確保のためには、早期の稼働再開が求められる状況でしたが、医薬品という命に関わる製品の特性を考慮すると、信頼回復までは長期間かかるともみられていました。
こうした状況を打開すべく、サワイは生産機能を譲受することで、状況の改善を図っています。 

DXを推進した事例

スズケンは2021年にIoTを使った在庫・発注管理のためのDXソリューションを展開する、スマートショッピングと資本業務提携を行いました。
同社が展開するソリューションは、従来生産現場や工場での活用を想定したスマートマットによる在庫・発注管理を展開していましたが、医療機関への事業拡大を企図し提携に参画。以降、クリニックや病院の現場においても、在庫・発注にかかる業務負担を解消するDXソリューションとして導入実績を拡大しています。

スズケンが展開している医薬品トレーサビリティシステムや流通モデルと、スマートショッピングが展開しているDXソリューションを組み合わせることで新たな付加価値サービスを創出し、医薬品他企業のデジタル化・効率化ニーズをキャッチしていく狙いがあるようです。

 

医薬品業界の展望

創薬の分野では海外のベンチャーを買収する動きが主であるため、政府としても国際的な医薬品市場での立ち位置を危惧し、国内創薬ベンチャーの活性化のため資金援助等の施策を進めています。これにより国内では、創薬に特化した企業が次々と現れることが予想され、医薬品バリューチェーン上で水平分業が進んでいくと考えられます。

依然として厳しい環境にはある医薬品業界ではありますが、自社の得意分野に応じて打開策を講じていくと考えられます。

 

参考

田中 啓仁

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト