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TCFDフレームワークに基づいた気候関連リスクと機会の評価方法

本稿の使い方(気候変動リスクへの対応)

昨今では2015年のパリ協定における1.5℃目標(世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力をするという目標)の国際的な合意が転換点となり、気候変動対策は国家レベルの取組みから個別企業レベルへ波及してきました。それに伴い多くの国・企業が2050年カーボンニュートラル達成を表明・宣言し、目標達成に向けた法令整備、削減アクションの実行が加速しています。事実、近年カーボンニュートラルを宣言した国・地域は150以上、2050年にカーボンニュートラルに則した排出削減目標を設定した企業は世界で3,900社以上に増加しています。

特に金融業界は本業に対して重大なインパクトを及ぼす可能性が高い理由から一早く対応策を講じ、気候変動に伴い不良債権の増加や保険金支払い増加のリスクが予想されることから精彩に精査している背景があります。他業界においても多くの企業が金融業界に続くように気候変動に対するリスクを認識するようになり、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークなどを活用し、気候変動リスクへ迅速に対応しています。

そこで本稿では、他社に遅れを取らないようTCFDフレームワークを活用した気候変動リスク対応を行うにあたり、「何から着手すべきか」「どのように取り組むべきか」でお困りの企業様向けのガイダンスになることを目的とした記事としています。

TCFDフレームワークの活用

TCFD準拠の背景

多くの企業が気候変動リスクに取り組む中、パリ協定を機に投資家の投資判断基準に環境へ対応が注目されるようになりました。特にTCFDにおいては90%以上の投資家が重要視するESGの国際指標として2番目に位置しています(1位はPRI)。つまり気候変動への対応は自社のリスク管理だけではなく、株価に直結する時代になってきたのです。実際に日本のプライム上場企業はTCFDへの準拠が実質義務化され、有価証券報告書での情報開示を義務化する方向で検討されています。

TCFDフレームワークとは

TCFDの提言では、自社の事業活動に影響を及ぼす気候変動の「リスク」と「機会」をどのように認識・把握し、それを経営・事業戦略においてどのように考慮しているか等について開示することを推奨しています。企業は気候変動が事業活動へ与える影響に係る企業の認識を投資家等のステークホルダーが適切に評価できるようにTCFDフレームワークを活用します。

TCFDフレームワークでは「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4項目についての状況開示を行います。(詳細は下記参照)

  • 「ガバナンス」:リスクと機会に対する取締役会の監督体制の構築や、リスクと機会を評価・管理する上での経営者の役割を明示化する為にサスティナビリティ委員会などの設置を行います。
  • 「戦略」:短期・中期・長期のリスクと機会の抽出、事業・戦略・財務に及ぼす影響の評価を行う為にシナリオ分析インパクト評価を行います。
  • 「リスク管理」:シナリオ分析結果に基づく戦略・事業へのインパクト評価やリスクから生じるインパクトの低減に向けた対応策の検討を行います。
  • 「指標と目標」:Scope1, 2, 3排出量の算定や中期経営計画、事業計画等で自社が用いている関連指標・実績の整理を行います。

着手する順番

TCFDフレームワークに沿った気候変動への対応を行うにあたり、上述4項目について取り組むことになりますが、取り組みの順序はありません。何から着手すべきかお困りの方は、以下の手順をおすすめします。

フェーズを大きく分けると2つあり、フェーズ1では「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の策定を実施、フェーズ2で「ガバナンス」の設置を行うと良いでしょう。

フェーズ1ではリスクの抽出・インパクト評価およびそれに伴う今後の目標策定を行うといった数字周りや方針の精査を行います。さらに細かくフェーズ分けをすると「戦略」をフェーズ1-1、「リスク管理」をフェーズ1-2、「指標と目標」をフェーズ1-3とすると良いです。これは検討範囲を徐々に全社単位への取り組みに向けていくといった理由があるからです。

フェーズ2では精査した数字や方針を実現する為の組織作りを行います。リスク管理委員会への組み込みやサスティナビリティ委員会の設置をこの段階で行います。

組織を変えるとなるとそれなりの下準備や材料を持って経営陣に提言することになるため、数字周りが精査された状態で組織体制の変更を要請するといった順番で取り組むことでスムーズに進捗させることができます。

具体的な進め方

続いて具体的な進め方についてです。上述した通りTCFDのフレームワークを活用した情報開示を行う為にフェーズ1、フェーズ2に取り組むことになりますが、組織設置につきましては企業様の規模や方針によって異なりますので本稿ではフェーズ1を中心に述べていきます。

フェーズ1-1:戦略

シナリオ分析

まず、最初に実施する項目はシナリオ分析です。シナリオ分析とは気候変動そのものの影響や、気候変動に関する長期的な政策動向による事業環境の変化等にはどのようなものがあるかを予想し、そうした変化が自社の事業や経営にどのような影響を及ぼしうるかを検討するための手法になります。こうした未来予測を行うための切り口として事業に対してのリスク機会を検討します。リスクはその名の通り、事業に対し気候変動に伴うマイナスの財務インパクトとなり得る事象を想定します。一方機会はプラスとなる事象を想定します。

リスクについては「世界の気温を1.5~2℃以内に押さえるために様々な規制強化される世界観と想定する移行リスク」と、「現状対策が順調になされないまま世界の平均気温が4℃以上に上昇する世界観を想定する物理リスク」に分解して検討します。移行リスクはPESTを活用し、政策・法規制リスク(GHG排出に関する規制の強化、情報開示義務の拡大等)、市場リスク(消費者行動の変化、市場の不透明化、原材料コストの上昇等)、評判リスク(消費者選好の変化、業種への非難、ステークホルダーからの懸念の増加等)、技術リスク(既存製品の低炭素技術への入れ替え、新規技術への投資失敗等)に分解して評価するのが一般的です。物理リスクは急性リスク(台風・大雨洪水のような異常気象の激甚化・増加等)、慢性リスク(平均気温の上昇、海面上昇等 )について評価します。

機会については資源の効率性(交通・輸送手段の効率化やリサイクルの活用等)、エネルギー源(低炭素エネルギー源の利用や政策的インセンティブの利用等)、製品/サービス(低炭素商品・サービスの開発・拡大や気候への適応対策・保険リスク対応の開発等)、市場(新規市場へのアクセスや公的セクターによるインセンティブの活用等)、レジリエンス(再エネプログラム、省エネ対策の推進や資源の代替・多様化)について評価します。

一般的にはリスクと機会どちらの評価も行いますが、中にはリスクのみを評価している企業様もいるため、まずはリスクを中心に洗い出す必要がありますので本稿ではリスク評価について中心に述べていきます。

実際にリスク分析を行う際の第一段階としてベンチマーク調査を行います。ベンチマーク調査はまず同業他社の動向について調査します。具体的にピックアップする項目としては、

  • リスク分類(移行リスク・物理リスク)
  • リスク項目(例:炭素税導入・自然災害の増加など)
  • シナリオ(例:炭素税の引き上げによって、製造に係るエネルギーコスト及び調達品の価格が増加するリスクなど)
  • インパクト規模(例:大・中・小)
  • 期間(例:長期・中期・短期)
  • リファレンス(例:IEA Net Zero by 2050IPCC6次評価報告書など)
  • 財務インパクト(例:XXのシナリオにより○○億円負担など)

あたりを調査すると良いでしょう。特にインパクト規模はその企業様が今後対応策を検討するにあたり注力するシナリオを反映しているため、ベンチマークのn数を増やすことでその業界における注力シナリオが見えてきます。ヒートマップ等を作成するとより可視化しやすくなります。

そして第二段階としては他業界のベンチマーク調査です。これはシナリオ分析を行う際のバイアスを取り除くために行います。同業他社もシナリオ分析を行う際は同業界内のベンチマーク調査を行っているため、「他社はこの内容でこのくらいの粒度で分析を行っているから、自社も合わせればよい」といったことを防止する理由で行います。他業界を調査することで、実は別のリスクも想定されるといったケースも存在する為、精彩に分析をするためには必要になります。

第三段階としては自社特有のリスクを検討することです。自社のビジネスモデルやサービス性質を考慮した上で独自のシナリオを検討します。これはベンチマークを参考にしながら、自社サービスに当て込んだ時にどのようなリスクが存在するのかを探っていきシナリオを作り上げていく作業になります。自社特有のシナリオ分析までを行うことで今後想定されるリスクについては大まか網羅できるため、ここまで精彩に行うことを推奨します。

最後に第四段階としてはリスクとシナリオの決定です。第一~三段階を踏まえ、想定されるシナリオを集約した上で自社におけるリスクを洗い出します。これは上述した通りインパクト規模を参考にすることおよび自社特有のリスクを合わせた上でその企業様のシナリオを作り上げていきます。

インパクト評価

自社のシナリオが策定された次はインパクト評価です。インパクト評価では、定義したそれぞれのシナリオが、組織の戦略的・財務的ポジションに対して与えうる影響を評価し、財務分析を行う作業になります。主にリスク・機会が影響を及ぼす財務項目の把握、算定式の検討と財務的影響の試算を行います。

財務項目の把握では主に運営コスト増加または売上減少が起因するシナリオがほとんどであり、損益計算書では売上、売上原価、販管費に影響を与えます。この辺りはシナリオ分析の時点で大まか整理しておくと良いです。

算定式の検討と財務的影響の試算ではシナリオを構成するパラメータを精査し、外部データと内部データを活用し具体的な数値を算出します。具体的は算出方法については移行リスクの「炭素税導入によるエネルギーコストの増加」を例として述べていきます。(一例によりパラメータなどは各企業様独自に考慮する必要があります)炭素税導入によるエネルギーコストの増加を算出する為にまずは下記のようなパラメータに分解します。

  • 燃料コスト増大分パラメータ
  • 電力コスト増大分パラメータ
  • 事業規模パラメータ
  • 省エネパラメータ

次に炭素税導入によるエネルギーコストの増加を算出する為の算定式を下記のように定義します。

(燃料コスト増大分パラメータ+電力コスト増大分パラメータ)×事業規模パラメータ×省エネパラメータ

また、上記の算定式だけでは解像度が薄いため、パラメータを更に分解し算定式を策定します。

  • 燃料コスト増大分パラメータ=燃料消費量×排出原単位×炭素価格
  • 電力コスト増大分パラメータ=燃料消費量×排出原単位×炭素価格
  • 事業規模パラメータ=将来事業規模÷現状事業規模
  • 省エネパラメータ=省エネ率×対象期間までの年数

ここまで解像度を上げると次はリファレンスの確認になります。まず、内部データで精査できるパラメータは何かを特定した後、残ったパラメータを外部データから参照します。外部データのリファレンスはIEAIPCCが一般的です。中には環境省、経済産業省、国土交通省資料においてもIEAIPCCから参照し作成された資料もあるため、活用は可能です。

リファレンスの確認が完了したら最後に数値の算出作業になります。参照リファレンスの数値を各パラメータに組み込み算定式に落とし込むことで、1シナリオの財務インパクトを算出することが出来ます。この工程をシナリオ分析で特定したシナリオ全てに適用することで企業様の気候変動に伴う財務インパクトを算出したことになります。

フェーズ1-2:リスク管理

対応策の検討

各シナリオの財務インパクトを算出した次は対応策の検討です。対応策を講じることで財務インパクトの低減もしくは増大を図ります。対応策は1シナリオにつき1つ以上策定することが一般的です。対応策の検討を行うにあたり、自社のリスク・機会に関する対応状況の把握、リスク対応・機会獲得のための今後の対応策の検討今後のアクション、について検討していきます。

①自社のリスク・機会に関する対応状況の把握については以前に検討していた対応策がシナリオに適応できるかを精査します。具体的に物理リスクの自然災害の増加に伴う大雨による洪水被害というシナリオがあったとします。施設や設備に対する洪水対策は近年の大雨や台風により止水版や盛土の設置などを各企業様が既に行っている対策もあるかと思われます。これは今後の気候変動に伴う自然災害の対策の一つとして適応できるため、既に対応策の一部ができていると言えます。このような以前検討していた対応策をシナリオ毎に一通り内部で洗い出すことで、何ができていて、何ができていないといった、色分けを行うことが最初のステップとなります。

②リスク対応・機会獲得のための今後の対応策の検討についてはシナリオ毎に実際に対策を検討していくステップとなります。これは単に1シナリオにつき1つ対応策を検討していくということよりも、インパクト評価で使用したパラメータ毎に対応策を検討していくことがベターです。更にパラメータに対し、「精緻化・可視化」、「リスクの低減または機会の増大」に分解して対応策を検討すると良いでしょう。具体的には上述した「炭素税導入によるエネルギーコストの増加」を例とします。燃料コスト増大分パラメータにおける燃料消費量の対策を講じる際に「精緻化・可視化」はCO2カリキュレーターの導入による、CO2の可視化が対応策として挙げられるかと思います。また「リスクの低減」については発生確率低減と発生インパクト低減に分けて検討します。発生確率低減についてはインターナルカーボンプライシング(組織内で炭素排出価格を独自に設定)の導入により、各部署必要最低限のCO2の排出に留めるといった対策を講じることができます。一方で発生インパクト低減は公共交通機関の積極的な利用や省エネルギー設備/機器の導入および定期メンテナンスによりCO2排出を最小限に留めるといった対策を講じることができます。このようにパラメータ毎に対応策を検討することでより精緻な対応策を講じることができます。

③今後のアクションではまでで検討した対応策をどのようなPDCAサイクルで管理していくかを検討します。対応策を講じたが、「思うように進捗ができない」、「対応策が間違っていた」といったことを防止するために短期・中期・長期で管理するシステムを策定していきます。これは後述する指標と目標を達成する為に必要な仕組み作りを行うということです。まずで講じた対応策は短期(年単位)で見直していきます。各パラメータに対し注力する対応策を実施することになるが、「この対応策は進捗がよかった、この対応策はもう少し経過観察してみよう、この対応策は自社にとって実は難しかった」といったことを年単位で見直していきます。次に中期(約3年)で見直します。これはパラメータに対して短期と同じモニタリングを行います。対策が難しいパラメータであった場合は、別のパラメータに注力シフトするといったことをこの段階で行います。最後に長期(約10年)で見直します。これはリスクや機会そのものを見直します。短期・中期同様に対応策の進捗に伴い注力ポイントをシフトします。このように短期~長期にかけてモニタリングする仕組みづくりを行うことで今後のアクションをより具体化させることができるのです。(進捗状況は一般的に中期経営計画・統合報告書・サスティナビリティ報告書などに記載します。)

フェーズ1-3:指標と目標

指標と目標は企業が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスクと機会を評価するために開示するものです。Scope1, Scope2及び、当該企業様に当てはまる場合はScope3の温室効果ガス(GHG)排出量と関連リスクについての説明や、気候関連リスクと機会を管理するために用いる目標、及び目標に対する実績を開示することがTCFDの提言に即した内容です。

一般的には「2050年までにカーボンニュートラルを達成」という最終目標と「20XX年までにScope1, Scope2○○%削減」「20XX年までにScope3○○%削減」といった中期的な目標を掲げます。中期的な目標は企業様の規模感や進捗率を考慮し独自の目標を策定します。

一方で環境先進組織においては「シナリオ」と「指標と目標」が結びついて開示しています。1例をあげると海外放送局のITVが該当します。シナリオに対して一つ一つ指標と目標を開示することは、より精緻な気候変動対策を講じることに繋がるおよびステークホルダーに対してのアピールになる為、本来あるべき姿としてはITVのような精緻に実施することだと筆者は考えています。

そこで必要となるのが、各シナリオにおけるパラメータに対する目標とKPIの設定です。「フェーズ1-2:リスク管理」ので対応策を講じる際に目標とKPIを設定しておきます。上述した「炭素税導入によるエネルギーコストの増加」:燃料コスト増大分パラメータにおける燃料消費量についての目標とKPIの設定を例とします。対応策でインターナルカーボンプライシングの導入があった場合、エネルギーコスト増加分を○○億円程度に抑制といった目標を策定することが出来ます。また、同時に○○/t-CO2での内部取引といったようなKPIを設定することが出来ます。

このように対策一つ一つに目標とKPIを策定することで。より精緻な指標と目標を作り上げることが出来るのです。

目標達成に向けて

上述してきた通り、TCFD提言に沿った情報開示の為のフェーズ1は以上になります。フェーズ2以降はこれらの数値を整備した上で最適な組織編成を行っていきます。一方でフェーズ1の数字周りの整備は1度行ったら終了ではなく、少なくとも年単位で見直していかなければなりません。見直した結果を統合報告書やサスティナビリティ報告書に毎年掲載することで、自社の取り組みに対する可視化や、ステークホルダーに対しこの企業は気候変動に伴う対策を入念に行っているといったアピールにも繋がります。

ここで重要になるのが手段と目的が逆転しないことです。TCFDの取り組みは気候変動に伴うリスクと機会への対策の手段でしかありません。重要なのはどのように対応策を講じ、どのような組織の下リスク管理していくことです。これらを精緻に行うことで、各企業様は2050年のカーボンニュートラル達成や異常気象への迅速な対応が可能だと考えています。

本稿を通じ気候変動対策をこれから講じる企業様のヒントとなることを筆者は願っています。また、弊社では、サスティナビリティ関連だけではなく、業界・業種問わず新規事業戦略立案やマーケティング支援など幅広くご支援をさせて頂いておりますので、お悩みなどございましたら、是非ともお問い合わせください。

【参考】

西原雄亮

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント